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ヘンプ(Hemp)とは何か?
「ヘンプ 大麻」の関係:ヘンプと大麻の違いを明確に解説「なぜ“ヘンプ=違法”と誤解されるのか?」
ヘンプは、その名前や見た目からドラッグとしてのマリファナと混同されやすく、ネガティブな印象を持たれがちである。しかし、嗜好品や医療用として使われる大麻とは明確に区別されており、大麻に含まれる向精神作用成分THC(テトラヒドロカンナビノール)の含有量が0.3%以下のものだけが、法律上「ヘンプ(産業用大麻)」とされている。英語では「マリファナのしらふのいとこ(sober cousin)」というユニークな呼称もある。
ヘンプは、衣服、建材、食品、コスメなど多用途で活用されており、農薬や化学肥料を必要とせずに育つなど、環境負荷の低さからも注目されている。
これに対して日本では、THC(テトラヒドロカンナビノール)の含有量にかかわらず、すべての大麻草が大麻取締法の規制対象とされており、ヘンプ(産業用大麻)であっても栽培には免許が必要とされる。さらに、THCを多く含む大麻(いわゆるマリファナ)については、現在も嗜好用途では認められておらず、所持・栽培・使用はいずれも原則として禁止されている。

なぜ違法だった? 実は日本人に身近なヘンプの歴史
日本では、ヘンプは「麻(あさ)」と呼ばれ、衣類や縄、紙などに広く使われてきた。七味唐辛子に入っている麻の実や、伊勢神宮の「大麻(たいま)」と呼ばれるお札など、今でもその名残を見ることができる。
ヘンプの歴史は縄文時代までさかのぼる。古い遺跡からは、ヘンプ製と見られる縄や布の痕跡が見つかっている。日用品としてだけでなく、神道の神具や儀式にも欠かせない存在だった。たとえば、神前で使われる「大麻(おおぬさ)」や、神職が身を清めるために使う注連縄(しめなわ)にも、かつてはヘンプが使われていた。
ヘンプは、近代においても日本各地でその土地の風土に合わせて栽培・活用され、暮らしの中に根づいてきた。繊維としての利用が主で、漁網やたたみの縁など、日常生活のさまざまな場面で使われていた。かつては一大産地として知られた栃木県には、現在もヘンプの文化や歴史を伝える「大麻博物館」があり、その伝統と人々の暮らしとの関わりを今に伝えている。
ところが、戦後の社会情勢の変化とともに、ヘンプの扱いは大きく変わる。1945年、日本では「麻薬取締規則」が施行され、ヘンプも対象とされた。そして1948年、大麻取締法が制定される。これにより、ヘンプの栽培には免許が必要になり、自給的に栽培していた多くの農家が撤退していった。
さらに、1960年代にアメリカを中心に広がったヒッピーカルチャーで、マリファナが象徴的に使われるようになった。そのイメージが日本にも輸入され、「大麻=違法薬物」という考えが定着していくことになる。
加えて、ナイロンやポリエステルといった大量生産ができる合成繊維も登場。こうして、かつては日本各地で栽培されていたヘンプは、次第に姿を消していった。
1950年には全国で約25,000件あった栽培農家は、現在では30件に満たないほどに減少している。(2021年時点で27人)*1
ただし、令和5年の大麻取締法改正で栽培目的やTHC基準が明確になり、許可の基準が分かりやすくなったため、栽培しやすい環境が整いつつある。日本での栽培者も増えることが見込まれる。
健康や美容効果も? “サステナ素材”として再注目のヘンプ
ヘンプ(産業用大麻)の特徴
ヘンプは、吸湿性・速乾性・抗菌性に優れた、機能的にも優秀な天然素材。環境負荷が比較的少ない点も大きな特徴で、栽培には多くの水を必要とせず、一日に2~3cmと成長速度も速いため、農薬や化学肥料の使用も最小限に抑えられる。
なお、リネンも同じ“麻”と表現されることが多いが、ヘンプは「カンナビスサティバ(大麻)」由来であるのに対して、リネンはフラックス(亜麻)由来と、実は別の植物。どちらもナチュラルな風合いや通気性が特徴だが、繊維の硬さや肌ざわり、耐久性などに違いがある。
ヘンプの特徴を活かした用途と製品
ヘンプの持つ優れた特性は、多岐にわたる製品開発に活かされている。
- ファッションアイテム:
耐久性と通気性を活かした衣類(シャツ、パンツ、ジャケット)、バッグ、帽子、靴など。特にヘンプデニムは、その丈夫さと独特の風合いで人気がある。 - インテリア製品:
カーテン、クッションカバー、ラグ、寝具など。ヘンプの抗菌性や調湿性は、快適な室内環境づくりに役立つ。 - 美容・健康製品:
- ヘンプシードオイル: 麻の実から低温圧搾法で抽出されるオイル。必須脂肪酸(オメガ3、オメガ6)をバランス良く含み、食用や化粧品原料として利用される。
- CBD(カンナビジオール)製品: ヘンプの茎や種子から抽出されるCBDは、THCのような精神作用はなく、リラックス効果や健康維持が期待され、オイル、クリーム、サプリメントなどに加工される。
- 食品:
- ヘンプシード(麻の実): 高タンパクで必須アミノ酸、ミネラル、食物繊維が豊富なスーパーフード。そのまま食べたり、グラノーラやサラダに加えたりする。
- ヘンププロテイン: ヘンプシードを粉末状にしたもので、植物性プロテインとして活用される。
- 建築資材:
- ヘンプクリート: ヘンプの木質部(オガラ)と石灰系バインダーを混合して作られる建材。軽量で断熱性、調湿性、耐火性に優れ、CO2を固定化する環境配慮型建材として注目されている。
- その他:
自動車の内装材、バイオプラスチック、紙製品、動物用の敷料など、その可能性は広がり続けている。
ヘンプ素材のメリット・デメリット
「ヘンプ メリット」
- 耐久性の高さ(綿の約8倍の強度)
- UVカット効率の良さ(95%以上)*2
- 年間を通して快適な着心地 夏は涼しく、冬は暖かい。
- 洗濯するほど柔らかくなる特性
- アレルギー反応が少ない素材
「ヘンプ デメリット」としての3つの課題
製品によっては、
- シワになりやすい
- 初期の硬さ・ゴワつき
- 純ヘンプ製品の価格の高さ
リネンやオーガニックコットンとどう違う?人気天然素材との徹底比較
リネン(亜麻)との違い
ヘンプもリネンも「麻」としてくくられるけれど、実は植物が違う。リネンは「フラックス(亜麻)」、ヘンプは「カンナビスサティバ(大麻)」が原料。
どちらも通気性が良く、シャリ感のある肌触りが特徴。ただ、ヘンプの方が繊維がやや硬くて丈夫。リネンが柔らかくなるには少し時間がかかるが、ヘンプは使い込むほどにくたっとした風合いになっていく。
さらに、ヘンプは栽培時に使う水の量がリネンより少なく、よりサステナブルな素材とも言える。
コットン(綿)との違い
コットンは肌触りがやさしく、日常使いに馴染みのある素材。一方で、栽培には大量の水と農薬が必要なため、環境負荷の高い側面ももつ。
その点、ヘンプは農薬や肥料をほとんど必要とせず、自然の降雨だけでも育つため、灌漑設備が必須とされるコットンに比べて、水資源への依存度が低い。さらに、繊維が強くて長持ちし、抗菌性・UVカットなどの天然の機能も備えている。
ウールとの違い
ウールは柔らかな肌触りと高い保温性が特徴で、寒い季節にはもちろん活躍する素材。自然素材でありながら機能性が高く、アウトドアウェアにもよく使われている。一方で、動物の毛を原料とするため、アニマルウェルフェアの観点から責任をもって調達されたものを選びたいところだ。
ヘンプは植物由来の天然繊維で、動物性素材であるウールに代わるヴィーガンフレンドリーな選択肢として注目されている。繊維が多孔質構造のため、吸湿性や発散性、通気性に優れ、汗ばむ季節でも快適。さらに高い耐久性も備えており、日常使いにも適している。
どんなシーンでどの素材を選ぶ?
- 暑い季節・汗ばむ日:吸湿性・通気性を重視するなら、ヘンプやリネン、薄手のウール(メリノなど)
- オールシーズンの普段着: 肌触りと扱いやすさ重視ならコットン
- 寒い季節・防寒が必要な時: 高い保温性を求めるならウール
- サステナビリティを意識したいとき: 栽培環境への負荷が少ないヘンプが選択肢
品質を見分けるポイント3つ
素材表示に注目
吸湿性や通気性などヘンプ本来の特性を重視するなら100%素材、しなやかさや軽さを求めるなら混紡素材が向いている。ただし、加工技術の進歩によって、今では100%素材でも扱いやすくなり、混紡との違いはあまり気にならなくなってきている。
- 織りの密度と肌ざわり
しっかり目が詰まっているほど耐久性があり、ざらっとした感触が苦手な人は、柔らかく加工されたものを選ぶのが◎。実際に触れて選べると理想。 - 染色や加工の有無
天然染めや無染色のものは、より環境負荷が少なくサステナブル。タグやブランドの説明をチェックして、工程に配慮されているかを見るのがポイント。
洗濯方法とケアのコツ
ヘンプは意外とタフな素材。ただし、摩擦に弱い一面もあるので基本は「ネット使用+弱水流」。
・洗剤は中性洗剤がおすすめ
・乾燥機より自然乾燥を(縮み・変形防止)
・直射日光は色あせの原因になるので陰干しが安心
シワになりやすい場合もあるので、気になる場合は軽くアイロンを。リネン同様、少しクシャッとした表情も味として楽しむのもアリ。
経年変化を楽しむための使い方
ヘンプは、着れば着るほど柔らかく、なじんでいくのが魅力。新品のときは少しハリがあっても、洗濯や着用を繰り返すうちに肌にしっとりフィットするようになる。
色や質感に出るエイジングも味。丁寧に扱えば、長く愛用できる、育てる素材だ。
ブランドはなぜ今、ヘンプを選ぶのか?これからのファッションとヘンプの可能性
気候変動や資源の制約が深刻化するなかで、ファッション業界もサステナブルな素材へのシフトが進んでいる。中でもヘンプは、農薬・化学肥料をほとんど必要とせず、少ない水で育つという環境負荷の少なさや、通気性・耐久性・抗菌性などに優れた高い汎用性が評価され、世界各国で再注目されている素材の一つだ。
市場規模も拡大傾向にあり、特に欧米やアジアの一部では、建材・食品・繊維など幅広い用途での需要が急増。日本国内でも、大麻取締法の見直しや国産ヘンプ栽培をめぐる動きが農業・テキスタイル分野で今後盛り上がりを見せるかもしれない。
ヘンプはファッションブランドの間で以前から注目されており、パタゴニアなどが30年ほど前から綿化(cottonized)という手法でヘンプ素材を加工し、コットンのような柔らかさと扱いやすさを実現した「コットンナイズド・ヘンプ(Cottonized Hemp)」を採用してきた。
そして現在は、より進化した技術として、繊維の長さを活かす「ロングファイバーヘンプ」を用いたフラックス方式へと移行しつつある。これは、ヘンプ本来のしなやかさ、強度、自然な光沢感を引き出す加工法であり、ヘンプ素材を現代的な素材へと押し上げた。
ヘンプを使ったファッションブランド
ヘンプは今、サステナブル素材の中でも“次世代の定番”として、多くのブランドが注目し、選び始めている。
国内のヘンプファッションブランド5選
tennen(テンネン)
自然素材の魅力と手仕事の美しさを追求するブランドtennen(Shift C評価:良い)。ヘンプの持つ伝統性と、現代に通じる風合いの両方に価値を見出し、日本の伝統文様「麻葉模様」を用いるなど、ヘンプの文化的側面も大切にしている。
weavearth(ウィバス)
「”weave”(織る・紡ぐ)+ “earth”(大地・環境・地球)」を理念に、環境に寄り添った暮らしを提案するブランド。ヘンプと最新技術を組み合わせ、天然素材の循環的な価値を発信している。染め・縫製も国内外の小規模工場で丁寧に行われており、フェアなものづくりを重視。
GOHEMP(ゴーヘンプ)
1994年創業、日本のヘンプファッションの草分け的存在。サーフカルチャーやアウトドアの文脈から、ヘンプの軽さ・速乾性・抗菌性に着目し、ライフスタイル全体を提案。環境負荷の少ない農業を支援する活動も行っている。
nest Robe
リネンを主素材に、“天然素材とやさしい暮らし”をテーマに掲げる nest Robe(Shift C評価:ここから)は、サステナブルな素材としてヘンプも積極的に取り入れている。硬さが特徴とされるヘンプを、リネンと同様に湿式紡績し、国内の加工で柔らかく仕上げることで、素材の新たな可能性を丁寧に引き出している。
MARKAWARE(マーカウェア)
選び抜かれた素材に日本の高度な技術を掛け合わせ、洗練されたメンズウェアへと仕立てるブランド、MARKAWARE(Shift C評価:ここから)。代表的なのは、中国・黒竜江省で栽培されたヘンプを、アイリッシュリネンの名門「ハードマン社」の技術と設備で紡績した糸を使用した〈Hempshirting〉シリーズ。
海外の注目ヘンプブランド7選
Afends(アフェンズ)|オーストラリア
「サステナブルはクールであるべき」という哲学のもと、サーフ&ストリートカルチャーに根ざしたデザインを展開するブランド(Shift C評価:良い)。ヘンプに特化した自社農場を持ち、農業からファッションまでのサプライチェーンを可視化している。
Patagonia(パタゴニア)|アメリカ
アウトドア業界でいち早くヘンプを導入したブランド(Shift C評価:良い)。アメリカでは2018年に農業法が改正され、ヘンプ栽培が合法化。これを受け、Patagoniaは国内の農家・加工業者と連携し、再導入に取り組んでいる。育てたヘンプは、ワークウェアやアクティブウェアに活用。
SENSIHEMP(センシヘンプ)|ポルトガル
2025年4月にスペイン・マドリードで開催された第9回「Circular Sustainable Fashion Week Madrid(CSFW)」にて、最優秀サステナブルファッションブランド賞(The Circular Project Award)を受賞。SENSIHEMPのコレクションは、100%ヘンプ素材を使用し、アップサイクルやゼロウェイストの理念を取り入れた取り組みは、審査員から高く評価されました。特に、ヘンプの栽培から製品化までの一貫したサステナブルなアプローチと、地元の職人との協働による地域経済への貢献が受賞の決め手となった。
Outerknown(アウターノウン)|アメリカ
プロサーファーのケリー・スレーターが設立。「2022年までに使用素材の95%をPreferred Fibersに」という目標を掲げ、ヘンプを中核素材として導入。透明性の高いサプライチェーンを公開し、労働環境にも配慮。
Thinking MU(シンキング・ムー)|スペイン
スペイン・バルセロナ発のサステナブルファッションブランド(Shift C評価:良い)。通気性と耐久性に優れるヘンプを、Tシャツやシャツなどの日常着に積極的に採用。エネルギー消費・CO₂排出・水使用量を独自に測定・公開し、消費者に「買う責任」を共有してもらう姿勢を持つ。
tentree(テンツリー)|カナダ
「1商品購入=10本の植林」という仕組みで知られるこのブランド(Shift C評価:良い)は、地球環境の回復とファッションの両立を追求している。ヘンプは中心的な素材とし、包装や物流にも脱プラ対応を徹底。
8000kicks(エイトサウザンドキックス)|ポルトガル
ポルトガル発のシューズブランドで、「世界初のヘンプスニーカー」をコンセプトに掲げるパイオニア的存在(Shift C評価:良い)。 アッパー素材に100%ヘンプを使用し、ソールには藻(アルゲン)由来の素材を用いる。ヘンプの抗菌性・通気性・耐久性を生かして、都市生活にもアウトドアにも適した一足を生み出す。
ハイブランドにも広がるヘンプ素材
ヘンプの無骨でナチュラルな質感は、近年ではハイファッションの世界にも浸透してきている。
ステラ・マッカートニーは動物由来素材を使用せず、再生繊維やヘンプを使ったクチュールラインを展開。
ロロ・ピアーナやジョルジオ・アルマーニなども、ラグジュアリーな天然素材の一つとしてヘンプを取り入れ始めている。素材の持つ「素朴さ」と「美しさ」、そして環境へのやさしさが、新たなラグジュアリーの価値観と共鳴しつつある。
まとめ|“次のベーシック”になる可能性
サステナビリティが求められる時代の中で、ヘンプは“素材”としてだけでなく、“メッセージ”を持った選択肢となっている。育て方から加工法、さらには着る人の心地よさにまで配慮された素材は、これからのファッションにおいて欠かせない存在になっていくだろう。
かつては「地味」や「素朴」といったイメージが先行していたヘンプも、今ではストリート、アウトドア、ラグジュアリーまで幅広いスタイルにフィットする素材として進化している。
未来のワードローブの定番──“次のベーシック”としてのヘンプ。その可能性は、私たちの選び方ひとつでさらに広がっていく。
*1 栽培者数推移 https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000957924.pdf
*2 色、生地規格によって多少のバラつきあり