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前本美結
高校3年間を東南アジアで過ごした際に、社会問題に興味を持ち、SNSで社会問題解説・日常生活で個人ができるアクションなど、エシカル・サステナブル・セルフラブを軸にしたライフスタイルを発信中。モデル・講演・イベントプロデュース・フリーランスモデルなどの他、六本木のコミュニティカフェ 「um」(アム) にてコミュニティマネージャーを勤めている。
TSIホールディングスが挑む、オーガニックコットンの小規模農家支援
こんにちは。公式アンバサダーShift Changerの前本美結です。
この連載では、ファッション業界でサステナビリティに取り組む企業の担当者に実際にお話を聞きながら、その取り組みの本質や想いを深掘りしていきます。
第4回となる今回は、公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(以下、WWFジャパン)主催のセミナー「SUSTAINABLE COTTON JOURNEY 2025」に登壇していたTSIホールディングス(以下、TSI HD)をフィーチャー。ナチュラルビューティーベーシックやナノ・ユニバースなど、約50のブランドを展開する国内大手のアパレル企業です。
まずは、セミナーで発表されたTSI HDの取り組みをレポートします。
服作りの土台からサステナビリティを育てる

TSI HDの代表取締役社長CEO・下地毅さんは、沖縄・宮古島での原油流出事故をきっかけに環境問題への関心を持つようになり、SDGsの目標が発表され、世界中で環境に対する意識が急速に変わっていくなかで、アパレルの環境負荷に対しても注目が高まっていきました。そして2022年に社内で専門部署の発足の声が上がったことで、SDGs推進室を設置したといいます。
こうした背景のもと「コットンが環境に与える負荷を減らし、持続可能なかたちで使い続ける」ことを目指して、TSI HDが始めた2つのチャレンジ。そのうちの1つが、リジェネラティブ(環境再生型)農法で、0からオーガニックコットンの生産支援に取り組む「TSIオリジナルオーガニックコットンプロジェクト」。環境配慮を打ち出す企業が増える近年のファッション企業のなかでも、その本質的な取り組みがしっかり伝わってきました。
このプロジェクトは有機農業ベンチャー「シンコムアグリテック社」との取り組みで、TSI HDは、同社と資本業務提携を締結し、2022年よりオーガニックコットンの栽培支援を行なっている、農業や貧困層を支援する複数の団体とも連携し、環境負荷の低減だけでなく、地域の労働環境の改善にも取り組んでいるとのこと。
2022年からはインド・タミルナドゥ州にて、化学肥料や農薬を使わない有機栽培を実践する「シンコムアグリテック社」と提携。現地農家と協力し、土壌保全を通して地域の生物多様性を守りながら栽培を行い、TSI HD独自のコットンの試験栽培をスタート。小規模農家のネットワークを活用してスケールメリットを生み出すとともに、将来的なオーガニック認証の取得を見据えて活動中とのことです。 現在は、試験的に収穫されたコットンから糸が紡がれ、テスト用の生地づくりへとプロジェクトが進行中で、地域に根差した農法の再構築と、生産者とのフェアな関係づくりを両立させながら、TSI HDは“服づくりの土台”からサステナビリティを育てようとしています。
社内セミナーから始まった、ひとつの変化

今回ご紹介してきた一連のアクションを社内でリードしてきたのが、TSI HDのSDGs推進部長・本宮靑芸さんです。
きっかけとなったのは、本宮さんが主導し、社内で開催された「ファッションと環境」をテーマにしたセミナー。WWFジャパンとの共催で行われたこのセミナーでは、企画・生産に関わる従業員を中心に、子会社である(株)TSIの上野商会事業部の生産担当やヒューマンウーマンのチーフデザイナーが登壇し、トークセッション形式で社員一人ひとりが当事者としてコットンとサステナビリティの関係に向き合える工夫が施されていたといいます。
セミナー終了後、「原料から関わるすべての人が幸せになれるものづくりをしたい」という声が、ナノ・ユニバースの生産管理担当・大森拓実さんから上がったことをきっかけに、ナノ・ユニバースのメンバーとSDGs推進部が本格的に連携を開始。「TSI HDとしてできること」の一つの答えとして、「OCS認証」取得を目指した商品の開発プロジェクトが立ち上がりました。
CCSブランド認証の取得とナノ・ユニバースでの展開
TSI HDはアメリカの国際NGO・テキスタイル・エクスチェンジが定めるオーガニック繊維の国際認証「OCS(Organic Content Standard)」のうち、ブランド・小売業者向けの「CCSブランド認証」の取得を、国内大手アパレル企業として初めて目指すことに。(※売上規模1,000億円以上の企業において)
石油産業に次ぐ環境負荷の高い産業とされているアパレル産業。とりわけコットン栽培は森林伐採や土壌・水質汚染、生態系の破壊といった多くの環境問題を伴います。TSI HDで使用している素材のうち、33%と3分の1を占めるコットンが持つこれらの課題に対し、これまでも製品の原材料の段階から環境負荷を抑える努力としてオーガニックコットンの導入を推進してきたそう。
ただ、オーガニックコットンの「認証」の取得には、原材料から販売までのすべてのサプライチェーンをトレースする必要があり、参入のハードルが高かったといいます。
OCS認証が示す「トレーサビリティ」の責任
「この製品に使われている原材料が、きちんとオーガニックで栽培されたものであることを“証明”できるようにしたい」
そんな想いから、TSI HDが取得を目指した、OCS(Organic Content Standard)認証は、アメリカの国際NGO・テキスタイル・エクスチェンジが定めるもので、RCS(Recycled Claim Standard)やRWS(Responsible Wool Standard)、Responsible Down Standard(RDS)と並ぶ認証です。

この認証は、有機栽培された綿花などの原料が、製品になるまでの工程で混入やすり替えがないよう適切に管理されていることが証明できる国際基準となっています。 取得には、農場から製品化までのすべてのプロセスをトレースし、各段階で「スコープサーティフィケート(SC)」=各工程が基準にしたがって商品を生産する資格があることを実証する文書と、「トランザクションサーティフィケート(TC)」=次の企業に出荷される商品が認証資格を有していることを証明する文書を整備する必要があるという、サプライチェーンが長いファッション業界ではかなりハードルが高いものだといいます。

この認証を取得するまでの道のりについて、本宮さんは「想像以上に複雑で、正直に言えば何度も心が折れそうになった」と振り返ります。初めて触れる専門用語の数々、煩雑な書類作成、関係部門との調整…。それでも、社内の品質管理部や、繊維専門商社のスタイレム瀧定大阪社との連携によって、一つずつ課題を乗り越えていったそうです。
その背景には、「安心して“信頼できる商品”をお客様に届けたい」という、ものづくりへの強い責任感がありました。
そして子会社の(株)TSI は今年6月18日、ブランド・小売業者向けの「CCSブランド認証」を国内大手アパレル企業として初めて取得しました。 現在は、代表的ブランド「ナノ・ユニバース」にて、認証を取得した最初の製品となるシャツを開発中。「長く愛着を持って着てもらえること」をテーマに、ジェンダーレスに着られるベーシックなデザインが特徴で、環境への配慮とファッション性の両立をめざしています。

この商品が「ナノ・ユニバース」を象徴する定番シャツの一つになることを目指しながら、TSI HDはこれからも、ものづくりの背景にある自然環境や人々への責任を果たす取り組みを続けていくそうです。
「認証の取得自体が目的ではなく、あくまで“よりよいものづくりのための仕組み”として活用してほしい」と本宮さんは語っていました。
それでは、SDGs推進部長である本宮靑芸さんに、お話を伺います。
SDGs推進部長・本宮靑芸さんに聞く

前本:まずは、本宮さんご自身のご経歴について教えていただけますか?
本宮:私はもともと、イタリアの高級家具ブランドやフランスのファッションブランドを扱う企業で、ブランドマーケティングコミュニケーションの仕事をしていました。ソファ1脚100万円以上のラグジュアリーな世界観の中で、顧客層を分析していく中で、一般社会との落差や、サプライチェーンにおける人権問題に目を向けるようになりました。
また、ある工場を訪れた際、マイクロプラスチックの原材料を使った製品の排水が、管理されずに川に流されている現場を目にし、「良いモノって何だろう」と強く考えるようになったんです。環境や人権にきちんと配慮してモノづくりをしている会社で働いてみたいと思い、当時サステナビリティ経営の最先端を行くグローバル企業へ転職し、10年ほどサステナビリティ戦略・開示担当として勤務しました。
グローバル企業での10年間は本当に勉強になりましたし、やりがいもありました。でも、そこで得た知見や経験を活かして、今度は日本のファッション企業で社会や環境にポジティブな影響を与える仕事をしたい、そんな想いでいたときに、SDGs推進部の立ち上げ時にお声がけいただいたご縁で、現在の仕事に就いています。
前本:OCS認証取得の取り組みは本当に素晴らしいなと感じました。そのほかに取り組まれていることも教えていただけますか?
本宮:製品そのものの環境負荷を抑えるために、低環境負荷素材への切り替えや、適正な生産量への見直しを行っています。また、本社を含む施設では再生可能エネルギーへの切り替えも推進しています。さらに、サプライチェーン全体に対しても、人権や環境配慮に関する働きかけを行い、協力企業との対話を重ねながら改善を進めています。
TSI HDでは、環境や社会への影響を可視化し、具体的に改善していくために、2030年までのKPI(重要業績評価指標)を設定しています。サステナビリティは理念や精神論だけでは進みませんので、数値をもとにした科学的なアプローチで、自分たちの進むべき方向を明確にしながら取り組んでいます。
前本:本宮さんが主導されたという社内で開催されたサステナビリティに関する研修についてなのですが、社員の意識を高めるための「グリーンウォッシュ」の講義も行われていると聞き、素晴らしいなと感じました。
本宮:ありがとうございます。TSI HDでは、社員一人ひとりがサステナビリティを自分ごととして捉えられるよう、1時間程度の研修のほか、毎月オンデマンド形式でショート研修を配信しています。普段忙しい社員でも短時間でサステナビリティに関する知識を身につけられるよう工夫しています。
これまでには「サステナビリティ経営とは?」(気候変動の影響や人権、社会事業との関係を網羅的に学ぶ研修)をはじめ、「サステナブル素材とは?」「LGBTQ」「グリーンウォッシュ」「人権」など、幅広いテーマを取り上げてきました。また、イベントスペースを活用して、環境とファッションに関する映画上映や、コットンの環境影響に関するセミナーなども開催しています。
前本:社員の皆さんの学びを継続的に支える環境が整っているのですね。TSI HDという大手企業がここまで社内教育を深めているのは本当に素晴らしいことだと思います。そしてそんなTSI HDが目指す未来のすがたについて、本宮さんはどのように考えていらっしゃいますか?
本宮:私たちのビジネスは環境へ与える負の影響が非常に大きい一方で、環境から受ける影響も大きいと思っています。 気候変動で気温や湿度が例年通りではなくなったことで「お客様が心地よい洋服」の企画を1年前に予測してすることが難しかったり、気温上昇で天然纖維が不作になり、原料価格が高騰していくかもしれない。そんな実態も目の前です。
だからこそ、最大限の地球環境へ配慮と回復、人権を尊重しながら、「製品が生まれる過程で悲しむ人が誰もいない」サプライチェーン、かつ素敵なデザインの見た目もあわせ持ちながら、「ファッションを心から楽しめる」製品をお客様にお届けしていくことですね。
取材を終えて
今回はセミナーにお邪魔し、大手アパレル企業であり影響力も強いTSI HDの取り組みが、サステナビリティにとどまらず、リジェネラティブな農業支援にまで達していること、またトラッキングが難しいサプライチェーンの全過程でOCS認証が取得されている商品の開発など、本気度が伝わってくる熱いお話を聞かせていただき、とても希望になりました。