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ChangeNOWサミットが4月24~26日にパリ・グランパレで開催された。140カ国から約500社のスタートアップが「土地と農業」「エネルギー」「生物多様性」「教育」「循環型経済」「習慣を変える」「ファッション」「モビリティ」「健康」など18の分野別にブースを構えた。会場に設けられた5つのステージでは、パリ協定が採択されたCOP21で議長を務めたローラン・ファビウス氏や今年11月にブラジルで開催予定のCOP30のCEOを務めるアナ・トニ=ブラジル環境・気候変動省気候変動担当副大臣、メアリー・ロビンソン元アイルランド大統領、ポール・ポールマン元ユニリーバCEO、「グッチ」などを擁するケリングのマリー=クレール・ダヴー・チーフ・サステナビリティ・オフィサー兼渉外担当責任者、俳優のナタリー・ポートマンら約600人が登壇し、活発な議論を繰り広げた。
3日間の来場者数は約4万人。2017年のスタート時は2000人規模だったイベントは大きく成長し、同イベントが各産業に意味のある変化が起こるきっかけになりつつある。ChangeNOWのケヴィン・タヤバリー共同創設者にChangeNOWの目的や役割、欧州をはじめとした世界の動きについて話を聞いた。

ケヴィン・タヤバリー/ChangeNOW共同創業者兼チーフ・ディベロップメント・オフィサー
インドとフランスにルーツをもつソーシャルアントレプレナー。ビジネスのバックグラウンドを持ち、サステナビリティに強い情熱を持つ。起業家、企業、政策立案者の連携を促進し、気候変動、生物多様性の保全、社会的公正の実現に向けた具体的かつスケーラブルなインパクトの創出に取り組む。23年、40歳未満のフランス経済のリーダーを特集する「ショワズール100(Choiseul 100)」に選出。母校のINSEADから「Force for Good Award(フォース・フォー・グッド賞)」を受賞。
パリ協定から10年。包括的な変化を加速するために
――第2次トランプ政権の影響、EUのさまざまな規制、パリ協定10周年などを踏まえた今年のChangeNOWサミットの狙いについて教えてください。
パリ協定から10年、野心を行動へと移す緊急性はこれまでになく高まっています。現在の世界情勢、たとえば第2次トランプ政権による米国のパリ協定からの再離脱、EUでのグリーン・ディール政策やCSRD(企業持続可能性報告指令)の加速によって、その緊急性が高まっているのです。
こうした変化の中で、ChangeNOWはさまざまなアクターの協調を促す触媒としての役割を果たしています。政府、企業、投資家、研究者、市民社会の関係者を結集し、エコロジカルかつ社会的な移行を加速させるための連携を図っています。
今年のChangeNOWサミットはパリ協定10周年を記念し、協定の策定に携わった主要人物であるローラン・ファビウス氏、アナ・トニ氏、メアリー・ロビンソン氏らによる重要なセッションから幕を開けました。その精神を称えると同時に、新たな集団的行動の段階へ進む決意が表明されたのです。
また、フランス政府が主導する公式閣僚級のセッションを初めて開催しました。ここでは炭素市場の構築と、気候変動対策のために1.3兆米ドルの動員に焦点が当てられました。その明確な目標は「2035年までに開発途上国向けの気候資金を3倍にする」です。
イベント全体において、私たちは協調と加速のための場を設けました。パリ協定の勢いを具体的かつスケールできる解決策へと変え、COP30および国連海洋会議に向けた集団的行動を準備するためです。
――ChangeNOWサミットの開催意義とこれまでの成果は? また、現在直面している課題とは?
ChangeNOWを創設したのは明確な課題に応えるためでした。それは、「野心」と「具体的な行動」の間に横たわるギャップを埋めること。トランジションが思うように進展しない今日、ChangeNOWは、ソリューションを提供する実行者と意思決定者が出会い、包括的な変化を加速させる新たなアライアンスが生まれる交差点として機能しています。
17年に初開催して以来、当初2000人だった参加者は、いまや世界140カ国から4万人以上のチェンジメーカーが集うグローバル・プラットフォームへと成長しました。これまでに紹介した1,000以上のインパクト主導型のソリューションのなかには、実際に立法に影響を与えたり、大規模な資金調達や国際連携などの具体的成果を生んだりした事例も少なくありません。たとえば、プラネットケア(PlanetCare)のマイクロプラスチック除去フィルターは、フランスでのプラスチック汚染規制の進展に貢献しました。海洋保護への重要な投資もこのイベントを通じた出会いから生まれたものです。

数字だけでは語れないマインドセットの変容も、このイベントの役割です。実際、来場者の82%が「行動に移す行動意欲がより高まった」と回答しており、これはイベント開催中の3日間を遥かに超えて響くインパクトを意味しています。
現在私たちが直面する最大の課題は、地政学的緊張やエコロジー問題を巡る社会の分断です。だからこそ今まで以上にChangeNOWはセクターの垣根を超えた連携と、分断の溝を埋め、集団的な野心を“測定可能でスケーラブルなインパクト”に変換することに注力しています。
スタートアップと大手の協業が描く、サステナビリティの新地図
――ファッションやビューティ分野における大企業とスタートアップの連携について、ChangeNOWでは具体的にどのような動きがありますか?
2025年のChangeNOWでは、ファッションとビューティの分野で加速するサステナビリティ・トランジションを牽引する、数多くの大企業とスタートアップのパートナーシップを紹介しました。散見されるキーワードは「マテリアルのエコデザイン」「循環型経済に基づくビジネスモデル(リユースやリサイクル)」、そして「革新的な顧客体験」です。
ファッション分野では、ラグジュアリーやプレタポルテの主要ブランドが自社のバリューチェーンのグリーン化に向け、スタートアップとの連携を強化しています。その象徴が、ChangeNOWサミットのプラチナパートナーであるケリング(Kering)の取り組みです。同社のイノベーションプログラム「Kering Generation Award」の受賞プロジェクトや、フランスファッション学院(IFM)とのパートナーシップを紹介しました。このIFM-Keringサステナビリティ講座では、過去5年間にわたり、社会・環境にインパクトをもたらすプロジェクトに取り組む学生たちを育成してきました。そして、その中からいくつかのプロジェクトがChangeNOW 2025で発表されました。たとえば、100%植物由来の人工毛皮を提案するバイオフラッフ(BioFluff)や、動物皮革を代替するバイオベース素材を提案するオルタナティブ・イノベーション(Alternative Innovation)などです。これらのプロジェクトは、品質に妥協せずにサステナブルな素材を追求するラグジュアリーファッションの進化を体現しています。

他の注目すべき点は、シャネルが設立したアトリエ・デ・マティエール(L’Atelier des Matières) の参加が挙げられます。これは、余剰生地や売れ残り品を再活用することを目的としています。2019年以降、シャネルはこのアップサイクルのビジネスモデルに多額の投資を行い、自社の繊維廃棄物を買い戻して再利用しており、ラグジュアリーブランドが循環型経済の積極的な担い手となるという新たなトレンドを反映しています。
ChangeNOWのファッションエリアでは28の出展者が並び、既存企業と新興スタートアップが一堂に会しました。たとえば、2020年に設立された「Fédération de la Mode Circulaire(循環型ファッション連盟)」は、すでに300の会員企業を擁し、ファッション産業の変革を経済・環境の両側面から後押ししています。
製品の“第二の人生”と消費者との関係性を再構築するスタートアップも登場しています。たとえばセーブ・ユア・ワードローブ(Save Your Wardrobe)は、ブランドが返品・修理を通じた製品の長寿命化サービスを提供しており、プロロング(Prolong)はSaaSとして同様のサービスを提供しています。大手小売業者も、繊維廃棄物の削減を狙い、この分野への参入を始めています。
また他にも有望なスタートアップが出展しました。妊娠中でも快適に過ごせるランジェリーを提案するフィーロウ(Feelou)、繊維リサイクルに特化したルーム(Loom)、ピア・ツー・ピアの衣類レンタルアプリを開発したラックス(Rax)、植物由来セルロースを使った生分解性のメタリック調顔料を創成したスパークセル(Sparxell)などです。

ビューティ分野では、有害物質を含有しないクリーンコスメブランド「ミココス(Mikokós)」がスポットライトを浴びました。これらのスタートアップが提供するソリューションはいずれも、変革を加速させる可能性があることから大手企業から高い関心を集めました。世界最大の化粧品企業、ロレアルも例外ではありません。同社はコスメのためのサステナブルかつ科学的なイノベーションを重視する「サイエンス・フォー・ビューティ(Science for Beauty)」トラックを含む、次世代ビューティテックを見極めるオープンイノベーション・プログラム「ビッグバン・ビューティテック(Big Bang Beauty Tech)」を始動しています。
このような“コ・イノベーション”の高まりは、表層的な動きではありません。ファッションやビューティ産業の主要企業が、スタートアップと共に持続可能な素材の採用やパーソナライズ(受注生産による売れ残り在庫の回避)、循環型サービス(レンタルやリセールなど)といった持続可能なビジネスモデルの実装を本格的に模索しているのです。
投資が先行している分野は「気候テック」と「クリーンエネルギー」
――現在、投資が集まっている分野やイノベーションにはどのようなものがありますか?
ChangeNOW 2025が鮮明に描き出したのは、エコロジカルなトランジションをめぐる“投資熱”の高まりです。参加登録をした投資家の数は過去最多の1200人、実際には数千人が来場しました。その動きから観察されたのは、2025年現在の人気投資先です。
先行している分野は「気候テック」と「クリーンエネルギー」です。ブルームバーグNEFによると、2024年のエネルギートランジションへの世界投資額は(前年比11%増の)過去最高の2.1兆ドルに達し、その中で運輸部門のおける電化には7570億ドル、再生可能エネルギー(陸上・洋上風力、太陽光、バイオ燃料、バイオマス、廃棄物、海洋、地熱、小規模水力発電など)には7280億ドルが投じられたといいます。
この潮流はChangeNOWでも顕著で、エネルギー貯蔵やスマートグリッドなどの革新的なクリーンテックのソリューションを提案する企業が多数出展し、脱炭素化に注力するファンドの関心を集めました。たとえば「エナジー・フェイバリット賞(Energy Favorite)」賞したイージンク(e-Zinc)は、亜鉛を用いた長時間エネルギー貯蔵技術で注目を集めたカナダ発のクリーンテック・スタートアップです。この技術は、再生可能エネルギーの24時間安定供給を可能にすることで再エネ最大の課題である“間欠性“、すなわち発電の不安定性を解決する可能性を秘めています。
もうひとつ注目を集めたのは「循環型経済」および「リサイクル」の分野です。欧州を中心に進む廃棄物削減の法規制や再利用に対する消費者意識の高まりを背景に、廃棄物を削減する技術への投資も活発化しています。たとえば、廃漁網から新たな糸を作るサオテキスタイル(SAO Textile)や、太陽光を利用して有害廃棄物を無害化し、建材に再利用する技術を開発したヘリオサンド(Heliosand)などをChangeNOWで紹介しました。後者は「サーキュラーエコノミー・フェイバリット賞(Circular Economy Favorite)」賞を受賞しました。まさに「廃棄物を資源化する」循環型経済の理想を体現しており、これらの技術は、もはや投資家にとって“未来のビジネス”ではなく、“今ここにある現実”なのです。使い捨てプラスチックの禁止や再資源化目標などの公共政策の後押しもあり、天然資源の保全(海洋、資源のリサイクル)も国際的な投資の優先分野となっています。
エネルギーやリサイクルの他に、気候変動を超えて気候危機に至った今注目されつつあるのが「生物多様性とテクノロジー」と「エコロジーの修復」です。たとえば、2025年の「生物多様性部門大賞」を受賞したグリーン・サンクチュアリーズ(Green Sanctuaries)は、希少な私有林を保護目的で購入しつつ、地域コミュニティの持続可能な活動支援も行うことを目的としたプロジェクトです。
グーグルの支援を受けるモルフォ(Morfo)のような大規模森林再生(リフォレストレーション)に取り組むグリーンテック・スタートアップや、自然資本を金融化する仕組み(ネイチャーファイナンス・プラットフォーム)も台頭しています。実際にラテンアメリカでは、インパクト投資の57%が気候と生物多様性分野に集中しているというデータがChangeNOWで共有されました。

この流れは、COP15で合意された生物多様性国際目標や、企業に対する自然関連リスク開示義務など、新たなルール整備にも後押しされています。企業の間でも、カーボンクレジットや生物多様性クレジットを活用し、自社の環境負荷をオフセットする動きが加速しています。その結果として、自然を基盤としたソリューション(森林保全、再生型農業など)や気候レジリエンスに特化したファンドが増加しています。こうした流れは、単なる環境意識の高まりにとどまらず、生態系の保護と経済性の両立を目指す「ネイチャーテック」投資が、本格的な金融戦略の一部として台頭しつつあることを示しています。
加えて、「サステナブルなデジタル技術」も2025年の投資を牽引する横断的な領域です。持続可能性とテクノロジーの交差点で生まれたイノベーションが注目を集めており、AIを応用した環境ソリューション、IoTを使った資源最適化、持続可能なトランジションを支援するプラットフォームなどがあります。
たとえば、「AI & Tech for Impact」部門で受賞したアステリア(Asteria)は、バイオミミクリー(生物模倣)などの自然界の法則に基づく、AIを活用した50万件以上の戦略的開発支援のライブラリを基盤に、持続可能な産業的イノベーションの推進を目指しています。また、インパクト測定に関してはブライテスト(Brightest)が、ESG(環境・社会・ガバナンス)に関するパフォーマンスをAIで追跡し、改善支援するためのSaaSプラットフォームを提供しています。
環境配慮と経済的なリターン、相反するとされたこの2つが共鳴し始ている
こうしたアプローチは、グリーンテックがいかに投資を呼び込んでいるかを示しています。AIによる効率化や環境データ管理などを通じて、スケーラブルかつインパクトのある解決策を投資家に対してうたっているわけです。
今や、大手グローバル企業や伝統的な投資ファンドもこの領域に注目しています。ChangeNOWでは、アコー、ブイグ、ヘンケル、サンゴバンといった企業の幹部が登壇し、デジタルツールや新しい低炭素モデルを軸とした戦略について情報共有しました。
このような動きと並行して、新たな金融連携の動きも活発化しています。たとえば欧州投資銀行(European Investment Bank)は、複数の財団やアリアンツ・グローバル・インベスターズ(Allianz GI)と連携し、新興国における革新的な気候関連プロジェクトへの資金供給を目的とした「カタリティック・キャピタル・メカニズム」を立ち上げました。これは、急成長を目指すスタートアップが直面しがちなアーリーステージと産業スケールへの展開の間にある、「資金の谷間」の穴埋めを目指すものです。
気候テックに特化した「World Fund」や、海洋インパクトに特化した「Blue Ocean」などの専門ファンドから、サステナブル領域へのトランジション過程にあるジェネラリストファンドに至るまで、数多くの「エンゲージド・ファンド(社会的使命を帯びた投資ファンド)」が、これまでにない規模の資本をこれらの優先分野に投じています。2025年のChangeNOWサミットは、その象徴とも言えるでしょう。これらの投資は単なる資金提供にとどまらず、変革の触媒(カタリスト)として機能しています。
投資は「現実化」のエンジンになります。革新的な技術や循環型経済モデル、バイオ素材──これらのイノベーションへの投資が、実行可能なソリューションの拡張に貢献し、エコロジカルなトランジションを加速させる原動力させ、多くの企業や投資家が採用する「サステナブル・パフォーマンス目標」の実現へと導くのです。