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満汐国明
コレクションブランドEzumiでキャリアをスタート。CoSTUME NATIONALでチーフデザイナーを務めた後渡米し、UXデザインの会社で顧客デザインを担当。帰国後カポック・ノットのディレクターを経て、2024年独立。
―――ブランド名、ファヴィ・メルカートの意味を教えて下さい。
faはファブリック(布地)、viはビブラントアイディアズ(イキイキしたアイデア)、メルカートはイタリア語で市場。つまり、アイデアが集まっている素材市場という意味です。(滿汐国明、以下同)
―――ファヴィ・メルカートの「旬をまとう」というコンセプトについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
旬をまとうって言葉はちょっとずるいなと自分でも思っているんですが(笑)、豊かな自然の恵みから届いた素材を使わせてもらうという意味です。自分のデザインの中には日本らしさがあると思っているのですが、それが和食と似ているなと感じていて。バランスの取れた中庸な味わいと、自然の美しさや移ろいを表現する器のようなものが混じっているなという風に思っているんです。
日本人のデザイナーさんはハイブリッドなデザインが得意だなと感じています、例えばSACAIさんやTOGAさんのように境界線がパキっと見える。対して僕のデザインは異なるものが溶け合って一緒になっているのが特徴的だなと思っていて、それを中庸な味わいと表現しています。
例えば、ブラウスのデザインでありながらコートであるとか、和食って、季節によって器を選んだりしますよね。そういった感覚でお皿のような柄を採用したり、セラミックのような素材を入れ込んだりして、旬の素材を料理する感覚でデザインを行っています。
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―――旬の素材というのはどういったものを指していますか?
ワクワクするような新しい素材や、季節の旨味があるものです。例えばカポックであれば、冬にすごく適している素材ですし、ポリフェノール成分を含むサトウキビは素材自体に抗菌、消臭の効果があるので夏に欲しい。季節の旨味のようなものがしっかりあることを意識したうえでバランスの取れた味わいとして、自然の美しさや色合いを調理するような感覚でデザインに取り入れています。それらを店頭や展示会で素材を置いて視覚的に見せることをブランドの体験として重要視していますね。
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―――旨味=機能性ということですね。確かに、眼の前で服とともにカポックの実やトウゴマが陳列されていれば、コレがこうなるの?と共感しやすいですね。現代は、工業製品に慣れすぎて、衣類の背景へと想像ができなくなっています。コットンを使った服は農業に関係しているし、プラスチック由来であれば石油業界が背景にある。何がどこから来ているのか知るためにも素材に注目を促すことは有意義だと思います。
今、デザインが良ければ売れる時代じゃないですからね。面白いと思ったり、これは自分が着るべきだという使命感のようなものを感じてもらうためには体験なのかなと思っています。
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染色時のエネルギー・水利用の半減に取り組むゲームチェンジャー
―――展示会でワークショップなどのエデュケーションにも取り組まれていました。
教育というよりも新しい技術のプレゼンテーションに近いですね。その時は桜という旬の素材を使って、天然由来の草木染めを行ったんです。半導体の技術を使い、染料を物質に吸着させる役割の液体を天然由来で開発しています。服も染料も吸着させるための液体も全て100%天然由来であるのに色落ちしにくいという画期的なもので今年中の量産化に向けて動いています。
―――人体への影響や水の汚染が解決できる新しい技術ということですか?
それだけではないんです。染色は基本的に80度以上の温度で30分以上繊維を煮込まないと色が定着しないんですが、この技術は定着力が高いので非加熱の25度に15秒ほどつければ染めることができます。もし量産化されたら、お湯を沸かすためのエネルギーはもちろん、水の使用量がおよそ半減できます。ものすごく環境にいいだけでなく、光熱費が半分に抑えられるんです。大きな染色工場では月の光熱費が3000万円ぐらいかかりますから、これはかなりゲームチェンジャーになるのではないかと思っています。
―――CO2と水の削減ができれば、染色業界の根幹が変わりますね。ちなみに、天然染料は化学染料に比べてどのぐらいコストがかかるんですか?
下手したら倍ぐらいかかりますが、それも効率の問題なんですよね。特定色を出すための天然素材を経済ロットの多い廃棄野菜のようなところでまかなえば、化学染料に近い価格にすることは可能だと思います。そのためにはやはり量を出さなきゃいけない。これを開発するだけでなく、現在の化学染料の市場をいかに半導体技術による天然染料に変えていくのかという戦いも必要になってきますが、量が増えるほどコストメリットは広がるし、問題解決にもつながっていきます。
―――満汐さんのキャリアでユニークなのが、ファッションデザインの途中で、UXデザインも学んでいますよね?
2011年にEzumiというコレクションブランドでキャリアをスタートし、5年後にCoSTUME NATIONALというイタリアのブランドでチーフデザイナーとして経験を積みました。デザイナーとしてのキャリアとしては着実に階段を上がっていたんですが、買収によってマーケティングやブランディングを日本の会社が担うようになり、業績が下がっていってしまった。それを見て自分はデザインだけしていても、何も変えられないなと思ったんですよね。ブランドはデザイナーだけじゃなくていろいろな側面があるから、ブランドビジネスの全体を学びたいと思ったんです。その頃「モノのデザインとコトのデザイン」が言われ、UX(ユーザー・エクスペリエンス)体験のデザインということが注目されていました。ちょうどアメリカに移住する機会があったので、UXのデザイン会社に入って、ファッション以外のクライアントも担当しながら、実際のブランド体験を担当させてもらいました。
―――ファッションデザインを背景としている方は珍しかったのでは?
ブランド体験の構築の現場にファッションデザイナー出身者はいませんでした。みんな、モノは作れないけれど、コトだけ作っていたんです。僕は両方ともできることを強みとして、日本のグローバル企業の新規事業やスタートアップを担当していました。その後、その時のご縁もあり帰国してカポック・ノットというサステナブルブランドでディレクターとしても参画しながら、取締役として、クリエイティブとビジネスの両面を担当していました。
しかし、カポック・ノットはカポックという素材だけを使う部分が強みでもあり、弱みとも言えるかなと思っていて。もっといろんな素材を使うほうがファッションとしての彩りがより豊かになるし提案の幅も広がると考え、独立して、いろんな素材を使ったファブリックのアイデアをどんどん出していけるようなブランドを24年秋冬シーズンに立ち上げたんです。
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―――サステナブルに対する意識はもともとお持ちだったんですか?
原体験としては、サンフランシスコに住んでいた頃、山火事がひどくて空がオレンジ色に染まっている様子を体験したんです。土曜日に遅めに起きてもまだ空が暗くて、地球の終末が現実に漂うような感覚でした。あれがサステナブルというキーワードが浮かんできた瞬間だったかなと思います。
もちろん、社会の流れ的にサステナブルをやった方がいい、という風潮があるなか、自分としてはファッションやデザインだけではなく独自性のあるものに取り組むべきだという考えは持っていました。サンフランシスコには社会課題を解決する新規事業を立ち上げるスタートアップが多くて、その観点は必要だなって改めて思っていたところに、山火事の実体験も重なったっていうところがあるのかもしれないですね。
さかのぼると、僕が幼少期の時に母親が発展途上国でアートを教えることで心を豊かにし、治安を改善していくという活動をしていたんです。それを見ていたので人間って何かしら社会善をしなきゃいけない、誰かのために生きなきゃいけないというような思いはもともとありましたね。
言葉だけではなくアクションを起こす企業が今後どれだけ出てくるか
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―――favi mercatoではジャケット以外のカポックを使ったアイテムも豊富です。
カポックを衣類に入れ込む場合、今まではシート状に加工して使われていたんですが、一般的なダウンのように吹き込みができるよう国内の繊維商社さんとうちの縫製工場を提携させて、量産できるよう1つのラインを作りました。「New nature Down」コレクションです。カポックはダウンと違ってそんなに膨らみ感が出ないんですよね。なので、着ぶくれしなくても温かいものが作れるという利点があるので、カーディガンやジャケットなどにも入れることができるんです。トレンチコートとか、かっこいいけど意外と寒いじゃないですか?
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―――伝統的な形状を活かしながら機能性を高めるというのは新しい着眼点ですね。ちなみに、これまで吹込みの技術ができなかったのはどのような難点を抱えていたからなのでしょうか?
カポックは繊維が短いので舞ってしまうんです。それに天然由来の枝などのゴミがかなり混在していて、それを除去するのが難しく、手詰めとなると綿が固まってしまうので、いかにこの柔らかい状態の綿を空気と一緒にを吹き込むのかが技術力です。ちなみにカポックには抗菌や防虫の効果があることが最近わかったんですよ。
―――自然素材の持つ力や素晴らしさはどうしても懐古的な美学で発展しがちですが、視覚的なデザインや精神性を語るだけでなく、問題解決に向けた実装力が伴っているところに説得力を感じます。
やはり、ブランド単体だとそんな大きい課題は解決できないんですよね。新しい素材やプラットフォームが社会実装されることによってこそ社会が変わる。toCでお客さんに“サステナブルですよ“というアプローチよりも、産業を変えるためにはtoBの素材に着眼点を変えないと社会は変えられないのかなと思っています。だから、染色の技術もそうですし、他の素材など手を組んでどんどん可能性を広げていきたいですね。
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―――様々な実装を行っている満汐さん。サステナブルの現在地と未来をどのように見ていますか?
サステナブルっていう言葉は、良くも悪くもみんなが知っている言葉になりましたよね。でも、持続可能なビジネスや社会を作っていくことって本来そうあるべきなんです。社会のためにいかにアクションする企業がどれだけ出てくるのかがこれからの時代だと思います。実は一時期、サステナブルブランドと呼ばれることが好きじゃなかったんですが、自分としての社会的な責任を果たしていくほど、別にいいと思えるんですね。2025年から染料もやっていきますし、どんどんアクションを起こして時代を引っ張りたいなと思いますね。