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ECサイトは、 “買わせる”ように科学的に設計されている
『今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる』のナビゲータはパーソナルアシスタントと名乗るサーシャというAI。利益を最大化するためのノウハウをレクチャーするという体で、逆に過剰な消費に関して警鐘を鳴らしているという仕掛けだ。
エシカル界隈の評判は?
筆者の周りにも観た人は多く、「あれ、観た?」という会話から口コミでじわじわと広がっている印象だ。そして観たという人たちからは、
「前から知っている内容も多かったけど、ゴミに溢れた映像に愕然とした」
「ECサイトの仕組みがあんなことになっているとは知らなかった。“買わされて”いたんだと思った」
といった感想を耳にしている。
Netflix『今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる』の内容は
実際に、番組の中で紹介されているデータの多くは、ニュースやリポートを通してすでに知っていることではあった。例えば、年間に製造されるファッションアイテムやシューズ、スマートフォンなどの量など。それらの多くは企業に促された購買意欲によって消費されている。どちらが先かは鶏と卵論になるが、消費者は購買欲を掻き立てられて購入し、それに対応するように商品が量産されている。しかし問題は、皆が“持ちすぎ”である点だ。
サーシャによるレクチャーは5つのチャプターに分かれている。
1:もっと売れ
2:捨てさせろ
3:嘘をつけ
4:真実を隠せ
5:洗脳しろ
つまりこれらは、企業側が商品を売るために内に秘めた作戦だというのだ。それを裏付けるために、番組ではさまざまな職種の人たちにインタビューしており、かつてアマゾン、アディダス、ユニリーバ、アップルといった大手企業でCEO、役員など重要なポジションで多くの商品を売って/作ってきた人々も登場する。
中でも全編にわたって登場する、アマゾンで15年間UXデザインを担当していたマレン・コスタは重要な証言者だ。アマゾンの黎明期から働いていた彼女は、ファッション部門を立ち上げた頃はパンツ1枚が売れただけで喜んだものだと振り返る。のちにアマゾンの「1 Click」の仕組みも作った人物だ。
ユーザーに、本当に必要かどうか考えさせないように科学的に考えられたシステムも彼女が構築したという。「3,000円以上で送料無料」といった文字の色を、商品の色とのバランスを考えてどの色を組み合わせると効果的か、つまりどの色にするとユーザーがクリックするかなどを最適化したシステムなのだ。
マレンはこのシステムの開発について、より良くするためのもの、ユーザーが見つけやすくするためのものだと思っていたと述懐する。当時は良かれと思っていたのだ。しかし、商品がその後どこに行くかは考えていなかったという。
行動経済学ナッジの視点から考える
行動経済学の「ナッジ理論」とは
ナッジの視点からこのシステムについて考える人が多い。ナッジとは行動経済学の言葉で、「軽く後押しをする」という意味がある。人がより良い行動を、自発的にチョイスするように促す手法をいう。
ナッジの身近な例で言うと、コンビニやスーパーの会計の手前の床に、並ぶ場所を示した印が貼ってある。見ただけで誰もが自然とそれに従い混乱を回避する方法となっている。これはナッジの一つだ。本来は“より良い方向へ“と向かわせるものである。
商品を一つ購入した(もしくはカートに入れた)後に、それとセットで使うとより便利になるものを提案してくるのも、ナッジと考えることができる。
ファッション業界のナッジの影響
ファッション業界でいうと、「xxxが愛用している」「残りxx着」といった言葉を使うことだ。あくまでも、その商品を選ぶのは買い手であることが前提ではある。
しかし、アマゾンのシステムのように、本当に必要かどうかを考える間を与えないような仕組みがナッジなのか? という疑問が湧いてくる。
番組に登場する、かつて売る側だった彼らが口にするのは、
「人々は物を持ち過ぎている」
「世の中に物が溢れている」
ということだ。
ナッジ理論を使うときの留意点は、強制であってはならない。果たしてそれらは守られているのだろうか? ユーザーが、その商品が本当に必要かどうかを考える時間を与えないようなシステムが、より良い行動を促していると言えるだろうか?
消費サイクルの加速はなぜ起きているのか
売り過ぎたことに気づき、第一線を退いた人もいる
前述のインタビュイーたちは、それぞれの企業で役員などのポジションに就いていた。多くの企業の使命は利益を上げることであって、常に高い目標を掲げてそれに向かって行動する/行動させるのが彼らの仕事だった。しかし、皆それぞれの会社を辞している(アマゾンに勤めていたマレンのみ、会社側から解雇された)。その理由は、自分たちがやってきた過剰な消費サイクルに気づき、それを解消する何らかのアクションをすることで社会貢献をしたいと思ったからだ。
売り過ぎた商品の行き先は
ファッション業界では、ファストファッションの台頭が消費サイクルを加速したと言っていいだろう。流行りのアイテムを手頃な値段で手に入れられるファストファッションブランドは、若者にとっては魅力だ。しかし、流行りが終わった後の衣服はどうするのか?
「捨てる」という選択もあるが、そこに罪悪感を感じる人も多い。リサイクルショップに売るというのは懸命な行動だ。しかしここ最近、ファッションブランドが行なっている「着なくなった服の回収」というのが、ブラックボックスになっているのではないかと番組は伝えている。
Shift Cの記事でも既報の通り、寄付などの形で集められた衣服の多くはアジアやアフリカなどに送られていて、ゴミとして処分されるケースが多い。番組に登場するガーナ出身のスタイリストによると、人口が約3,000万人のガーナに、週に1,500万着の衣服が送られてくると言うのだ。明らかに多すぎる。積み上げられたのち、雨に降られ崩れて海岸線に広がる衣服のタグを見てみると、誰もが知っているファッションブランドのものも多い。中には、着なくなった衣服を回収して、ディスカウントクーポンを配っているブランドのものも含まれていた。
売れなかった商品の処分の仕方
物を破棄しているのは購入者だけではない。売れなかった商品を、ファッションブランドやメーカーも捨てているのだ。それもゴミ袋に入れて店の前に置いているケースが多い。
“トラッシュ・ウォーカー”という肩書きで活動する女性は、店舗やメーカーが捨てたゴミを調べて、いかに多くものが作られ、無駄に捨てられているかを訴えている。しかも、捨てる際は再利用されないように、衣服やバッグに傷をつけているケースもあるのだ。彼女は自身のTikTokのアカウントで、物を捨てるように上司から指示されたことがある人たちの声を集めた。その中には「化粧品の中身を絞り出して空にしてから捨てるように指示された」「監視カメラに向かって、商品を壊して捨てた」といった証言もあった。
@thetrashwalker My hot take on waste containerization in NYC #nyc #donate #donatedontdump #dumpsterdiving #haul #vintage #shopping #recycle #climatechange #reuse #thrift #decor #free #zerowaste #eco #sustainable #ecofriendly #trash #waste ♬ original sound – Anna Sacks / @thetrashwalker
Anna SacksのTicTok(@thetrashwalker)より
破棄作業時に、有害物質が発生する電子機器
電子機器廃棄物の行先
ファッション以外の商品の廃棄物が行き着く先も、番組では紹介している。自称“ゴミ界のジェームス・ボンド”という廃棄物調査員が登場するのだが、ヨーロッパの国で液晶モニターにトラッカーを忍ばせて業者に引き渡し、その行き先をモニタリングした。最終的に到着したのはタイ。この“ジェームスボンド”のすごいところは、その場所に赴いて廃棄作業の様子を取材していることだ。
彼が撮影してきた動画を見ると、そこでは人々が手作業で電子機器を分解していた。この分解作業では有毒ガスし、人体に癌や生殖異常などを引き起こす可能性があると言われている。
電子機器はなぜ大量に破棄されるのか
使っているデバイスの新製品が発売されるたびに買い替える人も多い。しかし、使えなくなってしまったので買い替える、というケースも多く見られる。理由は大きく分けて二つある。
1:消費サイクルが短くなるように設計されている〜計画的陳腐化
例えば本来ならば、長く使えるように設計できる電球の寿命を、あえて短くなるようにメーカー側が設計していると言われているのだ。それにより、消費されるペースは早くなり商品は売れるが、同時に廃棄物の量も増えていく。
2:捨てるしか方法がないように設計されている
例えば、電池を交換できない電気歯ブラシがある。同様に、自分では修理できないようになっている電子機器も多い。本体を開いて中の様子を見たくても、特殊なネジで留められていたり、接着剤を使って開くことができない商品が多いのだ。またアップルなどは、ユーザーが自分で修理を施した商品に対する保証はしないと規定していた(欧米では2021年以降、個人の修理が認められるようになった)。
Netflix『今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる』から学ぶこと
番組を観て、愕然とする人も多いだろう。途中に数秒流れる、消費サイクルが今のまま進んだ2050年の東京の中心地の予想シーンは、世紀末な印象だ。
だが、インタビュイーたちは希望を捨てておらず、私たちができることを提案している。世の中に溢れているナッジの影響を受けながら、私たちができることはたくさんあるのだ。
次なるアクションをとっている人たち
アディダスに勤めていたエリック・リートケは、ナチュラルな素材だけを使ったブランドUNLESS collectiveをリリースした。スニーカーのソールですら、土に還るというのだ。
アップルに勤めていたシステムエンジニアは、自身の電子機器ブランドを立ち上げた。そのPCは自分で本体を開き、修理することができる。
ナッジの影響を受けながら、私たちができること
番組内でも紹介しているが、今後私たちにできること、取るべき行動は以下の通り。
・自分にとってその商品が本当に必要かどうか熟考する
ECサイトのカートに商品を入れて、一ヶ月後も欲しかったら購入する
・すぐに捨てない。壊れたものは修理して使う
ファッションアイテムは、長く着られるものを選び、穴が開いたりほつれたら、直して使い続けよう。
欧米のアップルなどで認められている電子機器の個人修理は、日本では電波法の関係で難しい部分が残っている。しかしユーザーが声を上げて訴えることで、状況を変えられる可能性はあるだろう。
・環境への負荷が少ないものを選ぶ
Shift Cのレーティングで、より環境を考慮したブランドを選んで欲しい。先に紹介したUNLESS collectiveは、Shift Cのレーティングではここからだが、今後の取り組みに期待したい。
また、古着を買うというチョイスもあるだろう。
学ぶことの多い『今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる』は、今すぐ観るべき番組だ。(←これこそ本来のナッジです)