街の、山の、畑の緑がさらに勢いを増す季節になってきました。
1年前に東京から長野に移住した筆者は、こんなにも季節で景色が違うものかと、「次の季節がくるのを楽しみにする」という感覚をはじめて味わっています。
この時期になると、近くで木こりをしているおじいさんが、「ほらいっぱいできたからよ」と、いろいろな野菜をカゴに入れて持ってきてくれます。律儀にお返しをしようとしたら「そんなことされたらあげにくくなるから本当にやめてくれ」と差し上げたプレゼントをつき返されるという事件が起きましたが、緑のちからと共に自然に生きるためには、ありがたく頂戴しておいた方がよいのかもしれません。さすが、野菜摂取量が全国1位になったこともある長野県。
実は服も、この緑のちからの産物なのです。ポリエステルと並んでメジャーな素材である綿(コットン)は、種から発芽し、成長し、コットンボールと呼ばれるふわふわの綿を実らせます。これを加工したものが、わたしたちが普段お世話になっている綿製品:シャツやジーンズ、シーツや枕カバーです。
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移住で緑のちからを否応にも感じる環境に身を置くこととなり、筆者はずっと気になっていた「服のたね」という企画に参加することにしました。この企画では、参加者がそれぞれの自宅で綿を育て、コットンボールを収穫し、それを企画者が集め、紡績工場などの力を借りて服をつくります。毎年アイテムは変わるのですが、今年はニットポロをつくるとのこと。こう書くと簡単そうに見えますが、時間もかかりますし、その間にきっと参加者はいろいろな感情を経験するのでしょう。そんな体験をしてみたくて申し込み、5月、早速、種を受け取ったのです。
ポストを開けると、味気ない郵便物に混ざって、待ちに待った「服のたね」からの封筒がありました。はやる気持ちをおさえて小さな紙の袋を慎重に開けると、記憶していたよりもふわふわした種がでてきました。コットンの種の表面には産毛が生えていて、このコットンリンターと呼ばれる産毛を使って作ったキュプラという繊維も存在することも知っていましたが、これは産毛の域をゆうに超えているのでは?グレーと白が混じった極小のうさぎのような雰囲気で、そこにいた小学生の娘と同時に「かわいい〜」と声をあげました。ふわふわなもの、ちいさきもの、「ゆめかわ」なものに目がない6歳児だけではなく、大人の筆者のこころも「いとをかし・・・」とつかんだ綿の種。


企画の皆さんは園芸の専門家ではないとはいえ、もうこのサイクルを10年(10回)続けており、あらゆる成功や失敗、そして起死回生を見届けてきた猛者たち。そんなスタッフさんからオンラインで種の植え方のレクチャーを受け、さっそく種を植えてみます。まず室内の植木鉢で発芽させ、ある程度大きくなったら庭に植え替えます。
鉢に植えてから1週間ほどで、まだふわふわの皮をかぶった芽が発芽しました。そのあと数日で双葉、また数週間で本葉と、植木鉢の中で進行する無音ながら爆発的なエネルギーを感じながら、はるか昔、理科で習った気がする植物の成長を見守ります。毎朝、窓辺の綿の成長度合いを確認するのが日課となりました。
成長の喜びを感じると同時に断固とした厳しさを要する工程が、間引きです。思ったよりもたくさん発芽したと安心したのも束の間、比較的成長の遅い芽は、全体の利益のためにここで退場してもらう必要があります。種の時点ですでに感情移入している筆者には心苦しい決断でしたが、ある朝、大きく元気が良さそうなものを残し、「ごめんね・・・」と口に出しながら思い切って何本かの芽を取り除きました。
さて、まだ発芽して間引いただけなのに、この感情の起伏。この先が思いやられます。無事、植え替え、そして収穫まで辿り着けるのでしょうか?
そしてなにより、ここまでですでに1ヶ月半が経過しているという事実に驚いています。服は、安くて買うのも一瞬です。ファストに生産・販売されたものを買う消費者という立場では、一ヶ月半あれば服が欲しいと思い、検討し、購入し、着用・洗濯を繰り返し、慣れて最初のうきうきが薄れてくるくらいまでは進むでしょう。それが、まだ、茎の直径1ミリ、高さ30センチほどの頼りない草どまり。
消費の時間軸と、製品の原料で大元である自然の時間軸の間の歪みを感じながら、今日も綿を愛でています。秋の終わりには、コットンボール収穫の報告ができますように。

やっとここまで成長しました!これから地植えします。