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ラナプラザの悲劇とは?
2013年4月24日、バングラデシュのダッカ近郊にあったラナプラザという縫製工場が多数入ったビルが崩壊し、少なくとも1,132人以上が死亡、2,500人以上が負傷、数百人が行方不明となった。縫製工場はファストファッションなどグローバル企業の下請けを、低賃金かつ過酷な労働環境で担っていた。
ビルが崩れ落ちるのにかかった時間はものの90秒。中に取り残されて亡くなった多くの犠牲者は、従業員の中でも多数を占めていた若い女性であった。
この事故はファッション史上最悪の労働災害とされ、ファストファッション産業の裏に潜む過酷な労働環境が世界中に知られるきっかけとなった。*1
バングラデシュとアパレル産業
バングラデシュは、中国に次ぐ世界第2位のアパレル輸出国。2021-22年時点でこの産業の規模は426億米ドル( 約6兆3,900億円)にのぼり、国の総輸出収入の約82%を占めている。約400万人の衣料品労働者のうち、多くが低賃金で過酷な環境のもと働いており、2018年時点で労働者の60.5%が女性であった。*2
ラナプラザ崩落事故の原因と問題点:安さのコストを払っているのは誰か?
ラナプラザの事故は、ずさんな安全管理と労働者の権利が軽視されていたことが直接的な原因だった。
- 劣悪な労働環境:低賃金、従業員(多くが若い女性)への暴力やセクシャルハラスメント、長時間労働、労働組合がないため労働者には発言権がなかった。*3
- 違法増築:元々5階建てだったビルが、適切な構造強化なしに違法に8階建てまで増築されていた。
- 事故前日の警告:崩壊前日にビルの亀裂が見つかっていたにもかかわらず、工場のオーナーは当月の給料や残業代を支払わないなどと脅し、労働者に出勤を強制した。
安全よりもファストファッションの厳しい納期が優先されていたことが、この大惨事を引き起こした。ラナプラザ崩壊の影響を受けた人々の3分の1は、12年経った今でも「トラウマ」を抱え、心身の健康に苦しんでいると報告されている。また、生存者には壊滅的な影響が残り、半数以上(54.5%)が依然として失業したままだ。主な原因は、呼吸困難、視力障害、身体的障害などの健康問題である。生存者の1人で当時14歳だったベガムは、命を脅かす急性呼吸困難症候群を患っている。事故以来、ベガムは他の工場に足を踏み入れることができず、「高いビルの近くに立っているだけで、不安になる」と語っている。
ラナプラザ崩落事故に関連したブランド
ラナプラザには複数の縫製工場が入居しており、それらの工場は多くの国際的なファッションブランド向けに衣料品を製造していた。
事故後に行われた調査によって、ラナプラザの工場と取引関係にあったことが判明している29ブランドには、以下のものが含まれる。
- ベネトン(Benetton)
- ボンマルシェ( Bonmarche)
- カト ファッションズ(Cato Fashions)
- ザ チルドレンズ プレイス(The Children’s Place)
- エル コルテ イングレス(El Corte Ingles)
- ジョー フレッシュ(Joe Fresh)
- キック(Kik)
- マンゴ(Mango)
- マタラン(Matalan)
- プライマーク(Primark)
- テックスマン(Texman)
日本企業については、ユニクロの親会社であるファーストリテイリングは、「ラナプラザ崩落事故の工場とは直接的な取引関係はなかった」と公式に発表している。しかし、この事故を契機に、ユニクロを含む多くの日本企業もサプライチェーンの透明性向上と労働環境改善に取り組むようになった。
ラナプラザの悲劇から12年、業界はどう変わったのか?
ラナプラザの崩壊から12年が経過したが、この事故が引き起こした衝撃は業界に大きな変化をもたらした。事故当時、多くのグローバル小売業者は、自社の製品がラナプラザ内の工場で作られていたことを知らなかった、またはその事実を認識していなかったと主張していた。複雑で不透明なサプライチェーンが、責任を取らない文化を生んでいたのだ。しかし、この悲劇を受けて、各国のブランドや工場、そして市民が連携し、業界全体で大きな改革が進められた。
バングラデシュの労働環境の改善
- 工場の安全管理について、このラナプラザの悲劇から1か月も経たないうちに欧州のアパレルブランドを中心に、工場、労働組合の間で合意「バングラデシュの火災および建物の安全に関する協定」(通称:アコード)が成立した。この協定は、主に火災や建築基準の改善を目的としていた。
- 2021年にはアコードの安全基準機能が「繊維・縫製産業における健康と安全のための国際協定」に移管され、新たに「人権デューディリジェンス」の取り組みが開始された。これにより、企業は労働者の権利保護について責任を持つことが求められるようになり、具体的なチェック項目として労働法の順守、給与支払い、休日付与などが含まれるようになった。
- 2013年には、バングラデシュ政府が衣料品労働者の最低賃金を3,000タカから5,300タカ(当時68米ドル、約6,800円)に引き上げた。2019年には8,000タカ(当時95米ドル、約10,400円)にまで引き上げられたが、バングラデシュの工場労働者は「急上昇するインフレ」により「生活費を稼ぐために苦労している」と述べ、3倍の数字を要求している。
- バングラデシュの労働法は2013年に改正され、労働組合の登録が簡素化された。2023年2月時点で、衣料品部門には約1,201の労働組合が登録されており、そのうち97%が活動しているとされる。
国際的な規制の取り組み
衣料品業界のサプライチェーンの透明性を確保するために、新たな規制が導入されつつある。
OECDの「多国籍企業行動指針」:2018年に出版され、国際的に事業を展開する企業に対して、社会的責任や倫理的な行動基準を遵守するよう求めるガイドライン。主に企業の人権、労働環境、環境保護、汚職防止などの領域において、責任ある経営を推進することを目指す。
国際労働機関(ILO)の「労働者の権利を守るための企業ガイドライン」:2017年に改定されたこのガイドラインは、グローバルなサプライチェーンで働く労働者の権利を守ることを目的としており、企業に対して強化された責任を求めるもの。企業は自社およびサプライチェーンにおける労働環境が国際基準に適合していることを証明する必要がある。
アメリカの「ダイアモンド法」
2015年に施行されたこの法案は、企業に対してサプライチェーンで使用される原材料に関して強制労働や児童労働が関与していないかを明示する報告義務を課している。アメリカ企業は、サプライチェーンにおける労働環境や倫理的な問題を公開し、違反があった場合は報告する義務がある。また、2022年6月からは、「ウイグル強制労働防止法」により、ウイグル自治区での強制労働に関与している可能性のある製品の米国市場への流入を禁止している。
ドイツの「サプライチェーン・デューデリジェンス法」
2023年に施行されたこの法律は、企業にサプライチェーンにおける人権侵害や環境への負荷に対する責任を義務づける。企業は、サプライチェーン全体を監視し、問題が発生した場合には速やかに是正措置を講じることが求められ、特に人権侵害や環境問題に対して、改善策を報告する義務がある。
ブランドを監視する市民の動きの強まり
ファッションレボリューション
事故をきっかけに、消費者の意識を変える運動「Fashion Revolution」が立ち上がった。この団体は、「#WhoMadeMyClothes(私の服を作ったのは誰?)」というキャンペーンを展開し、ファッションブランドに透明性を求めている。毎年一度発表されるFashion Transparency Indexは、ファッション業界の企業がどれだけ透明性を持っているかを評価する指標だ。このインデックスは、企業のサプライチェーンや製造過程、労働条件、環境影響、倫理的取り組みなどの透明性を評価し、業界全体の責任ある行動を促進することを目的としている。
クリーンクローズキャンペーン
クリーンクローズキャンペーンは、労働者が公正な条件で働けるよう、企業に対して強い圧力をかけ、消費者に対しても責任ある選択をするよう啓発している。ラナプラザ事故(2013年)の後、クリーンクローズキャンペーンは特に注目され、事故の犠牲者とその家族を支援するためのキャンペーンを行い、企業に対して責任を取らせる活動を強化した。
改善が進んでいるとはいえ、依然として多くの課題が残っている。
ファストファッションの台頭による低賃金雇用の継続
消費者の「安く・早く」求める傾向が変わらず、低賃金の長時間労働の構造は続いている。Global Living Wageの調査によると、バングラデシュの生活賃金(人間らしい生活を送るために必要な賃金)は月約27,000タカ(約238米ドル、約35,100円)と計算されているが、先述の通り2019年に定められた縫製産業の最低賃金は月8000タカと最低賃金の1/3にも満たない。政府が2023年に発表した最低賃金は12500タカと依然として生活賃金の半分以下で、これに対して縫製工場で働く女性たちによる労働組合は抗議を続けている。
コスト削減と生産性向上を重視するジャストインタイム生産方式は、労働者が生産ノルマを達成しなければ賃金削減のリスクに直面するような状況を生み出し、また、納期を守るというプレッシャーがサプライヤーに小さな安全違反を見過ごさせる原因となり、それが潜在的に重大な事故につながる可能性がある。
建物の安全管理が不十分である
クリーンクローズキャンペーンは、バングラデシュの衣料品労働者の安全は「災害への後退」のリスクがあると警告している。多くの工場が必要な安全チェックを受けておらず、基準を満たしていない工場でも一定期間内にその工場からの出荷が続いているケースが見受けられる。また、同団体のキャンペーンコーディネーターのクリスティン・ミデマーは、「ラナプラザで起きたことと非常に関連のある特定の分野、つまり建物の安全性では進歩が見られましたが、他の分野では進歩が見られませんでした」と彼女は付け加えた。このように問題の根本的な構造を変革することができていないのではないかとの声も上がっている。
ラナプラザの悲劇から私たちにできること
ラナプラザの事故を風化させないために、消費者である私たちにもできることがある。
学ぶ
まずは、ファッション業界の現状について知ることが重要だ。ラナプラザや労働環境を取り上げたドキュメンタリーや映画は、私たちが安いファッションを選ぶことで見えない代償をどのように払っているのかを明らかにしている。その中でも、「ザ・トゥルー・コスト(The True Cost)」は、安価なファッションが生み出す社会的・環境的影響を描いた代表的な作品だ。この映画では、ファストファッションが生産現場や労働者に与える過酷な影響を暴露し、私たちが支払う「真のコスト」が何であるかを示している。
生産者に配慮された服を選ぶ
ブランドの人権リスクを公開しているサイト「Shift C」を使う
エシカルファッションの総合サイト「Shift C」は、世界最大級のエシカル評価機関「Good On You」の評価を基に、ファッションブランドの取り組みを「人間」「地球」「動物」の3つの分野で5段階でわかりやすく提示している。このうち、労働者に焦点を当てた項目である「人間」分野の評価基準となるのは、以下のようなポイントである。
「人間」
・強制労働の排除:児童労働の禁止、サプライチェーンの監査
・働きがいのある環境:安全衛生、差別禁止、結社の自由
・公平な待遇:生活賃金、労働時間、福利厚生「人間」の項目では、ブランドがサプライチェーン全体で労働者に与える影響にどの程度向き合っているかを評価している。児童労働の禁止から、労働者の男女比、公平な賃金の支給や、パンデミック中の従業員への対応まで多様なポイントから評価を行っている。
まとめ
ラナプラザの悲劇は、ファッション業界における労働問題を明らかにした。この事故を契機に、労働環境の改善や法整備が進んだが、依然として解決されていない問題も多い。
私たちができることは、単に服を買うだけではなく、「どのように作られた服なのか?」を意識し、選択することだ。ラナプラザの教訓から、「早く安く」というビジネスモデルが生産背景にいる人々の生活を無視し、見えなくしてしまったこと、そしてその「早く安く」を求めたのは消費者であったことを忘れてはいけない。いち消費者として責任のある選択をしていこう。
*1 日本貿易振興機構(JETRO)(2023年4月)「縫製工場『ラナプラザ』崩落事故から10年」https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/04/5a4f2b573713d8dd.html
*2 国際労働機関(ILO)「ラナプラザの教訓:ビジネスと人権への影響」https://webapps.ilo.org/infostories/en-GB/Stories/Country-Focus/rana-plaza#better-work
*3 ビジネスと人権リソースセンター(Business & Human Rights Resource Centre)「ラナプラザの教訓:ビジネスと人権への影響」https://ihrborg.files.svdcdn.com/production/assets/uploads/briefings/rana-plaza-lessons-for-human-rights-and-business.pdf