Contents

(右)佐久間裕美子/ライター、アクティビスト。1996 年に渡米し、出版社、通信社などを経て独立。カルチャー、ファッション、政治など幅広いジャンルで執筆する。著書に『Weの市民革命』『今日もよく生きた』、翻訳に『編むことは力』等。
ファッション/アパレル業界がサステナビリティの向上を目指すために取るステップのひとつに様々な認証の獲得がある。国際的な機関にお墨付きをもらう大切な存在でもある一方で、規模の小さい業者や工場には負担も大きい。実際に、認証によるハードルとメリットはいかほどのものなのか、GOTS(Global Organic Textile Standard)認証を獲得するために、いくつもの工場でコンソーシアムを形成し、取得した三恵メリヤスの三木健さんに、3年後のリアルについて伺った。
【GOTS認証取得後のリアル】小さな工場が挑むサステナブルと、その先にある未来
佐久間: パンデミック以降、気候変動についての危機意識が広がり、消費者やアクティビズムからのプッシュもあって、ものづくりの現場でも大きな変化があったように思います。けれど、現場の人たちから話を聞くと、外からは見えないことがたくさんあって、私たち消費者も、要求するばかりではなくて、もの作りの現場が直面するチャレンジや苦労を知らなければならないと痛感するようになりました。それで、リアルなお話を伺いたいと思ったのですが、認証取得後、いかがですか?
三木: ちょうど先月、GOTSの登録事業者全体の集まりが大阪であったんですよ。ここ3年ほどで、工場や事業者の数が倍ぐらいになりました。スピードで伸びているのは時代の要請ももちろんあるし、ヨーロッパからの需要ももちろんあるようですが、僕らみたいな小さい工場が取ったのを見て、「行けると思った!」という話も聞きます。いい意味でみんな肩の荷が降りたのかもしれません。
佐久間: 実際、具体的な手応えはありますか?
三木: 今、3年目の途中ですが、手応えは今一番感じています。今年の春夏には大手海外セレクトショップとのコラボレーションTシャツが決まっています。また、自社ブランドではオーガニックや高品質を打ち出す「EIJI」(Shift C評価:良い)のほかに、アメカジの「ダブルワークス」というブランドがあって、こちらはサステナビリティ路線ではなかったんですが、GOTS認証Tシャツとタンクトップに約400枚ものオーダーがつきました。時代の空気感が変わった証拠だと感じています。最初は白いTシャツしかなかったところから、1年目で洗い加工ができるようになり、生成り色が売れるようになり、昨年やっとカラー展開ができるようになりました。時間がかかりましたが、3年かかってようやくという感じです。このタイミングで、時代の空気感とマッチし始めたのかもしれません。

佐久間: 認証取得とその後の維持には、時間的・金銭的なリソースが必要で、大変なのではないでしょうか。
三木: 実際にはなかなか大変です。年に1回必ず審査が来ますし、その前に自分たちで事前審査も行います。私たちはグループで認証を取得しているため、各工場を回るのですが、1社を見るのに準備や立ち会い、資料チェックなどでかなりの時間を要します。
「なぜですか?」の一言が業界を動かす。打ち破ったローカル審査の「穴」
佐久間: 認証の内容に関して、日本だけで脱色が許可されていなかった時期があったと伺いましたが。
三木: はい、ありました。GOTS認証では、過染色工程など特定の分野では過酸化水素の使用が認められています。しかし、日本の審査団体の一部で、機械的に「H₂O₂(過酸化水素)はダメだ」と判断され、本来許可されている指定分野での使用まで弾かれてしまっていたようです。その判断に対して疑問を呈する人がいない状態が続いていたため、「日本だけ脱色できない」状況になっていました。新参者ではありますが、たまたまインドなど他の国では様々な色があるのを知っていたため、「なぜ日本だけできないのか」と粘り強く訴え続けました。初期のパイロット・プロジェクトだったこともあり、本部とコミュニケーションが取れた結果、再調査で日本の審査の穴が判明しました。
日本の社会には「お上がダメと言ったらダメ」という風潮もあります。しかし、たまたまインドでの事例を知っていて、その差を指摘し続けたことで、多くの方々が動いてくれました。若い世代が「なんでですか?」と声を上げることが、業界全体を押し上げるきっかけになる。新陳代謝は大切だと痛感しました。
この問題は、アジア圏のディレクションやジャッジをする人が機械的に弾いていたこと、そして誰もそれに気付かなかったことで起きたようです。また、国ごとのローカルルールがあり、日本の国が禁止しているものをGOTSが許可しているからといって行うことはできません。認証制度では、出荷証明書が重要になります。原則として、6ヶ月以内のものを提出するという規定があるのですが、日本の審査団体の中には「30日を過ぎたら出しません」と、グローバル基準より厳しくしているところもありました。これは、遡って出すのに手間がかかるということなのでしょうか、審査団体側の都合でローカルルールを勝手に厳しくしている例です。
グローバルの基準は6ヶ月なのですから、最初はいらないと思っても後から必要になる事例も絶対に出てくることを考え、柔軟に対応すべきだと思っています。顧客がGOTS認証を前提に製品を依頼し、出荷証明を求められた際に、30日を過ぎたからと断られたら、最終的にその製品を販売する店舗やブランドが全責任を負うことになってしまいます。グローバルではOKなことなのに、ローカルで厳しくされている現状は、業界にとってマイナスです。
GOTS認証がもたらした職場の進化――環境改善が切り拓く、新たなビジネスチャンス
佐久間: この3年間で、苦労して認証を取っても結果がついてこないのではと不安になることはありましたか?
三木: それはもう、常々ありました。ただ、初年度に関しては、会社、特に若い社員たちが長く続けられるような職場にしたいという思いが一番にありました。最悪、認証が取れなくても、整理整頓や記録付けといった地道なことを徹底することで、工場自体が良くなると思ったんです。
また、輸出も少しずつ始まる中で、GOTS認証という魅力的な目標があったこと、そしてたまたまGOTS認証の糸を使っていたため、認証取得へのハードルが低かったこともあります。突然職場環境を良くしようと始めても難しいかもしれませんが、「みんなでGOTSを取って工場を良くし、会社も良くしていこう」という目標があったから取り組みやすかった側面もあります。金銭的なコストはかかりますが、外部のコンサルタントに頼るのではなく、自分たちで実行することに価値があると考えました。
2年目には結果が見えず、一瞬「この1年、何もなかったな」と落ち込むこともありましたが、今、3年目になって、大手ブランドからの受注が増え、私たちのプライベートブランドでもGOTS認証を選ぶ顧客が増えてきたことで、変わり始めた空気を感じています。

佐久間: 日本ではバイヤーがサステナビリティを求めることが少ない、特にメンズ分野は遅れていると聞きますが、その感触はどうですか?
三木: まだ知らない人のほうが圧倒的に多いのは間違いありません。私たちに比較的早い段階で、声をかけてくれたのは海外のレディースブランドや日本のセレクトショップのキッズブランドだったのですが、ここで一つ、GOTS認証普及の壁があります。例えばA社さんのキッズラインがGOTSで商品を作りたいと言っても、A社がブランドとして認証を取得していなければ「GOTSの製品」として販売することができないのです。
工場で認証済みの素材を使って作ったとしても、「Aキッズ」というタグをつけてGOTS製品として販売するには、「Aキッズ」ブランド自身が認証を取得しなければならない。これは非常に難しい課題です。ブランド側が認証を取得しないと、工場だけでは広がらないという大きな壁があることが、やってみて初めてわかりました。
そこで、相手がオーガニックの日本製完成製品をやりたいのに、ブランド側が登録(取得に3〜4ヶ月かかる)を持っておらず、社内を巻き込むのも大変な場合、「私たちの名前を使ってくれたら、私たちの商品として出せますよ」という提案をしています。コラボレーションではなく、「私たちの製品にBキッズのタグがついている」というダブルネームであれば、認証を受けた商品として売ることができるのです。これは工場として従来なかなかできない営業活動なので、良いチャンスだと捉えています。
「製造業は暗い」は変わった。AIと円安を追い風に、世界が求める「日本の現場」を創る
佐久間: 景気や国内需要の縮小など、様々な要因がある中で、日本の製造業はどの方向を見てものづくりをすべきでしょうか。日本の製造業を守り、続けていくためにはどうしたら良いとお考えですか?
三木: 今、私たちの周りでは輸出がどんどん伸びていて、成功している事例が増えています。勉強会などでその話をすると驚かれますが、AIや翻訳ツールを使って、英語のメールを日本語に訳し、日本語で返信すればコミュニケーションが成立する時代です。その結果、他の工場も少しずつ輸出を始めています。
かつては「日本への連絡は返事が来ない、謎の世界だ」というイメージがあったようですが、今はAIの力で言語の壁が大幅に下がり、世界から日本製品が求められています。円安という追い風もあり、日本の製造業にとって大きなチャンスだと感じています。目の前の仕事があるからと満足するのではなく、2年後、3年後を見据えて、この波に乗るかどうかが重要です。

佐久間: 製造業の現場では人材確保が難しいと聞きますが、その点はいかがですか?
三木: 幸い、うちは、人材確保にそれほど苦労していません。地道なことですが、全ての学校に会社の状況や募集要項を出し、誠意を持って活動すれば人は集まります。以前は高校の指定校推薦に頼っていましたが、それだと繊維業界に興味のない生徒も受け入れざるを得ず、結果的に数年で辞めてしまいました。
今は「この業界で一緒にやってもいい」と思える人材に来てもらうことが大切だと考え、当たり前の募集活動を徹底しました。その結果、数は多くなくとも、製造現場(ミシンでの縫製)で「一生働きたい」と思っているようなタイプの人たちが応募してくるようになりました。販売で落ちた、デザイナーになれなかったという理由の人もいますが、「ずっと好きだからこの業界に身を置きたい」という熱意のある子たちと働くことができています。
また、私たちが子供の頃に持っていた「製造業は暗い」というイメージも変わってきていると思います。私自身も家業に戻ると決意して「三恵メリヤス」に入ってみたら明るく、みんなが活き活きと働いていました。この明るさや楽しさを、まだ発信できていない工場も多いのではないでしょうか。この「楽しさ」が伝われば、「こんなに明るいなら働きたい」と思ってくれる人は増えるはずです。
ニューメキシコで見た「綿花と水」の危機。カーボンフットプリント計算への挑戦がスタート

佐久間: 最近の取り組みについて教えていただけますか?
三木: 私たちが使用しているアルティメイトピマという綿がニューメキシコの単一農場で生産されていて、そこを訪問してきました。コロナ禍を経てやっと現地に行き、農場の様子を見ることができたのでです。綿花だけでなく、輪作しながら牛などを使って循環させる様子を実際に見るのは非常に勉強になりました。

特に考えさせられたのは、綿花よりピーカンナッツを栽培する農場が増えていることです。ピーカンナッツは大量に水を使う作物で、現地では地域の水資源に大きな負荷をかけているようです。綿花よりも儲かるため農家はピーカンナッツに傾倒していますが、連作が効かず、一度ピーカンナッツ畑にすると他の作物が作れなくなってしまいます。水資源が減っている地域で、このままピーカンナッツ農場が増え続ければ、取り返しのつかない状況になりかねないという危機感を覚えました。
もうひとつは、以前から何度かトライしてきたカーボンフットプリントの計算を開始しました。前からやりたいと思っていたのですが、複雑すぎて諦めていました。しかし、大阪府がカーボンフットプリント計算のコンサルタント並走支援を募集していて、採択されたため、先月から計算を始めました。専門家の並走がなければ、自力での計算は難しかったと思います。
佐久間: 私たち消費者に知ってほしいことはありますか?
三木: パッケージにはGOTSと書いてあるけれど、実はGOTSの基準を満たしていないものがあります。GOTS認証は、最終製品まで認証プロセスが繋がっている必要があり、製品に「どの認証を受けたか」を明記し、認証番号まで表示することになっています。しかし、「コットンだけ」GOTS認証のものを買って使っているだけなのに、GOTS認証のマークがついている商品があります。これは(グリーンのふりをする)「グリーンウォッシュ」にもつながりかねません。悪意はなくても、結果的に他のブランドと同じような「ずる」をしてしまっていることになります。消費者が賢く判断することが求められますが、これは非常に難しい問題だと感じています。
