世界約6000ブランドのエシカル度をレーティングするShiftC。その最高ランクである「素晴らしい」評価を得ているランジェリーブランド「Liv:ra」のデザイナーである小森優美さんが、2024年に新たに立ち上げたブランドMORI WO ORU。同ブランドでは、桑の木を植え、蚕を育て、繭から糸をとる——古くから日本の里山文化の中で受け継がれてきた絹文化の営みを、ファッションとアートのフィルターを通して再解釈し、現代にふさわしい循環型のものづくりへと昇華させている。
京都に誕生したスタジオでは、シルクの織物やバッグに草木で自由に染めるワークショップが開かれ、自然との対話や手仕事の奥深さに触れるひとときを体験できる。
ブランド立ち上げに至るまでの小森さんの心の変化と、スタジオの様子を取材を通して紐解いた。


―――まず、MORI WO ORUの立ち上げの経緯を教えてください。
もともとシルクで作られた草木染めのランジェリーブランドLiv:raだけをやっていて、結構時間に余裕があったので、色々な勉強をしていました。その中で、日本中を旅したりもしていて、たまたま本当に何の知識もないままNPO法人森は海の恋人の「舞根森里海研究所」に行ったんです。 そのときに生態系の目線で物事を捉える、地球全体で捉えるということに、すごく感銘を受けました。
アパレルも自然の流域と同じように 「川上・川中、川下」という表現をしますが、私は川下、いわゆるデザインしてものを売る流域でずっと仕事をしてきたので、川上の原料の現場まで行くことは難易度が高かったんです。自分の中でも、どうやって物が作られているかを知らないことが結構当たり前の感覚だったんですけど、これをきっかけに知りたいなって思うようになったんです。
―――それで川上である原料の現場に?
はい。私はシルクのものづくりが好きで、ずっとシルクを扱ってきたので、シルクの源流といえば、やはり「蚕」じゃないですか。だから、NPO法人森は海の恋人を設立された畠山さんが海から源流を歩いて山の方まで行ったように、とりあえずそこから始めようと思って、私も蚕を育てるところからやってみたんです。
―――そういえば、SNSで小森さんが蚕さんを海に連れて行っているのを見ました!
そうなんです。蚕も海を見たのは初めてだったでしょうね(笑)彼らは素晴らしい蚕生を送れただろうなと思います。そんな感じで、蚕を育てるところから始めていたら、なんか変なことしてるなって、色々な人が面白がって声をかけてくれるようになったんです。当時はコロナ禍で、東京にいなくても仕事ができる状況だったこともあり、蚕について教えてくれる先生がいる京都に移住して蚕を育てていました。その中で、COS KYOTO株式会社の代表で文化ビジネスコーディネーターの北林さんに出会いました。そしたら北林さんが「小森さんは丹後に行かなあかん」って言ってくださって、丹後の産地をめぐるツアーを組んでくれたんです。それに何人かのお蚕仲間も連れて行きました。
―――丹後では、どんな体験をされたんですか?
ものすごく感動しました。単純にプロダクトをつくる工場に見学に行くというのではなくて、丹後の土地で、その風土とか歴史とか、ものすごく長いスパンで「文化」として機能してる中で、織物が生産されているという壮大な物語を感じました。
とはいえ、すぐに何かしようとまでは思わなかったんですけど。でも、すごく憧れていました。
その後、友人が養蚕農家に嫁いだり、全国に7軒しかない繭から糸をつくる製糸工場のひとつと繋がったりと、養蚕から製糸まで、全ての工程が自分の繋がりの中で見えてきたんです。そうした流れができたときに、「何かやろうかな」と思うようになりました。それが、2023年のはじめ頃です。
そのタイミングで、ちょうどLiv:raとしてパリのファッションウィークに出ませんか?というお話しを幾つかいただいていたんですが、「Liv:raとして出る意味はあまりないかもしれない」と感じていたんです。そこで、「1年かけて新しいブランドをつくることを目標にしてみよう」と思い立ち、MORI WO ORUを立ち上げることにしました。

繋がることで、癒される。日本の絹文化が語る、壮大なストーリーと出会う旅
―――時間をかけながらご縁が巡りブランドが誕生したんですね。そんなMORI WO ORUが作り上げる世界はどんなものでしょうか?
ファッションを通して本当に壮大なテキスタイルのストーリーと繋がることで、「すごく癒される」とか「感動する」という体験を皆さんに伝えていきたいと思っています。
実は、パリでのコレクション発表のために、1年間もの作りをする中で、「1番最初のブランドの世界観は自分しか作れない」と思っていました。そのため、染めの先生のところに通いながら自分で染めを始めたんですが、没頭して作業をしているうちに、すごく自分が癒されていく感覚がありました。
なので、先ほどお話した「旅に出て物作りの背景を知って産地・歴史・人と繋がり癒されたこと」と「手仕事で自分自身が癒されていったこと」、この2つの癒しがブランドの大きな柱となっています。
今考えていることは、産地ツーリズムとスタジオでのクラフト体験です。例えば、ツーリズムで丹後の物作りを全部知ってから、スタジオに戻ってきて丹後ちりめんに自分で手を入れる。世界でたった一つの絞り草木染めの服をつくるという体験をすると、ものすごく感動できると思うんです。
MORI WO ORUはファッションを通して体験を売るブランドなので、ファッションはただのツールの1つだと思っています。ブランド立ち上げの経緯の話に繋がりますが、産業も生態系と同じなんです。分業制で、どこか一つが欠けても産業は、なくなっていく。それを防いで、全体に利益を反映して循環させていくことがMORI WO ORUの目標なので、それをするためにはファッションだけをやってたら無理だなって。
いち消費者のままではなく産業の生態系に自分自身が入り込んでいく、物語の一部になっていく。その体験そのもののインパクトがこれからの時代のビジネスになっていくのではと思っています。
とはいえ、根本的には、やはり「自分がそれ(体験)で感動したから、それを仕事にする」という自然な流れから生まれた形なんですけどね。

―――最後にそこまで小森さんを魅了するシルクの魅力を教えてください
昔は日本中に織物産業があって、ピーク時には220万件くらいの農家さんがいました。その名もなき農家さん・職人さんたちが、本当に美しいテキスタイルを文化や歴史と共に、みんなで作り上げてきたという世界観が本当に美しいなと思っています。しかも、自然なものだけで作られ、生態系を破壊しない里山文化なので、生産方法を徹底すればリジェネラティブ(再生する)という方向に持っていけるほどの循環システムを持ってるんです。
ビーガンの観点からシルクには反対の声もありますが、日本ではシルクの原料となる「蚕」を「お蚕さま」と様付けで呼んでいたり、亡くなった蚕を供養するための神社があってお祈りをしているんです。そこには、単純に命を奪ってるという世界ではなく「命をいただきながら一緒に作ってる」という感覚の方が強いからこそ受け継がれてきた文化や歴史がある。
単純に善悪で測れない関係性が人間と蚕にはあるんですよね。 もちろん命をいただいていることは事実なので、そこに目を瞑ってはいけないし、問い続ける必要があると思います。
でもそれらをふまえて、命に対する祈りだったり、その歴史、いろいろな人が関わっていて、自然と共に創り上げている、そんな複合的で壮大なテーマが圧倒的なシルクの美しさです。

手仕事の奥深さに触れる、世界で一つだけのものづくり体験
4月にオープンしたばかりのMORI WO ORUのスタジオで、筆者もバックの染色を体験した。自然と向き合いながら、静かに、ゆっくりと、手仕事の奥深さに触れる時間となった。
作業は、草木染め歴10年以上のデザイナー 小森さんと相談しながらスタート。
今回は、新作のブラウスの配色を、バックに落とし込むようなデザインに挑戦することに。

MORI WO ORUの染色は、一般的な草木染めのように、熱い湯に長時間つけて色を定着させる方法とは異なり、よりやさしく、シンプルだ。
定着材、染料、水を順にくぐらせ、何度も繰り返すことで、色が少しずつ濃くなっていく。初心者でも手軽に挑戦できる工程だが、繰り返すうちに無心になり、作業そのものが、まるで祈りのルーティンのように感じられる。

染めを美しく仕上げるためには、染料が均一に生地に染み込むよう、常にやさしく揺らすことが大切だという。
かといって揺らしすぎれば、染料が思わぬ場所に飛び散ってしまう。洗いの工程でも、常に清らかな水に触れるよう全体に気を配りながらすすいでいく。
集中力と繊細な手先の感覚が試される場面だ。
作業は数名で手分けし、互いに声を掛け合いながら進めていく。
染まっていくバッグを見つめながら、「まるで子どもを育てるみたいな感覚ですね」とスタッフの皆さんと一緒に笑いながら作業をした。

一つひとつの工程に細心の注意を払い、自然と人とで丁寧に紡いでいくこのものづくりには、次第に自然や職人への敬意が生まれ、完成したバッグに対して「ありがとう」という気持ちが湧いてくる。
あなたも、色を幾重にも重ねたり、生地を絞って柄を作ったりと無心で手を動かしているうちに、いつの間にか自分の心もほどけ、深く癒されていることに気づくだろう。
服を「買う」のではなく、「つくる」ことから生まれるまったく新しい体験。
京都を訪れるなら、ぜひこの染め体験を通して、服との関係を変容させてみてほしい。
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