Contents
不耕起栽培は面白い。楽しい現場に仲間は集まってくる
茅ヶ崎といえば、海水浴場や江ノ島などの海をイメージする人も多いかもしれないが、そこから10kmほど内陸に入ると、のどかな里山の風景が広がる。「はちいち農園」の畑は、その里山の中に点在している。今回は、はちいち農園の畑のひとつ「HARVEST COMMONS(ハーベストコモンズ)」を訪問した。約3反(約3,000㎡)の畑を、顔の見える25家族のコミュニティメンバーで共有し、みんなで助け合い、学び合いながら育て、収穫する。彼らはハーベストコモンズを「小さな村、大きな家族みたいな農園」と表現する。訪れた畑は野菜と雑草がバランスよくきれいに整えられており、農業への愛情が感じられた。常時10〜15種類くらいの野菜を育てているという。

衣川さんたちが畑に興味を持ったきっかけは、友人に誘われ収穫体験に行った畑で、現役で作業する90歳のおじいさんの格好良さに心を打たれたことだった。おじいさんにお願いして畑の一部を借り、野菜作りを学ぶうちに、自分たちの人生にとって畑が不可欠なものになっていった。その後、有機栽培や不耕起栽培を実践する農家で研修を重ね、2018年11月より就農。就農当初から不耕起栽培を行なっている。
「純粋に面白いって思ったんですよね」と晃さん。「手作業による不耕起栽培は、山登りとか、サーフィンをするような感覚がありました。耕さないで野菜ができるなら、ぜひやってみたい。持続可能で環境のためになるのなら、新しいことに挑戦してみたい。僕たちは最初に慣行栽培*1を学んで、化学肥料を使った栽培を経験しており、それも良かったと思う。慣行栽培では純粋に育つ楽しみを満喫できたし、次に有機栽培*2をやってみて、その奥深さを理解した。不耕起栽培はさらに進んで、その両方を経験できると思う。僕たちは楽しみながらやっているので、そのことに人が興味を持って集まってくれるのは嬉しいですね」
*1ここで慣行栽培とは、畑の土を耕し、化学的な農薬や肥料を使用する栽培方法のこと。 *2ここで有機栽培とは、畑の土は耕すが、たい肥などの有機的な肥料や自然由来の農薬を使用する栽培方法のこと。
「はちいち農園」では、不耕起栽培の農家を応援し、環境問題に貢献する「SOYSCREAM(ソイスクリーム)!!!」という活動も行なっている。仲間の育てた大豆をアイスクリームに加工して販売し、農家の収入を支える。不耕起栽培の畑が増えれば、生物多様性が回復すると同時に、土中に炭素を固定するため、地球温暖化防止にもなる。とにかくおいしい!と評判なので、興味のある方はぜひ食べてみて欲しい。

土壌生態学の専門家に、畑の土や生き物について学ぶ
土壌生物調査は、不耕起草生栽培や土壌生物を研究する金子信博(かねこのぶひろ)さんから指導を受けた。金子さんは現在、島根大学生物資源科学部の客員教授として学生たちに教えながら、全国各地で講演し、『ミミズの農業改革』他、土壌生態学に関する数多くの著書を出版している。
金子さんが勧める不耕起草生栽培の方法は、夏野菜の収穫を終えた秋に、畑にライ麦の種を撒いて育て、春になったらライ麦を根元から倒して、そこに農作物を植えるというやり方。ライ麦が地面を覆うことで、他の雑草が抑えられ、枯れたライ麦は作物の栄養にもなるという。「世界の農業はどんどん不耕起栽培に切り替わっているのに、日本はまだまだ。まるでガラパゴスですね」と金子さん。ただし、海外の不耕起栽培は除草剤を使うのがほとんどで、土壌劣化の解決に繋がっていない。そのため、本当の意味で環境再生といえるのか、注意深く見る必要があるとのことだ。

畑は耕さないほうが、人手もコストもかからず、環境にも良く、農作物がよく育ち、しかも味がおいしいと金子さんは言う。例えば、ワークショップの参加者に、不耕起栽培と耕起栽培、両方の試験地で作業してもらい、作業効率や体の負担、農作物の状態などを体感してもらう。その中でも、味比べはとても興味深い結果になるという。
「不耕起と耕起、どちらか分からないようにして、参加者みんなで収穫した農作物をブラインドテイスティングします。そのまま食べられるトマトとか、ちょっと蒸したトウモロコシとか。すると明確に人気の差が出る。みなさん不耕起栽培の方がいいと言う。アミノ酸分析や官能検査など、食品分析も行ったのですが、数値にはそれほど大きな違いはないんですね。でも人間が食べると明らかに違うんですよ。みなさん共通しておっしゃるのが、不耕起栽培の方が、味は優しいんだけど食べ飽きない味だって。これは大きなポイントで、農作物を作る側からしたら人に好まれる方がよく、それがコストダウンにも繋がるのなら、悪い話じゃないですよね」

味の話を「はちいち農園」の晃さんに聞いてみると、似たような感想だった。「香りや食感など、明らかに違いはあると思いますね。旨みの深さを感じます」と言う。「実はこのあいだ1歳3ヶ月の赤ちゃんが来たんですけど、うちの野菜をもりもり食べていたんですよ。市販のニンジンやピーマンは特有のえぐみが出るので、子供は嫌がることも多いんですが、うちでは親がもうやめなさいって言うほど、すっごい食べてくれました」と笑っていた。
不耕起、耕起それぞれの畑で土を採取し、いざ虫の調査へ
不耕起栽培の畑は、耕さないことにより生物多様性が保たれ、有機物が多く、作物が良く育つ土になる。はちいち農園の畑は、株式会社UPDATER の「みんな大地」が3年に渡って土壌分析しているが、炭素貯留量や一般生菌数が非常に多いことが確認されている。長年に渡って有機物を土に貯め、炭素が十分に残って、地球温暖化の防止にも貢献しているということだ。では土の中にはどんな生き物がいるのか。
土壌生物調査を実施したのは2月中旬。この季節は、地上の生き物は少ないが、土の中は一年を通して比較的安定しているという。農閑期でもあるため農家への負担も少ない。今回は、不耕起栽培の畑「HARVEST COMMONS(ハーベストコモンズ)」と、すぐ近くにある慣行栽培の農園の土壌を比較する。衣川さん、金子さん、みんな大地スタッフ、コモンズのメンバー9名も加わり、みんなで作業を行った。まずは3班に分かれて、ハーベストコモンズの畑の離れた3カ所から土を採取する。剣先スコップを使い、およそ縦横25cm、深さ20cm分くらいの土を取る。次に慣行栽培の畑でも、同様に3カ所で、同じくらいの分量の土を採取した。

採取した土は少しずつ白いバットに移して、土を手で広げながら虫を探す。虫を見つけたらピンセットでそっとつまみ、シャーレに移す。
最初は慣行栽培の畑の虫を調査したが、どんなに探しても虫が見つからず、最終的に3カ所の土で1匹だけだった。次にハーベストコモンズの土を調査する。さきほどと打って変わって、次々と虫が見つかり、ダンゴムシ、ミミズ、クモ、ゴミムシ、ハサミムシ、ムカデなど種類も多い。ふたつの畑の距離は徒歩3分の距離なのだが、こんなにも結果が違うことは驚きだった。


「甲虫類の幼虫は草の根っこを食べ、ダンゴムシは落ち葉を食べる。ゴミムシは畑だと主に雑草の種を食べてくれます」と虫についてひとつひとつ説明する金子さん。 「今日は微生物やそれを食べる動物は調べられませんでしたが、微生物が多いとアメーバやトビムシが増える。すると、それを食べる小さな虫が増え、食物連鎖が繋がっていく。クモやムカデ、ハサミムシなどが、畑では一番上位の捕食者です。捕食者がたくさんいることは、それだけ餌になる生き物がたくさん土の中にいるということ」

畑を耕すと、まずミミズがいなくなり、ムカデやハサミムシのような捕食者もいなくなる。最後まで残った甲虫類の幼虫は根っこを食べるので、雑草のない畑では農作物に被害を及ぼす。畑を耕すことで、土中の生態系バランスが崩れるのだ。一方で、不耕起栽培では食物連鎖が自然と発達し、微生物や虫の生態系が窒素を循環させるため、肥料を入れる必要もない。生物多様性は、微生物からスタートした食物連鎖が繋がっていることが非常に大事だと金子さんは言う。
「農家はどうしても虫を嫌がりますよね。害虫ゼロにしたい。でも虫は必ずしも害だけじゃないので、虫を全部やっつけるのではなく、虫がいてもいい状態にする。その方が結果的に土は安定し、作物がよく育ちます」

土の構造も明らかに違う。ハーベストコモンズの土は、団粒構造*3ができていて、空気を含んで軽いが、保水性もあり湿度もある。慣行栽培は、細かく目の詰まった密度のある土だった。そのため、同じ体積の土の重さは、慣行栽培の土の方が重い。筆者の個人的な感覚では、土の匂いも違うように感じた。ハーベストコモンズは、ハーブのような爽やかな草の匂いがあった。
*3団粒構造とは、土が粒々の団子状になっている状態のこと。団粒があることで水や空気、栄養が行き渡りやすくなり、作物が健康的に育つ。 「Slakes」というアプリを使用して、土壌の団粒安定度も調べた。それぞれの畑の土をシャーレに置き、写真のようにスマートフォンを固定して、初期状態で撮影を開始する。その後、水を注入してそのままの状態で10分置いた後の様子を再度撮影する。慣行栽培の土は団粒がほとんどなく、水を入れるとあっという間に崩れて流れてしまったが、ハーベストコモンズの土は、団粒がしっかり残ったまま保たれていた。土に水が染み込みやすく、乾燥しにくく、雨風などで流れ出しにくいことが分かる。団粒は土中の多様な微生物や虫たちによって生成され、耕さないことで保たれるのだ。
その後も衣川さんやコモンズのメンバーから、金子さんへの質問が活発に飛び交い、みんなの関心の高さが伺えた。
「土を耕す、という現象は自然界にはない。それでも山や森には緑が生い茂っている。耕すことをやめても、技術があれば農作物は育てられます。むしろその方がおいしかったりする。耕さないことの良さが伝わり、みなさんの意識が変わっていったらいいなと思っています」と金子さん。
帰り際にはちいち農園で育てたニンジンをお土産でもらった。家に帰って食べてみると、旨みが深く、爽やかで優しい、ずっと食べ続けたいような驚きのおいしさだった。
はちいち農園
https://81farm.organic/
SOYSCREAM!!!
https://ec.soyscream.jp
