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ストーリー|2025.03.31

「動物福祉」と「動物愛護」の違いとは?知っておきたいアニマルウェルフェアの基礎知識

肉料理も目玉焼きもチーズもやめられない。あたたかな毛布もふわふわのニットも手放せない。でもその裏に動物たちの苦しみがあるとしたら? 工業的な畜産の虐待性について、これまで一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。そこで今回は、日本でも近年、話題となっている「アニマルウェルフェア(動物福祉)とは何か」について改めて考える機会としたい。

原稿:藤井志織 写真:Unsplash

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アニマルウェルフェアとは? その定義と海外での広がり

アニマルウェルフェア(animal welfare)とは、アニマル=動物と、ウェルフェア=福祉を組み合わせた言葉で、直訳すると「動物のための福祉(動物福祉)」となる。
畜産の国際機関である国際獣疫事務局(WOAH)によると、「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態をいう」と定義されている。また一般社団法人アニマルウェルフェア畜産協会は、「感受性を持つ生き物としての家畜に心を寄り添わせ、誕生から死を迎えるまでの間、ストレスをできる限り少なく、行動要求が満たされた、健康的な暮らしができる飼育方法をめざす畜産のあり方」としている。
どちらの場合も対象となるのは、人間が管理している動物だ。つまりペットや家畜(乳用牛、肉用牛、豚、採卵鶏、ブロイラー、馬)、実験動物などの動物についての概念であり、野生動物は含まれない。

アニマルウェルフェアという考え方が登場したのは、1960年代のヨーロッパ。イギリスの家畜福祉の活動家であったルース・ハリソンが、『アニマル・シーン』(1964年)という書籍の中で工業生産的な集約畜産の虐待性を痛烈に批判。これが大きな反響を呼び、大きな社会問題となったことをきっかけに、イギリス議会では家畜の「5つの自由」を基本原則として定めた。

5つの自由
①飢え・渇きからの自由(Freedom from Hunger and Thirst)
②不快からの自由(Freedom from Discomfort)
③痛み・負傷・病気からの自由(Freedom from Pain, Injury or Disease)
④本来の行動がとれる自由(Freedom to behave normally)
⑤恐怖・抑圧からの自由(Freedom from Fear and Distress)



豚にとって体温調節やお風呂の役割をもつ泥浴び。泥浴びができるのは④「本来の行動がとれる自由」が保たれた状態といえる。

これが国際的な動物福祉の標準となり、欧米では多くの関連する法令が作られてきた。日本でも農林水産省が「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」を定め、動物の環境を快適に整え、動物本来の行動を妨げない飼育方法の普及に務めている。

今、なぜアニマルウェルフェアが推進されるのか

ひどく狭い場所で動きを制限された家畜の映像を見たことがあるのではないだろうか。現代の工業的な畜産は生産性や効率を重視するあまりに、過密な飼育環境や劣悪な管理によって家畜に多くのストレスや苦痛を与えている。
そういった動物本来の行動を制限されるような飼育環境では、さまざまな菌やウイルスが発生し、病気にかかりやすくなりがちだ。そこで予防のために抗生物質を与えることが多く、その家畜を食べた人間に抗生物質耐性をもたらす危険性が問題となっている。さらに抗生物質が含まれた大量の排泄物は、川や海の汚染にもつながっていく。

また、工業的な畜産では膨大な水が使われるため、水資源の乏しい地域では水不足を引き起こすという側面も。飼料となる作物の栽培には大量の農薬が使われていることが多く、水質汚染の原因ともなる。生態系が損なわれれば、食料供給や経済活動も滞ってしまうはずだ。つまり持続可能な食料生産システムの構築のためには、アニマルウェルフェアが重要であることは間違いない。

家畜の飼育方法や環境に配慮することで、ストレスや疾病、感染症が減る。家畜自身の免疫力が損なわれないのであれば、抗生物質などの薬物投与も避けられる。結果として生産性や質の向上や食の安全につながるのだ。

動物愛護やアニマルライツとの違い

似たような概念に、動物愛護やアニマルライツがある。

動物愛護は、「人間が動物を愛し大切にする」という、人間の感情を主体とした考え方。1973年に制定された「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護管理法)では、人に飼われている「哺乳類、鳥類、爬虫類に属する動物」及び飼い主の有無にかかわらない全ての「牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと、あひる」を動物愛護の対象としている。

いっぽうアニマルライツは動物の権利を主張しているもので、野生動物も含むすべての動物が対象となる。「苦痛を感じる能力があり、感情や欲求、知覚、記憶などの感覚がある動物には、なるべく自然のままに生きる権利や、人間に危害を加えられない権利があり、人間はそれらの権利を守る義務がある」という考え方。究極的には動物の利用をやめることを推進している。

つまり、アニマルウェルフェア、アニマルライツ、動物愛護というそれぞれの概念は、人間と動物のどちらの立場で考えるのか、人間による利用を許容するかしないか、によって区別されている。

世界に広がったアニマルウェルフェアの流れ

イギリスで「5つの自由」が提唱された後、EUの発足と同時に生産者と市民が議論し、アニマルウェルフェアは法制化されていった。現在は飼養だけでなく、食肉処理や輸送に至るまで、規則や指令が定められている。

2021年には欧州議会が「欧州市民イニシアチブ」という制度に基づく提案を受け、2027年までに畜産分野でのケージの使用の段階的な禁止を求める決議を賛成多数で採択。法的拘束力のないものの、欧州議会は欧州委員会に対し、適切な移行期間を設置し、影響評価を実施したうえで立法案を作成するよう求めた。巨額のコストや、気候の違いなどによって各地域で農業の習慣が異なる事実を考慮していないという業界団体からの疑問が呈されてはいるが、実現に向けて動いている様子。さらに輸入製品に対してもEU内のルールと同等の基準(ケージフリー)で飼育されているべきだということも検討している。
現在のところ、アメリカでは一部の州でケージ飼育が禁止。カナダは2036年までにバタリーケージ(狭いケージ)を完全に廃止すると表明している。豚を固定する妊娠ストールという檻についても世界が廃止の方向へ向かっており、アメリカでは一部の州で禁止、イギリス、スイス、スウェーデン、オーストリアでは禁止されている。

また2024年5月には、イギリスで食肉用および肥育用家畜の生体輸出を禁止する法案が施行された。輸出のための長旅によるストレスや疲労、怪我から動物たちが解放され、福祉基準の高い英国内でと畜されることが保証される。ひいてはイギリスの食肉の価値を高め、経済成長にも貢献するとしている。
欧州委員会もまた、輸送時間の短縮、輸送スペースの拡大、極端な高温下での輸送の制限など、輸送中の動物福祉に関する法規制の強化を提案中。ニュージーランドは2023年までに生きた家畜の輸出を禁止。オーストラリアも生体羊の海上輸送を2028年5月に禁止すると表明している。

アニマルウェルフェアを社会に広めるセレブリティたち

社会に大きな影響を与えるセレブリティも、アニマルウェルフェアに取り組んでいる。

ビリー・アイリッシュ

ベジタリアンの家庭に育ち、ヴィーガンとなったビリー・アイリッシュは、2021年にPETA(動物権利団体)のパーソン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたことでも知られている。メットガラでは、「今後いっさい、毛皮を採用しないでほしい」というビリーの嘆願を受け入れたブランド「オスカー・デ・ラ・レンタ」のドレスを着用。自身がプロデュースしている香水は、動物由来成分不使用で環境に配慮された原料を使用し、動物実験を行わないビーガンフレグランスである。

ナタリー・ポートマン

俳優のナタリー・ポートマンも、ヴェジタリアンからヴィーガンになった一人。ハーバード大学卒の知性派でもあり、アニマルライツや環境問題についても積極的に発信している。2018年には、工場畜産の現実を捉えるドキュメンタリー映画『Eating Animals(原題)』を発表。

セイディー・シンク

卵や乳製品の産業の実態を知ったことから、ヴィーガンになったのは、Netflixの人気シリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のマックス役で知られるセイディー・シンク。

ヴィーガニズムのシンボルをモチーフにしたタトゥーを入れているマイリー・サイラスや、映画『ウィキッド ふたりの魔女』で話題のアリアナ・グランデも熱心なヴィーガンだ。もともと動物好きなアリアナは、ドキュメンタリー映画『フォークス・オーバー・ナイブズ~いのちを救う食卓革命』を観て、ヴィーガンになることを決意したとか。
映画『ジョーカー』の演技が絶賛されているホアキン・フェニックスは、主演男優賞を受賞したアカデミー賞の受賞スピーチでも畜産業を批判するなど、動物の権利や環境の保護活動に熱心に取り組んできた。パートナーのルーニー・マーラもその姉のケイトも同様にヴィーガンであり、友人と一緒にヴィーガンのファッションブランド『Hiraeth(ヒラエス)』を立ち上げている。

アニマルウェルフェアの日本の現状はどうなっている?

欧米から広がったアニマルウェルフェアだが、現状、日本は世界から大きく遅れをとっており、多くの改善点を指摘されている。その理由としては、農林水産省の「指針」には法的強制力がなく、アニマルウェルフェアに関する法律や罰則はないからだともいわれている。

卵を取るために鶏を育てる採卵養鶏場には、バタリーケージ(狭いケージ)、エンリッチドケージ(広いケージ)、平飼い(飼育舎内を自由に動き回れる)、放牧(屋内外を自由に動き回れる)の4種類があるが、日本の養鶏では94.1%がケージ(バタリケージ、エンリッチドケージ)飼いという報告がある。子豚を踏み殺さないために親豚を固定する妊娠ストールという檻についても、日本の使用率は9割を超えているとか。世界動物保護協会(WAP)が50ヵ国を対象に行った調査(2020年)によると、動物保護指数(API)で日本は最低ランクのG評価となっている。

とはいえ日本でも、アニマルウェルフェアに関する認証制度が増えているので注目したい。
農林水産省が推奨する認証制度としては、JGAP認証や有機JAS認証、持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉JAS認証などがある。2016年には、一般社団法人 アニマルウェルフェア畜産協会が日本初の本格的な取り組みとして、乳用牛・肉用牛に関するアニマルウェルフェア認証制度を開始した。ほかに国内の自治体では初めての山梨県独自の認証制度であるやまなしアニマルウェルフェア認証制度や、民間規格としてエコデザイン認証センターによる平飼い鶏卵認証制度もある。

ファッション業界におけるアニマルウェルフェア

アンゴラ、アルパカ、ダウン、ウール、カシミヤ、モヘア、レザーなど、倫理的な問題を抱えたファッション素材は多い。ヨーロッパでは2024年9月時点で、20の国が毛皮生産の禁止を決めており、毛皮牧場は多くの国で禁止されているが、まだ欧州や中国に残っている。キツネやタヌキ、ミンクなどの毛皮用の動物は、小さな檻の中の劣悪な環境で飼育された後にと殺され、皮をはがされる。

皮をはぐわけではなく、毛を利用するアンゴラやウール、カシミヤ、モヘアなども、無理な毛の採取をされていないか、気になるところである。しかし現在、アンゴラウサギに苦痛を与えないような福祉基準は認められていない。

再生可能な資源であるウールも、ミュールジングという問題がある。羊毛の生産量を増やすために皮膚の面積を大きくする品種改変されたメリノ種の羊などは、皮膚がひだ状になっているため、お尻付近のひだの間に糞がたまり、うじが湧く。それを防止するために幼齢のときに無麻酔でお尻の皮膚と肉を切り取ることをミュールジングという。多くの国で廃止されているが、生産量世界一のオーストラリアではいまだに規制されていない。ミュールジングを行わないことを証明するレスポンシブル・ウール・スタンダード(Responsible Wool Standard / RWS)という認証マークもあるので、参考にしたい。

ダウン(水鳥にのみ存在する特殊な羽毛)においては、工業型の飼育だけでなく、羽毛を生きたままむしりとるライブプラッキングやライブハンドピックが批判されている。ヨーロッパでは禁止されており、現在は屠殺した鳥から採取するハンドピックやマシーンピックが主流だが、ライブプラッキングのほうが質がよく効率的だという理由からまだ行われているのが現状。自然と抜け落ちた羽毛や、生え替わり期の抜けそうな羽毛を採取するハーベスティングは鳥の体にダメージを与えないが、採取量がかなり限られてしまう。そもそも水鳥一羽から採れるダウンはわずかであり、希少性の高い素材なのだ。

生きた水鳥から採取していない羽毛のみを使用した商品であることや、羽毛の品質を保証する規格であるダウンパス(DOWNPASS)や、動物福祉やトレーサビリティにも配慮したレスポンシブル・ダウン・スタンダード(RDS)という国際調達基準もある。最も現実的なのはリサイクルダウンという選択だろう。クッションや寝具、中古製品から回収された羽毛を丁寧に処理して再利用すれば、水鳥に新たな負荷をかけることなく、長く愛用することができる。

アニマルウェルフェアの考えはファッション業界へも広まっており、適切な環境での飼育と、食肉産業の副産物であることが望ましい。しかし環境負荷や倫理的な問題にもリンクしていることから、動物由来ではない素材の開発も進められている。

消費者であるわたしたちができること

畜産は食用や衣類用に関わらず、飼育や輸送、飼料の確保、畜産物の生産、流通、消費と、さまざまなプロセスがあり、サプライチェーンは複雑で責任の所在があやふやになりがち。アニマルウェルフェアだけでなく、飼料栽培のための森林伐採や、大量に排出される糞尿による環境汚染といった環境に関する問題も山積みだ。

責任を負うべきは畜産業者だけではない。消費者もどのように手元にきたのかというトレーサビリティを知ってしかるべし。ヴィーガンになるという究極の選択肢だけでなく、目をそらさずに事実を知り、信頼できる認証マークのついたものを選ぶなど、自分の選択に責任を持つことを大切にしたい。


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