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ストーリー|2025.04.09

環境再生型農業の団体「DIRT」を設立。活動家、アリゾナ・ミューズの終わらない旅

トップモデルにのぼり詰めた後、ファッション産業が抱える社会問題に気づき、自ら行動を起こし始めたアリゾナ・ミューズ。バイオダイナミック農法に活路を見出し、2021年に家族とスペインのイビサ島に移住。環境活動家として深化を遂げた彼女の現在地は?

 

原稿:岩井光子 写真:Sam Churchill(LANDED)

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コットン、ウール、革…自然の恵みで成り立つファッション

米ヴォーグ誌の編集長、アナ・ウィンターらに愛され、プラダやシャネル、ミュウミュウ、ルイ・ヴィトンと、ビッグメゾンのショーやキャンペーンで脚光を浴びてきたイギリス系アメリカ人のトップモデル、アリゾナ・ミューズ。

キャリアは順風満帆だったものの、モデルの仕事に以前ほど情熱を感じなくなった20代半ばのアリゾナは、別の何かを渇望していた。そんな時、ふと自分が着ている服が、どこで、どのように作られているのか、ほとんど知らないことに気づいた彼女は、ファッション界の真実を探ることに夢中になった。世界にまたがる複雑なサプライチェーンをひも解き、中国のコットン農場、バングラデシュの縫製工場、プラスチック包装、ジッパーやボタンの金属採掘現場まで、気になることは片っ端から調べていった。

自然豊かなイビサに移住し、土壌再生の団体「DIRT」を設立

そもそも健全な素材がなければ、健全なファッション業界は育たないと確信したアリゾナの関心は、農業に向かっていく。農業とファッションの接点は一見ピンとこないが、コットン、シルク、ウール、レザー、カシミヤなど、服や服飾小物の原料の多くは天然素材だ。産地にまかれる大量の農薬や化学肥料は土壌を劣化させ、そして、加工現場では漂白剤や染料が川や海の水質汚染や労働者の健康被害を引き起こし、ごみとなった衣服も化学物質を放出し続けていた。

「健康な土壌は何兆もの微生物が活発に活動するネットワーク。魔法のようなものです。しかし、慣行農業で使用する化学物質によって、土壌は危機に瀕しています。ファッション界も責任を負っています」と、アリゾナは言う。

課題解決のためにも、環境を再生しながら原料をつくり、化学物質の使用は控え、役目を終えた服は土中の微生物が分解できるように製品のライフサイクルを再構築するべきだと、彼女は考えた。

環境再生型農業にはいくつか種類があるが、アリゾナが最も共感したのは、ドイツ発祥のバイオダイナミック農法だった。バイオダイナミック農法はシュタイナー教育の創設者、ルドルフ・シュタイナーの理論に基づく循環型農法で、1928年以来、世界で信頼を得る食品やワインの認証機関デメターが管理している。農薬や化学肥料は使用せず、太陽や星の動き、月の満ち欠けなど天体周期に合わせて作業を行い、その土地のテロワールを尊重しながら健全な土壌と生物多様性の回復を目指す農法だ。

ボランティアでバイオダイナミック農法の実践も始めていたアリゾナは、コロナ禍で外出がままならなくなると、自然と共生する暮らしを渇望するようになり、2021年、家族と共にスペインのイビサ島に移住した。「持続可能性と環境について学びを深めるなか、自分の生活には自然が不足していることに気づきました」。そして同年、バイオダイナミック農法と環境再生型農業への移行を資金面、技術面から支援・推進する非営利団体「DIRT」を設立する。

DIRTサイトより

土壌からファッション産業を変える

経済価値は約3兆ドルともいわれる巨大なファッション産業が環境再生型農業に転換して素材を生産するようになれば、気候変動問題の解決に貢献する産業に大転換できると、アリゾナは前向きだ。

「ベストを尽くせば、ファッションは他の多くの分野に影響を与えるすばらしいプラットフォームになり得ます。私はファッションの未来と、他の業界に真の変化を促すファッションの可能性を信じています」

DIRT設立後、アリゾナはサステナビリティ・コンサルタントとしても活動の場を広げていて、デメターとは繊維の新しい認証基準の開発を進めている。サプライチェーン全般が持続可能であるようサポートし、見せかけの環境対策であるグリーンウォッシュを弾くような評価基準を構想中だ。

「DIRT とデメターの使命は、ファッション業界を健全な未来に導く新しい認証基準を作成することです。なぜなら、衣服、靴、バッグ、アクセサリーは、地球や人々に害をおよぼす必要はないからです。原料は健全な土壌で栽培され、地球に安全な方法で加工され、最終的には、その素材が微生物やミミズによって分解されて土に還り、将来世代の土壌となるべきです」、DIRTのサイトにはそう書かれている。

この構想を実際に形にしたのが、例えば、アパレルブランド「ファハーティ」とコラボした環境再生型ペルー綿のTシャツだ。染めの工程で漂白剤を使わずに日光で脱色し、環境負荷をかけない製造方法を試している。

アリゾナはここのところ、モデル以上に、環境アクティビストとしての活動に熱心だ。環境保護団体の抗議活動への参加、COP27でのスピーチ、環境NGO「グリーンピース」のオーシャン・アンバサダーやコスメブランド「アヴェダ」のグローバル・アドボケートに就任するなど、積極的な発信、行動が評価を受け、2024年にはインディペンデント誌が選ぶ世界100人の環境活動家の一人に選出された。

そんな彼女の2025年の最新プロジェクトは気候変動会議「LANDED」。2月下旬、ロンドンのバービカンセンターでファウンダーズ・フォーラム・グループなどと共催した。農、ファッション、自然保護、スピリチュアリティなどの要素を融合したユニークなイベントで、農業、サステナブル・ファッション、AI、投資などをテーマにした。参加者は投資家、インフルエンサー、起業家などを厳選して招いたという。

LANDEDカンファレンスでのアリゾナ。

「これまでたくさんの会議に出てきたけど、正直刺激を受けるより、疲弊してしまうことの方が少なくなかった。でも、LANDEDは課題に深くアプローチして解決策を見つけることができる場。エンパワーされます!」と、アリゾナは動画で呼びかけている。

彼女のまいた種は、既に芽吹いてもいる。アリゾナの活動に触発されたバッグデザイナーのアニヤ・ハインドマーチは2021年末、土に還るレザーバッグコレクション「Return to Nature」を発表。化学物質や金属を使わない皮のなめしやコーティングの工程開発に2年の歳月をかけたという。土に還るファッションは現実のものとなってきた。

現在、天然繊維や皮革、染料などの生産に使われている面積は16億2000万〜18億2000万haともいわれ、これは世界の陸地面積の約12%、農地では50%にも相当するそうだ。ファッションが変われば世界は変わると、アリゾナは変革に挑み続ける。

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ライター/エディター
岩井光子
美術館勤務などを経てフリーに。Think the Earthのウェブメディア「think」地球ニュース編集を始め、一般誌、ウェブメディア、企業とのコラボなどでサステナブルやSDGsに関する企画を多く担当。著書に震災後、福島県相馬市に誕生した音楽教育プログラム「エル・システマ」を追った『未来をはこぶオーケストラ』(汐文社)。

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