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ファッション|2025.09.03

北欧発 “責任ある美しさ” が世界基準に――コペンハーゲンファッションウィーク現地レポ(前編)

近年ますます注目が高まるコペンハーゲンファッションウィーク(CPHFW)。環境配慮はもちろん、人権、運営方法まで19のサステナビリティ基準を設け、英国ファッション協議会が採用を表明するなど影響力を広げている。その主役はもちろん、独自の世界観をもつ新鋭デザイナーたち。彼らが担う新しい時代の美意識は、どのようにランウェイに立ち現れたのか? 盛り上がる町のムードもあわせパブリシストの髙岡英里子さんがレポート。

原稿:髙岡英里子

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2025年8月。北欧の都コペンハーゲンは、ファッション、小さな革命、そして時代の希望で満ちていた。コペンハーゲンファッションウィーク(CPHFW)2026春夏コレクションは、ただの流行最前線ではない。
持続可能性を「建前」から「本音」へと変える革新のプラットフォーム。「服が語る、私たちが選ぶ未来」という新時代の美意識が、ここでは現実になっている。

世界で最難関!? 19項目のサステナ基準が新たな扉を開く

まず他のファッションウィークと一線を画すのは、2025年より完全施行された“Minimum Standards=最低19項目のサステナビリティ基準”。
参加ブランドは単にアイコニックなデザイン力を競うだけでなく、環境問題・人権・多様性・パッケージ・ショー運営・雇用体制…多岐にわたる証拠と実践内容を提出し、外部の専門委員が事前に審査を実施。
「一定項目で未達成が判明すれば、その年は公式ショーに立てない」—この徹底運用ぶりは、世界的にもファッション業界の前例をほぼ見ないレベルだ。

サステナ=エコロジー“だけ”ではなく、ジェンダーフリー、労働環境、公正な雇用、人権…時代の全ての社会課題とファッションが正面から向き合う舞台になっているのだ。

「新しい北欧」への扉を開く 

多様性と連帯の祝祭に招致されたのは、これまでにない規模・多様性を誇る北欧5ヵ国のデザイナーたち。
クリエイティブかつ持続可能な個性が溢れることで、街はキャンバスそのものになる。
会場にはZ世代からシニアまで多様な顔ぶれが並び、リサイクルバッグやアップサイクルのジュエリーに身を包む姿が印象的。
「サステナは義務感ではなく、私たちの“新しい常識”です」(来場したデンマークの大学生グループ)という声も。

歴史の重みと現代アートの息吹が重なるコペンハーゲン。その象徴とも言えるのが、街の中心にそびえる「Nikolaj Kunsthal(ニコライ・クンストハル)」だ。かつては由緒ある教会、今は北欧コンテンポラリーアートの聖地として存在感を放つこの場所が、コペンハーゲンファッションウィークの公式会場となった。

観光名所がモードの最前線へと変貌した数日間、歴史ある石壁にスリリングなランウェイが描かれ、多彩なショー&イベントが連日開催された。
北欧デザイン特有のミニマリズムや、自然由来素材を大胆に再構築する発想力—そのどれもが、「いま、ここでしか生まれ得ない」空気を醸し出していた。

今季のコペンハーゲンファッションウィークは、“サステナブル”や“ジェンダーレス”が当たり前。
「着る人の多様性」や「地球への優しさ」を前提に、北欧ならではの洗練を更新し続けている。
注目するのは、こうした価値観がグローバルトレンドの先端として発信されていること。

歴史ある建築と革新的なムードが交差するこの瞬間—見逃す手はない。

トップバッターは北欧らしい現代性と自由な精神を体現するOpéraSPORT(オペラスポーツ)

コペンハーゲンファッションウィーク2026春夏、公式スケジュール初日。トップを飾ったのは、今最も北欧らいしい現代性と自由な精神を体現すると評判のOpéraSPORT(オペラスポーツ)。

デザインチームがソウルのホテルプールで受けたインスピレーションから、会場自体がプールサイドへと変貌。都市の喧騒と伝統の静けさ、“ソウル”という街の多層的なエネルギーがコペンハーゲンの静謐な夏に溶け込む。「この景色こそ、現代のクロスカルチャー」と思わず息を呑むロケーションだ。

コレクションには、韓国の伝統衣装ハンボクに着想を得た曲線美や、手仕事を感じさせる繊細な3Dレース、ヴィーガンレザーなど、ノーブルでサステナブルな素材セレクトが光る。
ハイビスカスの刺繍やプリント、セージグリーンやパステルトーンのカラーパレットは、ただ“やさしい”だけでなく、心にすっと沁み込むような癒やしをもたらす。

OpéraSPORTのサステナビリティへの本気度は、全ルックでリサイクル&オーガニック素材を徹底するこだわりにも表れる。ファッションが未来への責任を果たす時代、その先頭を走る姿勢を鮮やかに見せつけた。
さらに注目は、ブラジル発「ハワイアナス」と3Dプリント技術を誇る「ツェレルフェルト」の異色コラボ。
最先端のテックと南国由来の自由な感性―二つの潮流が足元で融合する“3Dプリントサンダル”は、現地でも大きな話題を呼んだ。

何より印象的だったのは、多様性への真摯なまなざし。年齢も国籍もジェンダーも、境界線のないモデルキャスティング。
OpéraSPORTが形にした“真のリアル”が、北欧の新しい夏の到来を力強く告げた。

James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane

ワイン片手に“物語”を纏う夜 ― Caro Editions(キャロ エディションズ)が描く「現代の花嫁」と人生の祝祭

街に夕闇が訪れる頃。カルチャー好きの大人たちが静かに集い始めたのは、運河沿い「ニペルスブロ橋」下。そこは、Caro Editionsデザイナー夫妻が自らの結婚式を挙げた“プライベートな記憶”が刻まれた特別な場所—空気までもドラマに変える、唯一無二の会場だった。

今年のCaro Editionsショーは、会場とゲスト、コレクション全体がひとつの“祝福”に包まれる新感覚の体験型ファッションイベントとなった。ゲストは皆ワインを片手に物語の一部となり、心まで解きほぐされるリラックスムード。
街の喧騒やトレンドの騒がしさから距離を置き、“誰もが自分の物語を纏って自由に笑い合える”という、Caro Editionsならではの世界観が広がった。

コレクションの軸は「記憶」「感情」「現代の花嫁像」。
透け感のあるシアードレスは“ベール越しに世界を見つめる新しい自分”、母から受け継いだマルベリーバッグのリメイクや手刺繍のディテールは、“繋がっていく家族の物語”そのもの。ノスタルジックなディテールが今の息吹を得て、新たな美しさに昇華されていく。

“快適さと華やかさ”、“多様性と自分らしさ”を見事に両立したルックは、「トレンドのためでなく、自分を愛し、人生を称えるためのファッション」というCaro Editionsの信念を鮮やかに体現。

モデルの誰もが自由な花嫁としてランウェイを歩き、会場の誰もが心のどこかで「自分の節目」を重ねていたのではないか。
この夜の余韻は、ただ美しさを愛でるだけのファッションでは終わらない。
ワインの酔いとともに、人生の忘れられない瞬間や記憶……“私の物語”に想いを馳せずにいられない。

James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane

静寂と詩情、そして“感覚の余白” ─ Skall Studioスカール スタジオ)が描く春夏の新しい始まり

鮮やかな緑と美術館の静謐。Skall Studioの新作ショーは、デザインミュージアムの中庭で静かに幕を上げた。
まるで朝露の滴る草花のような清々しい空気のもと、クラシックミュージシャンたちが奏でる生演奏が空間全体をやさしく包み込む。
「ファッション」「自然」「音楽」…そのすべてが溶けあって生まれる幻想的な世界。温度や香りまでも織り込まれた、五感にとけこむ体験だった。

テーマは、“本能と感覚”で纏うこと。誕生を思わせる朝の光、新しい一日のはじまり。
流れるようなラインとボディにそっと寄り添う柔らかなシルエット。ラグジュアリーな天然素材と、太陽にさらされたような優しい色合いが、まるで心地良い微睡みの中にいるような気分をもたらす。
リバティプリントの小花は、記憶をくすぐる懐かしさと、今を生きる人に寄り添うフレッシュさを同時に携えている。Jasmine Hassettによるミニマルで詩的なスタイリングは、“余白の美しさ”を観る人に静かに語りかける。

Le Sundialのオーガニックなスカルプチュアルジュエリーが加わり、ダンサーの日常のようなごく自然な所作、しなやかな存在感がそこかしこに漂う。パフォーマンスや自己主張のためでなく、「今この瞬間に、本当に自分を感じて装う」—そんな清々しい哲学が、あらゆるルックに透けて見えた。

今回は、Skall Studio初の本格アクセサリーコレクションも登場。シチリア産のオレンジやサボテンの副産物から生まれたサステナブル新素材によるシューズ、ベルト、バッグなど。上質な触感、洗練されたフォルムが、環境意識とラグジュアリーを見事に両立させていた。

“美しさを身につける”という行為を「自分と静かに向き合う時間」と捉え直す。
それは時代や社会、自分自身の変化をポジティブに楽しむ新たなファッションの可能性を提示している。

James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane

美と儚さ、再生の“未来予報”──Martin Quad(マーティン クアッド)が描く「Sixfold Fate pt.2」の衝撃

 コペンハーゲン郊外の住宅地にあるブレンショウ水道塔という歴史あるシンボリックな舞台。
その静謐な“記憶”に、新たな衝撃を刻み込んだのは、Martin Quadの公式スケジュールでのデビューコレクション「Sixfold Fate pt.2」だ。

テーマは救急病棟の“異様な雰囲気”。自作の劇からインスピレーションを得ており、「破壊」「伝統」「アバンギャルドなクチュール」の探求を続けた。
コレクションは、アメリカの救急病棟を生々しく描いた名著『The Knife and Gun Club』(Eugene Richards著)との出会いをきっかけに、病気や怪我ではなく、その場の独特な緊張感や匿名性、無菌的な質感や制服、蛍光灯の光など「空気ごと」デザインとして解釈。
救急医療のシンボル「スター・オブ・ライフ」の六要素に沿って構成されたストーリーは、人間のもろさ・介入・再生を六幕で表現する。

ホワイトキューブのような無機質な空間、蛍光灯の光、規律と静謐と息を呑む緊張感…。それらすべてが衣服の“線”や“素材”に抽象的に刻み込まれる。
ジャケットの袖はひそやかに内側に隠れ、高めに引き上げられたハイウエストパンツや、ミニスカートなど、シルエットと身体の“境界”がゆがむ。
襟元や仕上げには、クラシックなテーラリングへのオマージュと、現代の“防御”や“守り”を備えたデザイン。
その美しさは、「美しく装うこと」「安全を求めること」「社会的不安への共鳴」を身につける、今だけのリアリティだ。

Quadが選ぶのは、デッドストックやアップサイクルの布地など、サステナブル価値を徹底したマテリアル。手仕事による一点物の工芸性と、イタリアとの協業によるプレタポルテラインを融合し、アートと日常の新しい接点を探る。

Martin Quadはまさに「ファッションは身体を守り、内面を解放するアートである」というメッセージを濃密なかたちで観客の心に刻みつけた。

James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane

“生き抜く力”が美意識に昇華――Rolf Ekroth(ロルフ エクロス)が魅せた、都市×サバイバルのサステナブルモード

フィンランド発Rolf Ekrothーコレクションが披露されたのは、コペンハーゲン都市再生エリア・レフシャロエンの中心にある“アーバンフォレスト”。かつての造船所跡地に産業遺構が静かに佇み、アート、カルチャー、自然、そしてサステナビリティが交差する唯一無二の空間だ。

Rolf Ekrothがこの場所で提示したのは、「実用性」と「生き残り」にフォーカスした、今の時代に必要な新しい進化のファッション。一歩先行くサステナブルマインドと、着る人の強さ・しなやかさをリアルに形にしてみせた。
特筆すべきは、廃棄ジーンズを丁寧に解体し、再構築した個性あふれるパンツ。古い素材の歴史を受け継ぎつつ、新たな表情と機能性を与えられたアイテムは、まさに「過去を未来のための原材料に変える」というブランド哲学の具現化だ。
さらに印象的だったのは、圧倒的なクラフトマンシップが光る1万5千粒のパール手刺繍。手間と時間を惜しまない工程が、1点1点に“生きる証”を刻む。

機能面でも抜かりはない。レーザーカットによる通気穴が開けられたアイテムや、デザイン性と実用性がミックスされた新解釈のレスキューベストなど、都市生活とアウトドアの垣根を越えた“生存着”として存在感を放つ。
また、今季はフィンランドの廃棄物管理会社とのタッグで集められたヴィンテージ生地を積極使用し、各マテリアルの個性を前面に押し出す。ワークショップグレー、ヴィンテージデニムブルー、エマージェンシーオレンジ、パールホワイト―そんな工業的なカラーパレットに、花柄や抽象プリントがさりげなく効き、無骨さとアート感が同居する。ピン細工、粗めのステッチといった手仕事の温もりも、各ルックに宿るストーリーの一部だ。

「洋服を“単なる思い出”に留めず、変化と再生のサイクルの中で進化させ続けること」。
Rolf Ekrothが投げかけたのは、時代の困難をポジティブに跳ね返す“サバイバル美学”だ。都市の新しいライフスタイル、次代のサステナブルモード―その可能性を、静かに、でも確かな熱量で私たちに示してくれた。

James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane
James Cochrane

コペンハーゲンの街と、来場者たちが渾然一体となる“体験型ムーブメント”

 街中のカフェやギャラリーでは「ファチェンジ(ファッション×チェンジ)」を語り合う即席トークイベントやワークショップが随所で開かれていた。来場者もアクティブにアップサイクリングワークショップに参加し、“作る・着る・語る・変革する”を全員で体感。
市内を歩くとヴィーガンカフェや中古ショップが活気づくのもこの時期の定番で、「サステナブルは流行ではなく“暮らしの態度”です」と語る地元オーナーも印象的。

季節柄もあるが、ファッションショーの多くが屋外で行われることは、サステナビリティ(持続可能性)への配慮にもつながっている。屋外開催によって、照明や空調の電力消費が減り、過剰な装飾やセットが不要となるため、資源や廃棄物を削減可能。また、地域の景観や施設を活用することで、地元コミュニティにも貢献できる。

美しさは、新たな責任のもとで再定義される

「美しいだけではなく、私たち・世界・未来に責任を持つ」―それが2026春夏コペンハーゲンファッションウィークで鳴り響いた本質的メッセージだった。
ファッションを通じて社会課題にダイレクトに答えるこの北欧の小さな都市発のイノベーションは、文化・経済・思想全体の新しい出発点。
次回はどのような変革と物語が生まれるのか? 

引き続き、“服の未来”の現在地を後編でもお届けします。

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パブリシスト/コラムニスト
髙岡英里子
幼少期をフランス・パリで過ごす。社会人を経て再び渡仏し、現地PR会社にてパリファッションウィークに携わる。帰国後、国内外のファッションブランドPRとして活動。2016年に独立し、ファッションに加えライフスタイル、ビューティー、音楽、アート、食と分野を広げ、パブリシスト/コラムニストとして活動中。

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