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ファッション|2025.09.25

障害のあるアーティストと小山田圭吾がコラボ。「人を信じるプロジェクト」はなぜ生まれたのか? ヘラルボニーの原点、盛岡で聞く

「小山田圭吾様。ヘラルボニーと一緒に曲を作ってくれませんか?」  そんな一通の手紙から始まったCornelius小山田圭吾とヘラルボニーのコラボ楽曲「Glow Within」。音楽ファン、アートファンをはじめ私たちを驚かせ、そして心を震わせたこの企画は、いかにして生まれたのか? 思いを聞くために盛岡のISAI PARKに松田文登さんを訪ねた。

原稿:平井有太

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松田 文登
障害がある4つ上の兄が幼少期に繰り返しノートに書き記した言葉を由来に、双子の弟と株式会社ヘラルボニーを創業。「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、障害のある作家が描く2,000点以上のアート作品を知的財産として管理し、正当なロイヤリティを支払うことで持続可能なビジネスモデルを構築。自社ブランド「HERALBONY」の運営をはじめ、国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」の主催など、多角的な事業を展開している。

小山田圭吾
1990年代にフリッパーズ・ギターで活動した後、ソロユニット「Cornelius」としてデビュー。ポップスを基盤にしながら、テクノや実験的サウンドを取り入れた独自の音楽性で国内外から注目を集める。

「Glow Within=内面からの輝き」が集う場所へ

Shift Cは、盛岡市のISAI PARKで開催中の「Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-」に足を運んだ。この夏、まず銀座で開催された同展示が、ヘラルボニー本社のお膝元で9/26まで開催されていると知り、急いで滑り込んだのだ。

Corneliusこと小山田圭吾さんにまつわる、東京オリンピック時の炎上が記憶に残っている方もいるだろうか。同事象には、日本社会における障害のある方のプレゼンス、いじめ、キャンセルカルチャーなど、様々な問いが凝縮されていた。

ヘラルボニーには、障害のある作家たちが習慣的に一定の行動を繰り返すことでどうしても出してしまう「音」を作品化した「ROUTINE RECORDS(ルーティンレコーズ)」という音楽レーベルがあり、その最新作で小山田さんとのコラボによって「Glow Within」をリリースしている。

岩手県出身と言えば、大谷翔平選手の活躍は説明不要。盛岡は2023年、NYタイムズが選ぶ「行くべき52ヶ所」2位にランクインし、底知れぬスケールが漂う。ヘラルボニーはLVMHやカンヌでの受賞をはじめ、アートを通じて障害のある方と社会の関係を刷新し続けながら、彼の地で何を考えているのか。

ISAI PARKが位置するのは街の老舗百貨店パルクアベニュー・カワトク1階の路面。インタビュー最中、すぐ脇をヘラルボニー契約作家のアートでラッピングされたバスも通った。盛岡城跡すぐ脇にはアートで彩られた給水栓があり、ホテルマザリウムの各所は作家の作品がかけられ、ホテルの魅力と共に輝いていた。

障害のある方はもちろん、地域と共に”内面からの輝き”(Glow Within)を強くするヘラルボニー。代表である双子の兄・文登さんにお話を伺った。

岩手県、盛岡の老舗百貨店パルクアベニュー・カワトク1階にある「ISAI PARK」。ここで、小山田さんとのコラボ楽曲「Glow Wothin」が誕生するまでの背景を紹介した「Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-」の展示が開催に。

“反復”によって結ばれた音と音。これは「人が人を信じる」ためのプロジェクト

ーまずはコラボの発端から聞きたいのですが。

文登 これまで小山田さんの作品に触れてきて、本当に「天才だな」と思います。

ーもしかしたら小山田さんにしてみても「ルーティン」という言葉にピンときたり、それこそハウスやテクノなど打ち込みの音楽は総じて”反復”が基本にあります。だからこそ、作家さんの作業を見ていて、ご自分も「似たようなことやってる」と思ったのではないでしょうか。 

文登 たしかに、そこに対して近いところを感じたのかな、というのは思いますね。

ーあらゆる人と共演されていますし、本当に才能がおありだなと、僕らはそう思いがちですが、小山田さん目線からすると「この人たちも一緒だ」と感じられたのかもしれない、という。 

文登 そこに対しての「差異はない」というか、その部分はすごく感じてらっしゃると思います。 彼らの、ずっと出し続けちゃう音、今回の取り組みにおける「描いてる音」「言ってしまうこと」とか、そういったものと実は近しいものを感じられたでしょうし、小山田さん自身、ずっと「やり続けていることが非常に近い」というのはおっしゃっていました。 

ー今回の企画は、いつ頃から頭にあったイメージなのですか。

文登 一番最初は、2022年に21世紀美術館で展示をやった時、ハーケンという会社の代表の、木本梨絵さんという方がいたんです。木本さんが「こんな企画があったら面白いんじゃないか」と言ってくれて、そこで提案してくれたのがルーティンレコーズでした。 

ーヘラルボニーなら、アートだけじゃなくて音楽もやれるという。

文登 そうです。

 私としてもやっぱり、兄がずっと言っちゃう言葉、好きで言い続けている言葉を思い出して、たしかに、ああいう本人たちが嫌な情動行動じゃなくて「どうしてもやってしまう」「なんか好きでやり続けちゃう」みたいな、そういう行動を圧倒的に肯定していくことができるのかもしれないと。

 そうすると親御さんなど、障害のある当事者と一緒に外を歩いていく時にそういう行動が現れると、すごくこう、奇異的な目線にさらされる瞬間が多くて「外に行きづらかった」みたいな人たちが存在しています。

 それを私たちは、あえて「ルーティナー」と名付けました。すると、そんな「ルーティナーがいる」と思えば、気持ちの負担が軽くなるし、むしろバスや電車で、彼らがそういう情動行動をしていたとして、それが肯定されていく。

 つまり、そういう意識を変えさせれば、見え方が変わっていく。ですので「かけるメガネの色を変えていく」ということにチャレンジするのが、ルーティンレコーズだったのです。 

ーそれが実際にできて、どれくらい経ちますか?

文登 そんなに活動してるわけではありませんが、2022年のスタートから3年が経ちます。 

 前提にあるのは、彼らのことを「肯定する」ことだと思っています。今回の小山田さんのオリンピックでの部分も、小山田さん自身の過去のいじめを、何て言うんでしょう、「許せ」ということではなくて。

 それよりも「人は変われるんだ」とか、「そんなに、ずっと誠実、謙虚にやり続けている人間って、果たしてこの世の中に存在している?」と問われた時に、結構「そうではないんじゃないか?」と思うこともあって。

 つまり人それぞれのタイミングが、人生においていろいろ存在しているからこそ、そういった障害のある当事者がずっとやり続けてしまう行動も、否定的に見られる瞬間が非常に多いわけです。

 だから小山田さんについても、許されることではもちろんないんだけれど、人というものは人生の中で変わっていって、今、こうしてまたチャレンジを続けられる。そういうことを、ちゃんと今回「掛け合わせたい」というのは、一つ軸として思っていました。

 「Glow Within」は、そういった「人を信じる」というか、「人が人の意識を信じていく」という姿勢に投げかけているプロジェクトだと思っています。 

ヘラルボニー共同代表であり、岩手・盛岡を拠点にする松田文澄さん。

「本気で考えた末の、真ん中があるのではないか?」。社会に問いを投げかける会社でありたい

ーまったく小山田さんを知らない一般の方が、オリンピックのときの印象だけで見た場合、「ミュージシャンとかクリエイターってろくなのがいない」と思う方もいるかもしれない。一方で、フリッパーズギター時代から小山田さんのクリエーションの進化を見てきている層は、いろいろ意見があっても、少なくとも今は「そんな人ではないかも」と考えることができるでしょう。
御社においても「これをやります」と言った時に、賛否があったとのことですが。

文登 私たちヘラルボニーは、あくまで「社会に対して問いを投げかけていく会社」と思っています。そういった社会における賛否も含めてアート、つまり表現であると。やはり今回も、「それそのものなんじゃないか」という風に考えています。

 例えばナイキは、BLM運動の中で国歌斉唱の際に立ち上がらず、トランプ政権に批判的な態度を示した黒人のアメフト選手、コリン・キャパニックを広告塔に起用しました。そのタイミングで実際に大炎上しました。

 最初はナイキの不買運動が起きて、もう「ナイキなんて着ない」「ジョーダンも履かない」 みたいな人たちがたくさん出てきて、白人はどんどん株を売るみたいな状態だったのが、結果、そこから黒人が逆に盛り上げ、以降は今までの最高収益、最高株価みたいに変わっていったことがありました。

 つまり、むしろ彼らを肯定していくことが、一つの「差別主義をしないよ」というメッセージになっていくことだと思っていて。全然規模は違うけれども、ナイキクラスがそういったことを選択しているわけです。

 ウチのような100人にも満たない会社が、まわりの人がどうこうじゃなく、自分たちにできる選択を考えていった時に、ウチはちゃんと「表現を徹底してやり続けていくこと」をすごく大切にしたい、それは双子として思っています。ですので、そういう意見広告とか、自分たちがそう思った行動は、ちゃんと筋が通っている限りやり続けていきたいんです。 

コラボ楽曲「Glow Within」には13人の障害をもつアーティストが参加。彼らの日常を捉えた4時間に及ぶ映像・音源をもとに、小山田圭吾さんが5分弱の楽曲に仕上げた。

ー「問いを投げかける会社」というのは、当初からのコンセプトですか。

文登 でも、実際はそこまで、あんまり考えていなかったかもしれません。シンプルに「そっちの方がいいじゃん」って思ってる感じです。

ーどこかで、何かをきっかけに「その姿勢がいい」となったんでしょうか。または、何かの拍子で「オレたち、いつも問いを投げかけてるな」と気づかれたのか。

文登 たしかに(笑)。

 でも「株式会社でやってる」という、ヘラルボニーという株式会社があること自体が、そもそもの非営利の波に私たちが現れたことによって、一石が入って、水が波動されていくような感じはあったと思います。

 それすらが、そもそも果たして、福祉の本当にど真ん中にいる人たちからしたら「ベストなのか?」という、そういう議論になりがちなものだと思っています。

ー障害のある方のアートを扱うのに株式なのか、金を稼ぐ気かという声でしょうか。

文登 100人いて100人が賛同する会社ではないですし、じゃあ「その割合をめっちゃ増やしたいか」というと、意外とまあ、そうでもないのかなと。ただ、「自分たちの信じる道をちゃんと突き進みたい」というのは、思っていますね。 

ー「信じる道」という定義は、やはりお2人、文登さんと崇弥さんで整えていくのでしょうか。

文登 それはありますね。

ーぶつかることもありますか。

文登 あります、あります。

 今朝も経営会議でぶつかっていました。そこは戦いながら、ここは「こう思う」「こう思う」って、最終的には情熱でやる方が勝つみたいな、、本気で思ってる方が、最後は「いや、やる」って。

ーでも、当然お2人が「これ絶対やろう」という案件は、強く進むわけですよね。

文登 はい。そして小山田さんとの企画は、「もう絶対やろう」って、お互いに、双子で。

ーどちらが思いついたとかでもない?

文登 一番最初はたぶん、自分が「小山田さんのはやろう」と言い出したんだと思います。それで連絡して、崇弥の方が字が上手いから、手紙は崇弥が書いて(笑)。

ーこの内容は手書きの手紙だろうと。

文登 でも21世紀美術館でルーティンレコーズをやった時点で、実はもう小山田さんはオリンピックで炎上されていました。それでその時、レーベルができた瞬間から「これ、小山田さんとやりたい」とは言っていました。 

 「やりたい」というのは、ちゃんと社会に対してそれを伝えていきたい。ただ「面白おかしい」じゃなくて、本当に一つ「人を信じていく」ということに軸を置いたプロジェクトをつくりたいと思ったというのがありました。 

ーやってみて、批判もきましたか。

文登 多少はきましたが、思ったほどではなかったです。もっとやばいと思っていました。やっぱり、たぶん最初にnoteが前段にあったので、それを見た上で、もしかすると音楽だけ聴いた人とか、障害のある方云々だけで見た人だったら、表面的な批判になっちゃいがちだと思うんです。

 でもnoteがあって、それを見て、どういう経緯でなぜこのプロジェクトをやっているのかということを理解するフェーズがあると、SNS上では、賞賛95%批判5%ぐらいだったかと思います。 

ーある意味で社会問題を、アートを通じて称賛に変える力が、もう御社に備わってきているということではないですか。

文登 そんなことはまったくないんですが、どちらかと言うと、ヘラルボニーとして、社会において障害そのものも含めて「社会モデルとして捉えている」ことが多かったりします。

 ですので「障害だからどうこう」というよりは、社会が「どうアジャストして変わっていくのか」みたいなところ。そして、そう考えると、今のシステムそのものも「社会側がどう変わっていくか」ということへの興味の方が、非常に強いかなと思います。

 今の時代はやはり、白か黒かはっきりしていた方が、おのずと意見も強くなるし、曖昧さが許されない。別に曖昧で、一生懸命考えていっても6、7割のところで答えが出なかったとしても、それは知的惰性なものではないんです。

 つまり、それよりも、「本気で考えた結果としての真ん中が存在しているかもしれない」ということ。

 でも同時に、それがあることによって、昨今「分断」と呼ばれるものを比較的「緩やかにしていることもあるんじゃないか」という風に思っています。

 今って実は、過激な人たちの意見だけが取り上げられやすいから、それらが大きく見えているだけ。つまり、そういう虚像が存在しているんだと思うんです。それがすべてのものに今、現象として存在しているんだろうなと、すごく思います。

 「移民政策がどうこう」とか、どうしても過激なものの方がわかりやすく、取り上げられやすい。でも、本当に多数派の意見を考えた時に「どうなんだろう」というところの、比較的、そのどちらの気持ちもわかる人たちの”気持ちの戦い”なんじゃないかなというのは思います。 

 どうしても、100か0に振り切った方がわかりやすいんですね。 

ー社会の立て付けとしてそうなってきているけれど、一皮めくってちょっと深掘りしていくと、実はみんなもっと曖昧なまま存在している。

文登 そうだと思います。私自身もそういう瞬間がたくさんありますし、移民問題も絶対すべて肯定かって言われると、たしかに、それは日本のルールとかマナーとか、そういったものにリスペクトのある人たちだったらウェルカムだけれども、まったくノンリスペクトで「自分の文化でやっていくぞ」みたいな人たちだと、「それは違うよな」と思う。

 それって実は「どっちの気持ちもわかる」「どっちの曖昧さもある」みたいなことの共存だと思っています。ですから、意外とそこが「今の時代の大事な部分なんだろうな」と思うんです。

 でも、そういうコメントをしてもXは伸びない(笑)。

ー何らかを跳ねさせるには、白黒明確で炎上覚悟の強い言葉が必要。

文登 強い言葉で強くいる方が、非常に盛り上がる。

ー実態と見えるところが乖離している状況は、危うい気がします。

文登 本当にそう思います。

「ISAI PARK」での「Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-」展示風景。

地元の百貨店の一角で、街の風景として「じわっと」浸透していくために

ーこのISAI PARKは、できてまだそこまで時間が経っていないんですね。

文登 今年の3月29日にオープンしたので、まだ4、5ヶ月ぐらいです。

ー一般論ですが、白黒とか保守的な姿勢となると、たぶん都市部の方が分母が大きくて多様な方々がいて、地方ではどうしても保守層が強くなりがちで、新しいものが受け入れられにくい傾向があるように思えます。

文登 そう思います。

 この前、毎日新聞さんの記事で「秋田の価値観とか概念というものは、都心の20年遅れてる」みたいな記事がありました。例えば「女性は家にいるべきだ」という議論がまだ相当根強かったりだとか、地方に行けば行くほど、そういうのは傾向としてあるんだろうなということは思っています。

 その時に、ヘラルボニーが今、岩手でやっている目的を考えた時に、やっぱりビジネスがまったく目的ではない。あくまで、その「兄が住みやすい社会とか、豊かな場所をつくっていく」ということが目的であり、本当の意味で、価値観や概念を変えやすいとか、一番多様な人たちがいる街になるって考えると、実はすごい不合理な地域、街なんじゃないかと思います。

 その、もっと多様な価値観を受け入れる街はたくさん存在しているけれども、理由として、やっぱり「兄が存在している」ということが大きな一つに間違いなくなっています。

ーもっと居心地のいい場所を探せば他があるけれども、シンプルに”地元”だからこそ、やるべき理由やモチベーションが生まれる。

文登 一番に変えたいと思う街というよりは、もちろん無理やり変える必要はないわけで、「じわっ」と浸透していくみたいな。そこに「じわっと”いる”」みたいな状態になっていく街、「浸透していく」みたいなイメージでいいと思っています。 

ーその「じわっ」という表現がとても伝わってくるというか、「常にそこにいる」というか、アメーバが徐々に侵食していく感じと言いますか。

文登 すごく意識するのは、やっぱり「地方でやる」点において、文化へのリスペクトを示すとか、「私はこういうことを大切にします」と言い続けるみたいな、それこそ返報性の法則じゃないですが「この場所のかたちを大切にしてもらえる人がいい」と、皆さんが思いやすいんじゃないかって。

 まあ、シンプルに「好きだ」という事実もあるんですが。 

ー岩手県としては、もちろん最近では大谷(翔平)選手もいながら、世界に向けて、ここに「ヘラルボニーがいる」ということで、喜ばれるんじゃないでしょうか。

文登 昨日もお祭りの時、やっぱり色々な人に会うんですが、お祭りの山車を引いてる人たちから、何度も「ヘラルボニー知ってる」って言われて、今回は特に「浸透してるな」と思いました。

ー知らない人からも?

文登 はい、知らない人からも。

 今朝も息子が山車を引いていて、そうしたらエコバッグ持ったおばちゃんたちが来てくれて。「応援してます」「ありがとう。ウチの子どもなんです」みたいな、そういうのが何回か。それを息子が嫌がって「紹介するな」みたいなシーンが結構ありました(笑)。 

 そういった比較的応援してくれている人たちが、お祭りみたいな場所だと声をかけやすくて、出会えるので、嬉しいです。

ーそれにしても今日実際ISAI PARKに来るまで、こんなに地元密着型で、パルクアベニュー・カワトクさんというのは街一番の百貨店で、その路面のこんな場所でというのはイメージできていませんでした。

文登 ありがとうございます。ありがたい限りで、土日になると、県外のお客さんも本当にたくさん来てくれます。

 ここを目的に来てくれるお客さん、めちゃくちゃ多くて、障害のある息子さん、娘さんを育てる親御さんとか、この前も特別支援学校の先生がわざわざ四国から「来てみたかったんです」という、それが一つの景色になってきているというのはあります。

 コンセプトとしても、ここでまず多様な価値観、いろいろなものに触れて、そこから百貨店のいろいろなお店に行く。「多様な感性が、ここから開いていく」みたいなものを打ち出しています。毎月アートも、街の景色も変わっていくことが大切だと思っているので、それもすごく嬉しいことです。 

 特に休日は人がワーッと来るので、そこは何て言うんでしょう、本当に「観光資源の一つになった」という感じがします。 ただ、まだはじまって約5ヶ月なので、これが本当に2、3、5年、10年とここに残り続けた時に、本当に地元の大切な一つになれたらいいと思います。

ー肌感覚で、この状況は、ある意味で構想通りなのか、「まだまだまだまだ足りないぞ」なのか「オレたち、思ったよりも受け入れられたな」なのか。

文登 まだまだのところはたくさんあると思っています。

ーとはいえ、カンヌなりLVMHなり、受賞も続けてこられている。

文登 それは本当に、ありがたい限りです。 

 とはいえ、本当に本心から、別に岩手の人がヘラルボニーを買う必要はないっていうのが、正直思っているところとしてあります。

 どちらかと言えば、精神性として近い場所にいる状態がいいと思っていて。もちろんファンの人はファンでいてくれていいんです。でも、ここにヘラルボニーがあることが「誇らしい」と思えるとか、ヘラルボニーがあることで、何らかこう「障害のある方たちに対しての意識が変わっている」「アートがあることで、実は豊かになれている」と感じてくれればいい。

 「岩手って何があるの?」と聞かれた時に、自信を持って言えるものの一つになれたら、それは一番嬉しいことだと思っています。そう言ってくれる人が最近増えてきている実感はあるので、そこはシンプルに嬉しい。

盛岡市内にあるヘラルボニー契約作家のアートで彩った給水栓

音楽が広げる掛け合わせの場──スポーツや発電所まで可能性は無限

ー松田代表は、ご兄弟で音楽がお好きです。ストリートミュージックで著名な、Jazzy Sportsというレーベルの方が、岩手では音楽カルチャーに合わせたボルダリングのジムをやっていて、そこからもうオリンピアンを2人輩出されているという話を聞きました。

文登 そうなんです。そのジムのチョクさんがここでよくDJもしてくれて、ここにはできたら土曜日に来てもらえると、より面白いのかもしれません。土曜はよくここでイベントをやっていて、本当に全然景色の違う人たちが集まります。

 ここはそういう、いろいろな人たちの”かけ合わせの場”になっていて、でも最終で夜10時までしかやれません。マックスがその時間で、それにしてもパルクアベニュー・カワトクさんもよくやらせてくれています。ウチだけが7時以降、土曜開催のイベントがあるんです。

ーここでのイベントは、外からの見栄えもよく、通行人の方々も「何やってるの?」となりそうです。

文登 景色がすごく良くて、とてもいい感じに広がってきています。ここから地域のクラブにそのまま流れて行くみたいな、夜10時に終わってそのまま他のドアに行く人たちが多くいます。

ー横にもいい感じに広り、繋がっている。

文登 ありがたい限りで、地域においてはいろいろな人たちと連動しながらという感じです。

 実際にチョクさんがレコードを回してくれて、そういう広がり方、繋がり方が面白いなと思っています。趣味の延長みたいになっていますが(笑)。

ー”音楽”という繋がりですと、みんな電力では「いとうせいこう発電所」も運営しています。そこを考えると、「ヘラルボニー発電所」ということも頭に浮かんできます。

文登 以前拝見したのは、すべてに関してトレーサビリティがとれるのがみんな電力さんで、誰がどの電気を使っているかを可視化されていて、すごいなと思いました。

 ということは、その電気を使うと、電気代が作家さんや福祉にまわるとか、そういうことができるんだなと。

ー例えば岩手県内にヘラルボニー発電所ができて、それをファンの皆さんが使うことはすぐイメージできます。またはもっとシンプルに、銀座のお店がいとうせいこう発電所の電気で、いろいろなものが動いているのも素敵です。

文登 たしかに、それは面白い(笑)。どうせならそういう電気にしたいというのは、事実そうですので、電気についてはまた改めて相談させてください。

松田文登さん。後ろに展示されているのは、4歳上のお兄さんが「ヘラルボニー」という言葉を書き綴った事業の原点となるノート。

ー最後に、この「Glow Within」には、特にオススメの作品や、見るべきポイントはありますか。

文登 いろいろありますが、小山田さんがるんびにい美術館(岩手県花巻市の美術館。障害のあるアーティストの作品を展示しアトリエも併設)に来てくださった時は、ちゃんと「こういう音楽をやっています」ということを伝えてくれて、作家さんたちとも自然に握手してくれて、まったく「小山田圭吾が来ました」という感じはありませんでした。

 作家さんて本当に、誰が来ても関係ないので、そういう日常がそこに存在していました。小山田さん自身も、もしかしたら緊張していたかもしれないし、施設に行って「どう思われるんだろう」とか、いろいろな感情の中足を運んでくださって。

 そういうフラットな、「これこそが本当に自由である」というか、つくられたものではない豊かさがそこに存在していたので、それは印象深かったかもしれません。

ーへラルボニーの契約作家は、これからも増えていくんでしょうか。

文登 アーティストは、世界の作家さん含めて増えてきています。今はそちら側で、各地の福祉施設との連携が増えつつあり、ヨーロッパでの動きが多くなってきています。

ー盛岡発、日本全国、そして世界ですね。

文登 そうですね。そして世界の作家さんのことをこちらで紹介できて、岩手では世界の先端が見れるようなことを、将来的にしていけたら嬉しいと思っています。

ーそれを見ながら、地元の方々が「オレのとこ、ヘラルボニーあるから」と言えるように。

文登 はい(笑)。 そういうノリにしていけたらいいなぁと思います。

『Glow Within -Corneliusと13人の作家の声-』

■期間:~ 9月26日 (金) ※パルクアベニュー・カワトク休館日に準じて休館
■場所:HERALBONY ISAI PARK(岩手県盛岡市菜園1丁目10-1 パルクアベニュー・カワトク 1階)
https://isaipark.heralbony.com/news/glow-within-cornelius/

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アーティスト/みんなのデータサイト顧問/UPDATER並走者
平井有太
1975年東京生、School of Visual Arts卒。96~01年NY在住、2012~15年福島市在住。単著/個展『ビオクラシー』(SEEDS出版、2016/高円寺Garter、2016)、グループ展「Legacy3.11」(伊ミラノ Fabbrica del Vapore、2024)ほか。2025年2月には故・康芳夫を偲ぶ会の企画運営を務める。

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