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イタリアにおけるアパレル産業の構造。約6万ある企業のうち、8割以上が10人未満の零細企業。
イタリアのファッション製造業(アパレル、テキスタイル、フットウェア、レザー、アクセサリー産業を含む)は、年間収益で約16兆円を超える国の一大産業だ。これは約6万の企業で構成されており、そのうち80%以上が従業員数10人未満の零細企業である。製造工程においては家族経営の企業が全体の85.2%を占めている。生産の大部分はラグジュアリー市場に向けられているが、2012年の調査によるとイタリアのファッションおよびテキスタイル製造工場の16.6%が中国企業に所有され、主にロンバルディア州、トスカーナ州、ベネト州にある。※1
イタリアのファッション製造業に関連してよく取り上げられる特徴の一つに、そういった地域の委託先との関係がある。小規模製造業者が、コストを抑えたまま、柔軟で迅速なオーダーに対応できるよう、複数の委託先が支えている。
男女の賃金格差や雇用形態によるキャリアップの機会の損失
こうした構造がイタリアのバリエーション豊かでクラフトマンシップを支えているが、そこには心配な側面もある。
例えば、女性労働者の賃金や地位の不平等だ。労働条件に性別で差があり、パートタイム労働の大部分を女性が占めることで賃金格差が生じている。レザー業界ではパートタイム労働者の58%、繊維業界では70%以上が女性で、これにより時給が低く、福利厚生やキャリアアップの機会も限られた契約が多い。
国立社会保障機構(National Social Security Institute)のデータによれば、2022年の繊維業界における女性の平均日給は€80で、男性の€107に対して大きく下回っており、レザー業界でも女性は€82、男性は€100と19%の差が見られるという。
また、レザー業界では66%、繊維業界では70%以上の労働者が女性であるのに対し、女性が管理職に占める割合はレザー業界で31%、繊維業界ではわずか17%にとどまっている。
ディオールやアルマーニの委託先でも苛酷な労働の事実
今年に入りイタリア競争当局(Autorità Garante della Concorrenza e del Mercato)は、ディオールやアルマーニなどの高級ブランドが、そのブランドの優れた生産レベルとは対照的に、労働環境が著しく劣悪な工場から製品を調達していた可能性があると報告している。※2
アルマーニに対する判決によると、同ブランドが革製品の生産を2社に委託しており、その2社はさらに4つの工場に委託していた。この委託先で従業員が1時間あたり2〜3ユーロ(330~500円)の賃金で、平均して1日10時間、場合によっては週7日働かせていたことが明らかになった。※3
ディオールに対する調査では、取引があったミラノ周辺の4つの小規模事業者で働く計32名の労働環境を重点的に調査。その中には2名の不法移民と7名の正式な雇用契約が結ばれていない労働者が含まれていた。
また裁判所の判決文では、「24時間の人員体制」のために労働者が職場で寝泊まりさせられていたこと、生産速度を上げるために機械の安全装置が取り外されていたことなどが明らかになっている。※4
コスト削減のために弱い立場の移民を採用?
イタリアは他にも深刻な課題を抱えている。経済的な機会や安定的な仕事を求めて紛争や貧困が深刻な北アフリカ諸国や中東・バングラデシュといった国々からの移民が増加しているのだ。UNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)の報告によると、地中海を渡りイタリアの領土に到着する非正規移民の数が2023年の1年で15万人以上に達している。※5
このような事情でイタリアに入国した移民の中には就労許可を取得できず、違法に労働せざるを得ない状態に陥る人もいる。製造工程の中で過酷な条件の仕事を強いられやすい立場の一人だ。
2024年9月には高級アクセサリーメーカー、モンブランに対して移民労働者たちからの抗議の声が上がった。「メイド・イン・イタリーはイタリアの恥」と書かれたプラカードをもった移民労働者たちが、同ブランドが構える主力店の前で十数人のイタリアとスイスの労働組合幹部とともにコスト上昇を理由にサプライヤーとの契約を打ち切ったことを抗議した。※6
労働者や労組役員は、工場に長く続いた非正規雇用や長時間労働といった労働慣行の改善を求め、2022年10月に改善されたが、モンブランが昨年コスト上昇を理由にサプライヤーとの契約を打ち切ったと訴えている。
一方で、モンブランは、このサプライヤーと契約を終了した理由について、監査によって親会社リシュモンのサプライヤー行動規範が守られていないことが判明したためと説明しているという。
低コストでの生産を強いられている状況は深刻だ。正規労働者の雇用や規制を守った労働環境の導入はどうしても負担がかかるが、そのコストはだれが請け負うのか。
このような事例からも高級ブランドの製品だからといって、その製品の製造工程に関わった全ての人が十分な対価や待遇で働いているとは言えないことが分かる。
他人事とは言えない、メイド・イン・ジャパンの裏側とは?
私たち日本人にとって、「これは遠い国の話」と言ってはいられない。人権の問題はどんな国でも起こるのだ。
ファッション業界では、ファストファッションの台頭などにより1990年代から、より労働賃金の安い海外に生産拠点を移すブランドが急増。その結果、海外の価格に対抗するために日本の工場は工賃の値下げを迫られてきた。これらにより長時間労働、残業代未払い、パワハラなどが起こりやすいことが縫製業全体の課題だ。
その上、技能実習生制度は、日本に来る前に借金する場合や、母国の家族へ仕送りをするためといった事情を抱えるなど、労働者としての立場が弱く、不当な扱いを受けていても声を挙げられないという制度上の問題がある。
実際に、2022年の技能実習生約33万人のうち、繊維産業に従事している人の割合は約6%であるにも関わらず、2017年11月から2023年6月までの期間の法令違反は114件。全業種の総数に対して26.7%と高い割合を占めており、特に最低賃金・割増 賃金等の不払い、違法な時間外労働等の法令違反が多く指摘されている。※7
これを受けて経済産業省は 個々の受入事業者や管理団体等に対する労働基準法等に関する周知徹底だけでなく、 サプライチェーン全体での法令遵守が必要と警鐘を鳴らしている。 ILOの協力のもと、日本繊維産業連盟が2022年7月に 「繊維産業における責任ある企業行動ガイドライン」を策定するなど、サプライチェーンを管理すべきアパレル企業等を含め業界へ働きかけている。※8
これらの事例が示すように、「メイド・イン・イタリー」や「高級ブランド」だからといって人権において必ずしも安心できるとは言えない。日本も同様に「メイド・イン・ジャパン」だからと言って安心できない状況だ。産業全体が抱える問題を1人でも多くの人が認識し、改善に向けて協力することで、世界に誇る素晴らしいクラフトマンシップを支える人たちの労働環境が改善していくことを期待したい。
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※1 Unpacking Pay Equity in Fashion: Italy 出所: Global Fashion Agenda & PwC
※2PS12793-PS12805 – Italian Competition Authority: investigation launched against Armani and Dior group companies for alleged unfair commercial practices 出所:Autorità Garante della Concorrenza e del Mercato
※3 Armani company put in receivership amid labour exploitation probe 出所:ロイター
※4 LVMH’s unit put under court administration in Italy over labour exploitation 出所:ロイター
※5 Italy Fact Sheet December 2023 出所:国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)
※6 焦点:イタリア製高級ブランドの影に移民労働者の過酷な労働 出所:ロイター
※7 繊維産業における外国人技能実習制度に関する現状と課題 出所:経済産業省 製造産業局 生活製品課
※8 第6回 繊維産地ネットワーク協議会 事務局説明資料 出所:経済産業省 製造産業局 生活製品課