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なぜ透明性が大事なのか
企業活動の透明性(Transparency)の追求が厳しくなっている。CO2をどう削減しようとしているのか? 人権配慮は行っているのか? 動物の福祉についてはどう取り組んでいるのか? 目標の達成状況は?
この連載の情報源である「FASHION TRANSPARENCY INDEX(以下FTI)」もタイトルの通り、発行当初からファッション業界の透明性を求めてきた。
持続可能性における透明性とは、方針や実行計画、達成状況やガバナンスといった情報を公開することだが、公開している=サステナブルというわけではない。FTIで述べられている言葉を借りるなら「透明性は最初の一歩」にすぎず、透明性なくして環境や社会問題にブランドがどう取り組んでいるのかを知ることはできない。つまり、サステナビリティを進める上で透明性は大前提なのだ。
進展はあるものの不十分
FTIの調べでは、たとえばサプライチェーンのトレーサビリティーに関する平均スコアは2017年は8%だったが、2023年には23%と約3倍に伸びた*1。しかし、一次生産者に関する情報公開は52%と約半数にとどまっている。また、一次生産者の施設の住所の公開は51%、労働者の性別の内訳公開は30%、労働組合の有無については4%と決して十分とは言えない*2。
施設の住所は、似たような施設名が多い場合の特定に、性別情報は女性が多い場合に生理や出産休暇などの支援の必要性判断に、そして労働組合の有無は労働者の権利確保がなされているのかどうかを確認する上で重要となる。
これらの情報が公開されていれば、労働者の人権が守られ、安心して働ける環境が確保されているのかどうかが判断できるが、公開されていなければ知る由もない。
また、一次生産の前段階、紡績や染色などの加工施設*3の公開は36%、綿花や化繊などをつくる原料サプライヤーの公開は12%とブランドから遠くなれば遠くなるほど不透明になる傾向が浮かび上がる。
ただ、原材料、加工施設、一次生産者、全てのプロセスで、年を追うごとに情報公開は進んでいる。たとえば、加工施設の場合、2017年は14%だったが2023年には36%まで増加。加工施設の所在地情報まで公開している割合は9%から30%まで増加した。
原材料サプライヤーについても、2017年は0%だったが2023年には12%にまで増加している。
最新の調査でも、一次生産、加工、原材料、それぞれの工程で今回はじめて情報公開をするブランドが10前後誕生するなど少しずつではあるが進展が見られる*4。ただ、十分と言える状態にはほど遠く、今後、透明性向上の加速が求められる。
取り組みの質の向上にも役立つ
透明性を高めることはサステナビリティの取り組みの質をも高める。
たとえば、ファッション業界において、よりサステナブルなマテリアル(素材)への切り替えが重要との認識は高まっており、その戦略を示しているブランドは51%ほどあるが、肝心の、何を「サステナブルマテリアル」とするかという定義を開示しているブランドは44%にとどまっている。
明確な定義がなければ実行がうまくいかないばかりか、仮に「サステナブルマテリアルを8割達成しました」といっても、定義の内容によってはグリーンウォッシュになる可能性もある。まずは定義を行い、その内容を公開した上で実践することがグリーンウォッシュ防止の意味でも重要だ。
水リスク、排水処理に関する情報公開状況
ファッション産業は水への依存度も高い。綿花など原材料を生産するところから、染色などの加工、さらには消費者の洗濯まで含めると多くの水を使用する。ファッション業界では、一年あたり930億立方メートルと試算されており*5、これは日本人の水の使用量で換算して約3億1千万人分の水の使用量に相当する*6。
今後、気候変動などの影響で企業が水不足や洪水などによる事業の中断といった「水リスク」にさらされることが予測されているが、水リスクの評価プロセスを公開しているブランドは23%にとどまっている。
水リスクに最もさらされる農産物は綿花とされる*7。事業継続の意味でも、生命維持にかかわる貴重な水を大切に使っていくためにも水リスク評価を行い、そのプロセスを公開していくことは今後必須と言える。
水を通じて排出される化学物質の問題も見過ごすことはできない。製造工程では8000種類以上の合成化学物質を使用し、中にはフタル酸エステルのような環境ホルモンも含まれる。世界の産業排水の2割は染色などファッション業界に由来するものとされている*8。
それだけに、排水処理をどう行っているかは重要な情報の一つだが、サプライチェーンの排水検査の結果を公表しているブランドはわずか7%にとどまっている。
FTIの調査ではこの他にも気候変動や生物多様性、サーキュラーエコノミーなどさまざまな観点から透明性について調査を行っている。
ブランド価値の向上、リスク回避のためにも
企業にとって透明性の向上は、できていないことが明らかになる、嫌なプロセスかもしれない。しかし、透明性をはかっていくことで、サプライヤーや消費者、NGOなども含め、ステークホルダーの信頼を高めることができる。また、あらかじめ情報を明らかにしておくことによって環境や人権分野で発生するリスクを早期に発見、回避につながることもあるだろう。
昨今はESG投資の高まりによって投資家から企業に対して情報公開を求める声が高まっているが、求められてから出すのではなく、先手を打つことによってブランド価値を高め、問題の根本的解決に尽力してほしいものだ。
*1 2017年の調査対象ブランドは92、2023年は250。(FASHION TRANSPARENCY INDEX, 2023, p68)
*2 FASHION TRANSPARENCY INDEX, 2023, p65
*3 加工施設とは、綿繰、紡績、編み・ 織り加工、染色・湿式加工、皮革なめし、刺繍・加飾、生地仕上げ、染色・プリント・洗濯など多様な作業を行う場を指す。(FASHION TRANSPARENCY INDEX, 2023,p72より)
*4 一次製造者の公開は9(p71)、加工施設は13(p71)、原材料サプライヤーは7(p74)が初公開した。(FASHION TRANSPARENCY INDEX, 2023,各ページ)
*5 The Ellen McArther Foundation(2017) “A New Textile Economy:Redesigning fashion’s future”, p128
*6 日本人一人あたりの水の使用量を300立方メートルとして計算。これには飲料や洗濯、トイレなども含まれる。
*7 WWF調べ(2024年8月確認時)
*8 The Ellen McArther Foundation(2017) “A New Textile Economy:Redesigning fashion’s future”, p21