※この記事は、Material Guide: How Ethical Is Cashmere and Is It Sustainable?を一部抜粋し、日本語訳したものです。
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カシミヤとは?ウールとの違いは何か?
カシミヤとは、13世紀ごろに初めてその生産が始まったとされる、インドのカシミールという名の地方に生息する特定品種のヤギの毛のことである。羊やアルパカが毛を刈り取るのに対し、カシミヤ生産では梳毛(そもう)と呼ばれる、クシでヤギの毛を梳く(すく)ように採取されることが多い。そのため、1頭から採取できる量はわずかである。Textile Exchangeによると、2023年には世界のカシミヤ繊維の69%を中国が生産している。
柵で囲われた地域で“生産的な”生活を送る羊とは異なり、カシミヤヤギのほとんどは遊牧民とともに生活を送っている。広告を見ると、草原で放牧されているヤギは幸せな生活を送り、周囲の生態系と共存していると思われるかもしれない。現実は、残念ながら必ずしもそうではない。カシミヤの倫理性を見てみよう。
なぜカシミヤは安くなったのか?
かつて人々は、今よりずっと高い金額でカシミヤを買っていた。近年手頃な価格になったのは、アクリルやポリアミドなど化学繊維との混紡が増え、幅広いランクのカシミヤ素材が出回るようになったことがある。しかし、アパレルの低価格化はカシミヤに限ったことではない。ファストファッション業界は低価格を求め続け、結果として環境や働く人や動物にシワ寄せがいっている。
より多くの人々(特に北半球の人々)がカシミヤのニットを買うようになり、セーター1枚のために4頭から6頭のヤギの毛を必要とすることから、業界は生産ペースを速める必要に迫られた。その結果、ヤギの群れの規模が大きくなり、牧草地が過放牧され、動物と遊牧民の暮らしに影響が及んでいる。
カシミヤの採取とアニマルウェルフェア
カシミヤにまつわる倫理的な問題の中心は動物福祉である。カシミヤ産業でヤギが直面する問題に触れる前に、ヤギそのものの性質について知っておく価値がある。
ヤギは賢く、好奇心旺盛で、時には生意気で、非常に表情豊かな動物だ。彼らは互いにコミュニケーションをとり、他のヤギの鳴き声だけでポジティブな感情もネガティブな感情も認識する。研究者たちは、ヤギは犬と同じように人間と関係性を築くことができるとしている。では、痛みと同じように喜びを感じることのできる知覚を持つこの動物たちは、カシミヤ産業ではどのように扱われているのだろうか? カシミヤのヤギの毛は羊のように刈るのではなく、優しく梳くのだといわれる。まるで動物にとって快適な作業であるかのように聞こえるかもしれないが、そうとも限らない。
まず、カシミヤを梳くために金属性のするどい歯のついたクシを使う方法もある。主要な産地である中国ではハサミやバリカンが主流であるが、一部の地域、イラン、アフガニスタン、ニュージーランド、オーストラリアではこの方法が実践されている。その結果、ヤギの皮膚を傷つけたり、あざを残すなどウールのサプライチェーンで見られるような福祉問題が発生しうる。
保守的な動物福祉団体とされるRSPCAは、こうした金属製クシの使用を支持していない。極端な場合は、ヤギは1時間も手荒く梳かれるという過酷な作業が報告されている。また、ヤギは自然に換毛期(分厚い冬毛が抜け落ちる時期)を迎えたときにのみ梳かれると主張されることもあるが、この換毛過程には個体差がある。そのため、群れの中には換毛期を迎えていない状態でコーミングされるヤギもいるという。
ヤギは本来12歳くらいまで生きるが、もっと長生きするものもいる。カシミヤ産業で商品として扱われるヤギは、その寿命を全うすることができない。なぜなら、加齢によって毛が薄くなり、脆くなると(私たちの毛と同じように)、屠殺されてしまうからだ。オーストラリアのような国では、ヤギは寿命の半分を迎える前に殺されてしまうこともある。さらに、生まれたヤギの毛色が「適切」でなかったり、品質が十分でなかったりする場合はもっと早く殺されてしまう。
このようなリスクを受けて近年では、中国、モンゴルともに政府やNPOが「カシミヤ山羊の動物福祉基準」を策定し、遊牧民に対する教育や監査を強化している。
カシミヤヤギの放牧や気候変動により、モンゴルの草原の70%が劣化
そして今、カシミヤの牧畜業者を悩ませているのが、彼らの生活の場であり仕事の場である草原の砂漠化だ。大量なカシミヤの需要に応えるため、家畜の数は近年で何倍にも増えた。そこに気候変動が追い打ちをかけ、草原の緑が急速に減っている。その結果、遊牧民は牧草を育てるために、あるときは借金をして、肥料を購入するケースが発生している。
かつては生物多様性に富んでいたモンゴルの草原の約70%が、カシミヤヤギの放牧や気候危機の影響で劣化したという。また、カシミヤヤギのようなげっぷする動物の飼育は、温室効果ガス排出のかなりの部分を占めており、国連によれば、人為的なメタン排出の32%を家畜が占めている。さらに、ヤギは食欲旺盛な動物として有名で、あらゆる植物を根からむしり取り、生物多様性の損失の事態を招いている。また、ヤギの鋭い蹄は地下の大地を切り裂き、劣化させる。
それでも、研究者のブルガマア・デンサンブー氏は、モンゴルの草原について希望を持っている。 「劣化した放牧地全体の90%は、既存の管理を変えれば10年以内に自然に回復します。しかし、もし今日変えることができなければ、5〜10年後には手遅れになってしまうでしょう」。
多くの遊牧民にとってカシミヤ山羊は大切な生活の糧であり、家族同然の存在だ。右肩あがりの需要に応えるため破壊的な状況に加担せざるを得ないと感じている遊牧民にとって、これは深刻なジレンマだ。
手遅れにならないように、中国やモンゴルの産地も対応に動いている。カシミヤ山羊の動物福祉基準に加え、山羊の飼育頭数を制限したり、植林活動を行うなど草原管理に力を入れている。そして私たち消費者も、環境にも動物福祉にも配慮されたカシミヤ製品を選ばなければならない。
「地球」「人間」「動物」に配慮された選択を
カシミヤの生産がヤギや牧畜業者、そしてその周囲の環境に多大な影響を与えていることを考えると、最も大切なのは、Shift Cの評価基準でもある「地球」「人間」「動物」に対してきちんと配慮されたカシミヤを選ぶことだ。古着のカシミヤ製品という選択肢もある。
また、リサイクル・カシミヤも市場には登場しており、サステナブルな選択肢の一つと言える。GRS(Grobal Recycle Standard)認証、C2Cゴールド(Goldradle to Cradle Certified Gold)認証などがある。ただし、製造過程でリサイクル繊維が新しいカシミヤと混紡されることがあることを理解しておこう。自分の選択が環境や社会に与える影響を考慮し、アクションを積み重ねよう。
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