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ストーリー|2025.03.10

特別な一着と出会える場所——The Vintage Dressが紡ぐヴィンテージドレスの魅力

セカンドハンドの洋服を選ぶことは、洋服が持つ物語を次の世代に受け継ぐ大切な行為でもある。今回訪れたのは、代官山に店を構える「The Vintage Dress」。1920年代から90年代のデザイナーズブランドのドレスを中心に厳選し、唯一無二のセレクトを展開している。オリジナルブランド「ムジーク」では、無駄を省いたオーダーメイド生産を実践し、直し工房「ナオミドレスメーカー」ではリサイズや補修を通じて、新たな命を吹き込んでいる。今回はオーナーのYAMAGUCHIさんとナオミドレスメーカーの尚美さんに、ヴィンテージドレスの魅力や選ぶ楽しさ、そして洋服を長く大切に着る工夫について話を聞いた。

原稿:藤井由香里

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ドレスに特化した理由は、“究極の美しさを纏った特別な一着を届けたい”という想いから

2018年に東京・代官山の路地裏に店舗をオープンした「The Vintage Dress」。オーナーのYAMAGUCHIさんがヴィンテージファッションに魅了されたきっかけは、学生時代に訪れたパリの蚤の市だった。

「学生の頃から、いつか自分の店を持つと決めていました。当時の日本には、感動するような本物のヴィンテージ(デザイナーが手がけたオリジナル品)が少なかったんです。その想いが形になったのが『THE BRISK』です。」

2012年にオープンした1号店「THE BRISK」は、大量生産・大量消費が主流となった時代に、本物のヴィンテージを届ける場としてスタートした。特に大きな転機となったのは、海外で出会った「サン・ローラン」のパープルのレザージャケットだった。

「実物を目にした瞬間、『こんなに素晴らしいものがあるんだ!』と衝撃を受けました。それ以来、本物のヴィンテージの価値を伝えたいという思いが募っていきました。」

客層はTHE BRISKと大きく変わらず、30代から50代を中心に、幅広い年代の人々が訪れている。特に結婚式やパーティーといった特別な日のために、ここでしか見つからない一着を求める方が多い

「THE BRISK」では、ヴィンテージのアウターやジャケットを中心に展開しており、比較的カジュアルなアイテムが揃う。一方、「The Vintage Dress」はドレスやシルク素材のブラウス、オケージョンアイテムに特化している。

「数々のヴィンテージを目にする中で、特にデザイナーが手がけたヴィンテージのドレスは、圧倒的な美しさがあると感じました。そのシルエットや素材に触れたとき、単なる古着ではなく“作品”としての価値を実感したんです。その究極の美しさを伝える場を作りたいと思いました。」

1973年秋冬に製作された「サン・ローラン」のオートクチュール。当時の顧客の要望により、元はロングスリーブだったものをノースリーブとして製作された世界に一点だけのドレス。店内で唯一の非売品だそう

店内には1920年代から1990年代にかけてヨーロッパで当時製作されたドレスが並ぶ。「シャネル」や「アライア」、「サン・ローラン」など、今ではなかなか手に入らない希少なアイテムが揃い、まるでミュージアムのような空間を作り出している。

その本物志向の独自のセレクトは国内外で支持され、2022年、2023年には「ヴァレンティノ」がアーカイブを集めて販売する「ヴァレンティノ ヴィンテージ」の日本会場にも選出された。The Vintage Dressは、流行に左右されない価値を大切にしながら、時代を超えて愛される一着を届け続けている。

デザイナーの想いが宿る一着に出会える空間

The Vintage Dressでは、デザイナー自身が手がけたオリジナルのアイテムのみを厳選している。オーナーのYAMAGUCHIさんは、そのこだわりについてこう語る。

「この年代のオリジナルドレスを扱うお店は、日本にほとんどありません。同じブランドのタグがついていても、デザイナーの手を離れたライセンス生産品とオリジナルでは、価値が大きく異なります。特にバブル期には、日本企業がライセンス契約のもと大量生産を行い、市場にはデザイナーの意思が反映されていない服が溢れました。その結果、ブランドの価値が損なわれ、多くが市場から姿を消したんです。」

店内のアイテムには、ブランド名や製作年代が記されたタグが付けられている

これらのドレスは、主にフランスを中心としたヨーロッパ各地で買い付けられている。現地在住のパートナーが日々市場を巡り、厳選したアイテムのみをセレクト。さらに、長年ファッションに携わってきた現地の高齢の方々ともつながりを持ち、彼らの経験と知識を頼りに、一般市場には出回らない貴重な品を発掘している。

「僕たちが求めているのは、単に古い服ではなく、当時のデザイナーや職人の想いが込められた特別な一着。そういったものの価値を理解しているのは、やはり僕らより上の世代の方が多いんですよね。彼らは実際にその時代を生き、ファッションを感じてきた経験があるからこそ、本物の価値を見極められるんです。」

また、品質の基準にも徹底してこだわっている。

「私たちが大切にしているのは、『美しくあるべきものが美しくあること』。ただ古いだけではなく、良い状態で受け継がれてきたものこそ価値がある。そうした一着を見つけるのは非常に難しく、だからこそやりがいがあるんです。」

時には、3点の買い付けのために5日間かけて市場を回ることもあるという。クオリティの高いものは希少で、多くは状態の問題で見送らざるを得ないという。

こうして選ばれたドレスには、大量生産品にはない特別な魅力が宿っている。その価値の背景について、YAMAGUCHIさんはこう語る。

「ファッション業界が大きく変わった大きな転機の一つは、デジタル技術の進化だと考えています。かつては、服を選ぶ際、実際に手に取って素材や縫製を確かめることが当たり前でした。しかし、デジタル技術の普及によって視覚的な情報が優先されるようになり、トレンドやブランドイメージが重視されるようになった。質感や細部のこだわりよりも、見た目のインパクトが評価されるようになったんです。」

The Vintage Dressが取り扱うドレスには、素材の選び方から縫製技術、デザインの細部に至るまで、デザイナーや職人の美意識が色濃く反映されている。ラックに並んでいても、一目で「特別なもの」と感じられる存在感がある。これこそが、ヴィンテージドレスの本質的な価値なのだ。

また、1980年代以降、多くのデザイナーブランドが大企業に買収され、ブランド独自の個性が薄れていった。それ以前は、デザイナーたちが競い合いながら美を追求し、それぞれの哲学を反映した服を生み出していた。そうした時代のドレスには、いまなお色褪せない美しさがある。

アンティーク調のインテリアに囲まれた店内は、時を超えた美のアーカイブのよう

「デジタル化が進む時代だからこそ、実際に足を運び、触れてこそ価値を感じられるものを届けたいと思っています。デザイナーの意思や職人の魂が込められたドレスには、特別な魅力があるんです。」

ヴィンテージドレスの魅力を余すことなく伝えるThe Vintage Dress。そこには、単なる服としての価値を超えた、時代を超えた美しさが息づいている。

ヴィンテージドレスに命を吹き込む、お直しの役割

ヴィンテージドレスを扱う上で欠かせないのが、適切なメンテナンスとサイズ調整だ。店内に並ぶドレスは、数十年〜100年前に作られたとは思えないほど美しい。アメリカのデニムやワークウェアは使い込まれるほど価値が増すが、ヨーロッパのデザイナーズブランドでは、状態の良し悪しが価値を左右する。そのため、The Vintage Dressでは細部までチェックし、必要に応じて専門家による修復を施している。

「美しくあるべきものが美しくあること」。この価値観のもと、ドレスの選定からリペアまで徹底し、購入後も長く愛用できるよう、アフターケアにも力を入れている。併設するお直し工房「ナオミドレスメーカー」と連携し、サイズ調整や修理を行っている。

店の一階にある「ナオミドレスメーカー」は、瀧澤尚美さんが手がけるお直し工房。「一点もののドレスを、サイズの問題で諦めてほしくない」という想いのもと、サイズ調整や修理を行っている。

「ヨーロッパのドレスは現地の体型に合わせて作られているので、日本人には微妙に合わないことが少なくありません。『あと1センチ小さければ…』というわずかな違いが、着る人の満足度を大きく左右します。そこで、お直しを前提にした購入の仕組みを整え、お客様によりフィットする形で楽しんでもらえるようサポートしています。(尚美さん)」

「ナオミドレスメーカー」でドレスのオーダーやリメイク・補修を手がける瀧澤尚美さん

YAMAGUCHIさんと尚美さんの協業は、オリジナルブランド「Moujik(ムジーク)」の立ち上げ時までさかのぼる。

「ムジークを始める際、リメイクに取り組んでいました。買い付けたものの中には、どうしても修復が難しいものや生地の傷みが気になるものがあり、それらを無駄にしたくなかったんです。そこで、デザインを再構築できないかと尚美さんに相談しました。」

店内で修理の様子を見られることで、ドレスへの愛着が深まるという声も多い。尚美さんも、お直しをする際は「洋服のかかりつけ医」のような気持ちで向き合っているという。

「アフターケアをしたり、リピートしてくださる方が安心して購入できる環境を整えたり、ちょっとした相談に乗ったりするうちに、気づけばそんな存在になっていたのかもしれません。お直しを終えた洋服をお客様が手に取った瞬間、ぱっと表情が輝くんです。その姿を見るたびに、『やっていてよかった』と感じますし、毎回喜んでいただけることが何よりの励みになっています。(尚美さん)」

ドレスの身幅・着丈調整(裏なし)¥6,600〜、パンツの裾上げ(ジーンズステッチ)¥1,200〜、ボタン付け¥400〜受付けている

尚美さんのお直しは、その技術力の高さでも評判だ。印象的な案件の一つが、「ヴァレンティノ」の赤いドレスのリサイズ。10センチ以上も詰める大掛かりな調整を行い、何度もフィッティングを重ね、ミリ単位で完璧な仕上がりを実現した。

ナオミドレスメーカーでは、ドレスのシルエット調整はもちろん、同店で購入したもの以外の修理にも対応。コートやジャケットの肩幅つめ、ファスナー交換、装飾の補修、パンツの裾上げなど、幅広いリクエストに応えている。ただし、ファーやダウン、レザーなどの特殊素材は修理が難しい場合があるため、事前の確認がおすすめだ。

また、お直しの内容によって仕上がりまでの期間が異なるため、納期が気になる方は事前にご相談を。

普遍的な美しさを追求したドレスを届けたい

「Moujik(ムジーク)」は、ナオミドレスメーカーと共同で製作しているドレスのオリジナルブランド。「普遍的な美しさを持つドレスを作りたい」という想いから始まり、すべてのアイテムを一つの工房で丁寧に仕立てている。

中央の2つのドレスが「ムジーク」のもの

「もともとはリメイクを中心に活動していましたが、ヴィンテージドレスに触れるうちに、『この時代のこの形が美しい』と感じるデザインが自然と見えてくるようになりました。その感覚を大切にしながら、『日本の女性に似合い、美しく見えるドレス』を作り始めたのがムジークの始まりです。」

ムジークは、大量生産も定期的なコレクション発表も行わない。店のコンセプトに沿いながら、日本の女性に合うデザインを形にすることを大切にしている。その積み重ねの中で、少しずつ型が増えていった。

デザインのベースは1920〜90年代のファッション。特に1970年代初頭のロンドンのカルチャーに影響を受けたスタイルを、大人っぽくアレンジして取り入れている。流行に左右されず、時代を超えて愛される美しさを追求している。

また、一人ひとりのニーズに応じたオーダーメイドのドレス製作も行っている。特別なシーンのための一着や、体型に合わせたバランス調整が必要な方へ寄り添った提案をしており、最近ではウェディングドレスのオーダーも増えている。

「特別な日のためにオーダーされる方もいれば、『お気に入りの服を再現したい』という相談を受けることもあります。(尚美さん)」

最近はムジークのドレスを購入する際、お直し込みで考える人も増えているという。たとえ体型が変わっても、ここに来れば直せるという安心感があるからだ。単なるサイズ調整ではなく、ナオミドレスメーカーの手によって、その人に合った美しいシルエットへと仕上げられるのも魅力の一つである。

「お直しを前提にすると、もっと服を長く大切にできますよね。『もう少しこうだったら』と感じる部分も、尚美さんがいるから何とかなる。そう思って預けてくださるのが嬉しいです。」

単なる服作りではなく、お客様一人ひとりのライフスタイルや価値観に寄り添うことを大切にしている「ムジーク」。店のコンセプトを受け継ぎながら、新たな歴史がここに刻まれつつある。

変わらない価値を伝え続けるということ

「変わらないことが、実は一番難しいんですよね」とYAMAGUCHIさんは語る。「何かを広げたり、新しい年代に合わせて変化させたりするのではなく、自分たちが意思を持って買い付けたものを、変わらず提供し続けること。それが一番難しいことだと思っています。」

The Vintage Dressでは、特徴的な空間を活かし、様々なイベントを開催してきた。たとえば「サン・ローラン」のコレクション展示や、「ヴァレンティノ」とのコラボレーションなど、作品の背景や作り手の想いを伝える機会を大切にしている。

「僕は『クラシック』という言葉が好きなんです。日本では『クラシック=レトロ』と思われがちですが、僕にとってのクラシックは、時代を超えて変わらない究極の存在。そんな普遍的な価値を、これからも伝えていきたいと思っています。」

変わり続ける東京で、流行に左右されずに軸を持ち続けることは容易ではない。だからこそ、「『ここに来れば、ブレない価値観に出会える』と思ってもらえるような場所でありたい」と語る。

「買う人も、『本当に好きだから選んだ』という気持ちで迎え入れ、結果的に長く大切にする。そんな流れが生まれたら嬉しいですね。」

The Vintage Dressが目指すのは、単にヴィンテージドレスを販売することではない。一つひとつ大切に届け、それが持ち主にとって“残るもの”となることを願っている。「10年後、20年後に『迎え入れて良かった』と思ってもらえるような店であり続けたい」——その想いが、すべての活動の原点だ。

心に正直に、本当に好きなものを選び、大切に長く使う。シンプルだけれど、実は難しいその選択を、この場所はそっと後押ししてくれる。時代を超えて受け継がれてきたドレスたちが、また新たな物語を紡ぎ続けている。The Vintage Dressは、そんな時間の重なりを感じさせてくれる、特別な場所なのだ。

The Vintage Dress
〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町22-4
営業時間 / 12:00-19:00(金曜〜月曜日)
定休日 / 火曜〜木曜日
TEL 03-6455-1208
HP:https://www.the-vintagedress.com/
Instagram:https://www.instagram.com/the_vintagedress/?hl=ja

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ライター/エディター
藤井由香里
ファッションメディアのライター/エディター、アパレル業界での経験を経て、2022年に独立。現在は、ファッション、美容、カルチャー、サステナビリティを中心に執筆・編集を手がける。Webや紙媒体のコンテンツ制作に加え、広告制作、コピーライティング、翻訳編集など、多岐にわたるプロジェクトに携わる。

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