世界中の産地を自らの足でめぐり、現地の空気や人との対話を通じて素材を選ぶ。MARKAWAREのデザイナー・石川俊介さんは、そんな“旅する服づくり”を20年以上にわたって続けてきた。服づくりは素材からはじまるという信念のもと、工場や原料の生産者と向き合い、その背景ごと服に織り込んでいく。昨年訪れたのは、南米・ウルグアイ。プロペラ機で草原を越え、羊と暮らす人々と火を囲みながら、スーパー160’sウールと出会う旅となった。さらに、Shift Cを運営するUPDATER社が提供する情報開示ブロックチェーン「TADORi CHAiN Tsunagu」を導入し、服の背景を可視化。ファッションとサステナビリティの未来に向けて、新たな一歩を踏み出そうとしている。本記事では、その服づくりの旅と哲学をたどる。
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素材を探求し、背景を伝える服づくりの原点
「最初は、洋服がどうやってつくられているのか、ただ純粋に知りたかったんです。岡山の工場に泊まり込んでサンプルを作る人の話を聞いたりして、『服ってこんなふうにつくられてるんだ』と感動したのが、この世界に入るきっかけでしたね」

そう語るのは、MARKAWAREのデザイナー・石川俊介さん。2002年のブランド設立以来、一貫して大切にしてきたのが、服づくりの背景と素材の出どころだ。
ものづくりの現場に惹かれてスタートした当初は、縫製や工場そのものに強く興味を抱いていたという。だが次第に、服の魅力を根本から決める素材そのものへの関心が高まっていった。
2006年に発表したブルゾンでは、パーツごとにオリジナルの素材を開発し、裏地や細部に至るまで徹底的にこだわった。こうして完成したアイテムが高く評価されたことで、「素材を自分でつくれれば、服の自由度が一気に広がる」と実感したという。
そこから天然素材や原料への探求心を深め、工場とのコラボレーションを重ねながら、素材の魅力を最大限に活かす服づくりを追求していく。

2000年代後半、フェアトレードやオーガニックといった価値観が少しずつ広まり始めた頃、石川さんは「これは服づくりでも同じことができるのでは」と感じ、現地へ足を運ぶ探訪型のプロセスを本格的に取り入れていった。
装飾性に頼らず、素材そのものの魅力をどう引き出すか。
生産の現場に足を運び、産地の人々と対話を重ね、手で触れて選ぶ。そんな肌感覚に根ざした服づくりが、今や石川さんの軸となっている。
「やっぱり実際にその土地に行って、どんな環境で育てられているのかを見ることが大事なんです。その空気や人とのやりとりのなかで、『この土地の素材なんだな』と実感する。その肌感覚が、自分たちの服づくりの基盤になっているんです」
この姿勢は、やがて「協業する工場の名前をもっと表に出したい」という思いにもつながっていった。そして2014年、業界に先駆けてトレーサビリティタグの導入に踏み切ることになる。
「当時はサードウェーブコーヒーが注目されていて、生産地に直接足を運ぶという考え方が広まりつつありました。僕もコーヒーショップをやっていたので、その感覚がよく分かったんです。一方で、服づくりではまだそこまでのプロセスが見えていなかった。これは変えていくべきだと思ったんです」
こうした経験を通して石川さんのなかに芽生えたのは、服づくりにおいても原材料の段階から関わり、その背景にある土地や人、文化まで見つめるべきだという意識。そして、同時に関心が深まっていったのが、つくり手である日本の工場や職人たちとの関係だ。
「僕らだけで一つの工場を支えるのは難しい。でも、つくってもらっている工場や職人さんの名前を出すことで、誰かがそこに興味を持つかもしれない。そんなふうにつながりが広がっていけば、日本の繊維産業にも希望が生まれると思ったんです」
こうして生まれた探訪型の服づくりは、いまや石川さんのものづくりを根底から支えるスタイルとなっている。
信頼できる素材を求め、ウルグアイへ。Super 160’s Woolとの出会い
ウールやコットンなど海外産素材の現場を、自分の目で確かめたい——そんな思いに突き動かされ、石川さんは世界の生産者と直接コンタクトを取り、現地へと向かうようになる。アルゼンチンやウルグアイの牧場を訪ね歩くうちに、つくり手との信頼が生まれ、やがてそれが現在の素材探しのスタイルの原型になっていった。
昨年訪れたのは、広大な草原と青空が広がるウルグアイ。草原が国土の多くを占めるこの土地では、自然と羊の飼育が文化として根付き、寒暖差のある気候も手伝って、ウール生産にとても適した環境が整っている。近年はオーガニック飼育の取り組みも進み、認証取得の体制も整いつつあるという。
現地では小型のプロペラ機で草原に降り立ち、複数の牧場を訪問。「まるで映画のワンシーンのような光景でした。これは体験しないと分からない世界でしたね」と石川さんは振り返る。
この旅で出会ったのが、すでに廃業していたセンテックス社の倉庫に残されていた希少な原毛だった。その繊維の細さと質の高さから、のちに「Super 160’s Wool」として採用されることになる、運命的な出会いだった。
「原毛の状態って、僕らが普段扱っている糸や織物とはまったく違う。見ただけで良し悪しが分かるほど単純じゃないからこそ、現地に行くこと、話すこと、触ることの意味があるんです」
ヒツジキンバエのいないウルグアイの牧場では寄生虫の心配がないため、羊のお尻の皮を切除するミュールジングが必要ない。倫理的な課題とされる処置を行わず、羊たちはのびのびと育てられている。こうした飼育環境も、石川さんがこの土地のウールを選ぶ理由のひとつだ。
日が暮れる頃には、豪快なガウチョ料理のアサードを囲み、現地の人々と語り合う時間もあった。言葉が通じなくても笑いが生まれ、火を囲むその時間そのものが、素材への信頼につながっていったのだ。
「この土地で、この人たちが育てた素材なら、間違いないと思えたんです。素材選びって、ただのスペックじゃない。その背景にある価値観や文化まで含めて、納得できるものを選びたいんです」
こうして出会った「Super 160’s Wool」は、繊維の細さが15.5ミクロンという極上のクオリティを誇る。「南米のウールには、オーストラリアとはまた異なる魅力がある」と石川さんは語る。
「数字で比較するだけじゃ分からない魅力がある。だから僕は、これからも足を運んで選ぶというやり方を続けていきたいですね」
買った後も共に歩んでいく。つくり手と着る人をつなぐDPP(デジタルパスポート)の役割
こうして、はるか南米への旅によって実現したのが今季のSUPER 160’sウールギャバジンのコレクションだ。アイテムタグには産地や紡績工場、CO2排出量などのデータをブロックチェーンで登録したUPDATER社によるDPP「TADORi CHAiN Tsunagu(タドリチェーンツナグ)」がついている。

しかしMARKAWAREにとって「トレーサビリティタグ」は今に始まったことではない。最初の導入は10年以上前、2014年のことだ。
「日本の工場や職人さんたちがどんどん廃業していくのを目の当たりにして、『このままでは本当に大切な技術が失われてしまう』と危機感を抱いたんです」
そんな思いから、石川さんは2014年、ブランドとしていち早く工場名を明記したトレーサビリティタグの導入を決断した。工場との協働関係を見える形で伝えるこの取り組みは、当時のアパレル業界では極めて珍しい試みだった。

今回新たに導入されたDPPは、そうした姿勢をさらに進化させる技術だ。QRコードを通じて、原料や工場など川上の情報の可視化に加え、今後は川下、たとえば 購入後のメンテナンスや修理対応、二次流通での管理といった領域についても情報共有が可能になるような仕組みの構築を目指している。
「たとえば、商品を購入して1年後に『そろそろこんなケアをするといいですよ』と通知が届けられれば、より長く安心して着てもらえる。さらに、修理や問い合わせの履歴が共有できれば、信頼性の高いあるサポートにもつながると考えています」
石川さんが目指すのは、買って終わりではなく、買ったあとも一緒に歩んでいける服づくり。
そのために、DPPはこれからのものづくりに欠かせない技術となりつつある。

「YouTubeでケア方法を発信したり、ブランドとして修理体制を整えてきたことも、すべては長く着てもらうための工夫です。今後はこうした仕組みを体系化して、もっと実用的に、ユーザーと長くつながる関係を築いていきたい。これこそが、僕たちが考える持続可能なファッションの形です」
DPP導入は、今後秋冬アイテムにも広がる予定だ。ラインナップのさらなる充実に向けた動きも、すでに始まっている。
動きに宿る美しさ。Super 160’s Woolが導く、洗練されたシルエット
今回のコレクションで使われているSuper 160’s Woolは、15.5マイクロンという極細の繊維を持つ高品質な原料。その細さは上質なカシミヤにも匹敵するレベルで、しなやかな肌触りと美しいドレープを生み出す。手作業による仕上げ工程を経て、生地は動きに合わせて自然に揺れ、着る人の所作に上品な印象を与えてくれる。

この素材を用いたギャバジンは、岐阜の工場で明治時代から続く技術を活かした一貫生産体制のもとで製造。家庭での洗濯にも対応できる加工が施されており、実用性と美しさの両立を実現している。
「この素材は、ジャケットのような大きめのアイテムに使うと、しっかりとした揺れが生まれるんです。立体的に動いて、本当に美しいんですよ」
今回のシリーズでは、ダブルジャケットやトリプルプリーツパンツといった、シルエットの豊かさを活かしたアイテムを展開。Super 160’s Woolの持つドレープ性、光沢感、そして肌触りを最大限に引き出しながら、洗練された佇まいを形作っている。
石川さんは、デザインにおける自身のスタンスをこう語る。
「デザインで奇をてらうことよりも、素材の良さをどう引き出すかを大切にしています。日本が誇る食文化の、鮨のように。僕が一番大事にしているのは、素材の声に耳を澄ますこと。どんな織り方が合うのか、どんなシルエットならその質感を活かすのか。それをじっくり考えることが、僕にとってのデザインなんです」
そこには、長年にわたり職人や産地と向き合い続けてきた経験がある。素材の背景には、育てた人の想いや土地の環境、そして文化が息づいている。それらを尊重し、あくまで素材の魅力を引き出すことを第一に考える——その姿勢こそが、石川さんの服づくりの哲学だ。
素材の価値と背景を、世界へ、そして未来へ届けていく
「これからは、素材の背景を伝えることが求められる時代になる」と石川さんは語る。
服の表面だけでなく、その背後にある土地や人、時間の積み重ねまでも丁寧に伝えていくこと。
今回導入されたDPPも、そうした姿勢をかたちにした取り組みのひとつだ。

さらに石川さんは、「日本の素材を世界に届けたい」という想いを抱いている。
「服にタグをつけるだけでなく、生地そのものにDPPの情報を載せて、産地の人たちと一緒に海外へ持っていけたら。DPPはその突破口になるはずです」
近年、石川さんの関心はますます素材そのものへと向かっている。
どこで、誰が、どのように育てた素材なのか。その背景にきちんと向き合い、丁寧に伝えることこそが、これからの服づくりに求められる姿勢だと考えている。
MARKAWAREはこれからも、素材と真摯に向き合い、その価値をまっすぐに届けながら、時代に寄り添う服づくりを続けていく。