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財前 雅(右)
早稲田大学大学院在籍、学校心理学専攻。2024年11月、Shift C公式アンバサダー「シフトチェンジャー」就任。ビーチクリーンを行う学生団体「NAMIMATI」アドバイザー。「コーチトピア」アンバサダー。
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矢野目莉奈(左)
SOLIT!プロダクトデザイナー。共立女子大学家政学部被服学科助手。1998年生まれ、千葉県出身。文化服装学院卒業後、デジタルハリウッド大学大学院修了。服飾学生時代からインクルーシブファッションの制作を行う。東京都主宰の「Next Fashion Designer of Tokyo」インクルーシブファッション部門にて東京都知事賞・優秀賞を受賞。2023年からSOLIT!に参画。
「インクルーシブファッションに携わったのは、足に不自由を抱えていた母がきっかけです」(矢野目さん)
財前雅(以下 財前) 矢野目さん、初めまして!私は今、大学院で学校心理学を研究していて、インクルーシブ教育やユニバーサルデザインフォーラーニングなどについて論文を書いているので、今回はインクルーシブファッションについていろいろ伺いたいです。そもそも矢野目さんはどうしてインクルーシブファッションに関心をもったのですか?
矢野目莉奈(以下 矢野目) よろしくお願いします。私は、母が足に持病を抱えている環境で育ちました。母は、いつもおしゃれをしたいと思いながら好きな服が着られず苦労していました。私が大人になった頃には便利な服が増えているだろうと思っていたのに、服飾学校に入っても「標準」として想定されたファッションしか学ぶ機会も見る機会もなくて、愕然としたんです。
財前 お母様は普通の服にどんな不便を感じていたのですか?
矢野目 母は股関節の病気で、小股で歩くことはできるけれど、足を大きく開くことや踏ん張ることができないんです。だから着脱に足を開く必要のある服は選べなかったり、裾が広がっている服は引っかかって転倒のリスクがあるので避けていました。
財前 じゃあお母様から要望を聞いて、それに応える形で商品開発を?
矢野目 そうですね、母はファッションが好きな人で、自分が着たい服を買ってくるので、ゼロから作るというより、母の身体特性に合わせてリフォームするんです。家族だから私が「作ってあげなければならない」という認識はなく、お互いに遠慮なく好き勝手言い合いながら進めています。(笑)
財前 そこから、もっと多くの方に向けた服づくりに携わろうと思ったのは?
矢野目 3年前に、東京都主宰のファッションコンテストで、インクルーシブファッション部門が新設されたんです。それで応募したところ賞を受賞して、人から評価や意見を聞く機会をいただきました。それでこれを仕事にできるんじゃないか、と。東京都が取り組むということは、ついにインクルーシブファッションが広まっていくんじゃないかという期待がありました。
財前 それでSOLIT!に参画されたんですね。でもお母様のように特定の疾患でなく、車椅子の方、腕の不自由な方、いろんな方がいらっしゃるなか、ひとつの形に落とし込むのは難しいのではないでしょうか?
矢野目 SOLIT!は完成した服だけでなく、プロセスも大事にしているんです。デザイナーがいてその下に作り手がいて、工場があって、という仕組みはやめよう、と。それで、腕が上がらない方や車椅子の方も、最初から企画メンバーとして入っていただいて、みんなで一緒に作っていくというスタイルなんです。
財前 ヒアリングというレベルではなく、メンバーとして参加してもらうんですね。でも完成しても実際に着て生活してみたら課題があった、というようなことはないのでしょうか?
矢野目 あります。メンバーに入ってくださる方も障害の代表者ではないですし、特性というのはグラデーションに変化するため、どうしても偏りはあります。それは難しい部分でもあり、やりがいのある部分でもあります。次はもっと使いやすいものを作ろう、と試行錯誤が続く。終わりがないんです。
財前 前の商品の課題が次の商品の発見につながるんですね。ではある意味、完璧を求めすぎない、というような?
矢野目 いや、それは結果論であって、作っているときは完璧を目指します。毎週メンバーで定例会議をしていて、一度GOしたプロセスでも、意見を出し合いながら改善を重ねています。

横のチャックを下ろすだけで着脱ができるワンピース。肩のベルトで長さを調節できる。スカートについているジッパーを開くとフレアが誕生し、よりドラマティックな雰囲気に。
「日本にはインクルーシブ関連の情報がすごく少ない。海外の文献を読み漁っています」(財前さん)
財前 インクルーシブデザインについては、服飾学校の授業でも扱われていなかったとのことですが、どうやって学んできたんですか?私もインクルーシブ教育について研究していますが、本当に情報が少なくて。海外の文献から情報を集めているんです。
矢野目 同じです。教えてくれる学校があったら入りたいくらい!海外ではユニバーサルデザインの小さい会社がたくさんあって、論文も割と多いので、それを読み漁っています。こうした学びに加えて、SOLIT!での服作りや東京都のコンテストのようなところに出品し、学術的な学びと実践を繰り返しています。
財前 同じ課題を抱えているんですね。私も祖母がパーキンソン病だったので服選びに苦労していましたが、日本にももっとそういう服が入ってくるといいですよね。実際にはあるのでしょうか?特に若い世代向けのものは?
矢野目 まさに、日本でも海外でも若年層に好まれるデザインが揃っていないのが課題ですが、ちょっとずつ動きがみられます。例えば、アダストリア(アンドエスティホールディングス)では、特例子会社であるWeOurを通じて、インクルーシブファッションプロジェクト「Play fashion! for ALL」を展開しています。また、服を新たに制作するのではなく、お直しという視点から既存の衣服をリメイクする取り組みとして、「キヤスク」のような事例もみられます。さらに、パリファッションウィークにおいても、「アンリアレイジ」は2026年春夏コレクションで、障がいのあるアーティストの活動を支援する「ヘラルボニー」とのコラボレーションによるルックを発表しています。
財前 わあ、「ヘラルボニー」、好きなんです!昨年から今年にかけて急激に世の中が動き始めたんですね。私も自閉症の子などと関わる機会が多いのですが、ちょっとした商品タグのチクチクする感触がどうしても我慢できないという子がいます。見た目では分からない障害を抱えている人に対応するような服もあるのでしょうか?
矢野目 SOLIT!ではまだ感覚過敏などの方への対応はできていないのですが、これから対応できたらと思っています!

「SOLIT!のジャケット、学校の先生が喜びそうな機能が満載ですね!」(財前さん)
矢野目 タグで言えば、このジャケットは直接プリントしてあって、タグはないんです。
財前 あ、ホントだ!さすが!こういうのが学校の制服にも採用されればいいのに。私が研究で訪れている小中高校にも感覚過敏の子は多いんです。タグがダメだったり、化学繊維がダメだったり。
矢野目 このジャケットは他にもいろいろ工夫があります。腕の動きに不便がある方に向けて肩はラグランになっていますし、脇にマチがつけてあって腕を上げやすくなっています。またさまざまなオプションがあり、袖が下がってこないように内側にリブをつけてたくし上げた状態にできたり、襟がめくれないよう後ろが縫い付けになったり、車椅子の方などポケットがいらない人用にフェイクポケットになっていたり。
財前 すごい!脇にマチがあると、本当に動きやすい。板書をする学校の先生もこれ欲しいはず!
矢野目 家で手洗いもできるし、ノンアイロンで形状記憶できるようになっています。
財前 それもチョークで服が汚れやすい先生に勧めたい。それに、学校の制服もなかなか洗えなくて、みんな袖がテカテカになったまま着続けていたりするから、制服にも是非採用してほしいですね。障害のあるなし関係なく、みんなこれのほうが嬉しいと思う。
矢野目 実際、コクヨKハートさんで制服に採用していただいています。誰かにとって使いやすいということが、実は全然違う人にとっても使いやすいものだったりするんですよね。
財前 まさに、みんなにとって心地よい。インクルーシブってそういうことですよね。

財前さんが「先生にぴったり!」と絶賛するDawn Jacketは、長時間の着用でも肩が凝りにくい設計。脇下や肩甲骨部分にマチがあるため、腕の上げ下げや動きを妨げない。タグは肌についても気にならないプリント仕様。袖や裾の長さはカスタマイズ可能。

胸元のポケットは車いすでもものが落ちにくく、取り出しやすい構造になっている。シャツのボタンは飾りボタンで、内側にマグネットボタンが施されているので、着脱が楽ちん。袖が落ちてくるのが気にならないように、袖口のボタン横にゴムが配置されている
「インクルーシブとサステナビリティのバランスは、メンバー全員で徹底的に話し合って決めています」(矢野目さん)
財前 ところで、このインクルーシブという視点に加えて、サステナビリティにも配慮した商品作りをしていると思いますが、この両立に難しさはありませんか?
矢野目 私はインクルーシブデザインについては学んできたものの、サステナビリティについてはあまりにも領域が広いし、難しいなと感じていました。ただ学んでいくうちにだんだんこの両者は繋がっているということに気づいたんです。
財前 サステナビリティという点ではトレーサビリティや働き手の環境を守ることも重要だと思いますが、SOLIT!では提携している中国の縫製工場「WIN」で働き手のスキルアップのために、工程別作業でなく1人1着作る仕組みにしていて、工賃も通常の3倍にしていると伺いました。
矢野目 そうなんです。直線縫いの担当者が直線縫いをいくらうまくなっても、スキルアップできない。それでは良い関係は結べないと弊社は考えたんです。工場も私たちもお互いチームメンバーとして対等な関係を守ること、お互いの成長につながることを大事にしています。

財前 そういう関係を築けてこそ、本当に持続可能なものづくりと言えますよね。環境問題への対策は?
矢野目 メンバーに環境担当がいてあらゆる工程でサステナビリティという観点から検証していますが、製造工程だけでなく、洋服の一生を考えて、廃棄段階にも目を向けています。
財前 素材選びひとつでも、環境にいいかどうか、機能性が高いか、長持ちするかなど、何を優先するかで悩むこともあると思いますが、最終的にはどうやって決めているんですか?
矢野目 メンバーみんなで徹底的に話し合います。急がずに話し合う。利用者の方もこの方針を理解してくれています。
財前 急げば急ぐほどこぼれてしまうものもありますからね。妥協しない、って一番重要なキーワードかもしれません。最後に、今後はどんな挑戦を考えているんですか?
矢野目 私たちは誰も取り残さない社会を作るために3つのステップで取り組んでいます。まずは小さくてもわかりやすい事例を作ること。そのひとつが服作りです。それから、類似の挑戦をする人たちが動きやすいよう学術的に研究すること、さらに挑戦する人や企業を伴走支援すること、この3つを引き続き推し進めます。
財前 矢野目さんは大学で研究されているんですよね? 矢野目さん自身の今後の挑戦は?
矢野目 はい、SOLIT!では、私が今まさに実践と理論の架け橋を担っています。個人的には、学問としてインクルーシブファッションを確立させて、将来の子どもたちに伝えていきたいと思っています。また実践面では来年には自身のブランドを立ち上げます。若い世代に向けて、かつて気づけなかった人や自分自身に、もう一度出会えるインクルーシブファッションを目指しています。
財前 楽しみです!!!!ぜひまたお聞かせください。今日はありがとうございました。

SOLIT!
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