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木村舞子
北海道出身。バンタンデザイン研究所を卒業後、スタイリスト百々千晴氏に師事。ファッションモード誌、カタログ等で活躍中。Shift Cにて「スタイリスト・木村舞子が、ジャパンブランドとサステナブルアクションを考える」を連載中。
Contents
天然染色の魅力を伝える新ブランド「オーメ」


ーー「壺草苑(こそうえん)」という洋服のブランドで藍染の魅力を提案されていましたが、新たに「オーメ」を立ち上げた理由を教えてください。
村田敏行:「オーメ」は「今まで壺草苑でリーチできなかった層に対して藍染の魅力を知っていただきたい」という想いから始まりました。もっと若い層をターゲットにしたブランドに挑戦してみたいと思っていたんです。主にセレクトショップさんに買い付けをしてもらえるようなアイテムの展開をしています。一方、「壺草苑」は、愛用してくださっている顧客の方々の年齢層は大体60〜80歳。そして、デザイナーがいないので、ほぼ僕がパターンナーさんに「こういう柄で、こんな感じの服にしたい」と話をしてパターンを起こしてもらっています。藍染が中心にあるブランドで、中にファッションのプロや詳しいスタッフが全くいない状況だったんです。「オーメ」に関しては、ディレクターとデザイナーを入れて企画に取り組んでいます。
ーーどのような方が企画をされているんですか。
村田:ディレクターとして百貨店やセレクトショップで長年バイヤーを務めてきた加藤マリン素子さんに入っていただいていて、デザインは国内ブランドで幅広い経験のある鈴木里香さんにお願いしています。

ーー「オーメ」は藍染だけでなく、草木染めのアイテムも豊富ですね。
加藤マリン素子:「壺草苑」では藍染だけでなく、草木染も手がけています。SS25シーズンは、画家のジョージア・オキーフの装いや作品の色づかいからヒントを得ました。どのアイテムも藍染、梅染、丁子染、西洋茜染の5色を用意しています。藍染は8回染の濃い藍と回染の薄い藍の2色展開です。


ーー英国のニットブランド「JOHN SMEDLEY(ジョン スメドレー)」とのコラボレーションも印象的です。グレーと藍とのコントラストが素敵だと思いました。どのようにして実現した協業なんでしょうか。
村田:加藤さんが提案してくださったんです。やはりヨーロッパのブランドは藍染に興味があるのか、すぐにアプルーヴァルがおりて実現に至りました。「ジョン スメドレー」のニットは、服の上の方を手で持って、少しずつ下ろして染液に浸して染めていくやり方なんです。この作業をずっと続けていると、腕がおのずと疲れて自然と下に落ちてくる、それでグラデーションが生まれるんです。藍染は、染めるには15分間は染まり続けると言われています。例えば、この染め方でニットを15分間染めていくと純粋に動いた時間差のグラデーションが表現されるんです。完全に人の感覚ですから、お客様には多少の個体差があるのを楽しんでいただきたいですね。
海外で日本の藍染が注目される理由
ーー壺草苑ではどのような方法で藍染を行うかを教えていただけますか。
村田:江戸時代から続く伝統的な技法「天然藍灰汁醗酵建て」で藍染を行なっています。原料にタデアイというタデ科の植物を使い、これを乾燥させた状態から、スクモと呼ばれるものに加工します。藍の栽培から始まり、葉っぱの状態からスクモにしてくれる職人さんを藍師(あいし)と呼びます。徳島県で活動されており、最高級品のスクモが作られています。現在ではその希少性から日本の無形文化財に団体指定されています。

村田:スクモの中に菌が眠っていて、菌が活発に生きられるアルカリ性の液体を作ってあげないといけないんです。昔ながらの方法だと木灰でアク(灰汁)を作り、菌にいい環境を作る。そして菌のご飯である「ふすま」(小麦の外皮)を灰汁で煮込んでお粥のような状態にして加えます。発酵が進むと、環境が酸性に触れてくるので石灰を入れて調整したり、日本酒を加えて栄養分を追加していきます。朝と晩に毎日撹拌して、約10日〜2週間ぐらいで染められる染液になります。



ーー腐敗して使用できなくなった染液は、壺草苑ではそのまま敷地内の土に戻しているそうですね。
村田:はい、すべて天然物で作られているので問題ありません。むしろ、たくさんの有機物が入っているので土壌はより豊かになる傾向があります。天然藍は完全循環型のサステナブルな染料なのです。また、灰汁を取る際に下に沈殿した灰は、陶芸の釉薬になるので欲しい人は引き渡し、逆に、木灰をピザ屋さんにもらったりしています。おそらく京都や山梨もそうだと思うんですが、ちょっとした循環社会がある。それぞれの文化性って意外と合理的にできているんだと思います。

ーー日本の藍染はなぜ海外で人気なんだと思いますか。
村田:日本の文化として、古来の製法や技法がちゃんと伝わっているからだと思います。それこそ、海外では藍染の着物や絞りからのイメージが強い。でも、藍染の文化って世界中にあるんですよ。
ーー世界中で藍染がされていた過去があるのに、日本の藍染が注目されるのが不思議です。
村田:海外の染め方は昔の方法からかなり変化してしまいました。昔ながらの天然染料を用いた方法でやっている人が全くいないんです。結局「色だけ本物らしく見えればいい」という考えを優先して、それが当たり前になると、色の定着の方法は科学的になります。石油を使ったインディゴピア(合成染料)は手軽にムラなく染めることができて重ねて染める必要はありません。そのかわり、堅牢度が悪く色が落ちやすく色移りします。その点、天然藍で昔ながらの製法で染めていくと、何度も染めを重ねてすごく手間はかかりますが、堅牢度は合成染料よりも遥かによく、色移りもしません。白いものと一緒に洗濯しても問題ないです。
ーーヨーロッパで昔ながらの染色方法が戻らないということは、もう文化自体が失われてしまったということでしょうか。
村田:そうですね。効率的なことや合理性を考えると手間ひまをかけて染めをするのは難しいのでしょう。現在、ヨーロッパでは天然染色をやっていたことがある人もいないレベルだと思います。中国や台湾の一部はまだ残っているようで、山奥の村であると聞きます。他国と日本の藍染の何が一番大きな違いかというと、発酵を2回させる点。スクモにする段階と藍を染める時の2回行うのは日本だけです。沖縄の琉球藍と海外の藍染は沈殿藍といって、スクモを作らずに葉っぱを直に突っ込んで糖分とかを入れながら一度だけ発酵させる方法が主流なんですよね。一段階、手間が省ける方法です。アフリカも同じ方法でした。ただ、この方法だと堅牢度はすごく悪くて、色が抜けていくし他のものに色移りしやすい。やっぱり2回発酵させることで、色の深みが出てくるし色落ちがしにくいんです。日本ならではの高い機能性や色の魅力があることは確かです。

天然染の効用と強み

ーー藍染は抗菌作用など、様々な効用があることも知られていますね。
村田:正直、科学的な検査をしている訳ではないので、正確なことは言えないのですが(笑)。肌感的なことで言うと、一度商品をカビさせたことがあるんです。白くなっているところはカビていて藍色に染まってるところはカビなかった。「やっぱりあるんだな」と思った実体験はありますね。そもそも、藍染や草木染で使われる植物自体が漢方薬としても使われているものが多い。藍の葉っぱも整腸作用があると言われていて、サラダとして食べる人もいるくらいですし。要するに身体の中から調子を良くしてくれるもので身につけるものを染めることで、身体を外界から守るという考えが信じられてきたんだと思います。
ーー草木染めも藍染も昔はそこからスタートしていたはずでしたよね 。
村田:昔は、特に大事なものは藍染の風呂敷で包む慣わしがあったくらいですから。藍染をすることで物理的に生地が固くなって強くなるので、虫に食べづらくなるというのはあると思います。だからウール系のものも、藍染すると虫食いの被害にあいにくいんです。

壺草苑の展望と藍染業界の課題について考える
ーー工房さんとしての課題や今度の目標はありますか。
村田:我々のような手仕事系の職業は、ヨーロッパだとまた考え方が異なると思いますが、日本では給料が高くないのが事実。僕自身の目標は職員の子たちの給料を全体的に上げることを目標にしています。見てお分かりの通り大変な仕事で、給料を理由に辞めてほしくないし、職人を志す人が少ないままになってしまう。やりたいけど続けられない状況をなくしたいと常々思っています。会社の課題で、クリアしなきゃいけないところですね。
ーー藍染業界全体の課題は?
村田:藍染という言葉はよく聞くし、日本人だったらほとんどの人が藍染を一度は聞いたことがあると思います。藍染といっても日本の天然藍だけで染めているものもあれば、合成染料で染めているものまでたくさんの製法があります。それがどのような工程で染められているかわかってもらえると嬉しいです。
また、藍染って作家さんはたくさんいるんですけど、会社としてやっているところはほとんど無いんです。藍染の会社は、もう片手で数えられるほどの数しか無い。個人でやってる方々は一世代が終わると、次世代につながらないことが多いんです。うちは会社として人をちゃんと雇用しますし、次世代につながるよう職人を育てています。業界的にはそういったところを解決した方がいいんじゃないかなと。
ーー藍師さんは無形文化財ですが、何か国からの支援はあるのですか。
村田:国からは多少の補助があるようです。ただ、「ほんの少し」っておっしゃっていたから十分ではないんだと思います。原料を十分に作れない問題も業界的にはあります。藍師さんも農業と同じく、種から作り始めています。なので農業が抱える問題と同じように生産量が減っていく一方。そのあたりも、向き合わなければならない課題です。
ーー課題を解決する一番簡単なソリューションとしては、とにかく数が売れればいいものなのでしょうか。
村田:適正な付加価値として認識してもらって、価格も含めてちゃんと妥当にできるのがいいなと考えています。もちろん、作ったものが全て売れてなくなってくれるのがベストだと思います。現状の価格はギリギリ成立するところとせめぎ合っている価格設定です。
ーーそれこそ、フランスみたいに国が職人を守りながらブランディングして国外にアピールしていくというのは必要そうですよね。
村田:藍染の原料作りは、一応守られてはいると思います。最近だと東京都も動き始めていて、短期的な支援ではありますけど「江戸東京きらりプロジェクト」を始めています。 東京で100年以上続く、老舗と呼ばれる文化的な企業を「東京のブランド」として国内外に向けてアピールしています。藍染屋さんも結構いっぱい存在していて、中には人間国宝的な存在になっている人もいたりはするんですけど。ただ染めというよりも有松絞りだったり、技術の評価に近いんです。だから藍染をひとつの文化として守っているというより、一部の人がフューチャーされていて、うちはうちで頑張ろうと思って活動しています。
職人歴4年の松野秋空さんが語る、藍染と伝統工芸

ーー指先が藍色に染まっていますね。まるでマットなマニキュアを塗ったみたい。
松野秋空:3日ぐらい仕事をしないと皮膚に付いた色は取れます。でも爪はすっかり染まってしまっていて。爪が生え変わらない限り青いままなんです。
ーー壺草苑で働く職人さんの主なお仕事を教えて下さい。
松野:基本的に染めです。例えば鞄を染めたら、4日ほど外に干して乾いたら洗うを繰り返します。最終的には、水につけても青い色素が出なくなった状態にして商品として売り出しています。工房の中に大きなタイル張りのプールがあるのですが、その中の水につけて、最終工程で思いっきり振り洗いをしてその時点で青が出なければ完成です。それから商品にアイロンかけをして、ボタンなどをつけて完成です。このような作業がメインです。

松野:なので、一日中染めているわけではなく、朝来たらまずは、前日に染めたものや干して木枠や竿にかけたものを外に出したり、みんなでピンチ止めをして干したりします。干すべきものを全部広げて干し終えて、ようやく染めの作業が始められるんです。だいたい3時くらいまで染めの作業をしたら、今度は洗いに入ります。それをまた翌日の朝に向けて干しの作業をして、仕事が終わるという感じです。
ーーどういうきっかけで職人になられたのですか?
松野:私自身は三重県のファッション系の高校に通っていたのですが、三重県の伝統工芸である伊勢型紙の彫りや織りなどを一通りやらせてもらう機会があったんです。特に伊勢型紙に触れたときに「伝統工芸って楽しいし、面白そうな世界だな」と感じました。すぐに職人になりたいとは思いませんでしたが、ものづくりが好きだったので「いずれそういう仕事に携われたらいいな」と自分の中にイメージが浮かんでいたのを覚えています。その後、ファッション系の大学に入り、インターン先を探す必要があり、壺草苑が思い浮かびました。というのも、母の実家がここから徒歩30分のところにあったんです。母親が壺草苑のお客さんだったこともあり、藍染はずっと身近な存在でした。そんな縁もあってインターン生として1年、大学生の時にアルバイトとして働き就職して4年目になりました。 もともと伝統工芸を継ぐ若い人が少ないということは知っていたので、美しい日本の文化が消えていくのを黙って見いられなかったんです。正直、藍染じゃなくてもよかったんですけど(笑)。私の力で消えていってしまうものが少しでも長く息が続くようになったらいいなと思っています。

ーー正直、壺草苑は若い方がたくさん働いているので驚いています。
松野:誰もが、実際に職人として働いてみて、難しいと思うことは多々あるはず。職人として「同年代の人にどうやって魅力を伝えていこうかな」と思う反面、時代はどんどん新しく変化をしていきます。もちろん、伝統的なものに新しいものを取り入れることも大事ですけど、ずっと受け継がれてきたもの自体を一気に壊すこともできないんです。両立というか、伝統として残す部分と、若い世代が変えていかないといけない部分とをどうバランスとるかが難しいなと。簡単ではないことです。
ーー製品開発の際に、若い職人さんが意見する場はあるのでしょうか。
松野:キャリアが長い経験者も経験が浅い人でも、何か思ったり意見が出せるような場を設けて意見交換ができるようにはしています。ただ一つの柄をとっても、染めている職人の好みもあるので、少しの個体差が生まれてきちゃうんです。美しいとされる柄や色は決まっているので、ちゃんと一致するように「もっとこうした方がいいよね」とみんなで声を掛け合いながら染めています。

ーー技術はどのようにして習得するのですか。
松野:現在、壺草苑では、工房長を含め9人の職人が働いています。そのうちは20〜30代手前までの人が多く、同世代が固まっています。技術については個人差はありますが、みんな意欲的に取り組むので必ず上達します。もちろん、それぞれ不得意な柄がありますが、繰り返して経験を積んで自分のものにしていきます。苦手な柄であっても「次は自分でやりたいです」と前のめりに挑戦していく毎日ですね。その分、体力はきついです。一つ一つが重労働で勤務時間も短くはないので、続けていくとなると根気が必要。筋力もだいぶ発達するので、健康的ではありますが(笑)。でも精神的には毎日が学びの連続なのでかなり楽しい!だから、乗り越えられているんだろうなとは思います。
取材を終えて
日本人にとって藍染というのは馴染みがありますが、発酵を用いているなど実はどうやって染めるのかよく知りませんでした。その染めの仕組みを知って、いかに環境に優しく、機能的にも素 晴らしい技術であるということがより深くわかりました。藍染がこの先の未来も末長く続くよう、消費者としてもきちんと価値を理解することで作り手の方々に還元できるような仕組みに なっていくといいなと思いました。