Contents
佐久間裕美子:ライター、アクティビスト。1996 年に渡米し、1998 年からニューヨーク在住。出版社、通信社などを経て 2003 年に独立。カルチャー、ファッション、政治、社会問題など幅広いジャンルで、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『Weの市民革命』『今日もよく生きた』、翻訳に『編むことは力』等多数。多様なメンバーが語りアクションするコレクティブSakumagを主宰。
はじめに:小さな革命を起こしている、現場の人たちと共に
このままでは地球がヤバい、人間が住めない場所になる、という厳しい見通しの報告書が、世界を震撼させた2018年~2020年。そしてパンデミックがやってきて、社会が急停止すると同時に社会全体が「それまでのあり方」を点検・自省したように思えたのも5年ほど前のこと。これ以上の気温の上昇を食い止めるために、また来たるべき世代のために環境を守るために、変革が始まろうとしているのだと思えた。
あれから5年。私たちが生きる世界はどれだけ進化したのだろうか。気温の上昇を食い止めることができていないことは言うまでもないが、持続可能性を高めることはできているのだろうか?
地球環境の未来を懸念する身としては、社会全体が気候危機を解決する方向を向いてほしいところだけれど、私たちは好む好まざるに関わらず、この資本主義の仕組みの中に生きていて、貨幣というものを作り続けなければ個人の生活はすぐに立ち行かなくなる。この仕組みの中で、利益を生み出すことよりも、環境や公益を優先することの難しさを実感している。
だからこそ、より持続的なあり方を目指して切磋琢磨する製造元やアパレル企業がある。資材の調達、モノの作り方、経営の考え方、人との付き合い方、いろいろな分野で、小さな革命を起こしている会社があり、現場の人たちがいる。
2020年に『Weの市民革命』という本を書いたとき、「We」という言葉の中に、自分たち消費者、企業とその内外にいる人たち、家族や子どもたちといったコミュニティの人々を想定した。ひとりの人間が、消費者であり、働く人であり、誰かの家族であり、コミュニティの一員であり、そういういろいろな顔を持つ人間の集積が社会なのだとイメージした。
あれから5年経った今、消費者でありオブザーバーである自分ができることを改めて考えた時に、現場の人たちと対話をし、それを共有することにあるのではないかと考えた。これからこの連載で、現場の挑戦や課題を浮き彫りにしながら、消費者の自分たちが学べることを掬い取っていきたいと考えている。
第一回はファッションの現場でジェンダーや人権についての発信をしながら、持続性アップに取り組むブランド「アーチ&ライン」(Shift C評価:良い)の代表取締役社長の小池直人さん、ディレクターの長尾麻友子さんに話を聞いた。
環境配慮のアイテムは全体の7割に。顧客の分母の設定がカギ

佐久間(以下S):環境に配慮した商品作りに向き合ってから5年ほど経っていかがですか?
小池(以下K):2030年までに100%環境負荷の低い素材で作るということを目標にしてるんですけれど、今は、7、8割ぐらいを行ったり来たりっていう感じです。
S:コスト計算の考え方自体を調整するとか、なかなかの大作業ではないかと想像するんですが。
K:ブランドとして10品番あったらすべて100%を環境配慮に振ろうっていうことはしてなくて、じゃあまずは3分の1からやってみようって感じだったんですけれど、どうしても足し算になっちゃうんで、お試し品番からやってみる。コスト計算すると元の1.5倍くらいになる、そうしたらこのやり方で3割やって残り7割は従来通りでやろう、と様子を見ながら、段階的に変えてきたという感じです。
S:環境負荷の小さい商品が、アーチのお客さんに付加価値になってるという手応えはありますか?
K:これまではぱっと見て可愛いもの、長く使えるもの、買いやすい価格帯が売れてきたんですが、背景までしっかりと理解してお買い物したい方も一定数いらっしゃって、シフトとともに前者はだんだん疎遠になっていくんですよね。一方、背景を知ってくれるファンは増えていくんですが、ただ逆転するほどの売り上げになるかっていうと、リテラシーがある方は必然的にお買い物の頻度が減るんで、分母が減った分を補えるかっていうと、そうはならない。そのジレンマはあります。
S:リテラシーがある人にいかに知ってもらうか、というコミュニケーションの課題もあると思うんですけど。
長尾(以下N):難しくは感じますね。買うか買わないかっていう選択を迫っているような感じがしてしまって、自分たちが自信もって作った洋服を案内しづらくなったというところは、個人的にはあります。リテラシーがある人は、自然と古着とかを選んでると思うので、なんならアーチを選んでくれなくてもよくて、今意識してない方にも選んでいただけるようになったらいいなと思うし、売り上げ的なところでも安定していくかなと思っています。
S:自分はファッションも好きだし、気候変動対策も望んでいますが、お金の計算をする立場ではないので、現場の人の苦しさみたいなのは理解がどうしても浅くなってしまうところがあって。どれくらいの規模感だったら、自分たちが生活できて、工場さんを犠牲にしないで、って難しいですよね。
K:(顧客の)分母を再設定しなければいけないんですが、今まで分母が12だったとしたら、こっち(環境配慮方向)に振ると8まで減るだろう、そうなった場合、年間の売り上げの足りない部分が絶対出てくるんで、今ちょうど移行期間というか、計算が合わなくなるんですよ。振り切ってしまった分揺り戻しも来てて。年間で100万ぐらいの利益が足りなくなるとしたら、新しいコンテンツを立ち上げようとか、新しいブランドを立ち上げるのかとか、そうではなくてセミナーのワークを入れてみようか、とかね。今、種を蒔いている最中です。

基準をクリアしていくのが徐々に楽しくなった「Bコープ」取得
S:Bコープの申請はどうでしたか?
K:メリットとしては従業員が少ないし、自分の判断で管理できるカテゴリーもあるんで、大きい企業さんに比べたら楽だったのかもしれないです。ただ1個ずつエビデンスを出していく準備期間に1年間くらいは必要でしたね。1個1個クリアする感じとか、80点取れたら合格できるということが見えてからは、ゲームみたいだなって楽しくなりました。
うちのスコアは85.1点だったんですが、うちはガバナンスが日本の基準からすると低いんですよ。たとえば決算書を一般に公開してますか?という質問があるんですけど、公開してません、と。ワーカーズの項目は学び代を出していること、どんなに赤字でもボーナス出すと決めていること、そういった福利厚生が加点されます。コミュニティー部門は東京都内や渋谷区で何ができてるかなんですが、そこはあんまりできてなくて、平均以下なんです。けれど環境部門をみると、認証が取れている糸の比率が高い、ゴミの分別をやっている、再エネを使ってる、古着を回収してリサイクルしている、お直し対応をしているということが評価されるので、全体的に部門によって角度が変わる変形五角形になりました。従業員のダイバーシティも入ってくるんですが、ダイバーシティも何もない人数の会社なので。
S:逆に何かくじけそうになった瞬間はなかったですか?
K:エビデンスを揃えてる時は大変でしたね。実際申請が始まってからは、面接もあるんですが、結局、人対人なんで、そのたびにクイックに答える感じのラリーになって。時差もあるし、データの準備もアップアップでそこはきつかったです。でもコンサルタントなどは入れずに取りました。そこはチャットGPTを使わせてもらって、自分の書いた日本語を海外用にしてもらいました。それがなかったら取れなかったかもというのが本音ですね。達成感はありましたよ。
S:長尾さんはどうでした?
N:私はびっくりしましたけどね。自分が自分に立てている課題というか、理想に全然近づけてないと思ったので、まさかというところがありました。実際取ってからは、関心を持ってもらえることが増えたし、まず私たちへのまなざしが全然変わったというところがあります。今まで喋ってもカットインされてたけど、しゃべれる時間が増えたというか。主に対ビジネスなんですけど。
S:ホールセールの場合、小売のパートナーの利益も乗せないといけないじゃないですか。
K:ずっと20年ぐらいホールセールでやってきてたんで、それが染みついてるんですよね。逆にメリットもあって、経営的な視点でいくと、出荷したら金額に変わるんで、在庫を売っていかなければいけないというプレッシャーは減りますから、利益率は低いけど、そういう商売だなと思っています。
S:こういうやり方をしていて、嫌な目に遭うこともありますか?
N:2年前ぐらいだったかな、とある選挙で私が初めて議員さんの選挙の応援に行って、意義があるなと思ったので、それをSNSにアップしたんですよ。特定の推し政党はない、ということが前提だったんですね。それが理由で、うちの考えと違うのでという理由で、お取引がなくなったんです。
K:自分も、親から社会に出たら、絶対に政治の話はするななんて言われて育てられてて、というのも、うちの親父も社会に出た時に政治の話をしたら、仕事がなくなったらしいんです。長尾さんが政治の話をしたことが理由に、取引がなくなったわけですが、それっていまも時代は変わってないんだなって逆におもしろいと思ったし、それがいいと思ったんですよ。企業アカウントで尖がってる存在って、あんまりいないじゃないですか。叩かれることもあるだろうし、それは大変かもしれないけど、逆にそれをいいって思って寄り添えると思える人も生まれると思うし、どこかの企業がそれをスタートしないと、日本全体が変わらなかったりするじゃないですか。吹けば飛ぶような売り上げだけど、どうにかなるじゃんと思ってるし、(なので長尾さんには)お好きにどうぞって。
N:私はへこみました。社長と私は従業員の立場なんで、自分でやってみてほしいとも思いますけどね。私は売上が潤沢ならいいですけど、この規模で一社なくなるということに、申し訳なかったなって思いましたから。
S:逆にそういうことをやってる人たちとつながりになるといいですね。
K:今のところ、特定の政党を推すのはやめたほうがいいかもねとは話してるんですけど、自分たちが理想とすることや、ジェンダーとか課題について書くのはいいと思っています。
N:Bコープを取ったときに、「認証ビジネスっていうのが流行ってるらしいですね」みたいな言い方をされたりもしましたね。認証ビジネスに騙されないように気をつけてね、というか。実際、カーボンフットプリントを計算してもらうのに、一品目あたり何十万かかったりしてしまうこともあるんですが。
K:そこもやり方次第なんじゃないかなと思うんですよね。今、過渡期だけれど、いろんな作り方のルールが決まってくれば、絶対に安くできるようになると思うんです。

経済性のあるサステナファッションの新しいルールとは?
S:今アメリカにいると、トランプによる環境保全や持続性向上へのバックラッシュが起きていて多くの企業が若干トーンダウンしてしまって。ただ、たとえば再生繊維や糸の現場の人に話を聞くと、ようやく大企業にも再生素材の導入が浸透してきたと教えてくれる人もいるし、とはいえ、大量生産は相変わらずだし、ファッション業界、何を反省したの?という意見もあって、そのあたりの感触はどうですか?
K:浸透してきたかなと思う一方、悲しいかな、表面的なんですよね。口ではみんなそっちがいいよねって言い始めている。だた最終のコストを見た時に、圧倒的に安い方を選ぶんですよ。ただ、サステナビリティに本気で突っ込む勇気を持つタイミングは人や企業によって違うし、そういう人たちがたまにいらっしゃるので、ゼロではないですよね。10%かもしれないけど、トライしてみたいっていうのであれば、自分たちもそこを応援したいし、裏方でも絡もうとしてるんですけど。
S:トレンドとして興味はあるが、実際のコスト計算見たときにひるむみたいな話は、何が起きたら変わることができるんでしょうかね?
K:そうですね、企業にCSR部みたいな部署があるじゃないですか。そこから改善していきましょうという旗は振られてるけど、それをプロダクトに落とす時にコスト面で折り合えないって。
S:経産省が配ったバッチをつけて、それで満足しちゃうみたいなことですよね。
K:まったく一緒ですよね。現場は結局前年比の利益ベースで動くんで、そういうのを一度ぶっ壊わすような人が必要ですよね。
S:これまでのコスト計算式で考えようとすると、最終価格が絶対上がってしまうわけですよね。
K:そういうのもみんな気づき始めてるかなと思ってて、ゆっくり丁寧に作る、リサイクルしやすい素材で作る、リペアしやすいデザインにしておくとか、新しいルールがあると思うんですよ。環境配慮素材を使わなければいけないという縛り自体がおかしいんじゃないかというところもありつつ、高級素材を使ったまま、いいものを少なく丁寧に作りましょうという文脈もありだと思うんですよ。だからあんまりがんじがらめになりすぎず、キャッチーにオーガニックでいくもの、リサイクル素材を使うもの、プロダクトとして完成度の高い百年もちますみたいなもの、と、そういうふうに分けていくことで、いいことやってるんですよって言えると思うんですよ。
N:最近、お話しさせてもらう機会や若い子との出会いが増えて思うのは、関心を持ってきている人は多いんですけど、みんな完璧にできないことについて悩んでる。でも、完璧は無理なんです。完璧といったら、自給自足にするとか、さらしの白いTシャツしか作らないとかになってしまう。私個人としては、継続することに意味があると思ってるので。物を作るのなら1品番からでも全然いいと思うし、個人がプライベートでやるアクションだとしたら、再エネにだけ変えて、あとは普通、今まで通りの生活でも別に極端な話いいと思うんですよ。週一お肉を食べないとかでもいいし。このゼロか100かみたいなのって、日本人特有かもしれません。一回でもペットボトル使ったらサステナな話題を発信できないとか、自分が苦しくなっちゃうと思うんですよね。
K:Bコープが、完璧というわけでもないし、いろいろと考えるところはあると思うんですけれど……環境配慮や人権に対して方向性を示してくれるのでそれは役に立っています。
S:リペアやリサイクルは、ビジネスとして成り立つ分野になってますか?
K:規模をどれぐらいにするかによりますが、難しいですねえ。リペア単独でやってる人たちで、うまくグループを作ったり、いろんなスポンサーがついてなんとか成り立たせられるかどうかですよね。大手はサービスとして捉えなきゃいけないんで、付加価値として手間賃を考えるとバランス的には難しいかもしれないですよね。
ただ、それだけではあんまり変わらないし、言い訳になってしまう可能性があるので、素材や背景についての情報発信も含めて、グラデーションになっていないとの説得力はないと思うんです。
S:「ずっと使える商品」ということが、他の対策をしないことの言い訳になってしまうことはよくありますよね。何度か着たらダメになるような商品が出てきてしまったことで、長く使える、ということが付加価値のようになってしまう。
K:ずっと使えるという文脈でいくのなら、リサイクルされやすい繊維で作る、その組み立て方、そして最後、どうやってもう一回繊維に戻せるか、というところまで把握した上でのプロダクト開発はOKだと思うので、それまでは付け加えてほしいかなと思います。
N:焼却直行にならないものを考えたいんですけど、その点についてはまだ知識が浸透していない気がします。混紡の繊維が現状ではほぼリサイクルできないこととか。

K:今、ゴミの学校さんと知り合って仕事をすることになって、(徳島県の)上勝町のコットンTシャツを回収して、そこからもう一回Tシャツを作ることをやってみてるんです。ゴミの分別場で分け方を知ってからデザインの方向性も変わってきました。町民のみなさんから15キロぐらいのコットン繊維だけを回収して、それを綿に砕いて反毛して、それでもまだかさが足りなかったんで、うちのTシャツ屋さんの裁断くずと、トワルチェック(シルエット確認のための試作)の生地の残りと、それにトルコのオーガニックコットンを入れてTシャツに戻すということをやってみてるんです。Tシャツの紡績に使う糸を作るためにミニマムでいける量をかさましして、そういういろいろコントロールしていくと、ああ、なるほどとなっていくんです。
S:大変なプロセスですね。これでTシャツはいくらくらいになりますか?
K:1万1000円ですね。
N:生地屋さんにとっても初めての試みですよね。
K:洋服から洋服への水平リサイクルって1%しかないんです。でもちょっとした工夫で絶対できるんです。自治体でコットンの回収日を決めてもらえば、地上原料になるんですよ。
S:どういう工場で作るんですか?
N:(ゴミの学校の)寺井さん経由でつないでもらったんですが、新内外綿というところで、日本だと小ロットで半紡してくれる有名なところです。かなり小ロットでやれたんです。
S:それでTシャツ何枚ぐらいになったんですか?
N:40枚弱ですね。
S:すごいですね。
K:ラボになっていますね。卸のブランドの上代の山が決まってるんで、それ以上は飛び出せませんが、タイムレスでエイジレスでジェンダーレスのブランドとして、そこにBコープ的な視点、環境の配慮というところでクリエイティブが出せる場所ってあると思っていて、他の企業とのコラボとか、ボディーの提供なんかの可能性を考えたいです。組み立てのノウハウは一緒に作るんで、デザインを考えてもらったり、グラフィックを入れてもらったりできればと思っています。
