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隣の1,500平米の更地の利用方法について、渋谷区長に直談判

ヘアサロン ツイギーは外苑西通り(かつてはキラー通りと呼ばれた)から入ってすぐのビルにある。開業から35年、この場所に移ってから18年になり、ヘアサロンのほか、ヘッドスパサロン、カフェ、ルーフトップガーデンなどを併設する。隣接する場所には造幣局の施設があったのだが、10年前に取り壊されてから更地のままだった。管轄は財務省、国有地だ。
「建築法の関係で3階以上のビルは建たないはずなのですが、隣に何ができるんだろうと、ずっと気になっていました。そんななか、以前私が参加していたラジオ番組に、渋谷区長の長谷部さん(長谷部健氏、2015年より現職)をお招きしたことがあって、この土地の話をしたんです。ビルを建てるのではなく緑のある場所にならないだろうかと伝えたのですが、残念ながらあの土地は渋谷区ではなく国の管轄になるんです、とおっしゃいました。私は何もわかっていないものだから『区と国とで何が違うんですか?区は国の中にあるんですよね?』って言っちゃったんですよね(笑)」(ツイギー主宰、松浦美穂氏、以下同)

その後、この土地を「原宿はらっぱファーム」というプロジェクトのもと、2025年春から1年限定でコミュニティ農園として使用する許可が下りた。働きかけたのはNPO法人 コンポスト東京とZNENという2団体(業態としては、渋谷区が財務省から管理委託契約をし、都市農地と防災のための菜園協議会に再委託をしている)。この2団体と松浦氏を長谷部区長が繋ぎ、ツイギーも原宿はらっぱファームに参加することになったのだ。必然とも言える流れだ。
カットした髪の毛をアップサイクルしたヘアマットを畑に使用

先述のようにラジオ番組を持つなど、松浦美穂氏は非常にアクティブだ。15年間、秋田と金沢で無農薬の米作りをした経験を持ち、来年からは富山での米作りを予定している。サロンで使用する電気を自然電力に切り替え、ビルの屋上に菜園、コンポスト、ソーラーシェアリングを併設するルーフトップガーデンを作るなど、サステナビリティに繋がる働きかけもしている。
そんな松浦氏の多くの取り組みの一つに、カットされた髪の毛を使ったヘアマットの制作がある。きっかけは、2020年に起きた、モーリシャス沖での貨物船座礁による、重油流出事故だった。
「欧米ではすでに認知されていた方法で、髪の毛をネットに詰めて海に投げ入れて、海に浮かんだ重油を吸わせていたと聞きました。それによってさらに海が透明になっていったそうです。
確かに人の髪の毛は、パーマ剤やカラー剤を吸ってくれるんですよね。化学物質を吸収するものだということは美容師として知っておくべきだと思いました。
また髪の毛を資源として活用することを目的とした団体、マター・オブ・トラストの存在もこの時に知ったんです。
日本には全国で約27万軒(※1)の美容室があって、コンビニが6万軒弱(※2)だそうなので約5倍以上です。
個人経営のお店も含めて1軒あたり1ヶ月に100名以上の髪の毛を切っていて、それなりにパーマ剤やカラー剤を吸った27万軒分の髪の毛を燃やせば、大量の化学物質やCO2が出てしまいます。でもそれをヘアマットとしてアップサイクルすることによって、植物の栽培や汚水の浄化に使用することができるのです(編注:使用されたヘアマットの処理方法に関しては、現在研究中とのこと)。また髪の毛は5年~8年かけて生分解されることがわかっています。
隣のファームで畑を作ることになったので、カットされた髪の毛で作ったヘアマットを敷いて、ハーブを育てた記録をマター・オブ・トラストと共有しようということになったんです」
※1:厚生労働省 令和6年 美容業概要
※2:一般社団法人 日本フランチャイズチェーン協会 2025年7年度 JFA日本コンビニエンスストア統計調査月報

ファームを案内してもらったのはようやく酷暑が去った時期だったので、ちょうど土を替えていた。
「これまでケールやスイートバジル、大葉やミント、ボリジなどのハーブを育てたのですが、ここは商業用ではないので作ったものは自家消費するだけなので、スタッフの飲食用につかったり、畑に集う仲間たちと物々交換したりしています。 ヘアマットを敷いたところは保水性が高かったみたいですね。髪の毛の構成物質は85%がケラチンというタンパク質と、微量の窒素、炭素、亜鉛といったミネラルやカリウムなので、これらが土壌の微生物のバランスを整えてくれます。ヘアマットはいろんな方の髪が集まっているので、窒素やカリウムの出方もそれぞれ。よく育ったところはこれらの成分が土に吸収されたんだなと、とか、ここのは弱かったのかな、なんて話していました」
制限があったからこそ学んだことも多かった

実はこの土地、国が貸してはくれたものの「耕してはいけない」という条件があったのだそうだ。次に他の目的で使うときに木が育ったり植物の根が張っていては困る、ということらしい。
「私は15年くらい米作りをしていて良い土壌を作るのに3〜4年はかかるという知識はあったので、ファームなのに土を耕すなってどういうこと? と最初はカチンときました(笑)。でも、もともとの土にまずココナッツマット、ワラや木のチップなどを敷いてその上にコンポストを撒いて、半分にヘアマット、残り半分に知り合いが開発している土を使って畑にしました。 制限があって1年で返すという条件があるからこそできた実験でしたね」

「このファームは公的に広げることを目的にせず、このエリアの人たち渋谷区の住民の方々から『畑があってよかったね』という声が広がればいいというのが目的です。 私の知り合いも借りていて、ツイギーの畑の隣ではDONADONA TOKYOさんが花を育てているし、その隣では芸能事務所の方が自分で食べる用のイタリアン野菜を育てています」

「期限があるとはいえ、ここが畑になって本当によかったです。日本最大の商業都市である渋谷のど真ん中にあるこのファームにこそ、日本の豊かな未来へのヒントがあると感じています。この活動がきっかとなって、一人ひとりが地球のために今できることを考え、行動につなげていければいつかきっとより良い未来があると信じて、コンポスト東京さんの背中を押させていただきました。どんな実例があっても、集まった人のパッションがないと大きな力にはならないし、熱意ややる気がないところや単に流行に乗っているところでは、力は大きくならないと思っています。
私自身は挑戦する気持ちがなくなると気が下がると考えています。新しいことに挑戦する気持ちがなくなると老いが始まると思っていて、挑戦する気持ちは持ちつつ、気を上げすぎないようにしています(笑)。自分の力を過大評価してはだめだし過小評価もだめですよね」
ヘアアーティストとして考えるファッションの未来
ところでパッションの人とも言える松浦氏にとって、ヘアスタイリングと密接な関係にあるファッションが世界で2位の汚染産業であることはどう思うのだろうか。
「私がヘアスタイルを作る原点はその人しかなくて、“事”ではなく“人”なんです。ファッションと密接にリンクしていた時期もありましたが、それよりも、その人がいまどんな気分でどうありたいのかが大事なので、ファッションは知っておくべきだけど、追いかけるものではないと思っています。常に伴走はしていきたいですけど。
ヴィンテージとは、その人がその時そこに存在した証であり、新しいものをクリエイトするための礎であり、未来への起点だと思っています。だから私は、アップサイクルされたものにクリエイティビティを感じるのだと思います。
以前、中里唯馬さんのトークショーを聞きにいったのですが、古着というよりは世界中の破棄されたファッションアイテムがケニアに集まっていて、燃やしもせずにただ置いてある、放置して風化しているのを待っている状態なんだそうです。彼はそれらを粉砕して新しいテキスタイルを作ってオートクチュールのショーをしたんですが、世界中のデザイナーさんがこのことに気づいて欲しいと言っていました」
「私もその話を聞いて、とてもクリエイティブだなと思いました。手段がたくさんあるのが今の時代、新しいデザイナーが出てくるチャンスですよね。終わるのではなくrestart。
デザイナーを目指す人はチャンスを見逃さないようにしてほしいです。ファッションは終わったねとか経済がどうとかトランプが好きだとか嫌いだとか言ってもいい、発言は自由ですから。でもそういった言葉に耳を貸す時間があったら、自分のクリエイティビティを推し進めていくべき。自分自身に何ができるのか、何をしたら自分が喜ぶのかを考えるいいチャンスなんじゃないかと思います」
原宿はらっぱファーム

住所:東京都渋谷区神宮前3-35-13
2025年10月現在、原宿はらっぱファームは2026年1月で終了する予定だが、未来のために残すための署名活動を行なっている。