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サステナビリティの実験場として誕生した農園
「アーティストが環境再生型農業を立ち上げ、生産されたすべての食料は寄付。アートや、ファッションブランドとのアップサイクル・プロジェクトなどを通じて、人々の社会や環境問題への関心を高める。個人や企業などを巻き込み、長期的なパートナーシップにより運営資金や寄付金を確保する。」
そんなユニークな取り組みを行っている団体をご存じだろうか?

「Sky high farm(スカイ・ハイ・ファーム)」は、まさにそのような唯一無二の方法で、ゆがんだ社会の仕組みから生じる食の不平等や、気候変動を引き起こしている農業・産業の在り方を再構築しようとしている非営利団体である。彼らは、ニューヨーク州ハドソンバレーに560エーカー(約226ヘクタール)の新たな農地を取得した。この場所は、アート、教育、食の正義、環境保全など、多様な活動を展開するための「シンクタンク(実験場)」として機能する予定である。
そして、この新たな章の幕開けとして、初のアート・ビエンナーレ展「Trees Never End and Houses Never End(木々は終わらず、家々も終わらない)」を、2025年6月28日にローンチし、今秋まで開催する。

私たちは未来に何を残し現在に何を置いていくべきか?
ニューヨーク市内のコンクリートジャングルから抜け出して、車で北上すること2時間。ハドソン川沿いにある歴史的なリンゴの冷蔵倉庫が展示会場だ。初日に会場を訪れたが、アートやファッション界隈を中心とした幅広い年齢層で賑わっていた。エントランスでは、「Sky high farm」の共同エグゼクティブ・ディレクターであり、公共衛生の専門家であるジョシュ・バードフィールド(Josh Bardfield)、同じく共同エグゼクティブ・ディレクターであり、オルタナティブなアート教育に取り組むサラ・ヴォルクネ(Sarah Workneh)、そして同団体の活動を支援し、ファッションやライフスタイルの分野からより大きな変革を目指す営利事業「Sky high farm universe(スカイ・ハイ・ファーム・ユニバース)」の共同創設者、ダフネ・シーボルト(Daphne Seybold)が、来場者一人ひとりに丁寧に挨拶をしており、直接的な人々との繋がりを大切にしている姿が印象的だった。
このビエンナーレのキュレーションは、アーティストであり「Sky high farm」の創設者であるダン・コーレン(Dan Colen)が担当。世界中から集まった50人以上のアーティストたちが、「What do we carry with us and what do we leave behind?(未来に何を残し、現在に何を置いていくべきか?)」という問いをテーマに作品を展示している。配布されたタブロイド紙では、「この展覧会では、アート・農業・アクティビズムが一体となったときに、大きな可能性が生まれることを示している。アーティストたちの文化・社会を動かす力と、正義を軸に活動する団体の影響力を結び付ける事で、新たな改革が生まれるのだ。」との説明がなされ、まさにSky high farmの理念を体現する展示会である。
五感で感じる自然の中に介入する人間と危うさ
私自身は、アートに精通しているわけではないが、「Sky high farm」の展示は他のどれとも一線を画すものである事は明らかだった。

ルドルフ・スティンゲル(Rudolf Stingel)の作品は、床一面が巨大な鏡になっており、川の流れを映している。そこに、靴を脱いで足を踏み入れることで、己の体が水の中なのか、宇宙の中にいるのか、足を運べば落ちてしまいそうな感覚に陥ってしまう。
アン・イムホフ(Anne Imhof)は、自然に劣化した商業的なリンゴ倉庫の会場内に、整然とアルミとプラスチックで出来た工業用水タンクを並べた。会場1階の広範囲で使用されており、人々の動きを支配する通路としても機能させていた。この工業用水タンクは、どの農場でも使用されるものを用いており、自然の中に介入する人工物や人間を表現している。

リジー・ブガツォス(Lizzi Bougatsos)は、会場の入り口で、氷で作られた女性が横たわり溶けていく様子を作品として展示した。それぞれの解釈で良いとの事だったが、「本来であれば自然界の一部であるはずの人間が、気候変動などの要因を引き起こし、自らも溶けて消えていく」という事を表現しているのでは、と感じた。
フェリックス・ゴンザレス=トレス(Felix Gonzales-Torres’)は、会場外に展示会の開催期間後も作品の展示を行っていく。ハドソン川およびその支流沿いに24枚のビルボードを設置。場所はQRコードとGoogle Mapにより確認する事が可能だ。これらのビルボードには、「It’s just a matter of time (時間の問題に過ぎない)」というメッセージが記され、その場所によって異なる解釈を生み出す。同時に、人間が慌ただしく行きかう中、今後の変化を静かに佇む目撃者のように見つめる存在になるだろう。
アーティストや参加者それぞれが関わり方を決める仕組み
「Sky high farm」のアプローチは、そのどれもが今までの常識を疑い、再構築し、それぞれの立場に縛られることなく参加出来るものだ。展示会でも、新しい仕組みが取り入れられていた。
参加アーティスト達は、作品の金額を従来のオークション形式ではなく、アーティストが自由に決定し、その中から「Sky high farm」への寄付額も自由に決めることが出来る仕組みだ。そう設定した理由を、共同エグゼクティブ・ディレクターのサラ・ヴォルクネは、こう語る。「従来のアートオークションでは、アーティストの市場価値に悪影響を与える側面があるため、より柔軟で持続可能な仕組みを作りたいと考えた。今回のビエンナーレでは、作品が売れた後にどれだけ寄付するかを、アーティスト自身が、自分のキャリアや状況に応じて決められるようにした。そうすることで、私たちの活動を応援したいという気持ちを持ってくれているアーティストが参加しやすくなり、私たちの活動の一部として巻き込むことが可能になる。」

また、展示会への訪問者や、「Sky high farm」への参加者の関わり方については、こう続けた。「多くの人が社会や環境の課題に対して何か行動したいと考えている。それを、「Sky high farm」では、時間や専門性に関わらず参加できるような受け皿を作り可能にすることが出来る。例えば、今までの農園では、月に1度、数名のボランティアのみ募る事しかできなかったが、拡張後はより多くの人に参加してもらう事が出来る。あるいは、このような展示会で「Sky high farm」のアップサイクルされた商品を購入してもらう事で、活動へ寄付という形で参加が可能だ。」
他企業とのパートナーシップの在り方についても特徴的だ。この展示会のスポンサーには、「Chanel(シャネル)」、「Kering(ケリング)」、「Nike(ナイキ)」、「Converse(コンバース)」などが名を連ねている。Sky high farm universeの共同創設者、ダフネ・シーボルトは、「ミッションに共感する個人だけでなく企業も含んだコレクティブな活動が必須だ」と、いう。「これらの企業とは、長い間、循環型ファッションの取り組みや食の不平等に対して一緒にプロジェクトを行っており、『Sky high farm』の活動に多くの寄付金を生み出してきた。また、資金面だけでなく、コ・ブランディングした商品を世に出すことによって、より広い人々へ伝える事が可能だ。」と、伝えた。「Sky high farm universe」では、ブランドのマーケティングのための、マーケティングは実施していない。あくまでも、共に目的を達成するためのパートナーとして長期的な関係性をブランドとも築いている。

Sky high farmのミッションと展示会がもたらすもの
「Sky high farm」は、気候変動、農業、食料アクセス、教育といった複雑に絡み合う課題に対して、コミュニティを中心に据えた研究を行うと同時に、実践している。
長期的な取り組みとして、生物学者や、生態学者、地域の研究者などと協力しながら、土壌の健康や、野生動物の生息地の保全と再生、水質、大気のモニタリングなどを行い、従来の農業が生態系に与える影響を見直している。
農場では、アグロエコロジー(生態系に配慮した農業)の考え方を取り入れ、栄養価の高い野菜やたんぱく質を育てている。年間25,000lb(約12.5トン)の野菜、5,000lb (約2,260 kg) のプロテイン、45,000個の卵を生産し、これらを全て地域に根差した団体と連携して、食料や栄養に不安を抱える個人や家庭に無償で届けている。
また、再生型農業や食料システム全体に関心を持つ新規就農者を対象に、9カ月の居住型トレーニングとメンタープログラムを提供。さらに、全米および世界各地で食の主権や、食の正義を推進する個人や団体に対して助成金を提供し、若者を中心としたプログラムを通じて、食文化、気候変動、私たちの未来についての幅広い対話を促進している。
これらすべての活動に、展示会で得た資金は活用される予定だ。
サステナブルな取り組みを、どう伝え、どう共感を広げていくか。
この問いは、いま多くの企業や組織が直面している課題の一つだ。そんな中、「Sky high farm」と、その営利事業である「Sky high farm universe」のアプローチは、従来の枠を超えたユニークな実践として注目を集めている。彼らは、長年にわたって築かれてきた社会や、資本主義の構造そのものに問いを投げかけ、アート、ファッション、カルチャーと交差させながら、新たな形で、これまで届かなかった層までも巻き込んでいる。
自給自足のグランピングで自然と繋がる喜びをさらに深く味わう
最後に、「Sky high farm」の展示会場から10分ほどの場所にある「自然と再び繋がる事」をテーマにした滞在型農園、「ギャザーワイルド・ランチ(Gatherwild Ranch)」を紹介したい。


今回、私は、3家族合同でこの場所に滞在しながら、展示会へ足を運んだ。元インダストリアルプロダクトデザイナーで、共同創設者のローラ・シンク(Laura Sink)は、10年前に「自然との繋がりが失われつつある今だからこそ、その再接続の場として存在したい」と、立ち上げた。その場所は、元リンゴ農園で約6ヘクタールの広々とした自然に囲まれている。朝は小鳥のさえずりで目覚め、ヤギやアヒルに朝食を与え、卵を収穫し、その卵で朝食を作る。昼は、ハイキングやサウナ、レンタル自転車、水風呂などで遊び、夜は菜園で収穫した野菜のサラダを作り、星空を眺めながら、焚火を囲んで友人達や子供たちと笑いあう。


自然の事を大切に思い、それを守るために行動したいという想いは、自然の中に浸りながら心が喜ぶ体験を増やしていく事から始まるのではないだろうか。

