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ファッション|2025.11.13

レースの新しい可能性を紡ぐ、新星ブランド「EUCHRONIA」の挑戦

2023年にデビューしたアパレルブランド「EUCHRONIA(ユークロニア)」。“記憶とレースをリンクさせたモノづくり”をコンセプトに、織りや編みなどで様々な手法のレースのアイテムを毎シーズン展開している。2024年には経済産業省のグローバルファッションIP創出プログラムに採択され、国内外で新たな挑戦を続けるデザイナーの佐藤さんに、ブランドの背景とこれからの展望を聞いた。

原稿:藤井由香里

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“記憶”を起点に生まれた、EUCHRONIAの原点

レースの新しい表現を探求するブランド「EUCHRONIA(ユークロニア)」は、文化服装学院出身のデザイナー、佐藤百華さんと宮崎風さんによって2023年に誕生した。学生時代からの友人であるふたりは、「いつか一緒にブランドをやれたらいいな」とお互いに思い合っていたという。

「最初はブランドというより、“記憶”をテーマにしたプロジェクトとして始めたんです。大切にしている思い出を伺い、それをレースに閉じ込めた服を贈るという試みでした」。

「HUNDRED FLOWERS PROJECT」の一つ。写真は、アーティストのmei ehara氏に贈ったパンジーのレース

この“記憶”というテーマは、ふたりの関係性そのものにも深く根づいている。初めて出会った日、まったく同じギンガムチェックのパンツを同じ着こなしで履いていたという。さらに、旅行中にたまたま訪れたレターセット店では偶然同じデザインを選び、その手紙を使用して誕生日に贈り合うという習慣が生まれた。

「今はもうそのレターセットは使いきりました。白紙だった紙が、お互いのメッセージが書かれた状態で残っています。その文字を見ると、あの頃の気持ちにすぐ戻れるんです」。 

そんな、時を超えて心が繋がる感覚がブランドの根幹となった。レースを選んだ理由も、まさにその延長にある。

「レースって、結婚式をはじめ、記憶が生まれる場面で使われることが多い素材。しかも、織りと編みの両方で表現できる数少ない手法です。私たちの専門性を活かしながら、“記憶を纏う服”というテーマにも自然に重なりました」。

ロゴに描かれた「すみれ」と「すずらん」は、デザイナーの佐藤さんと宮崎さんが20歳の節目に選んだ香りから着想を得ている

思い出や記憶を“糸”として編み込むように、ふたりは服づくりの中に「記憶と時間の重なり」を織り込んでいった。その延長線上にあるブランド名「EUCHRONIA」は、「時間のない国」を意味する言葉から着想を得たものだ。

「思い出って、過去に戻れるような感覚がありますよね。何年経っても、その瞬間の温度や匂いを思い出せる。“時間を超える”という感覚を大切にしたくて、この名前を選びました」。

受け継ぎ、編みなおす。レースという文化の未来

ふたりの専門は、布帛とニット。異なる技術背景を持ちながらも、共通の素材としてたどり着いたのが「レース」だった。織りと編み、双方の技術を掛け合わせられる希少な素材でありながら、日本ではその産業基盤が年々縮小している。

「最初は、好きだから選んだ素材だったんです。でも学ぶうちに、このままでは技術が失われてしまうかもしれないという危機感を持つようになりました」。

佐藤さんは、ボビンレースを学ぶ過程で、レースづくりが単なる手仕事ではなく、“人と人を結ぶ文化”であることを実感したという。教室には世代を超えて集うおばあちゃんたちがいて、手を動かしながらお菓子を分け合い、会話を楽しむ。その穏やかな時間が、まるで一本の糸のように人々をつないでいた。

「そのコミュニティの空気が本当に温かくて。レースをつくる時間そのものが、すでに“文化”なんだと気づいたんです。だからこそ、この文化を次世代に残したいという気持ちが強くなりました」。

2025 Croiser Collection

そうした気づきから、EUCHRONIAはブランドの軸を「レース」に定めた。レースという素材にフォーカスすることで、ブランドの世界観がより明確になり、他にはない個性を生み出せたという。

「レースを軸にしているブランドってあまり見たことがないので、たくさんのブランドがある中でも覚えてもらいやすい。技術的にも、表現的にも私たちらしさを体現できる素材なんです」。

現在は足利や岡山など、国内各地のレース工場や職人と協働しながら、伝統技術を現代の洋服へと再解釈している。トーションレースは栃木・足利、刺繍レースは岡山、ニットレースは都内の工場など、産地ごとの強みを生かし、現地訪問などを重ねながらシーズンごとに最適な技術を選び取っている。

さらに、素材の特性を生かし、ホールガーメント機で糸ロスを抑えるなど、技術と環境配慮を両立した新しいレースづくりにも挑戦中だ。

小さくても、着実に。共感から生まれるブランドの力

ブランドを立ち上げて以降、運営の面では多くの試行錯誤を重ねてきた。服づくりの経験はあっても、“ブランドを続けていく”ための知識はゼロからのスタートだったという。

「どうやって知名度を上げて、どうやって売上を作るのか。最初のエンジンのかけ方がまったく分かりませんでした」。

2025 Tourner collection

2023年のデビュー後は、SNSでの発信や取引先探しなど地道な活動を重ねながら、少しずつ方向性を見出していった。拡大を急ぐのではなく、共感で繋がるブランドを目指し、自分たちの世界観に共鳴してくれる人たちと丁寧に関係を築いてきた。

「発信するものはすべて、自分たちが本当に素敵だと思えるものだけにしたかったんです。置いてもらいたいお店には、手作りのDMに熱を込めてアプローチしました」。

そうして少しずつ歯車が動き始め、現在は3シーズン目に突入。
小さくても確かな手応えを感じながら、今日もレースの未来を紡ぎ続けている。

海外への挑戦——日本のレースがつなぐ共感の輪

2024年、EUCHRONIAは経済産業省による「グローバルファッションIP創出プログラム」に採択された。文化服装学院時代の恩師の紹介をきっかけに応募したというこのプログラムは、ブランドにとって大きな転機となった。

「ブランドを続けていくためには、グローバル展開とサステナブルな視点が欠かせないと感じていました。まだ知識は十分ではなかったので、学びながら挑戦できる機会だと思ったんです」。

プログラムでは、機屋や生地メーカー、産地の専門家、海外PRのメンターなど、これまで接点のなかった人々との出会いがあった。ものづくりをビジネスとして持続させる仕組みを学びながら、他ブランドとの交流を通じて多様な価値観にも触れた。

「皆さんそれぞれ違う角度でサステナブルを捉えていて、たとえばあるブランドは職人技を継承すること自体をサステナブルな活動と考えていたり、別のブランドは素材の循環や廃棄を減らす仕組みづくりに取り組んでいたり。そうした多様な視点や考え方に刺激を受けました。海外PRを担当する方々との出会いもあり、視野が大きく広がりましたね」。

2025年9月にニューヨークで開催された展示会の様子

2025年9月には、ニューヨークの展示会に出展。初期にはパリとの2拠点展開を予定していたが、現地の情勢を踏まえてニューヨークに絞った。結果として、世界観の近いセレクトショップとの取引が決まり、日本国内でも新たな広がりを見せた。

「初シーズンで取引が決まったお店の中には、発信力が高く、私たちの世界観を丁寧に扱ってくれるところが多かったんです。日本のバイヤーさんが現地で見て、EUCHRONIAを知ってくださるケースもありました」。

さらに、個人的にアプローチした台湾のセレクトショップでは、実物を見ずに写真と商品説明だけで2店舗が新規取引に至り、文化的な感度や価値観の近さを感じたという。

2026 Croiser collection

「“日本のブランド”とあえて打ち出すより、まず“モノとして美しい”と感じてもらえることを大切にしています。結果的に、生産国が日本であることが信頼につながっている。レースのブランドで日本製というだけで、繊細さと品質の高さが伝わるんです」。

少しずつではあるが、アジアから欧米まで、世界各地でレース好きの輪が広がりつつある。EUCHRONIAは、こうした小さな共感の連鎖こそが、文化を超えてレースを未来へつなぐ力になると信じている。

「レースが好きな人って、どこか一箇所に集まっているわけではなく、世界中に点在していると思うんです。小さくてもいいから、各地にレースコミュニティができたら嬉しいですね」。

伝統と未来のあいだを紡いで──「クロワゼ」と「トルネ」

EUCHRONIAでは、年に2回の展示会を「クロワゼ(交差する)」と「トルネ(ひねる)」と名付けている。これは、レースづくりの基本動作 “croisé” と “tourné” に由来する。

「おばあちゃんたちが“クロワゼ、トルネ”と口にしながら手を動かしている姿が印象的で。私たちも年2回の展示を、美しいレースを織りあげるように繰り返し、ブランドを育てていけたらと思っています。」

季節のサイクルではなく、交差とひねりを繰り返すように、EUCHRONIAのものづくりも少しずつ形を変えながら進化を続けている。S/Sを「クロワゼ」、A/Wを「トルネ」と呼び、毎シーズン新たなレースの表現に挑戦している。

亡き祖母の人柄に敬意を込めた物語を創作し、それを基に作り上げたコレクション「Utopia on the mountaintop

今後の目標は、「レースの文化を未来へと手渡す循環」をつくること。

その第一歩として、ブランドを主軸に各地で小さなレースコミュニティを育てていきたいという。卸先でレース作りのイベントを開催し、その地域のレース好きが繋がれるような環境をつくる。同じ地域のレース工場の技術を活かしたオリジナルアイテムの販売なども行う。そうやって、その地域のレース技術とレースを愛する人々とをつないでいけたらと考えている。たとえ数人でも、その出会いが新しいものづくりの芽になると信じている。

また、産地との協働を通じて後継者不足や技術の継承にも向き合い、若い世代がレースに触れるきっかけを増やしていきたいという。こうした取り組みを通して、レースという文化が時代の中で息づき続ける仕組みをつくることが目標だ。

そしてもう一つの挑戦が、「記憶を閉じ込める服」の象徴ともいえるウェディングドレスづくり。一点物のレースドレスを、その人の物語や記憶ごとデザインする——ブランドの原点である“記憶とレースを結ぶ”という思想を、より個人的な形で実現していく。

「大切な瞬間に寄り添う服を、記憶ごとデザインしていきたい。その積み重ねが、レースの未来につながると信じています」。

交差し、ひねり、また交わる。
EUCHRONIAの服づくりは、その動作のように、伝統と未来を行き来しながら新しい時代を紡いでいく。


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ライター/エディター
藤井由香里
ファッションメディアのライター/エディター、アパレル業界での経験を経て、2022年に独立。現在は、ファッション、美容、カルチャー、サステナビリティを中心に執筆・編集を手がける。Webや紙媒体のコンテンツ制作に加え、広告制作、コピーライティング、翻訳編集など、多岐にわたるプロジェクトに携わる。

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