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ニュース|2025.09.01

DPPが拓くサプライチェーンの透明化──ヨーロッパと日本の現在地

デジタルプロダクトパスポート(DPP)への注目が世界的に高まっている。EUでは2027年からの段階的義務化に向けた制度設計が進み、ラグジュアリーブランドを中心に導入が広がりつつある。一方、日本では制度や認知がまだ発展途上にある。Shift Clubに寄せられた「欧州の進み具合や消費者の反応、日本での広がりの可能性は?」という疑問を出発点に、ヨーロッパの現場に詳しいGood On Youの角江典子氏と、タドリチェーンを手掛ける福留聖樹氏にその現状を聞いた。

原稿:藤井由香里 写真:canva

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角江典子/Good On Youアナリスト

青年海外協力隊として派遣されたバングラデシュでファッション産業の舞台裏を見たことをきっかけに、サステナブルファッションに興味を持つ。群馬県出身、米サンフランシスコ州立大学、独ハーフェンシティー大学院にて環境学を学び、日本の大手アパレルでの経験、NPO活動を得て、現在豪Good On You所属サステナビリティ・アナリストとして世界中のブランド1000社以上の調査に係る。

福留 聖樹/UPDATER SX プロデューサー

斎藤久夫⽒率いる「TUBE」にてファッションのキャリアをスタート。欧州を拠点に活動した後、⽇本のブランドやセレクトショップのディレクターや事業責任者に従事。2021年からUPDATERに参加し、DPP「TADORi CHAiN – Tsunagu β」などサステナブル事業領域のプロデューサーをつとめる。

欧州で進むDPPの実装——現場の“いま”を知る

ヨーロッパでは、ESPR(サステナブル製品に関するエコデザイン規則)の下で、2026年から2030年にかけて段階的にDPP(デジタルプロダクトパスポート)の義務化が進められている。当初は2026年施工とされていたが、制度の複雑さから延期となり、現在は2027年以降の義務化が見込まれている。それでも現場の動きは活発で、すでに多くのブランドがパイロット導入を進めている。VOGUE BUSINESSによると、欧州のラグジュアリーブランドの67%がすでに導入済みだという。

Good On Youの角江氏は「ラグジュアリー大手は『Aura Blockchain』のような独自ソリューションを構築し、PradaやLVMHが先導的に取り組んでいる」と説明する。一方で「SKU数が少ない小規模ブランドは『Renoon』や 『Fairly Made』といった外部ベンダーと連携することで、全商品に導入する柔軟さを発揮している」とも語る。

ただし、規模を問わず、導入には共通の課題がある。

「コストやデータ管理は大小を問わず負担となり、特にIT人材の確保が難しいのが現状です。そのため、多くのブランドが外部ベンダーとの提携で対応しています。」

大手ブランドはSKU数が膨大なため、一部コレクションに限定して試験導入するケースが多い。一方で、小規模ブランドは比較的スムーズに全体導入に踏み切りやすいという違いがある。

消費者の声が後押しするDPP導入

消費者の反応について、角江氏は次のように説明する。

「サステナビリティやトレーサビリティへの関心は確かに高まっていますが、購買の決め手は依然として価格やデザイン。ただ、情報を求める層は確実に増えており、ロンドン発の『Nobody’s Child』のように、消費者の声を受けてDPPを導入するブランドも出てきています。」

この流れは購入前だけにとどまらない。
「情報を求める消費者は確実に増えており、ブランドにとってDPPは“新たな信頼の証明書”になりつつあります」と角江氏は続ける。実際、修理やリセール、リサイクルといった購入後の行動にもDPPが活用され始め、循環型ファッションを支える仕組みとして役割を広げている。

こうした潮流は、日本にとっても単なる制度にとどまらず、ブランド価値や顧客との信頼関係を築く手段としてDPPを活用する重要なヒントとなりそうだ。

制度対応から価値創造へ。日本におけるDPPの可能性とは?

​​ヨーロッパではDPPの法整備と実装が進む一方で、日本における導入はまだ始まったばかりだ。産地や原料メーカー、小売、繊維商社に加え、アメリカからの動きも日本市場に影響を及ぼし始めており、経産省も制度整備に向けて議論を始めている。ただし、現場レベルでは依然として慎重な姿勢が目立つ。

UPDATERの福留氏は、その背景についてこう説明する。

「ルール自体がまだ議論の途中で方向性が見えにくいことが大きな要因だと考えています。小さなブランドは創業者の意志で進められるケースもありますが、運用面での継続が課題になる。中堅以上の企業では既存システムの変更が大きなハードルになっています。」

課題は制度や組織だけでなく、コストや人材などリソース面にも及ぶ。だが福留氏は「DPPは必ずしも大きな負担を強いるものではない」と強調する。たとえば、UPDATER社による「TADORi CHAiN Tsunagu(タドリチェーンツナグ、以下タドリチェーン)」は、EUの制度にも対応可能な設計であり、企業が制度対応を見据えて情報開示を行う際の有力なソリューションとなっている。

「タドリチェーンは既存の業務システムと容易に連携できる設計で、必要に応じてURLを発行し、相手先のシステム上に情報を表示させることも可能です。新たに大規模なシステムを導入する必要がないので、企業は負担を最小限に抑えながらDPP対応を進められる点が特徴です。」

タドリチェーン導入によるDXメリット

先述した設計に加え、タドリチェーンの特徴は日常業務のDXメリットにある。

ECの運営に不可欠な「ささげ作業(撮影・採寸・原稿作成)」の効率化や、展示会サンプルの輸出入管理、プレス対応といった煩雑なオペレーションを標準化し、省力化できる。

また、商品に付与された情報を消費者が自ら読み取ることで、スタッフを介さずに正しいデータへアクセスできるようになり、顧客体験の質も高まる。さらに、リペア履歴や受注生産の進捗を動画で届けるなど、ブランドならではのストーリーテリングにも活用可能だ。

一方で、サプライヤーにとっては「技術やコストを他社に知られたくない」という懸念もある。

タドリチェーンではこうした不安に応えるため、情報の公開アクセス範囲をレイヤーごとに設計した技術を開発中。概要は誰でも閲覧可能としつつ、詳細なコストなどの機微情報は商社や監査機関といった特定の権限者のみがアクセスできる仕組みを備えている。パブリックチェーンの透明性と、実務的な情報コントロールを両立させているのだ。

さらに注目すべきは、マーケティングやコラボレーションの領域。

タドリチェーンは匿名化された形で顧客の「クローゼット情報」を取得でき、製品がどのように使われ、修理や転売といった行動がどの程度行われているかを把握できる。これにより、ブランドは自社製品を長く大切にしてくれるファン層を可視化できるだけでなく、コラボ先ブランドとの顧客層の重なりを分析することも可能になる。

つまり、顧客との関係性を深めるだけでなく、新たなマーケティング戦略や協業の可能性を探る手段としても機能するのだ。

日本におけるDPP導入の事例——MARKAWARE

日本で最も先進的にDPPを導入しているブランドのひとつが「MARKAWARE(マーカウェア)」だ。デザイナー・石川俊介氏は、2014年にすでに「工場名を明記したトレーサビリティタグ」を導入。日本の工場や職人の技術を守るため、誰がどのように服を作ったかを示す姿勢を打ち出してきた。その延長線上にあるのが、今回のDPP導入である。

現在、「SUPER 160’sウールギャバジン」コレクションをはじめとしたアイテムには、UPDATER社のタドリチェーンが付与されている。QRコードを読み込むことで、原料産地や紡績工場、CO₂排出量といった情報が一覧でき、透明性の高い製品体験を提供している。

石川氏は「買って終わりではなく、買ったあとも一緒に歩んでいける服づくり」を掲げている。

たとえば、購入から一定期間後にケア方法を通知したり、修理履歴を共有したりする仕組みを構築することで、消費者との関係を長期的に維持できる。YouTubeでの洋服ケアの発信や修理体制の整備もその一環であり、DPPによってこれらを体系化し、実用的な形に進化させようとしている。

今後は、デニムをはじめとした新たなアイテムラインにもDPPを拡大していく計画だという。

このように、タドリチェーンは大手だけでなく、リソースの限られた中小ブランドやスタートアップにとっても導入メリットが大きい。大規模なシステム改修を伴わずに、証明書代わりのトレーサビリティ表示や、顧客との新しい関係づくりを実現できるからだ。

「DPPは『義務だからやる』という発想では広がりにくいと思います。ブランドが証明書代わりに使ったり、顧客とのコミュニケーションに生かすといった、前向きな活用を考えることが重要です。」

こうした視点は、すでに欧州で見られる「DPPをブランドストーリーや真正性の証明に使う動き」にも重なる。日本においても、タドリチェーンのように日常業務の効率化や顧客体験の向上に結びつけられるソリューションが、普及を後押しする突破口となりそうだ。

選ぶ責任と伝える責任、その未来へ

DPPは、消費者にとっては「選ぶ責任」を果たす手段であり、企業にとっては「伝える責任」を果たすツールだ。ヨーロッパではすでに制度対応を超え、ブランドの真正性やストーリーを伝える新しい証明書として活用が広がりつつある。

日本では制度や活用方法の整備はまさにここからだが、その分新しい仕組みを柔軟に取り入れる余地も大きい。タドリチェーンのように既存システムと連携しながら、日常業務の効率化や顧客体験の向上に直結する仕組みは、普及の突破口となり得る。

義務ではなく、ブランドを強くするための前向きな活用こそが、DPPを根付かせるカギになるだろう。

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ライター/エディター
藤井由香里
ファッションメディアのライター/エディター、アパレル業界での経験を経て、2022年に独立。現在は、ファッション、美容、カルチャー、サステナビリティを中心に執筆・編集を手がける。Webや紙媒体のコンテンツ制作に加え、広告制作、コピーライティング、翻訳編集など、多岐にわたるプロジェクトに携わる。

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