ウルトラファストファッション「シーイン」の台頭
シーイン(Shift C評価:他の選択を)では、毎日レディースだけで3000点以上(*1)の新作アイテムが登場、中国の広州市を中心に約300以上の協力工場で生産されている。AIを駆使したシーイン独自のシステムにより、トレンドをリアルタイムで分析、販売した商品の売れ行きによっては増産を行う。企画から生産・販売までに要するリードタイムは最短で3日(*2)とも言われている。メーカーが生産から小売りまで一貫して行う小売り製造業のビジネスモデルで、ファストファッションの先駆けとなったザラの10〜15日を圧倒的に上回るスピードだ。シーインに追随してAliExpress(アリエクスプレス)、Temu(テム)など超低価格で多種多様な生活用品を工場から直接消費者に届けるサービスが急増し、その売り上げを急激に伸ばしている。
「安くて可愛い」の裏側に潜む人権や有害物質の問題
安くて可愛いウルトラファストファッションの製品の裏には、何が隠れているのだろうか。2021年サステナビリティに特化したスイスのNGO Public Eyeは、シーインのサプライヤーの労働環境を独自に調査、レポートを発表。同NGOが調査した17のサプライヤーのうち、一部のサプライヤーは操業に適切な環境が整った工場ではなく、住宅ビル内の非公式な工場で製造を行っていることが明らかになり、さらにワーカーからの聞き取り調査では、1日に12〜14時間労働し、月に28日働くこともあると証言されている。
近年では、中国のシーインの物流センターでの過酷な労働環境も明るみになってきた。
同社の物流センターで働くとされる数十人のワーカーが中国のいくつかのプラットフォームに「#希音」(シーインの中国名)のハッシュタグが付いたVlogを投稿し、自らの給与、労働条件などについて伝えている。(*3) その中でワーカーからは、直近のシフトで大量の衣類を集荷するためにトイレ休憩を一度も取らなかったことや、11時間半のシフトを終えた後に左手を持ち上げることが難しくなったといった過酷な労働環境について語られているという。
このような倉庫業務の大部分は、第三者業者と提携することで実現しているが、これにより賃金、福利厚生などの労働者への責任を派遣会社側に委ねることになる。2021年には中国のオンライン雑誌Sixth Toneが、シーインが派遣会社に「大いに依存しているようだ」と報じており、記事の中では派遣労働者に関連するさまざまな労働問題が指摘されている。
これらの状況に対しシーインの広報担当者は「サプライチェーン内のすべての労働者に対し、公正かつ尊厳を持って対応することにコミットしており、ガバナンスとコンプライアンスを強化するために数千万ドルを投資している」と回答。8月に発表された最新の報告書では、昨年、中国の21の物流倉庫のうち15を第三者機関に監査を依頼し「すべて良好な結果を出した」と公表している。
Shift Cの「この7月にサステナファッションについて知るべき10のこと」で取り上げたように、ファストファッションの懸念点は、その製造工程だけに止まらない。今年6月11日から7月11日にソウル市が行った調査によると、シーイン、AliExpress(アリエクスプレス)、Temu(テム)など中国発の通販サイトの製品計330品に対する成分検査では、女性用下着から韓国の基準値の2.9倍にあたる膀胱がん発生リスクを高めるアリルアミンが検出されている。これまでブランドの製造責任の範囲として生産地域の労働者や地域住民の健康被害の側面で語られてきた製造工程で使用される化学薬品に関する問題が、私たち消費者の健康までも脅かしかねない事態が明るみになってきた。
シーインが約345億円規模の「循環性ファンド」を立ち上げ
日本でも大きな話題となったこの有害物質に関する調査が行われていた今年7月、シーインは今後5年間で英国にて2億ユーロ(約345億円)規模の「循環性ファンド」の立ち上げを発表していた。これはファッション業界における次世代のサーキュラー技術とソリューションを開発する英国およびヨーロッパ全域のスタートアップや企業を支援するというものだ。
具体的には、テキスタイルからテキスタイルへのリサイクル材料のイノベーションなどに取り組む初期段階のスタートアップへの投資や、テキスタイルからテキスタイルへのリサイクル材料や新たな循環に適した繊維を生産する能力を持つスタートアップとの商業パートナーシップなどに当てられるという。
イタリア独占禁止法当局が「シーイン」にグリーンウォッシュの可能性を調査、虚偽の情報を記載か
上記でも取り上げたシーインは現在英国での上場を計画している(2024年10月時点)(*4)。投資家や政府からは環境や人権などの非財務情報の開示を強く求められていることも背景にあり、同社のレポートにはサステナビリティに関する情報が開示され、公式ウェブサイトにも消費者向けのサステナビリティに関するメッセージが多く見受けられる。
しかし、イタリアの独占禁止法当局(AGCM)は、先月そのウェブサイトに掲載されている環境対策に関する情報が、曖昧で消費者に誤解を招く可能性があるとして、アイルランドを拠点とする運営会社 Infinite Styles Services に対して調査を開始した。
調査対象は、公式サイトの環境に関する3つのセクションにある記述だ。AGCMは特に、同ブランドのアパレルコレクション「evoluSHEIN」に関する情報の一部も、コレクションの服がリサイクルが可能であるという表現が消費者に誤解を与える可能性があると判断。同社が掲げている脱炭素化へのコミットメントが、2022年と2023年のサステナビリティレポートに示された温室効果ガス排出量の増加と矛盾しているとも指摘している。
低価格とサステナビリティは両立できるのか?
ShiftCでもシーインを総合的に「他の選択を」と評価している。
これには、以下のような理由が挙げられている
- 迅速に変化するトレンドや定期的な新しいスタイルを取り入れる、持続不可能なファストファッションモデル
- 環境、人権、動物の全てのカテゴリーに関して、具体的な取り組みやエビデンスが十分に示されていない
環境のカテゴリーだけをみても【データでわかるサステナブルファッション②】アパレルと気候変動 でも挙げられている通り、ライフサイクル全体でみた場合にCO2の排出量は、原材料の調達や糸をつくる紡績、染色などの生産段階で全体の9割を占めている。
売上高に比例するように膨れ上がる商品数や生産量、消費者の使い捨てを助長するビジネスモデルでは、いくらエコ素材や循環型のシステムを導入したとしても、「持続可能」なファッションであるかに対しては疑問が残る。また、その製造工程が謎に包まれたままである限り、何をどのように改善すれば良いのかといった議論を起こすことすらできない。
2000年代に登場したファストファッションは大量生産・大量消費のスタイルを生み出し、パリ協定以降、アパレル業界は自らがもつ課題を乗り越えようとさまざまな対策を行ってきた。しかしここにきてシーインの登場は、「ファストファッション」の定義さえも変えてしまった。超低価格と驚異的なスピードで勢いを増すウルトラファストファッションが、果たしてこのビジネスモデルのまま持続可能に移行できるのか? 私たちは注目していかなければならない。
*1 「Toiling away for Shein」出所:Public Eye (2021年11月)
*2 「Fast-Fashion Brand Shein Explained」 出所:Business Insider (2023年12月18日)
*3 Shein Workers Have Had It—and They’re Going Public 出所:Wired (2024年9月27日)
*4 中国発ECのSHEIN、英上場を計画 米中対立で米国断念か 出所:日本経済新聞 (2024年6月4日)