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PFASとは何か?
PFASは多くのフッ素と炭素が結合した有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物の総称である。人工的な化合物であり、分解しにくく環境中に長く残るので「永遠の化学物質」とも呼ばれている。

PFASとして定義される化学物質は10,000種類以上あり、撥水性や撥油効果が高く衣服の防水加工、フライパンのテフロン加工、ハンバーガーなどの包装紙といった私たちの日用品に広く使用されている。工業製品では消泡剤に含まれており、自衛隊基地や米軍基地で使用されたものが地域の土壌を通して水道水を汚染しているのではないかとされている。
しかしアメリカでは1990年代ごろから、その成分が人体に悪影響を与えているというリポートが世に出始めた。2023年12月に国際がん研究機関(IRAC)が、PFOS及びPFOAに関して「ヒトに対して発がん性がある」という研究結果を発表している。
パタゴニアの取り組みは15年以上前から始まった

篠 健司
パタゴニア日本支社ビジネス&インダストリー・エンゲージメント・マネージャー。環境・社会に及ぼす悪影響を最小化するオペレーションの構築、ならびに他社や業界をエンゲージし、ポジティブなインパクトの拡張を担当している。一般社団法人B Market Builder Japanや公益財団法人日本自然保護協会の理事も勤めている。
――パタゴニアは、PFASに関する取り組みが早かったですね
「パタゴニアがPFAS不使用に向けて動き出したのは10年前です。ただPFASというのはアウトドアウエア全体で撥水処理や防水ジャケットのメンブレン(表地と裏地の間の素材)に使われています。C8(PFASのうち、炭素が8個あるもの)の環境や人への影響をアメリカの環境保護庁(EPA)が発表したのが15年前でした。パタゴニアではその直後くらいから取り組みを始めて、2006年から2015年にかけてC8よりは良いとされていたC6(PFASのうち、炭素が6個あるもの)に移行しました。
ところがその後、C6もC8と変わらないくらい環境や人への影響があることが発表されたので、2015年の段階で完全にPFASを使わないで製品を製造しようと意思決定したんです。ようやく2025年の春ものからウェダーも含めた全商品がPFAS不使用となったという流れです。」(パタゴニア日本支社ビジネス&インダストリー・エンゲージメント・マネージャー 篠 健司氏、以下同)
――PFASの使用を一切辞めるというのは英断だったと思いますが、社内ではどんなリアクションがありましたか?

「パタゴニアでは2006年に、製品使われているコットンを全てオーガニックコットンに切り替えたことがありました。18ヶ月後に切り替えると決定をしたんですね。
その発端となったのは東海岸のボストンのお店でのことです。当時パタゴニアではコンベンショナルコットンという、農薬を使った従来のコットンを使っていました。そのコットンで作られた製品が地下のストックルームにあったんですが、ある時そこの換気扇が壊れてしまったんですね。それによって加工のときに使っていた成分であるホルムアルデヒドが揮発して、従業員の具合が悪くなってしまいました。そこで、コットンのライフサイクルアセスメントを実施し、コットンがまったく”ナチュラル”ではないことを知りました。その後栽培から加工まで、環境や人に悪影響を与える農薬や物質を使っていない、オーガニックコットンに切り替えることにしました。
創業者のイヴォン・シュイナードが、悪いとわかっているものを使い続けることはできないと決めたんですね。こういった考え方はパタゴニアという会社のいわゆる理念であり価値観でもあります。
今回のPFASに関しても着る分には害はないと言われていますが、製造過程での水や空気、作る人などさまざまなところに影響を及ぼすことが分かっており、使わないと決めました。」
悪いものを、使い続けることはできない
――アメリカでは2025年1月1日からカリフォルニア州とニューヨーク州でPFASの使用に関する法案が施行されましたが、その点も見据えていたのでしょうか。
「今までわかっていなかった、私たちが普通に使っていたものの害や有害性などが科学によって分かるようになったのは大きいと思います。いわゆるPFASという1万種類以上あると言われているものが最初に使われ始めたのが1930年頃ですよね。 その後、テフロンという形で、デュポン社の製品として幅広く使われていたのが、その後環境や人体に良くないということがわかって、2009年にPFOS、2019年にPFOAがポップス条約(2001年|残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)で規制されました。そういう意味では、私たちも今まで知らなかったいわゆる化学物質の環境的なインパクトが分かってきたのは大きいと思います。最初にEPAがPFASの「発がん性の可能性が高い」と発表したのが2000年代の中頃でした。パタゴニアでは常に、自分たちが使っている物質がどういうものなのかをパタゴニア本社にあるラボを中心に追い続けています。その中で、PFASはブランドとして取り組む必要があるとして、15年かけて取り組んできたんです。
私たちがPFASを100%使っていないということは、マーケット自体にはもう解決策はあるということだと思うので、企業として切り替える姿勢があればできることだと思います。日本の場合は、まだニューヨーク州とかカリフォルニア州などアメリカのいくつかの州に比べると、実際法律上それを禁止するには至ってはいませんが、ここから日本のブランドに問われるのは、企業としてどう考えるかですよね。法規制に関しては、日本は少し遅れている部分があると思うので、その中でブランドとして、あるいは企業として自分たちの価値観と照らしあわせて本当に自主的に主体的にやるのかどうか、あるいはやらないのかどうかの選択を今迫られてるんじゃないかなって気がしますね。」

――PFAS不使用の製品でウェダーが最後になったのはやはり難易度が高かったのでしょうか
「最も厳しいコンディションの中で使用されて、防水性が必要なものがウェダーなんですね、基本的には常に川の中とか海の中といった水の中で使うことが前提ですので、最も厳しい。あとは釣りというスポーツの特性上、ウェダーにはさまざまな機能が求められて、単に撥水処理だけではなくて、例えばファスナーの表面にも止水ジッパーとか、パーツも全部PFAS不使用にしなきゃいけないので、特にウェダーっていうのはそういったハードルが高かったです。
ちょっと話ずれてしまうんですけど、2025年1月1日からカリフォルニア州とニューヨーク州で新製品のPFASの使用を禁止する法案が施行されましたが、ニューヨーク州の規制だと、実はシビアなウエットコンディション、つまり濡れる条件の中で使うものについては、規制が2028年からなんですね。3年ずれてるんですよ。
それだけ代わりの化学物質などへの切り替えが、シビアなウェットコンディションで使うものはハードルが非常に高いことが、この法律のルールからもわかると思います。パタゴニアはもう2025年の春から全て切り替えたので、シビアなウエットコンディションで使用する製品に関しても、3年前倒しでも達成しているという形になります。」
持っているものを、丁寧にケアして長く着る
――私たちがすでに持っているPFAS不使用ではない製品はどうしたらいいのでしょう。
「パタゴニアではサーキュラリティを高める、つまり今持っているものをなるべく長く使うことが最も環境に配慮した行為だとお伝えしています。今回の件についても、例えば法律上で言うと、ニューヨーク州もカリフォルニア州も今回のPFAS規制は、新しい製品のみに適用されていて、かつ以前に誰かが使ったものについては対象外にはなっています。ですので、そういう意味でパタゴニアの立場としても、過去に販売したPFAS不使用ではないDWRも含めた素材は生地に強く結びついてるので、着用する限りは特に大きな健康的な懸念はないと、パタゴニアはお客様にお伝えしています。
撥水性の低下については、基本的には汚れがついたりすると撥水効果が落ちるので、洗濯をしてきちっと熱を加える、乾燥させるというのを繰り返すことで、その機能を保つことができます。
長く使うには、そもそもの製品の品質自体が高くないといけない。最高の製品を作るということは、私達がブランドとして、最も重要としているというところですね。その上で環境に与える不必要な悪影響を抑えるっていうのは、やっぱり製品、そのいわゆる品質の中に含まれてきていると思っています。」

――本国のパタゴニアにはラボがあってさまざまな研究をされていると思うんですけど、このPFASのその処理や廃棄の方法などは進んでいるんですか
「廃棄方法についてはまだ情報はもらってはいないのですけれど、文献等によると基本的には、ある一定の温度で焼却をするとその毒性は消えると聞いています。ただし自治体レベルでその焼却法や着なくなった製品の回収処理などは違ってきますが、理論上は、ある一定の温度で消えるそうです。
あとはもう一つ難しい問題なのは、水の中にPFASが何らかの形で流れ込んでしまうと当然、人にも影響しますけれども、例えばそれを下水処理場などで処理したものが、下水汚泥を肥料として使われて、農地に撒かれて土壌が汚染されるといった流れも考えられると言われています。ですから非常に複雑なんですね、PFASというのは。
ただ、アパレルに使われてきたPFASは限られたものしかないので、それをきちっとブランドが把握できていれば、ある程度の対応はできるはずだとは思いますね。」