WWFのメッセージに大きな衝撃を受け、物作りを見直す
――ブランドをスタートした経緯について教えてください。
小池直人(以下、小池) もともと僕は社会人になったら、10年目で独立しようと考えていたんです。ファッション業界に憧れて入り、自分の課題やコンプレックス、強みを企業で勉強した後に何かできたらいいなと。独立直前はトゥモローランドで働いており、ユニセックスなデザインが得意でした。いざ独立するにあたり、マーケットリサーチをしたんです。当時、子ども服は恐竜やお花柄など、男の子と女の子のデザインが明確に分かれていたので、自分がやっているユニセックスなテイストで、子どもから大人まで一つのデザインでできたら楽しそうだなと思い、2012年に5品番からスタートしました。
――販路はすぐに決まったのですか?
小池 ファーストコレクションで梅田阪急との取引が決まりました。同店をきっかけにビームスや伊勢丹新宿店へと繋がっていきました。2年目から長尾がジョインし、百貨店内に自社で5店舗ほど運営していたんです。その時にコロナ禍となり、店も縮小していくかと話していたタイミングで、雑誌『トランジット』に掲載されていたWWFの広告に、「この40年間で6割の野生動物が減少しました」と書かれているのを見て衝撃を受けて。
そこから書籍を読んだりして、2020年に物作りを見直し始めました。恥ずかしいですが、アパレル産業が世界第2位の環境汚染産業ということは知りませんでした。テクスチャーや見た目の勉強はさせてもらいましたが、見えない部分については知る機会がなかった。そこから物作りの方法を変えたり、原料の調達、トレーサビリティをどこまで追求するかとやり始めると、縛りは自ずと狭まっていきました。いろいろな人に助けてもらいながら、そこで出合った新しいお店、例えばロンハーマンは、長尾が手紙を書いて営業をしてくれて。販路も少し変わりつつ、応援し続けてくれる人もいて、どうにかこうにか低空飛行を続けているという状態です。
コロナをきっかけに向き合った、アパレル業界の環境への多大な負荷
――長尾さんはそもそも環境や人権問題に関心が高かったのですか?
長尾麻友子(以下、長尾) いいえ。コロナをきっかけに気候変動により地球が取り返しのつかない状況になるまで(2020年当時)あと7年しかないと知りました(注:クライメートクロック。2024年10月7日現在では残り4年287日)。ファッションの生産過程による環境汚染についても、その時点ですでに15年ほど物作りに携わっていたのになぜ意識を向けられなかったのだろうと。
例えば、Tシャツ1枚作るのに水を2,700リットル使うなど、考えようと思えば気づけたかもしれないのに、そこは全く意識していなかった。自分なりに毎日一生懸命働いていたつもりでしたが、全然物作りへの理解が及んでいなかったんだなというのを知って、すごくショックで。そこから勉強し始めました。振り返ってみると、温室効果ガス排出や動物の犠牲を減らしたくて始めた菜食生活も、子供の頃から動物園に違和感を感じていたりといった自分の性格というか特性に通ずるものがあるのかなと思います。
――具体的にどういったアクションを起こされたのですか?
長尾 物作りを切り替えて5年目になりますが、BtoBへのアクションは特に根気がいりました。日本においては、環境に配慮した物作りへの理解の欠如、そして基準がまだまだ不明瞭だと感じます。
エビデンス取得やトレーサビリティ確保など、メーカー、縫製工場、生地屋、それぞれが初めてのことを経験している段階なので経験値と辛抱が必要です。
私たちには周りに相談出来る相手がおらずとても困った経験がありますが、同じ思いを他の方にして欲しくないので、一人で悩まない、継続しやすい環境を作れたらと思い、諦めずトライし続けています。
環境問題と同じく重要と捉える、ステレオタイプなジェンダー観の打破
――他に大切にされていることはありますか?
小池 ジェンダーにまつわる問題です。気候変動により起きる災害では、子供や女性の死亡率は男性の14倍とも言われています。(注)
長尾 大きすぎる野望なのであまり言わないようにしているのですが、アパレル業界から、レディース、メンズ、ボーイズ、ガールズという区分けを無くしたいと思っていて。仕事を通じて誰かを傷つけることはしたくありません。ポップアップを開催していると、「これは女児用ですか? 男児用ですか?」と訊かれますが、気持ちに沿って選んでいただけたらいいと思いますとお伝えしています。そういったところからも子ども服を作っている責任をすごく感じますね。実際に私たちのサイトでは男児女児といった表記を無くしています。HAPPY BAGも、COOLとSWEETといったテイスト分けで販売していますがお客様も理解してくださっています。
――子どもたちが着たい服を着ればいい、と。
長尾 「ARCH&LINE」では、洋服を通して主にジェンダー問題と環境問題を伝えていきたいと考えているのですが、一番リアクションをいただくのは、ジェンダーの問題です。「息子がピンクを着たがるが、まわりの友達からからかわれるので、年を重ねるごとに着なくなる」といった話はよく聞きます。そのお子様の感性やファッションの可能性を狭めてしまうようで、とても残念なことです。ファッション業界に携わっているからには、ファッション業界を目指す子供が増えてほしいと思いますし、その楽しさや可能性を狭めることはしたくありません。メディアを見ていても、環境問題への取り組みはよく取り上げられていますが、ジェンダーにまつわる問題への取り組みは少なく感じます。ファッションとジェンダー問題の関わりは大きいので、より多くの人が意識を向けてくれることを願っています。
小池 なるべくヴィジュアルで表現することも意識しています。例えば、小学生の入学式用に撮影したパンツスーツのルックを女の子に着てもらったり、襟元がフリルになったブラウスを男の子に着てもらったり。実際のご購入にも繋がっています。
注:「COP26: 気候変動の不平等性 – 女性と少女への深刻な影響」
同業者と顧客を巻き込む、さまざまな啓発活動
――4年間を振り返ってみて変化は感じられますか?
長尾 切り替えた当初は、取引先も理解しづらかったようですが、何度も話しているうちに、少しずつ興味を持ってくださる方が増えた印象はあります。
小池 僕らのような活動をしていると、リサイクルなど、いろいろな知り合いが増えていきますよね。セミナーに出てそこから同じ目的を持つ他業種の方と繋がったり。最近はリサイクル業者の人と知り合い、彼らのまわりにいる人たちがうちを知って、新しいファンになってくれたり。だから僕たちは衣料品回収後のワークショップや、自分たちだけではわからないような情報を専門家から得て、お客様や同業者にフィードバックしています。
具体的には、「ごみの学校」主催で、自治体や一般回収から出てくるゴミを送ってもらい、梅田阪急の顧客様に分別体験していただくなどといったイベントを年に一、二度のペースで開催。今は自治体と組んで回収した衣料品をもう一度糸に戻しTシャツを作るというサンプリングをしていたり、出口(廃棄されたあと)を見据えたデザインのためにここの付属(釦など)はいらないとか、マテリアルはこういう混率の方がいいんじゃないかとか、自分が勉強してきたルールを周りに共有することに時間を使っています。お客様へは捨て方や選び方を共有するようにしています。洋服を自治体が回収してくれる場合、雨の日に出すのは避ける、新しい服を買うのであればアクリルはリサイクルできないから毛が80%以上のものがいいとか、T/C繊維(ポリエステル/コットン混紡)より綿100%の方がリユースしやすいよ、などといった情報をお伝えしています。
仲間が増えれば、日本の未来も明るくなると信じて
――9月にはB Corp認証を取得されたと伺いました。今後目指していることは?
小池 2030年までに、すべての素材を環境負荷の低い素材にすることが目下の目標です(現在約70%)。そのためには仲間が必要。
アパレルは特に、環境配慮と言っても0か100かになってしまう。環境に優しいブランドなら100%やり切っていないとダメでしょうといった風潮がありますが、そうではないと思います。既存のブランドでも1品番からでも取り入れることは出来る。仲間が増えれば増えるほど使いやすい生地が増え、結果的に持続可能な作り方になっていくのではないでしょうか。
長尾 新品を買わなければいけないシーンで安心して買っていただけるブランドを目指しています。
B Corpの考えにもあるように、自分たちの売り上げさえ作れればOKではなく、ブランドを通して子どもたちが少しでも暮らしやすい社会に変えていくことが目標。そのために、自分自身のアップデートを続けていきたいです。
長尾麻友子(左)・小池直人(右)
2012年「ARCH&LINE」をスタート。キッズから大人まで7サイズを展開(基本はバイオーダー)。現在B Corp申請中。2030年までに環境配慮素材への100%移行を目指す。長尾氏が更新するInstagramアカウント(@arch_and_line_staff)では、ブランドの活動およびプラントベースの食、推薦図書など、ブランドをより多角的に知ることができる。