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ストーリー|2024.05.10

ゴミにならないランニングシューズ「アシックス」の「ニンバス ミライ」の革新性とは

アシックスは4月12日、「ニンバス ミライ」を世界8カ国で同時発売した。アッパーをポリエステルのみで作り、自社開発した接着剤でアッパーとソールを分解可能にすることで、回収後、各パーツを資源として再活用できる高機能ランニングシューズを実現した。私たちが抱える気候変動やゴミ問題を解決するラニングシューズとしても注目を集める。

原稿:廣田悠子

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私たちが抱えるゴミ問題

 こうした状況の中で、多くの製品でリサイクルが推進されてはいるが、靴は回収やリサイクルできる環境が整っていない。靴は世界で年間約239億足生産されているが、そのうち95%が使用後に埋め立てられるか焼却処分になるといわれている。重さにすると年間2000万トンに相当する。

 環境省が令和6年3月28日に発表した「一般廃棄物の排出及び処理状況等(令和4年度)」一般廃棄物の排出及び処理状況等(令和4年度)について | 報道発表資料 | 環境省 (env.go.jp) によると、ごみの最終処分場が23.4年後(全国平均)になくなるという。昨年に比べて残余年数は0.1年減と抑制はできているものの、新規建設は難しい状況にあることや、地震や気候変動の影響で激甚化する自然災害による災害廃棄物を考慮すると、一般産業廃棄物問わずごみの削減は必須だろう。

徳島県上勝町を訪れてリサイクル可能なシューズ開発を決意

 「アシックス」の開発チームはサステナブルなシューズとは何かの検討を行う中で2022年10月、徳島県上勝町を訪れたという。上勝町は日本で初めて「ゼロ・ウエイスト宣言」し、廃棄物の抑制やリサイクルに注力していることで知られる。きっかけはアメリカのプロダクトマーケティングメンバーが上勝町に興味を持ったことだった。「アシックスとは名乗らずに訪れたリサイクルセンターで、捨て方やリサイクル可能性が考えられていない製品があまりにも多いこと焼却か埋め立てするしかないゴミが20%あり、その中にシューズが含まれているという現実を知り、回収の仕組みを含めた、リサイクル可能なシューズ開発を決意した」と開発責任者の上福元史隆フットウエア生産統括部マテリアル部部長は振り返る。

 なぜ、今まで靴は捨てるしか方法がなかったのか。リサイクル可能なシューズの開発に向けての課題は大きく3つあった。①アッパーとソールが分離できないこと②シューズは複合素材でできていること③シューズの回収/リサイクルできる環境が整っていないこと、だった。

アッパーの約9割が再びシューズに活用、ソールは別製品で活用

 アッパーとソールの分離は、自社開発した接着剤で解決した。「2006年に開発し、実用化に至らなかった接着剤を改良することで実現しました。マイクロカプセルを接着剤に混ぜたもので、温めると膨張するので接着面がはがしやすくなる。100パターン以上を試した結果、理想的な配合を見つけました」と上福元部長は語る。

ソールを分離した状態の「ニンバス ミライ」。

 開発当初はシューズまるごと単一素材化を検討していたというが、「このプロジェクトの大命題はパフォーマンスを落とさないこと。単一素材ではランニングパフォーマンスを備えるには十分でないと判断しました」。アッパーのみポリエステル単一素材とし、ミッドソールやアウトソールは「ニンバス」シリーズと同様のものを採用した。「ゆくゆくは単一素材化していきたい」と上福元部長は今後の目標を明かす。今回はアッパーをポリエステルのみで作ることに取り組んだ。ポリエステルは素材の中でもリサイクル技術が進んでおり、再資源化しやすいからだ。とはいえ、通常複数の素材から成るアッパーを全てポリエステルに置き換えるのは至難の業だった。「特に着用時のホールド感とフィット感を実現するかかと部分に用いるウレタン製のスポンジ材や、通常樹脂材を用いる芯の代用を見つけるのに苦労しました」。スポンジはマットレスや医療関係クッションに用いられる不織布を、芯は熱で固まるポリエステルを編んで代用した。

 回収・リサイクルを行うのはアメリカのテラサイクルだ。テラサイクルはリサイクル・再資源化・リユースを推進するプラットフォームを構築し、世界21カ国で運用する。テラサイクルをパートナーに選んだのは「われわれはこれまで製造・販売のみを行ってきており、その先に関しては知見がありません。テラサイクルは化粧品ボトルなどですでに実績があり、米国に回収した製品の再資源化するファシリティがあります。とはいえ、実際に運用が始まると改善するポイントが出てくると感じてもいており、都度最適化していきたい」と奥村啓基パフォーマンスランニングフットウエア統括部カテゴリー戦略部戦略チームマネジャーは語る。「回収や輸送などによるCO2排出量もなるべく低く抑えるよう最適化していきたい」と井上聖子サステナビリティ部部長。

QRコードから登録すれば宅配業者が自宅に来て回収

イラストが印象的な「ニンバス ミライ」のシューズボックス。

回収・リサイクルはユーザーを巻き込まないと成立しない。「できるだけサステナビリティへの取り組みはお客さまにとって義務感ではなく、ベネフィットになるような仕組みになるように考慮しています」と奥村マネジャー。シューズのベロにQRコードを付け、シューズボックスには循環を想起させるイラストとQRコードを描いた。「ユーザーやショップスタッフ、誰もが理解できるようなコミュニケーションを心掛けました。QRコードのみにしたのは、プロセスをシンプルにしたかったから。製品情報とテラサイクルのサイトへの情報を網羅しながら垣根を超えられるよう心掛けています。当社はデジタル化を推進してきており、お客さまとのコミュニケーションがデジタル上でできる点を生かしていきたい」と加える。回収はいたって簡単だ。QRコードからは「ニンバス ミライ」の製品のサイトへ、サイト内の回収プログラムのリンクをクリックするとテラサイクルの回収プログラムにアクセスする。登録すると自宅まで宅配業者が訪れ、回収後に2000円分のOne ASICSポイントが付与される。回収したアッパーは87.3%が新たなポリエステル素材に活用できることを確認済みで、再度アッパーとして活用していく予定だ。ミッドソールとアウトソールは、粉砕処理をしてマットやパネル、建材などの素材の一部にリサイクルされる。

修理不可能という高機能シューズの常識を変える

今回、アシックスはデザインに制限がある中で、主力製品「ニンバス」シリーズで高機能かつリサイクル可能な製品設計を実現した。「ニンバス」シリーズは世界で最も売れている高機能ランニングシューズの一つで、シェアが大きい。そもそもランニングシューズや高機能パフォーマンスシューズは、パフォーマンスの低下やケガの誘発といったリスクを避けるため、修理は行わないという。履きつぶした後に捨てるしか選択肢がなかった高機能シューズの新たなオプションを提示した。

アシックスは2050年までに事業における温室効果ガス排出量実質ゼロを目指しており、製品のライフサイクル全体のCO2換算排出量削減に取り組んできた。23年9月には市販スニーカーの中でも温室効果ガス排出量を最も低く抑えた*「ゲルライトスリーシーエム1.95」を発売するなど、取り組みを加速。「ニンバス ミライ」の製品ライフサイクル全体のCO2換算排出量は6.1kg。業界平均を約57%下回るという。 

2026年に向けて「販売エリアやリサイクル可能なシューズのラインアップの拡充を目指す」と意欲的だ。

左から奥村啓基パフォーマンスランニングフットウエア統括部カテゴリー戦略部戦略チームマネジャー、上福元史隆フットウエア生産統括部マテリアル部部長、井上聖子サステナビリティ部部長。

*2023年9月時点、製品ライフサイクルにおける温室効果ガス排出量が開示されている市販シューズを対象としたデータに基づく。

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