※この記事はhttps://goodonyou.eco/fast-fashions-design-theft/を日本市場向けに翻訳し公開しています。
小規模ブランドはデザイン盗用の被害にずっと苦しんでいる
オーストラリア人デザイナーのレイチェル・バークは、リボンやおもちゃを使ったポップな“着られるアート”で知られている。一点ものの作品は彼女の好きの結晶で、デッドストックの生地やリサイクルされた掘り出し物から作られることが多い。では、これらのデザインの写真、そしてバークがそれを着ている写真が、D to Cのショッピングサイト「アリエクスプレス」に掲載されることになったのはなぜなのだろうか? 「打ちのめされた気分、まったく意味がわからない」と彼女は自身のTikTokで語っている。
これは、個人デザイナーがファストファッション大手にデザインを盗まれるという、あまりにもよくあるケースだ。無名ブランドのデザインが大手ブランドに露骨にコピーされ、ヤル気をなくすほど安い価格で売られているという事例は枚挙にいとまがない。
H&Mがシーインを訴え、テムがシーインを訴え、シーインがテムを訴える――。これは今のファッション業界に蔓延する、デザイン盗用の悪質なループだ。まるで犬が自分の尻尾を追いかけるようなもの。では、このループからもこぼれ落ちているのは? 大手企業が知的財産で利益を上げる裏で、コピーによって営業妨害されてきたと主張する小規模ブランドに他ならない。
たとえSNSユーザーが“パクり”だとわかっても、小規模ブランドにとって大手を盗作で告発することは簡単ではない。特許弁護士であるジェニー・ウィンダム・ウィーラーは、「デザイン権侵害を証明するには、オリジナルの発案者は盗用疑惑のアイテムが『全体的な印象が実質的に類似している』ことを示す必要があります」と説明する。 残念ながら今のところ、デザイン盗用はファッション業界では慣行となっている。訴訟が増えるなかで、業界、そしてウルトラファストファッションに比べてサステナビリティの努力をしている小規模ブランドは、どうすればいいのか? 私は1カ月かけてこの質問の答えを求めて取材した。意外なことにシーインやテムから返事がきた。また、個人デザイナーたちは、シーインから提示される和解金はたったの500ドルだということも教えてくれた。
ファストファッションの終わりなき戦い
SNSで最もコピー疑惑にあげられるのがシーインだ。Shift Cでは、ウルトラファストファッションのビジネスモデルと透明性の欠如を理由に、シーインの評価を「他の選択を」としている。
訴えは多種多様だ。例えばカリフォルニアを拠点とするニットウェアメーカーの「ベイリー・プラド」はシーインが45以上のデザインを盗んだと主張する。ナイジェリアの「エレキアリー」も、セーターのデザインをシーインに盗用されたという。そのセーターは、エレキアリーの職人が4~5日かけて編み上げるものだ。フランスの母娘が手がける人気ブランド「メゾンクレオ」もシーインにコピーされた。SNSでの炎上の末にシーインはサイトから商品を削除し、数カ月後には大胆にもメゾンクレオにコラボを申し込んだという。
コピーの戦いは、有名ブランドも例外ではない。ラルフローレン、リーバイス、アディダス、プーマ、ドクターマーチンなどの世界的な小売業者がシーインを訴えている。LAの高級ブランド、クロムハーツは、ファッション・ノヴァ、ゲス、JCPenney、ターゲット、ウォルマート、そしてもちろんシーインを含む小売業者に対して、過去5年間で100件を超える著作権侵害訴訟を起こしている。
加熱する大量生産・大量消費の競争で勝つには、時間をかけてデザインを考えているヒマはない。既にあるものをコピーすることが、最も手っ取り早い方法だ。その結果ファストファッションの巨人たちがお互いを盗作だと非難し合うところまで、私たちは来てしまった。昨年スウェーデンのファストファッション複合企業H&Mは、著作権侵害の疑いでシーインを訴えた。水着からセーターまで何十ものアイテムが調査されたが、逆に一般ユーザーにその欺瞞を指摘される結果となってしまった。H&Mは頻繁にデザインにアートを使っているのでは?しかも許可なしで。
これはまるでマトリョーシカのような皮肉だ。「彼らは、莫大な資金力で裁判をしながら何十億ドルもの利益を得てきたのに、今になって自分たちが長年行ってきた罪の『被害者』だと主張している」と、サステナブルファッションの教育者で研究者のニーナ・グボールは語る。
シーインVSテム。戦いの軍配はどちらに?!
とはいえ今アパレル界最大の茶番劇は、ウルトラファストファッションの二大巨頭であるシーインとテムの戦いだろう。ECの巨人たちは泥沼の争いから抜け出せないでいる。最近では、2024年8月にシーインがテムを訴え、「テムは偽造、企業秘密の盗難、知的財産権の侵害、詐欺を行っている」と主張した。
80ページに及ぶ訴状の中で、シーインは著作権侵害だけでなく、テムがとっているその他の“陰険で不道徳な”戦略についても述べている。テムがシーインを装った偽のSNSアカウントを作成したり、インフルエンサーに競合他社の信用を傷つけるよう指示するなどで、消費者を欺いていると主張しているのだ。
一方テムは、シーインを「マフィア風の脅迫と拘束の脅迫戦術」で訴えたことがあり、サプライヤーがテム社と取引しないように独占取引契約を強制したと訴えている。
シーインの最新の訴訟に対して、テムの広報担当者はTIME誌に次のように語っている。「信じられない大胆さだ。知的財産訴訟を山のように抱えているシーインは、自分たちが繰り返し訴えられている不正行為について、他社への告発をでっち上げる神経を持っているとは」
では、近年多くのファッション企業が訴訟に巻き込まれているのはなぜか? それは「予防線をはるためだ」と弁護士のジュリエット・エバンスは説明する。「法廷闘争も辞さないという姿勢を見せることで、知的財産(IP)侵害を認めないということを他社に知らしめるのです」。安価なコピー品がこれほど蔓延している現在、多くのブランドが自社の知的財産の保護に投資するのは当然だろう。
エバンズは、ガニーのアイコニックなバックルバレリーナシューズ(*1)を例に挙げる。「デンマークの裁判所は最近、仮差し止め命令を出して、スティーブ・マデンが(バックルバレリーナに似た)グランド アベニュー シューズをデンマークで販売することを禁止しました。ガニーの靴は実用の美としてオリジナリティがあり、著作権保護の対象になるという理由からです。この論争は今も続いていて最終的な結果は不明ですが、ガニーは自社の貴重な知的財産を守りたいと声明を発表しました」
小規模デザイナーらの主張に対し、シーインとテムから返ってきた答え
シーインとテムは近年、ひっきりなしにデザイン盗用の疑惑をかけられている。私は両ブランドに連絡を取り、SNS上にある多くの小規模デザイナーの発言をどう思うか聞いてみた。まったく返事を期待していなかったけれど意外なことに、両ブランドは広報を通じて「この件を真摯に受け止めている」と返答してきた。
シーイン(現在ロンドン証券取引所での上場を計画している)の代理人はこのように書いている。「シーインはデザイナーやアーティスト、そして他者の知的財産権を尊重しています。私たちはすべての申し立てを真摯に受け止めています。正当な知的財産権保有者から正当な苦情が申し立てられた場合、シーインは速やかに状況に対処し、調査中は念のため製品を当社サイトから削除します」
さらに、シーインは自らを「小規模デザイナーの強力な支援者だ」と言う。「シーインXというプログラムでは、小規模ブランドやアーティスト、デザイナーとコラボして限定コレクションを出しています」。広報担当は、シーインXでは46,000種ものアイテムを販売したと教えてくれたが、これは特段驚くことではない。安価なアイテムの大量生産・大量消費がシーインのスタイルで、ある調査(*2)によると一度に60万種類もの異なる商品をサイトに掲載することができるという。この圧倒的な量は、同社が世界のサプライチェーンに及ぼす影響力を表している。
テムはクレーム処理のために知的財産チームを「大幅に拡大」
一方のテムは私の取材に対し、同社のマーケットプレイス型モデルにおいては、デザイン盗用の責任は販売者にあると語った。「当社のプラットフォームで売られている製品は、すべて独立した販売者によって管理されています。ストアを開設して製品を掲載する前に、すべての販売者は、合法的に運営し、消費者の権利と知的財産を保護し、市場の法的基準と規制に準拠するという契約に署名する必要があります」
どこか聞き覚えのある話だと感じるのは、これはかつてテムが「サイトで販売される製品がウイグル人の強制労働によって製造されているのではないか」(*3)という疑惑について、販売者に責任を転嫁していたのと同じことだからだろう。
テムは取材のなかで、知的財産権侵害の苦情を受けた際に取る措置を詳細に教えてくれた。その措置には、出品の削除、出品権限の停止、販売者のアカウントの解約などが含まれる。「昨年9月、当社は電子メールによる苦情処理から、知的財産保護専門のポータルの立ち上げへと対応を進化させました。これにより、権利保有者がより簡単に苦情を提出し、追跡できるようになりました。事業の成長に伴い知的財産保護チームを大幅に拡大し、クレーム処理がより迅速かつ効率的になりました。」
しかし、ブランドが知的財産権に関する苦情を頻繁に受け、ポータルの立ち上げや法務スタッフの増員をしなければいけないというのは、どういう状況なのか? どれくらいの頻度で起こっているというのだろう? ポータルがあるとはいえ、小規模ブランドがこのような巨大企業とデザイン盗用を巡って闘うことは本当に可能なのだろうか?
小さなブランドが大企業に挑戦するのはなぜ難しいのか
実際のところ、小規模ブランドが大手企業にコピーされた場合、法律で正義を証明するにはコストがかかりすぎる。前述のオーストラリアのデザイナー、バークスはTikTokでこう語っている。「自分の作品を公表するのはもうやめようと思ってしまう。アリエクスプレスのようなサイトのために、試作品を作っている気分。常にダビデとゴリアテのような状況です。大企業に向かって行って、だいたいは破れるか少額で妥協することになるんです」
彼女の言う通り、ファッションの勇者が巨人に挑むとき、結果は冴えないものになることが多い。マサチューセッツ州を拠点とするデザイナー、クリスタ・ペリーは、デザイン盗用を訴えてシーインと対決した後、 500ドル(*4)を提案されたが、拒否したという。
「アーティストの作品はときに、魂から生まれるものなのです。喜び、痛み、トラウマ、夢、文化が混ざり合った個人的な人生の経験から誕生します。そんなデザインを盗むなんて冒涜です」
エミリー・ワトソンはオーストラリアの新進ブランドで、彼女の前衛的でオートクチュール的なデザインは、テムを含むウルトラファストファッションの“注目の的”だ。「私が何カ月もかけて完成させたデザインで大企業が儲けているのを見るのは、イライラするし、がっかりする」。
そこで私は彼女の申し立てを「デザイナーからのクレーム」としてテムに確認したところ、広報担当者からは「調査を行う」との答えが返ってきた。
真のエシカルファッションは、安価にコピーできない
パンデミック以降、材料費、人件費、マーケティング費は高騰し、小規模ブランドの置かれた状況はますます苦しくなっている。そこにデザインの盗用が追い打ちをかけるというのは、モラル(あるいは法律)の問題を超えて、もはやグローバル経済の必然なのだろうか?
「盗作があまりにも一般的になったため、盗作は許されるという風潮が強まっている」と、サステナブルファッションの教育者であるニーナ・グボールは語る。「デザインの盗用は、サステナビリティの進歩を遅らせています。法的措置を取ることは、費用、時間、労力などあらゆるコストがかかります」
シーイン、テム、H&M などのブランドは、通常通りのビジネスを続けながら法廷で闘う力があるが、ほとんどの小規模ブランドは弁護士費用を払う余裕がない。また、安価なコピー品がたくさん出回ることで、価格やマーケティングで競争力の弱い中小ブランドは大打撃をこうむることになる。小さいながらブランドを立ち上げ、独自のスタイルや人気を得て羽ばたこうとするその時に、デザインの盗用によって翼をもがれることになるのだ。
しかし、デザイナーのワトソンはそれほど心配していないという。「クリエイションには影響がないと感じています。私の複雑なザインをウルトラファストファッションが完璧に真似するのは不可能だから」
高度な品質と職人技は、ウルトラファストファッションの巨人たちが真似することはできない。1着の服にかけられた時間と思いを、偽ることはできない。真のエシカルファッションはやすやすと偽装されないのだ。
ワトソンやバークのようなデザイナーたちが自分たちの作品に情熱をもって取り組み、小さなブランドがSNSで怒りの声を上げている。その一方で、シーインとテムは意志あるデザイナーたちのクリエイションの残骸を巡って不毛な争いを繰り広げている。
*1 https://www.harpersbazaar.com/uk/fashion/what-to-wear/a45137135/ganni-buckle-ballerina-flats/
*2 https://www.bbc.com/news/articles/cp991n2v0m2o
*3 https://www.bbc.com/news/business-65990529
*4 https://time.com/6295035/shein-lawsuit-copyright-infringement/