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ニュース|2025.06.11

【グローバル・ファッション・サミット2025 リポートVol.3】今知っておくべき世界的トピックス「水資源」と「労働者」の現実

6月4,5日にコペンハーゲンで行われたファッション業界のサステナビリティに特化した国際会議「グローバル・ファッション・サミット」。ファッション業界の羅針盤ともいえるこの会議では、今後取り組むべき、知っておくべきトピックスが集中的に議論された。リポートの第3弾は環境分野から「淡水の利用」について、人権分野から「バングラデシュの労働環境の現在地」を紹介する。

原稿:白石 綾

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ケリング・WWF・欧州委員会がグローバルな淡水利用の課題を徹底議論

世界的ラグジュアリーブランドを傘下に持つケリング社、世界最大規模の自然環境保護NGOのWWF、そして欧州委員会の3つの角度から「Navigating Global Freshwater Use(世界的な淡水利用の舵取り)」と題して議論が行われた。

比較的水資源が豊かな国に暮らす私たちは「水は当たり前にあるもの」と感じている人が多いかもしれない。しかし、地球上の水のほとんどは海水であり、利用可能な淡水はわずか2.5%(*1)。その中でも、人間が利用しやすい河川や湖などの地表水は、淡水全体のわずか約0.4%に過ぎない。近年の日本でも、雨不足やゲリラ豪雨の頻発、地域によっては深刻な渇水リスクの高まりなどを受けて、あなたも水の不安定さを感じる機会が増えているのではないだろうか。

WWFのルスラ氏は、これまで長い間「淡水」は過小評価され、その代償が日々大きくなっているとし、環境・業界における淡水利用の課題について、次のように語る。

「私たちは、危機的な状況に直面しており、それは加速しています。1970年以来、淡水の生物多様性は85%も失われ、湿地の減少速度は森林の3倍に達しています。ファッション業界もサプライチェーン全体で水リスクに直面しており、汚染や供給不足が企業の評判や経営、生態系、地域社会に大きな影響を及ぼします。」

WWF グローバル・アパレル&テキスタイル担当リード パヤル・ルスラ氏

2030年までに水の使用量を10%削減。新たに欧州で採択された水のレジリエンス戦略

欧州委員会 ジェシカ・ロスヴァル委員はトークセッション前日の6月4日に欧州で初めてとなる水のレジリエンス(回復力)戦略(*2)が採択されたことを発表した。この戦略では、新たな規制を作るのではなく、既存の規制を効果的に実施・遵守させることに注力したものだ。実現の鍵の一つは「効率的な水利用を最優先する」という原則で、2030年までに水効率を10%向上させる目標を掲げているという。

右から欧州委員会 ジェシカ・ロスヴァル委員、WWF パヤル・ルスラ氏、ケリング レイチェル・コルベ・セムフーン氏、The Wardrobe Crisis Podcast クレア・プレス氏

ケリング、今後10年で世界上位10流域での水に関するアプローチを開始

ケリングのセムフーン氏は、持参したグッチのスカーフを例に挙げ、製品が原料となる農家から紡績・織物業者も含め、それぞれの工場で水資源の管理を徹底しており、高品質で美しいだけでなく「ウォーター・ポジティブ(水環境に対してプラスの影響を与える)」な製品であることを紹介。

また、同社が今後10年間、世界の上位10流域において流域単位で自然環境・社会・産業を包括的にとらえるアプローチをとる予定であることも明かした。水は流れ留まらない地球資源のため、一工場だけで管理することはできない。そのため自社の取引先だけでなく、流域で他の全ての人々と対話し、流域の生態系の健全性や、誰がどの生態系サービスに依存しているのかなどの相互作用や相互依存関係をよりよく理解することが重要だと述べた。

ウォーターポジティブを実現したグッチのスカーフを手にしながら取り組みについて説明をするケリング レイチェル・コルベ・セムフーン氏

そして最後にWWFは、ケリングの話に補足する形で、水資源管理には多様な関係者が参加するプラットフォームが不可欠だと述べた。また、WWFなどのNGOの中立的な調整役に頼りすぎず、最終的には地域の関係者が、その取り組みを主導していく必要を訴えた。

“安くて可愛い”の裏側で、「尊厳ある仕事」を求め命をかけて闘う現場

バングラデシュ労働者連帯センター(Bangladesh Centre for Worker Solidarity/ 通称 BCWS)創設者兼 代表理事のカルポナ・アクター氏のトークセッションは「尊厳ある仕事(Jobs with Dignity)」がテーマだ。

バングラデシュ・ファッションというキーワードから、2013年のラナプラザ崩壊事故を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。1,100人以上が犠牲となったあの悲劇から12年が経ち「あのような劣悪な労働環境は過去のものになった」という華やかなサクセス・ストーリーを知ることができると思った人もいるかもしれない。しかし、現実はそれほど単純ではない。

歴史的な転換点を迎えているバングラデシュの今

今、バングラデシュではファッション産業にとどまらず、国家全体が混乱の渦中にある。昨年7月に深刻な経済格差と長年にわたる強権的な政治に対する抗議の声が全国に広がり、学生や労働者による大規模なデモが発生した。一連の警察との衝突により650人以上の死者(*3)が出る事態に発展し、8月5日約16年にわたり権力の座についていたシェイク・ハシナ氏が首相を辞任し、インドに逃亡するという歴史的な転換点を迎えているのだ。

2013年のラナ・プラザ工場崩壊後、バングラデシュ・セーフティ・アコード (*4)の成立において重要な役割を果たすなど長年にわたりファッション業界の労働者の人権向上に多大な影響を与えてきたアクター氏は当時の状況を、こう振り返る。

「1971年の独立以来、若者たちがあれほどまでに自分たちの権利を、抑圧的な政府や警察、軍に対して声高に主張する姿は見たことがありませんでした。彼らは命をかけてでも社会を変えようとしたのです。政府は自国の子どもたちをまるで鳥を撃つかのように弾圧しました。しかもそれに使われた武器は、国民の税金で購入されたものでした。私たちはもう限界だと声を上げ、行動しました」

(右)バングラデシュ労働者連帯センター創設者兼 代表理事のカルポナ・アクター氏 (左)ヴォーグ ビジネス サステナビリティエディター ベラ・ウェブ氏

命をかけて尊厳のある仕事を求め続ける労働者の声を議論の場に

さらに、ファッション業界においては、2006年、2010年、2013年、2016年、2023年と労働組合は最低賃金の引き上げを求めて、大規模なストライキと抗議行動を繰り返してきた。2023年から2024年にかけて続いた最低賃金に関する大規模な抗議では、労働組合が要求した月給23,000タカ(約27,000円*5)に対して、引き上げられた現在の最低賃金でも、たったの12,500タカ(約15,000円)だ。この要求のために、少なくとも4人の縫製労働者が死亡し、数千人もの人が負傷・入院、あるいは逮捕されたと伝えられている。アクター氏自身も、労働者の賃上げの声を支援したという理由だけで、同僚とともに1ヶ月間投獄されたと語る。

また、彼女は国際的な会議や議論の場でしばしば労働者の視点が欠落していることにも言及し、そのギャップを「住む場所の違い」に例えて、こんなエピソードを語る。
「この前、コペンハーゲンで『どう思う?』と聞かれて、『寒い』と答えたんです。すると『これが夏だよ』と言われました。私にとっては“冬”のようなこの気温が、こちらでは“夏”。その瞬間、私たちは本当に“別の世界”を生きているのだと強く感じました」

議論が交わされる先進国の会場は気温15度前後。一方、彼女たちが日々働くバングラデシュの現場は、気温40度、体感では50度に達する過酷な環境だ。そんな中で、命を削りながら”尊厳ある仕事”を手に入れようとしている労働者たちの存在は、まったく異なる環境で行われる議論の場で忘れ去られている。この状況を変えなければならないと、彼女は切実に訴える。

長年にわたり業界の人権の課題に取り組んできたアクター氏の言葉が会場の聴講者の心に深く突き刺さる

尊厳ある仕事で作られた服を身につけるために、私たちができること

彼女たちが暮らすバングラデシュにおける月の最低賃金は、わずか15,000円ほど。会場となったコペンハーゲンや私たちが暮らす日本では、たった1泊の宿泊費に消えてしまってもおかしくはない金額だ。
国ごとに物価は違うのだから、その月給で充分な暮らしができるだろう、と想像する人もいるかもしれないが、彼女達の現実はそうではない。例えば、彼女達の月給の35%ほどは、家賃に消えていく。しかも、それは「夢のような豪邸」ではなく、わずか3メートル四方のコンクリートの部屋だ。その部屋には、窓すらないことが珍しくなく、その一部屋で食事も睡眠もすべてをこなし、調理のためには20世帯で順番を待ち、トイレは60人以上で共用だ。

さらに昨今の世界の気温上昇によって、彼女たちは新たな健康被害にも直面している。
アクター氏は、鼻水、目の充血、高熱、そして生産現場での意識喪失が日常的に起きていると語る。医療費は自己負担で、突発的な洪水によって働きに出られない場合や、家財への被害が出たとしても、補償は一切ない。
つまり、労働者はすでに気候危機の影響を真正面から受けているのだ。

あなたがもし、こうした状況に置かれたとき「人としての尊厳が守られた仕事と暮らし」と思えるだろうか。そして、こうした暮らしの上に成り立つ「安くて可愛い服」を、今後も選び続けるだろうか。

1着の洋服あたり縫製労働者に支払われるのは全体の売上のたった0.6%(*6)にすぎないとも言われている中で、ブランド、そして私たち消費者が、服1着の価格に含まれるべき“人間の尊厳”のコストに目を向け、それを担わない限り、彼女達が誇りをもって働ける「尊厳ある仕事」は決して実現しない──そんなことを、あらためて突きつけられるトークセッションとなった。

※1 地球とわが国の水環境の状況 出所:環境省
※2 European Water Resilience Strategy 出所:Europe Commission
※3 バングラデシュ 大規模デモ 警察と衝突 “約650人死亡”国連 出所:NHK
※4 The International Safety Accord 出所:Clean Clothes Campaign
※5 日本円=0.84タカ(2025年6月現在)
※6 Poverty Wages 出所:Clean Clothes Campaign

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Stories behind 代表/鎌倉サステナビリティ研究所 スタッフ
白石 綾
アパレルブランドで販売や商品企画に携わる中で業界の課題を実感。イタリア在住をきっかけに、特に環境問題との関係に強い関心を抱く。2020年にMilano Fashion Instituteでサステナブルファッションを学んで以来、強い当事者意識を持ち、業界の問題解決に向けた活動を続けている。

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