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ファッション|2025.12.10

待ったなしの衣類ゴミ問題の切り札になるか?「反毛」技術を受け継いだ東谷商店の挑戦

毎日何トンという廃棄衣服を扱う故繊維業者の現場では、ファストファッションの一般化などにより「循環」に頭を抱えている。そこで新たな試みとして行われているのが、昔からある「反毛」技術による再生プロジェクトだ。ウールの古着を上質な生地に蘇らせる取り組みについて聞いた。

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今、改めて古くからある技術「反毛(はんもう)」に注目が集まっている。使われなくなった衣類や糸くず、ハギレなどの繊維を崩してわた状に戻す技術で、わたから新たな糸やフェルトを作るリサイクル方法だ。近年では、その技術を用いて高島屋が店頭で回収したスーツをリサイクル素材に再生してカジュアルウエアとして販売を計画していたり、自然派コスメの「シロ」が渋谷パルコ店の内装に防炎加工したフェルト素材を使用したりしている。

高島屋が手掛ける生地は、店頭で回収したスーツを原料に使用。今年春の回収では約1000キロ回収。裁断・反毛のうえ東谷商店が回収したニット由来の素材や一部バージンウールと混紡し、御幸毛織で織物に仕上げている。イタリアのファクトリーブランドなどに持込んでブルゾンやトラウザーズなど新たなアイテムをつくり26年秋冬に発売予定。

いずれも協業先は大阪・泉佐野市で60年以上故繊維業を営む東谷商店だ。同社は約4年前に、集めた古着から外部協力会社とリサイクルウールをつくる取り組みを始め、24年には協業先で廃業を決めた反毛工場から反毛機を買い取り、自社で反毛を始めた。東谷正隆社長は「関西で反毛ができる数少ない工場でした。貴重な機械や技術を守るためにも引き継ぐことにしました」と振り返る。現在、関西圏で反毛を行えるのは東谷商店のみだ。

東谷商店の東谷正隆社長

故繊維業の縮小、生き残りをかけたリサイクル事業

東谷商店に持ち込まれる古着の山

東谷商店にはキロ単位で購入した古着が毎日約1トン持ち込まれる。収益構造について東谷社長はこう語る。

「収益は、国内リユース、海外リユース、ウェス(工業用雑巾)、車の内装材などの原料としての販売があります。利益率が最も高いのは国内リユースですが、流通量が少なくなっていて、収益を上げるのが難しくなっています。理由はファストファッションの登場で良質な古着が減少していることに加えてリサイクルショップが増えたことやヤフオクやメルカリといったCtoCサービスの台頭があります」。

その結果、故繊維業の縮小が顕著になった。現在東谷商店では約80種に分別しても、約3割がどれにも当てはまらずゴミになる。その処理費用も必要になる。

良質な古着が手に入らない状態が続けばそもそも商売が難しくなる。「課題解決の方法は規模を大きくするか、あるいは新事業を開発するか」。東谷商店では元の事業に加えて新規事業を立ち上げることにした。

その1つがリサイクルウールだった。現在リサイクル可能なウール製の古着は0.7%程度だ。「品質のよい糸をつくるためには原料の選別が重要になります。100%ウール製であっても、リサイクルに適したものと適さないものがあります。ボタンやファスナーなどを取り除いてから反毛機にかけます」。通常、反毛後のわたはバージンウールや合成繊維などを混ぜることが多いが、混合素材はその後のリサイクルは難しい。東谷商店は、リサイクルウール100%にこだわった生地づくりを繊維商社の瀧定名古屋と協働して取り組み始めた。

東谷商店が手掛けたリサイクルウール100%の糸

東谷商店と生地開発を協働する繊維商社、瀧定名古屋の桂川隆志・婦人服地部32課生産管理は日本の反毛の取り組みをこう振り返る。

「ウール産地の尾州では、もともとウールの再生利用がさかんに行われてきました。ただ、それは主に安く作ることが目的で、反毛したウールにナイロンやポリエステルを混ぜて強度を出し、低価格で丈夫な糸や織物にするというやり方が一般的でした。でもそのやり方だと低価格ゆえに品質面での課題が出てしまい、私はあまり良いとは思えず、これまで積極的には使ってこなかったんです。“100%ウール”にこだわりたいという思いがありました。そんなときに東谷商店さんからアプローチをいただき、挑戦してみようと決めました」。

瀧定名古屋の山口祐海朗・同課課長は協業の理由をこう語る。

「私たちは生地を扱う中で、結果として商品の廃棄が発生してしまいます。環境汚染やCO2排出といった問題への配慮が十分ではない点が常に気がかりで、『何かを循環させて新しい商品として生かせないか』と考え続けてきました。その選択肢のひとつとしてリサイクルウールには興味を持っていましたが、その品質に懸念を抱いていました。当社は上質な製品にこだわっていたため、これまではウールそのものの品質を重視してきたからです。われわれはその後のリサイクル可能性も考慮して、ウール単一素材で実現したいと考えていましたが、その難易度は非常に高い。私が知る限り、ポストコンシューマ―材(使用済み製品)でリサイクルウール100%の布帛生地をつくっているのはイタリアのテキスタイルメーカーのマンテコ社のみでした。しかし、東谷商店は反毛の工程をゆっくりと時間をかけて行うことで品質や物性をある程度担保でき、リサイクルウール100%の布帛生地をつくることができるとわかりました。もちろん反毛することで繊維長は短くなりますが、撚りと密度を工夫して織ることで、品質の高い『knot the wool』コレクションをつくることができました。ここまで高品質の布帛生地は世界中見渡しても当社だけではないでしょうか」。

東谷商店の糸を使った瀧定名古屋によるリサイクルウール100%の生地コレクション「knot the wool」。左 パラシア組織を起毛仕上げした生地。丁寧な起毛加工により原料本来が持つ自然な光沢を引き出した。右 平組織のエールフォルツァ仕上げした生地。整理工程で塩素を使用しないオゾン加工することでウール本来の柔らかさを引き出した。 

東谷社長は「品質は問題なく、見た目ではわからないほどですよ」と胸を張る。桂川・生産管理も「当初リサイクルウール100%では『ゴワゴワしてそう』『ガサガサなんじゃないか』という思いもありました。けれど実際に蓋を開けてものづくりをしてみると全然違いました。時間をかけて丁寧に工程を進め、綿の段階からゆっくり紡績していくことで、驚くほどソフトで柔らかい仕上がりになります。空気をたっぷり含むから、触り心地も本当に軽くてソフトです」と話す。

両社が開発した100%リサイクルウール生地はコートやジャケット、パンツなどに適しているというが、タートルネックセーターのような柔らかい風合いが求められる製品に用いるのはまだ難しいという。価格はリサイクル工程に手間がかかるため、バージンウールよりも30~35%程度割高になる。

山口課長は「この製品には価値があります。その価値をしっかり伝えていく必要があると感じています。特に『リサイクル=安い』というイメージを払拭するために、手間ひまかけた工程をまとめた動画をお客さまに見ていただきながら、その点を丁寧に説明しています。また、これだけ時間と労力をかけてものづくりをしていること、そして日本でこの取り組みができるのは当社だけだという自負もあります。そうした価値の伝え方を意識しながら価格を設定し、現在は販促にも力を入れているところです」。

瀧定名古屋は10月15~17日に国内向けの生地展示会を開き、初披露した。「好評を得ることはできました。リサイクル素材に関してはより期待が持てるのは海外市場です。26年2月にパリで初披露する予定です」。

糸に再生できない古着の活用法を模索

東谷商店でリユースやリサイクルができない約3割の繊維の多くは複合素材の繊維製品だ。前述のウールに加えてコットンなど単一素材、もしくは単一素材に近ければリサイクル糸に再生することができる。しかし、ほとんどの衣料品は2種類以上の複合素材で構成されており、これまでは廃棄するしかなかった。こうしたゴミになる素材を色別に分類して、反毛して作られたのが「シロ」の店舗で使われた再生フェルトだ。

「サーキュラリティ」の重要性が叫ばれて久しいが、多くが混合素材である衣料品のリサイクルの難易度は高く、課題も多い。故繊維業者から見た課題を東谷社長はこう語る。

「大きく3つ挙げられます。1つ目は回収から再資源化までの仕組みづくり。そのためには法整備が必要になります。また、リサイクル業者間での連携が取れていない点も課題です。素材を持っているところ、分別をするところなど各セクションがつながることも必要です。2つ目は古着から新たな材料をつくるための技術。3つ目は出口(販売先)の問題。リサイクル素材を用いた製品にどのような価値を見出していけるか。前提として、川上から川下まで各事業者が廃棄衣料にどう向き合えるかを考えることが必要です。そして、上下関係がなく横並びで協働できるか、という視点も大事になるでしょう」。

「ザラ」や「H&M」といったファストファッション、さらには「シーイン」のようなウルトラファストファッションの台頭によって、繊維ゴミの量は加速度的に増えている。こうした繊維ゴミを利活用するための技術革新の必要性が語られながらも、その進展を待つ間にも毎日膨大な廃棄物が現場に持ち込まれるという現実がある。東谷商店は、こうした状況に向き合いながら、古くからある技術を現場発の実践として再評価し、リサイクルウールやリサイクルフェルトの開発につなげている。同社と瀧定名古屋の取り組みは川上の素材回収・選別から、反毛による再資源化、そして製品化という“出口”までをつなぐ先進事例のひとつになるだろう。混合素材の活用など課題は残るものの、増え続ける繊維ゴミに対して現場から具体策を示す試みといえる。

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Office for Sustainable Fashion代表
廣田悠子
千葉大学大学院修了後渡英し、ロンドンでスタイリストのアシスタントやファッション PR会社でのインターンシップを通じて見聞を広げる。2006年INFASパブリケーションズへ入社し、「WWDJAPAN」記者として海外コレクション、セレクトショップ、百貨店、シューズなどの分野を担当し、18年サステナビリティ分野を新設。21年6月Office for Sustainable Fashion設立。記者としての活動を続けながらアパレル企業のサステナビリティ対応に関する事業戦略策定支援などを行う

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