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事業をよりサステナブルなものへ移行する、あるいはサステナブルな新規事業を構想する際、改めて目を向けたいのが「文化」だ。現在、サステナビリティを考える上で代表的な国際目標であるSDGs(持続可能な開発目標)は、「経済」「環境」「社会」の調和ある発展を目指す枠組みとして広く理解されている。しかし、SDGsの各目標やターゲットに文化への付随的な言及は見られるものの、文化それ自体を中心に据えた目標はない。けれど、文化は「経済」「環境」「社会」と並ぶ一領域というだけではなく、私たちが持続可能な未来を構想する際の価値判断そのものに関わっている。何を価値あるものとして残し、どのような未来を望ましいと考えるのか。その判断の前提には、それぞれの社会が培ってきた文化があるからだ。改めて持続可能な開発において文化をどう捉えるべきかを整理したい。
サステナビリティとは自然資源の有限性への応答だった
サステナビリティという言葉が初めて登場したのは1713年。ドイツで出版された『Sylvicultura Oeconomica』の中で、鉱山行政官ハンス・カール・フォン・カーロヴィッツ(Hans Carl von Carlowitz)が「将来にわたって資源を枯渇させないために、持続的(nachhaltig/ナッハハルティヒ)な森林管理を行うべきだ」と提唱した。ここで示された「Nachhaltigkeit(ナッハハルティヒカイト、後々まで保ち続けるの意)」が、サステナビリティ思想の原点とされている。
その後20世紀に入り、1962年に米国の海洋生物学者のレイチェル・カーソン(Rachel Louise Carson)が『沈黙の春(Silent Spring)』の中でDDTなどの農薬や殺虫剤による生態系の影響を訴え、米国での環境規制につながった。72年にはローマクラブが『成長の限界』を発表する。人口増加や資源消費、環境汚染を統合的に分析し、「地球は有限である」という事実を世界に突きつけた。これを契機に、環境と経済成長の関係を問い直す議論が国際的に広がっていく。そして87年、持続可能な開発を国際社会のアジェンダとして位置付けたのが国連のブルントラント報告書「Our Common Future(我らが共有の未来)」だ。「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことがないような形で、現在の世代のニーズも満足させるような開発」という定義が示され、この流れは、今日のSDGsへと受け継がれている。つまりサステナビリティとは、自然資本の有限性を前提とし、社会と経済をどう設計し直すかという問いであった。

規制、そして戦略としてのサステナビリティ
現在、欧州ではサステナビリティは環境・人権リスクを管理するための規制や金融システムとして制度化されつつある。その一方で規制簡素化の動きも進むが、投資家や金融当局によるデータ要求はむしろ高度化しており、企業にとってサステナビリティは依然として戦略課題であり続けている。日本でも欧州でビジネスを行う企業にとって、サステナビリティは喫緊の実務課題だ。この文脈において、「伝統技法の活用により文化の継承に貢献しているからサステナブルだ」という説明は通用しない。
持続可能な開発のための文化(Culture for Sustainable Development)
もちろん、サステナビリティの議論は単なる規制対応にとどまらない。
ユネスコ(UNESCO国連教育科学文化機関)は文化を、コミュニティ全体にわたる社会的・経済的・環境的影響をもつ、開発の強力な推進力であると述べているし、持続可能な開発の概念について第4の柱として「文化」を位置づけようと働きかけていた。文教大学国際学部の久保庭慧准教授はその経緯をこう整理する。
「持続可能な開発の概念は提唱当初に想定されていた『経済(開発)』と『環境(保護)』という『2本柱』から『社会(包摂)』という『3本目の柱』にその射程を拡大させてきたこともあり、『4本目の柱』としての『文化』という議論は、その延長上に位置付けようとしたものだ。この『第4の柱』論は、特に2015年のSDGs採択前の時期に、SDGsへの『文化』目標の取り込みを期待して、ユネスコやUCLG(都市・自治体連合)などを中心に盛んに議論されてきたが、その外部にまではなかなか議論が波及せずに終わってしまった」。
持続可能な開発における文化の重要性については、フランスのシラク大統領(当時)が02年、アフリカ・ヨハネスブルクでUNEPとユネスコが開催した円卓会議「持続可能な開発のための生物多様性と文化多様性」で、「文化は経済・環境・社会と並ぶ重要性を持つ」と述べた。そこで採択された実施計画で「持続可能な開発を達成するために不可欠の要素の一つとして文化多様性がある」と掲げられた。
「文化」が第4の柱に据えられなかった理由
こうした働きかけがあったにもかかわらず、国連が文化をサステナビリティの第4の柱に据えなかったことを久保庭氏は「持続可能な開発,持続可能な開発目標(SDGs)と文化」(2020)で整理している。
「①文化の定量化困難性とそれに伴う財政支出の難しさ、②文化が『人権』『経済』『環境』といった国際社会で重要視される他の諸価値との衝突を起こしやすく、さらに各国のアイデンティティや宗教観などを巻き込んで政治争点化しやすかったこと、③一方で①や②のイメージに反して、文化が政策アジェンダの中で『優先順位の低い』問題だと考えられやすいこと、などが指摘されているものの、個人的には、いずれの問題も『文化』や『開発』『サステナビリティ』といった多義的な諸概念が丁寧に整理されてこなかったことが大きな要因として挙げられるのではないか」と分析する。
一方、文化が他の3要素では代替できないとも言及する。「文化は、持続可能な開発の認識基盤を形作るものである。すなわち文化は、人々が、自分が何者かを判断する際のアイデンティティの源泉であり、何を価値あるものとみなすかを判断する際の根拠となる『意味の基盤』である。例えば、なぜある地域の暮らしや知識、技法、景観、記憶といった『(共同)主観的』なものを保護し、継承していくべきなのかは『経済』『環境』『社会』という3要素だけでは必ずしも十分には説明できない。文化は、『開発(発展)』を単なる経済成長ではなく、『その社会にとって意味のある変化』として方向づける役割を持っており(e.g.文化多様性世界宣言第3条)その点で他の要素では代替不可能ではないか」。
久保庭氏にポストSDGs議論において「文化」はより中心的な位置を占める可能性はあるのかを問うた。
「ないとは言えないが、現状においては、そもそもポストSDGsにおいては、『開発目標』といった目標設定の仕方自体が適切かどうか、仮に目標を新しく採択するにしても、それを『持続可能な開発』という概念と接続すること自体の是非から議論が始まるのではないか」と分析する。そのうえで「もちろんどのような議論がなされるとしても、およそ人間の営みを対象としている以上、『文化』の視点を何らかの形で対象に組み入れること自体は必要であると考える。文化は遍在的(omnipresent)なものであり、そうした意味では、独立の柱を立てずとも、すべての事象に『文化的な側面』というものが付きまとう。SDGsも、『文化』に関する固有の目標こそ採択しなかったが、いくつかの目標の中で『文化的側面』を付随的に言及する形をとっている。今後の議論も、そうした意味で『文化』の持つ重要性を無視することはできないのではないか」。

「文化」をどう捉えればいいのか
「文化」を容易にサステナビリティの文脈で消費することは危険な要素を多分に含む。文化とは非常に厄介な概念であり、植民地支配や近代化などの歴史的背景をも含むことから、一概に持続可能にすべきものとはいえない。例えば、グローバルサウス・開発途上国などにおける文化の持続可能性と、グローバルノース・先進国における文化の持続可能性には違いがある。
このような話の背景にはさまざまな論点が挙げられる。例えば近年の「批判開発学」(欧米主導の開発や経済成長のモデルを後進開発国に押し付けることで生まれる格差や従属関係を批判し、地域や土地に根差した文化を尊重した自律的な『ポスト開発』を目指す学問)への注目がある。欧米からは耳の痛い話になっているのは、「自分たちのような近代化こそ至高である」という考え方を反省せざるをえなくなることだ。また、欧米的な近代化への批判や、地域固有の価値観を重視する議論は、往々にして政治的な問題へと接続する。
久保庭氏も「文化多様性と脱成長論」(2024)で「脱成長論」の限界を乗り越えるための視点として「持続可能な文化的開発(Sustainable Cultural Development)」という概念に注目することで、脱成長論ではなく、持続可能な開発概念に留まり続けながら文化の多様性を尊重した開発のあり方を構想する可能性について論じている。「持続可能性の議論や実践は、普遍的な数値目標の達成競争から、それぞれの地域社会が何を『良い生き方』として構想するのかを問う方向へ変わるのではないか。持続可能性は『何をどれだけ維持するか』という問題だけでなく、『誰の、どのような価値観に基づいて持続可能性を定義するのか』という問題も問われることになっていくのではないか。つまり、『文化的持続可能性(Cultural Sustainability)』という概念の意義は、従来のサステナビリティに関する議論が『環境』『経済』『社会』といった構成要素間の対立調整に偏りがちであった点を補完する点にあるのではないか」。
つまり問題は、「文化を守るべきか否か」ではない。何を“望ましい発展”とみなすのか、その価値判断自体が文化に規定されている、という点にある。
ファッション産業と文化的サステナビリティ
文化的サステナビリティはファッションの文脈、とりわけ伝統的クラフツマンシップとの関係においては大きな意味を持つ。Boța-Moisinは2017年に発表した論文で「ファッションおよび関連するテキスタイル分野における文化的サステナビリティとは、伝統的な知識、技能、能力を将来世代へと支援・共有することを意味する」と述べている。さらにFashionSEEDSプロジェクト(Williamsほか、2019年)は、文化的サステナビリティを次のように定義している。「多様性を認識し育む寛容なシステム。これは、ファッションおよびサステナビリティの言説において、さまざまなコミュニティ、地域、信念体系を反映する多様性を含む。また、先住民族の文化遺産、信念、実践、歴史を保存するための多様な戦略の活用を含む。さらに、それらのコミュニティの存在を、その尊厳を尊重するかたちで守ろうとするものである」
産業構造の転換という視点
大量生産・大量消費を前提とするファッション産業の構造そのものが、有限な自然資本の上に成り立っている以上、構造転換は不可避である。少量高品質、ローカル生産、地域内循環――。こうした取り組みが注目されるのは、資源制約の中で持続可能なビジネスモデルを模索しているからだ。しかし、少量高品質の製品は価格を押し上げる。その価値をどう伝え、どう正当化するのか。ここで浮上するのが「クラフツマンシップ」や「地域文化」である。
価値の再定義としてのクラフト
近年、ラグジュアリーファッションを中心に、クラフツマンシップが重要な価値付けの手法となっている。欧米の大学やビジネススクールでも、クラフツマンシップが重視されるようになった。かつては周縁化されていた分野である。
伝統技法は、人の技能や自然のゆらぎに依存する。つまり人的資本や自然資本に依存する。それは、無駄・ムラ・無理を排除し、効率を追求してきた近代的ビジネスモデルとは対極にある。皮肉なことに、効率化を極限まで推し進め、差異や物語性が失われつつある市場においては、クラフトマンシップは再び希少な価値となった。ここで重要なのは、伝統技法そのものがサステナブルなのではなく、資源制約下での産業再設計において、有効な選択肢になり得る、ということだ。
原料までさかのぼる問い
最後に日本の繊維産地に目を向けたい。現在、日本の繊維産地は原料を輸入に依存している。多くの産地が縮小する中で、ブランド力を高め、販売数量を増やすビジネスモデルで成功している産地も見受けられるが、原料調達や紡績を海外に依存する構造は変わらない。「ブランディングしてたくさん売る」モデル自体が、有限資源の時代に適しているのかは再考の余地がある。

そうした中で、1688年に京都・西陣で創業したHOSOOが絹と大麻、日本の基層をなす素材を、日本の在来種を用いて、原料から生産するという挑戦に注目したい。この取り組みの核心にあるのは美の追求だ。美や品質を求めると原料にいきつく。
京都府・与謝野町で立ち上げた「KYOTO SILK HUB」では養蚕を行い、シルクを生産する。ソニーコンピュータサイエンス研究所をはじめ、大手企業からスタートアップ、研究機関まで幅広い専門家たちと協働し、最新技術を駆使して、桑の栽培から養蚕までを自動化することに挑む。一方、大麻(ヘンプ)は日本唯一の大麻研究を行う三重大学と協働し、原料生産から素材開発、製品化までを国内で行う体制を構築し、大麻の研究・生産・活用が循環する仕組みの社会実装を目指す。
絹は桑を有機栽培することから始める。大麻は現在、その高いCO₂吸収能力から環境性能の高い素材として注目を集める。建材や自動車部材、バイオ燃料など新たな産業利用も期待されている。自然と産業が連関する基盤を築くことは、持続可能なものづくりの前提でもある。そして、HOSOOのこの取り組みは欧州を中心とした環境規制やトレーサビリティに対応するだけでもなく、伝統的な技法や材料をただ保護するだけでもない。

文化的サステナビリティは、環境科学やサステナビリティ工学などの分野において議論されてきた低環境負荷の材料調達や製造方法を基盤にしながらも、各地域文化において何が実践しえるかを考えることが必要となるだろう。文化は、持続可能な開発を支える重要な要素になり得る。しかし、それ自体がサステナビリティなのではない。「どのような発展が社会にとって望ましいのか」といったことを根本的に問い直す視点になる。
久保庭慧/文教大学国際学部准教授
くぼにわ・さとし):中央大学大学院法学研究科博士後期課程修了、博士(法学)。専門は国際法学、なかでも文化の保護に関する国際法。最近の業績として、「国際人権法と文化多様性保障」大津浩(編著)『国際人権法の深化(新国際人権法講座第7巻)』(信山社、2024年)など