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そもそもマイクロプラスチックとは?種類、そしてナノプラスチック
マイクロプラスチックとは、一般的に5mm以下の微細なプラスチック片を指すものである。近年、さらに微細化し、光学顕微鏡では観察困難な1μm(マイクロメートル、1mmの千分の1)以下の「ナノプラスチック」(40~200nmとの定義例もある)の存在とその潜在的な危険性にも注目が集まっている。これらはどこから来るのか?主に以下の2種類に大別される。
- 一次マイクロプラスチック: 化粧品のスクラブ剤(マイクロビーズ)や工業用研磨剤、一部の洗剤に含まれるマイクロカプセルなど、製造段階から意図的に微細なサイズで作られたプラスチック粒子である。
- 二次マイクロプラスチック: ペットボトル、食品包装、レジ袋、漁網、発泡スチロール、自動車タイヤ、合成繊維衣類などの大きなプラスチック製品が、自然環境下で紫外線、波浪、風雨、物理的摩耗などによって劣化・破砕して生成されるものである。

これらのマイクロ・ナノプラスチックは環境中に広く拡散し、様々な問題を引き起こしている。
マイクロプラスチックはどこから来るのか?身近な発生源
マイクロプラスチックは、私たちの日常生活の様々な場面で発生している。
- 合成繊維の衣類の洗濯: ポリエステル、アクリル、ナイロン等の合成繊維衣類を洗濯すると、微細な繊維(マイクロファイバー)が抜け落ち、下水を通じて河川や海洋へ流出する。これは海洋マイクロプラスチック汚染の主要な原因の一つと考えられている。ある研究では、洗濯1回あたり平均70万本以上のマイクロファイバーが放出される可能性が指摘されている。*1
- 使い捨てプラスチック製品の劣化: 食品容器、包装フィルム、カトラリー等が環境中に放出され、劣化・破砕して発生。
- 自動車タイヤの摩耗: 走行によりタイヤからゴムや合成ポリマーの微粒子が発生し、道路から環境中へ流出、あるいは大気中に飛散する。
- 都市活動: 道路の白線など標示用塗料の剥がれ、人工芝の破片、建材の劣化なども発生源となる。
- 農業・漁業: 農業用プラスチックフィルム(マルチシート等)の土壌残留・劣化、漁網・ロープ・養殖用フロート等の破損・劣化。
このように、私たちの便利な生活を支える多くのものから、マイクロプラスチックは日々発生している。
広がる環境汚染:海・土壌・大気の現状と生態系への影響
マイクロプラスチックによる汚染は海洋に留まらず、地球全体に及んでいる。経済協力開発機構(OECD)によると、世界で年間に廃棄されるプラスチック類は2019年時点で3億5300万トンに達し、そのうち約800万トンが海洋へ流出していると推計されている。*2
- 海洋汚染: 北極から深海まで、世界中の海洋でマイクロプラスチックが検出されている。特にアジア地域の沿岸で濃度が高い傾向があり、日本周辺海域でも世界平均と比較して高い濃度が報告されている。*3 EUでは、海洋戦略枠組み指令に基づき対策を進め、2015年から2021年にかけて海岸漂着ごみが約3分の1に減少したとの報告もあり、対策の効果を示唆している。*4
- 土壌汚染: 農業資材、下水汚泥、プラスチックごみの不法投棄などにより土壌にも蓄積。土壌生物や農作物への影響、地下水汚染が懸念される。
- 大気汚染: タイヤ摩耗粉、衣類繊維、道路粉塵などに含まれるマイクロプラスチックが大気中に浮遊。富士山頂のような遠隔地でも検出されており、広範囲な拡散と呼吸による曝露リスクを示す。
- 生態系への影響:
- 物理的な害: 海鳥や魚、貝などが餌と間違えて摂取し、消化器官閉塞、偽満腹感による栄養不足、体内組織の損傷などを引き起こす。体に絡まる被害も深刻である。
- 有害化学物質の媒介: プラスチックはその性質上、PCBやDDTのような残留性有機汚染物質(POPs)や重金属を吸着しやすい。生物がこれを摂取すると、体内で有害物質が溶出し毒性を発揮する。食物連鎖を通じて上位捕食者に濃縮される(生物濃縮)。
- 添加剤の溶出: プラスチック自体に含まれる添加剤が環境中に溶け出し、生態系に影響を与えるリスクもある。

私たちの体にも?マイクロプラスチックの人体への影響:衝撃的な最新研究と健康リスク
環境中に遍在するマイクロプラスチック。目に見えない微細な粒子であるが、食物、飲料水、そして吸入する空気を介して、人体内に侵入していることが明らかになってきた。その摂取量は、「1週間にクレジットカード1枚分(約5g)に相当するマイクロプラスチックを知らず知らずのうちに摂取している可能性がある」という衝撃的な研究報告もあるほどである。*5
そして近年、このように体内に取り込まれ蓄積したマイクロプラスチックが、ヒトの健康に対し深刻なリスクをもたらす可能性を示唆する、さらに注目すべき研究結果が次々と報告されている。
主な摂取・曝露経路は以下の通りである。
呼吸: 屋内外の大気中に浮遊する、衣類由来の繊維等を含むマイクロ・ナノプラスチック(特に繊維状粒子)を呼吸に伴い吸入する可能性がある。
食事: 魚介類(特に内臓ごと摂取する小魚や二枚貝には留意が必要である)、食塩、砂糖、はちみつ、ビール、加工食品など、身近な食品に含まれる可能性がある。
飲料水: ペットボトル入り飲料水(容器やキャップからの溶出・剥離による混入)、および水道水(配管や浄水処理過程からの混入)からも摂取する可能性がある。
体内での検出事例(論文等より):
- 血液: 健康な人体の血液中から、PET(ペットボトル)やポリスチレンなどのマイクロプラスチックが検出されたという報告がある。これは、マイクロプラスチックが消化管や肺から血管に入り込み、体内を循環している可能性を示唆する。*6
- 肺: 手術で摘出された肺組織の深部からポリプロピレン、PETなどが検出。呼吸による吸入を示唆されている。*7
- 胎盤: 人間の胎盤組織から着色されたマイクロプラスチック粒子が検出され、母親から胎児へ移行するリスクが懸念される。*8
- 血管(プラーク): 動脈硬化患者の頸動脈プラークから高頻度でマイクロ・ナノプラスチック(ポリエチレン、PVC等)が検出され、その存在が心筋梗塞、脳卒中、全死亡のリスクを約4.5倍高めることと関連していた。これは、血管内のプラスチック粒子が心血管イベントのリスク上昇と関連することを示した初めての大規模な人間での研究である。*9
- 脳: アルツハイマー病を含む認知症患者の脳組織から、健常者よりも有意に高濃度のマイクロ・ナノプラスチック(ポリエチレン、ポリスチレン等)が検出されたという研究がある。体内への侵入経路や認知症発症への直接的な因果関係は未解明だが、神経系への影響が懸念される。*10
懸念される健康リスク:
人体への長期的な影響は不明な点が多いが、主に以下のリスクが懸念されている。環境省も人体影響に関する知見は引き続き収集・整理が必要との立場である。*11

- 物理的刺激と炎症: 粒子が細胞・組織に侵入・蓄積し、物理的ストレスや慢性炎症を引き起こす。*12
- 免疫系への影響: 免疫細胞による異物認識、サイトカイン放出、アレルギー反応の増悪、自己免疫疾患リスク上昇の可能性。*13
- 有害化学物質の曝露: プラスチックには、約1万3000種の化学物質(添加剤等)が使用され、うち3200種以上に有害性が懸念される。*14 体内でこれらの物質(内分泌かく乱物質、発がん性物質等)が溶け出し、健康影響を引き起こすリスク。環境中で吸着したPOPs等の移行リスクも。*15
- 腸内環境(マイクロバイオーム)の撹乱: 腸内細菌叢のバランスを崩し(ディスバイオーシス)、腸管バリア機能低下、代謝異常、免疫系への悪影響を招く可能性。特に、免疫機能が未発達な乳幼児や、胎児への影響が懸念される妊婦など、脆弱な人々への影響については、より慎重な評価が求められる。*16
どうすれば解決できる?マイクロプラスチック問題への対策:世界と日本の取り組み
この地球規模の課題に対し、国際社会や各国で対策が議論・実施されている。
世界の動向:
- 規制強化の動き: EUでは特定の使い捨てプラスチック製品の市場流通を禁止する指令が施行。多くの国でレジ袋有料化・課税が導入。
- 国際条約交渉の現状: プラスチック汚染(マイクロプラスチック含む)を規制する初の国際条約策定に向けた政府間交渉委員会(INC)が開催されている。しかし、プラスチック生産量の制限や対象化学物質のリスト化、資金援助などを巡り、産油国・プラスチック生産国と規制強化を求める国々との間で意見対立が大きく、2024年12月の第5回会合(INC5)でも合意には至らず、交渉は2025年以降の再開会合に持ち越された。*17
日本の取り組み:
- プラスチック資源循環法: 2022年施行の「プラスチック資源循環促進法」に基づき、設計から廃棄・リサイクルまでのライフサイクル全体での取り組みを推進。特定製品(ホテルアメニティ、スプーン等12品目)の使用合理化や、自治体によるプラスチック一括回収・リサイクルの促進などが進む。*18
- リサイクルの現状と課題: 日本のプラスチック有効利用率は87%(2022年)と高いが、大半は熱回収(サーマルリサイクル)。原料として再利用するマテリアルリサイクルは21%に留まる。*19 マテリアルリサイクルの質の向上と量の拡大、国内処理能力の強化が課題である。
- 企業の取り組み:
- 代替素材: バイオマスプラスチック、生分解性プラスチックの開発・利用。特に海洋生分解性プラスチックも開発されているが、製造コスト(従来比20~30倍)が普及への障壁となるケースもある。*20
- 製品設計: リサイクルしやすい単一素材化、長寿命設計、洗濯時のマイクロファイバー脱落を抑制する生地開発など。
- リサイクル技術: ケミカルリサイクルなど高度な技術開発。
- 再生材利用: リサイクルPET(rPET)などを製品(例:飲料ボトル、衣料品)に利用する動きが広がる。
私たちにできること:今日から始めるマイクロプラスチック対策アクション
問題解決には、市民一人ひとりの意識改革と行動変容が不可欠である。
- 5Rの実践を徹底する:
- Reduce(削減): 使い捨てプラスチックを徹底的に減らす。マイボトル・マイバッグ・マイ箸・マイ容器の携帯。過剰包装を断る。日本の容器包装プラスチックの1人あたり年間使用量は約30kgと世界的に見ても多い。*21
- Reuse(再利用): 詰め替え製品を選ぶ。リユース容器の利用。修理して長く使う(Repair)。
- Recycle(再資源化): 自治体のルールに従い正しく分別。汚れを落として出す。
- Refuse(拒否): 不要なものは受け取らない。
- Repair(修理): 壊れたものを修理して長く使う。

- ファッションでできる対策は、2つの「せんたく」
- 「洗濯」の工夫:
- 洗濯ネット(目の細かいもの)を使用する(複数の研究や自治体の調査で、マイクロファイバーの流出を抑制する効果が示唆されている)。
- 洗濯頻度を見直す。
- 洗濯機のフィルター機能を活用・清掃する。液体洗剤の使用も一考(繊維へのダメージ軽減の可能性が指摘される研究もある)。
- 「選択」の意識を変える:
- 素材を意識: 購入時に素材表示を確認する。天然繊維(綿、麻、ウール、シルクなど)は、洗濯してもマイクロプラスチックを排出しない(ただし、生産過程での環境負荷は別途考慮が必要である)。合成繊維を選ぶ場合は、マイクロファイバーが抜け落ちにくい加工が施された製品を選ぶという選択肢もある。
- 長く着る: ファストファッションとの付き合い方を見直し、質の良いものを長く大切に着る。修理やリメイク、古着の活用をする。
- 「洗濯」の工夫:
- 賢い消費者になる:
- 環境ラベル(エコマーク)やリサイクルマークを確認。
- 企業のサステナビリティ情報に関心を持ち、応援したい企業の製品を選ぶ。
- 製造過程や、使い終わった後の回収・循環など、環境・社会に配慮した選択肢を検討する。
- 学び、伝え、行動する:
- 信頼できる情報源から学び続ける。
- 家族、友人、同僚と問題意識を共有する。
- SNS等で正確な情報を発信する。環境保護団体への参加・支援も選択肢。
まとめ:私たちの選択が未来をつくる – マイクロプラスチックの脅威に立ち向かう
マイクロプラスチック問題は、もはや単なる環境汚染ではなく、私たちの血管や脳にまで忍び寄り、健康を蝕む可能性もある、差し迫った脅威であることが最新の研究で示されている。その影響は計り知れず、次世代への責任も重い。
国際的な対策は道半ばだが、私たち一人ひとりが日々の生活の中で意識を変え、行動を起こすことの重要性は増すばかりである。
特にファッションは、大きな環境負荷を持つ産業であると同時に、私たちのライフスタイルや価値観を映し出す鏡でもある。服の選び方、手入れの仕方、手放し方を通じて、私たちは未来への意思表示ができる。
使い捨て文化から脱却し、モノを大切にし、環境に配慮した選択を積み重ねること。そして、その輪を広げていくこと。一つ一つの行動は小さくとも、それが集合的な力となれば、必ずやマイクロプラスチックの脅威に立ち向かい、より安全で持続可能な社会を築く原動力となるはずだ。美しい地球と私たち自身の健康を守るために、今日から、そして明日へと続く行動を始めよう。
*1 Napper, I. E., & Thompson, R. C. (2016). Release of synthetic microplastic plastic fibres from domestic washing machines: Effects of fabric type and washing conditions. Marine Pollution Bulletin, 112(1-2), 39–45. https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2016.09.025)。
*2 OECD (2022), Global Plastics Outlook: Economic Drivers, Environmental Impacts and Policy Options ※報告書本文参照)
*3 環境省「令和3年度海洋環境モニタリング調査結果について」https://www.env.go.jp/press/press_00813.html や関連学術論文を参照
*4 European Commission, Joint Research Centre (JRC) reports on marine litter ※関連レポート参照
*5 WWF/ニューカッスル大学, 2019年 https://www.afpbb.com/articles/-/3229671
*6 Leslie, H. A. et al. (2022). Discovery and quantification of plastic particle pollution in human blood. Environment International, 163, 107199. https://www.google.com/search?q=https://doi.org/10.1016/j.envint.2022.107199
*7 Jenner, L.C. et al. (2022). Detection of microplastics in human lung tissue using μFTIR spectroscopy. Science of The Total Environment, 831, 154907. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2022.154907
*8 Ragusa, A. et al. (2021). Plasticenta: First evidence of microplastics in human placenta. Environment International, 146, 106274. https://doi.org/10.1016/j.envint.2020.106274
*9 Marfella, R. et al. (2024). Microplastics and 1 Nanoplastics in Atheromas and Cardiovascular Events. The New England Journal of Medicine, 390(10), 900–910. https://www.google.com/search?q=https://doi.org/10.1056/NEJMoa2309832
*10 Berater, E. L. et al. (2024) – ニューメキシコ大学研究チームによる発表。関連情報: https://www.google.com/search?q=https://hsc.unm.edu/news/2024/02/microplastics-human-brains.html
*11 環境省「環境研究総合推進費課題 環境中マイクロプラスチックの動態把握・リスク評価に関する調査研究 研究概要」等を参照 https://www.env.go.jp/content/000255573.pdf 等
*12 Prata, J. C. et al. (2020). Environmental exposure to microplastics: An overview on possible human health effects. Science of The Total Environment, 702, 134455. https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2019.134455
*13 Hirt, N., & Body-Malapel, M. (2020). Immunotoxicity and intestinal effects of microplastics: a review of the literature. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(22), 8669. https://doi.org/10.3390/ijerph17228669
*14 Wiesinger, H. et al. (2021). Deep Dive into Plastic Monomers, Additives, and Processing Aids. Environmental Science & Technology, 55(13), 9339–9351. https://doi.org/10.1021/acs.est.1c00976 等
*15 Campanale, C. et al. (2020). A Detailed Review Study on Potential Effects of Microplastics and Additives of Concern on Human Health. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(4), 1212. https://doi.org/10.3390/ijerph17041212
*16 Tamargo, A. et al. (2022). Impact of microplastics on human gut microbiota: A review. Environmental Research, 203, 111911. https://doi.org/10.1016/j.envres.2021.111911
*17 環境省「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第5回政府間交渉委員会の結果概要」2024年12月2日 https://www.env.go.jp/press/press_04058.html
*18 環境省「プラスチック資源循環」https://plastic-circulation.env.go.jp/
*19 プラスチック循環利用協会「2022年 プラスチック製品の生産・廃棄・再資源化・処理処分の状況」 https://www.pwmi.or.jp/pdf/panf2.pdf
*20 クローズアップ現代 2025年2月3日放送内容に基づく記事より
*21 クローズアップ現代 2025年2月3日放送内容に基づく記事より。元データはUNEP等の統計に基づく可能性あり