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コウノトリの復活は豊かな生態系の証し

一度は野生絶滅した特別天然記念物のコウノトリを市民の力で蘇らせた、「コウノトリの里」として全国に知られる兵庫県豊岡市。城崎温泉から十数キロ上流にあるエリアでは、田んぼの真ん中に突如背の高い「人工巣棟」が姿を現す。これは赤松の木に巣を作る習性があるコウノトリのために、人が用意したいわば人工の木。山が切り開かれ田畑が造られた「里山」で、コウノトリと人が暮らす共生のシンボルだ。

「幸せを運ぶ鳥」として知られるコウノトリは、かつては日本の田園で当たり前に見られる鳥だった。大型で翼を広げると2mを超す、生態系の上位にいる捕食者だ。しかしそれゆえ、田畑での農薬使用や市街地開発が進んだことで、エサとなる魚や小動物が消え、豊岡にいた最後の一羽が姿を消したことで1971年に野生種が絶滅した。
豊岡市のコウノトリ保護・繁殖の取り組みが始まったのは、この少し前からだ。文化財であり郷土の風景の一部だった美しい鳥を次世代に繋ぐために繁殖の研究を重ね、2005年には野生復帰に成功する。さらに豊かな生態系を取り戻すべく、河川や湿地の環境を復活させ、休耕地にビオトープを作り、農家では農薬や化学肥料に頼らない「コウノトリ育む農法」が行われてきた。そのかいあって、田んぼや湿地にはコウノトリのエサにもなるさまざまな生物が戻り、今では豊岡をルーツとするコウノトリが550羽以上にまで増えたという。
兵庫県立大学の内藤教授は「コウノトリの数は豊かな自然の指標です。手つかずの自然に戻すのではなく、改変された今の自然の条件下で、鳥も魚も多様な生きものが生息する環境を作っていくことこそ『ネイチャーポジティブ』の狙いなのです」と語る。
脱炭素と生物多様性と地域活性。すべてに貢献するRO農業
コウノトリも棲める豊かな地域を目指して始まった「コウノトリ育む農法」だが、農薬に頼らない米や野菜は「コウノトリの舞」という地元特産ブランドを生み、無農薬米の給食が市内の学校で推進されるなど、豊岡に生き物を育むこの農法を根付かせてきた。「坪口農事未来研究所」の平峰英子さん、拓郎さんも10年以上前からこの「コウノトリ育む農法」を基盤に、有機栽培にも挑戦を続けてきた。
「私が会社勤めを辞めてこの農地を継いだ時、これからの農業経営をどうすべきか?真剣に考えました。『無農薬』はまずやりたかった第一の軸です。現在はそれに『エネルギーと気候変動』『スマート農業』『六次産業化』というテーマが加わっています」

そこで強力なパートナーとなったのが「パタゴニア」だ。パタゴニアは既に千葉県で、畑の上のソーラーパネルでつくった電気を店舗で使うという「ソーラーシェアリング」の実績があった。さらに近年は「食」にも力を入れ、環境再生型の有機農業である「リジェネラティブ・オーガニック(RO)農業」を推進している。
この「気候」と「生態系」の解決策となる農業を推進しながら、関西圏の店舗でも再エネを導入するというパタゴニアのヴィジョンと、平峰さんの思い描くテーマがぴたりと重なった。農地でできた電気を店舗に届ける役は、再エネプロバイダーのUPDATERが担う。この座組によって「コウノトリ育む農法をもとにRO農業にも挑戦し、ソーラーシェアリングで発電も行なう」という、いわば現代の農業の“最先端” とも言える形が始まったのだ。
平峰さんは、気候変動対策に立ち上がった理由をこう語る。
「自然相手の仕事ですから、気候変動の影響は日々実感しています。夏の渇水、異常な高温、イネカメムシなどの害虫、この辺りは熊は出ていないですが鹿の被害もあります。これらを手をこまねいて見ているだけでなく、農家の立場でできることをしたいのです。日本のGHG排出のうち約4%が農林水産分野というのも気になっていました」

RO農業は、オーガニックというだけでなく、農地の生態系を豊かにし、土壌の炭素貯留量を高めることで気候変動対策をしながら「環境再生」する力を引き出す農法だ。「土壌」の他にも「社会的公平性」「周囲の環境への影響」も認証の対象範囲に含まれている。パタゴニアが推進しグローバルで広がっているが、世界では水田のような湿地性農地は珍しく、水田稲作についてのガイドラインがなかった。パタゴニア日本支社が稲作文化の当事国として、水田稲作ガイドライン策定の要望をする際、2021年からRO認証取得に向けて協同してきた平峰さんの取り組みや、地域で体系化されてきた「コウノトリ育む農法」の実績が参考にされたという。坪口農事未来研究所も今年でのRO認証取得を目指している。

日本初、ソーラーシェアリングを含む自然共生サイトの誕生

RO農法の挑戦に加えてもうひとつ、この田んぼが注目される理由。それが日本初の「発電所を含む地域が自然共生サイトに選ばれた」ことだ。自然共生サイトとは、環境省による「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」で、2025年9月、坪口農事未来研究所の農地の一部が認定された。
「コウノトリ育む農法」として農薬・化学肥料の削減や不使用に加え、冬期湛水や早期湛水、生き物に配慮した中干しの実施や生物の棲み処となるマルチトープ(水田退避溝)設置などに取り組んでいる平峰さんにとって、自然共生サイトに求められる「生物多様性」の要件はそれほど難しいことではなかったという。しかし、設置したソーラーパネルが水生生物やコウノトリを脅かさず、「生物多様性の保全や再生に貢献しているのか」はエビデンスが求められた。
調査の結果、パネル周辺の水生生物には影響が確認されておらず、マルチトープにはアカハライモリやマルガタゲンゴロウなど希少種が見られた。また、コウノトリも変わらず飛来して餌をとる姿が確認されており、晴れて8.85ヘクタールが自然共生サイトとなった。
自然共生、つまり生物多様性を保持しながら太陽光発電もできるという農業者の事例は、大規模なソーラーパネルによる自然破壊や住民生活への影響が話題となる昨今、これからのエネルギーの在り方を示唆するまたとないモデルケースでもある。

坪口農事未来研究所には5基のソーラーシェアリングがあり、水稲、野菜、ブルーベリー、育苗ハウスと、作物もパネルの大きさも最適な形を模索しているという。ソーラーシェアリングを導入する前には「日照時間の少ない山陰地方で発電できるのか?」という疑問の声も上がったそうだが、綿密な調査を行った上で効果的な計画を作成。その結果、2023年度には約32万kWhの電力を生産し、141トンのCO₂削減効果を達成した。作った電力はパタゴニア神戸店、京都店、関西オフィスで使用され、これらの定期的な電力収入によって、気化熱による温度調整機能がついた育苗ハウスを建てるなど、新たなスマート農業の探求にも余念がない。
「地方の人口減少が著しいなか日本の自然と食料を守る農業は、確かな政策に加えて、新たな魅力を創っていかなければならない。生物多様性を保全しながら発電するこの農業は、『農家』『農業』『地域』の3つを繋げ、それぞれの価値を高めることが可能です。周りの農家も興味を持ち始めてくれています。コウノトリと共に生きる自然共生サイトをきっかけに、豊岡の農業の魅力をより高めていきたいと思います」
RO認証取得の先には、坪口農事未来研究所のテーマの一つである「六次産業化」、つまりRO認証の製品化などさらなる展開も期待される。
「コウノトリが豊かに生きる環境は、人間にとっても豊かな環境だ」
人々がそう口を揃える豊岡発の「農業×エネルギー」の未来に期待が高まる。
