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ファッション|2025.07.10

流通に乗らなかった品に新しい価値を宿らせた「金魚真珠」。尾崎ななみさんが照らすアコヤ真珠と地域の未来

伊勢志摩の人と自然が育んだユニークな「金魚真珠」。真円ではないそのフォルムを希少性、デザイン性というポジティブな視点からブランディングをしているのが真珠ブランド「SEVEN THREE.」。今回はクリエイティブ・ディレクターの尾崎ななみさんにブランド立ち上げの経緯やブランドに対しての思いについて聞いてみた。

撮影/山下陽子 取材・文/吉野ユリ子 撮影協力/封灯

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尾崎ななみ
SEVEN THREE.」クリエイティブ・ディレクター 三重県伊勢市出身。高校卒業後上京、モデル・タレントとして活動の後、商品プロモーション企画・運営を行う「サンブンノナナ」設立、代表取締役に。故郷伊勢志摩の真珠ブランド「SEVEN THREE.」を立ち上げる。首都圏で伊勢志摩の情報発信を担う観光大使「伊勢志摩アンバサダー」としても活動中。真珠検定シニアアドバイザー。

真珠養殖業72年の祖父の仕事で知った「伊勢志摩の真珠の危機」

東京・蔵前の味わいのある下町にある喫茶『封灯』。お茶やコーヒーを味わいながら1年後の自分に手紙を書くというコンセプトのお店だ。ここで今年6月20〜23日の4日間、ポップアップイベントとして開かれたのが、「365日金魚真珠」のお披露目販売会。

「365日、すべてに価値があって、1日として同じ日はないこと、その1日を大切にしているというコンセプトに共感しました。私の扱っている金魚真珠も一つひとつの個性を愛おしんでほしいという思いと重なりました」と真珠ブランド「SEVEN THREE.」のクリエイティブ・ディレクターでこの事業を行う「サンブンノナナ」代表取締役の尾崎ななみさん。

レコードの心地よい音が流れる店内で、月ごとのボックスに並べられた365日の真珠。レコードを探すようにここからお気に入りを探す。

金魚真珠、ということばを初めて耳にする人も多いかもしれない。このブランドの登録商標で、尾びれのような突起がついた個性的な形の真珠をこう名付けた。
「一つとして同じ形や色合いがない真珠だからこそ、365日毎日Instagramで1粒発信してきました。1年投稿が終わってから、365個一斉に販売開始する仕組みで、今回のポップアップはその第3弾。7月1日から第4弾の発信も始まっています」

インスタグラムで投稿された365日分の真珠。投稿された写真と共に届く。

尾崎さんが金魚真珠の事業を始めたのは、故郷・伊勢志摩で祖父が真珠養殖業を営んでいることがきっかけだった。東京でモデルの仕事をしていた尾崎さんがミス伊勢志摩に選ばれ、故郷で過ごす時間が増えた。ミス伊勢志摩としてもっと地元のことを伝えたいという思いもあり、祖父の仕事について行き学び始めた。祖父は中学卒業以来70年以上この仕事に携わっている。
「そこで真珠業界のさまざまな課題を知りました。温暖化による水温上昇や貝ウイルスなどで母貝が被害を受け、生産量が減っていること、国内市場が安価な中国産主流になりつつあること、産地の職人の高齢化と後継者不足などがありました」

1粒育てるのに3、4年。冬は極寒、夏は酷暑の海での作業

海に出て真珠を育てる尾崎さんのおじいさん。下は母貝に核と外套膜を入れる核入れ作業。

アコヤ真珠を育てるプロセスは、非常に手間隙がかかっている。1年間祖父の仕事を間近で見た尾崎さんは、「自分には継げない」と感じたという。
「まず母貝となるアコヤ貝を育てて、その中に貝殻の核と外套膜を入れて真珠を育てるのですが、アコヤ貝の場合は基本的には1つの母貝に1個ずつ。その核を取り巻くように真珠層が数百数千の層になって巻きついたものが真珠で、これを取り出していきます。母貝を育てるのに2年かかり、これも海の環境次第でうまく育つとは限りません。ようやく育った貝に核を入れますが、生きている貝に短時間で適切な場所に入れる作業は熟練した職人の技が鍵になります。核を入れてからも、真珠が育つ間15〜20日に1回、海の中に入れている貝を引き上げてお掃除します。貝を育てる場所は水温や海洋の状況、貝の状態によってさまざまで、それは職人の経験によって判断されます。これらはもちろん海の上での作業になりますが、冬は極寒、夏は酷暑。こうして半年から数年かけて育てた真珠を毎年12月ごろ取り出します。これは4、5日かけて家族総出で行う作業です」

いびつな形、白以外の色が認められない「アコヤ真珠」界の壁

クリームっぽいものから青やグレーががったものまで、形だけでなく色もさまざま。

事業を継ぐことはできないが販売の手伝いならできるかもしれない。そう考えていた尾崎さんはふと、業界では取引されないいびつな真珠に着目した。
「ようやくでき上がった真珠のうち、不良品として弾かれるものは1割近くにのぼります。市場に出回るのは白くて丸いものばかりで、それ以外の色や形をもつものは、業界内で取引される対象になりませんでした。誕生した真珠の仕分け作業をしている際に、弾かれてしまった形の真珠を見て、金魚みたいで可愛い、と思いました」

真珠のことをもっと知ろうと、真珠検定のシニアアドバイザーを取得し学んだ尾崎さんは、真珠の価値は丸さや白さで決まるものではないということを学んでいた。それでも一連ネックレスを作ろうとすると、同じサイズ、同じ色のものが求められてしまう。アコヤ真珠は白くて丸いものが良品という、世間のイメージも強すぎた。
「バロックパールとしてさまざまな形の真珠がありますが、そのほとんどは中国産を中心とした淡水パールや、南半球を中心とした白蝶貝や黒蝶貝の南洋真珠。アコヤ真珠では既存のイメージを守るために、それ以外のものを商品にしないようにしているのです」

日本の消費者に、国産真珠の魅力をどう伝えるか

真珠を取り出す作業は寒さが厳しい12月頃、家族総出で行われる。

一方で、日本市場での国産真珠の低迷という課題もあった。
「今、日本の消費者の多くはデザインの可愛さや価格の安さで真珠を選ぶ傾向があります。安い真珠の多くは中国産アコヤ真珠か淡水真珠。一方で日本産のアコヤ真珠を購入しているのは海外の方。日本の真珠が美しい海で手間暇をかけてていねいに育てられていることに価値を見出し、評価してくださっています」

日本の真珠産業を守るために、おじいちゃんの仕事を守るために、何ができるか。
「伊勢志摩は長らく“真珠の産地”として全国的に知られていましたが、今の若い方の中には知らない方も増えました。地元の私達も、知っていることがあたりまえで、産地やその魅力を伝える努力を怠っていたと思います。実際生産量でも今や三重は長崎、愛媛に次ぐ3位。個人養殖業を中心に営んでいる三重の認知はこのまま行くとますます低下するでしょう。それに真珠がどんなふうに手間暇をかけて作られているのかも、知る機会がない。まずは産地のことや真珠の誕生の背景を知ってもらうことが大事だと思いました」

366日ぶんの手紙が棚に並ぶ「封灯」の店内。

温暖化や環境変化による不作、高齢化による人手不足、輸入品の進出、そして“白く丸い真珠”へのこだわりによる生産ロス。これらの問題の全てに答えを、あるいは少なくとも問題提起をしているのが「金魚真珠」だ。
「規格外品、変形真珠という視点ではなく、希少性、デザイン性という新たな価値を与えることがカギだと思いました」
独学でブランディングからものづくりまで学び、「金魚真珠」という名称を商標登録した。
「金魚も真珠も誰もが耳馴染みのある言葉で記憶に残り、実際に真珠を見たら『確かに金魚真珠だ!』と想像と一致する、それが良かったのだと思います。テレビなどのメディアで取り上げていただけたことで、認知が広まりました」

ピアス リング/すべてSEVEN THREE.

今も卸売業者の買取対象にはならないが、地元の方々とつながりのある尾崎さんは、自社で直接買い取り、無着色無加工の真珠の個性を生かしたデザインにして販売している。
「生産者さんの希望価格で買い取ることにしています。そうすることで、丸く巻かなかった真珠もロスになることがなく、育てることに集中して取り組んでいただけると思います」

真珠のもつ多様な魅力を伝えることが、生産者支援に

金魚真珠のファンは増えている。
「個性的な形のパールは、格別な愛着が湧きます。自分自身のためにと毎年1粒ずつ購入してくださる方も。真円の真珠は改まった感じが強くてデイリーに使うのに抵抗があると感じていた人には、日常使いできると好評です。また男性のラペルピンも人気が高く、やはり白の真円だと照れくさいという方も、ブルーやシルバーの色味を帯びた金魚真珠なら楽しんでいただけ、また個性的なフォルムが会話のタネにもなるそうです」

現在はオンラインショップと、年に数回行うポップアップでの販売のみ。大きく事業化する誘いもたびたびあるが、今は断っている。
「金魚真珠は作ろうとして作れるものでもありませんし、安定供給するような規模を求めるとどこかに無理が生じると思います。金魚真珠は数を売ることが目的ではなく、真珠の魅力を伝え、真珠の価値を守るためのもの。その点をぶらさず、生産者さんに寄り添って事業を行っていきたいと思っています」。とはいえ、課題が解決したわけではない。「環境の問題も人材の問題も、私一人で変えられるものではありません。そんな中で、まずは現役の生産者産たちが続けられる環境を応援すること、そのために私に何ができるのかを、考えていきたいと思います」

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