
プロフィール
Sayaka Tokimoto-Davis
Sayaka Tokimoto-Davisは日本で生まれ育ち、2004年に文化服装学院を卒業後、東京でデザイナーとしてのキャリアをスタート。ニットデザイナーとして5年間の経験を積んだ後、2009年にニューヨークへ拠点を移す。NYのコレクションブランド United Bamboo にて、2009年から2013年までデザインチームの一員としてオールアイテムのデザインを手がける。2013年、ニューヨークを拠点に自身のレディースレーベル SAYAKA DAVIS を設立。“Self Nourishment” をブランドの核に据え、自然との対話を大切にしながら、温度を繋ぐものづくりを探求している。現在、アメリカや日本を中心に展開し、そのフィロソフィーを広げている。
Contents
新たな可能性を求め、日本からニューヨークへ
—— 東京とニューヨークで経験を積んだ後、SAYAKA DAVISを立ち上げた経緯を教えてください。
文化服装学院でファッションを学び、日本のアパレル業界でニットデザイナーとして経験を積んだ後、ニューヨークへ渡りました。渡米後、最初はUnited Bambooでインターンとして、その後アーティストビザを取得して同社でデザイナーとして経験を積みました。
その頃にはデザイナーとして10年ほどの経験を積んでいました。自分なりに表現してみたいものがふつふつと湧き上がってきており、「今が独立するタイミングかもしれない」と思い、2013年に「SAYAKA DAVIS」を立ち上げました。最初はニット7点、ジュエリー9点の小さなカプセルコレクションからのスタートでしたが、自分のスタイルや哲学を反映したものづくりを模索しながらブランドを続けてきました。

—— なぜニューヨークを拠点に選んだのでしょうか?
ヨーロッパには訪れたことがありましたが、ニューヨークは未知の場所でした。当時、「フィリップリム」や「アレキサンダーワン」など、ニューヨークのブランドがすごく注目されていた時代で、その活気に惹かれたんです。「面白そう」と直感的に思い、実際に行ってみたら自分に合っていたんです。
ニューヨークに来てからは、すぐに働き方の違いを感じました。英語が完璧に話せない自分でも意見を求められることが新鮮で、「こういう働き方が心地いい」と実感しました。様々な価値観を持つ人々が集まり、互いの個性を尊重しながら、多様な視点や感覚を広げてくれるNYが好きです。この街にいると、自分自身も自然体で、フラットな気持ちでいられる気がします。
「余白の美」から「Self-Nourishment」へ

—— ブランドミッションとして「Self-Nourishment(自己栄養)」を掲げていますが、その背景について教えてください。
ブランドを立ち上げた当初は、「余白の美」をコンセプトにしていました。日本人としてニューヨークで物を作る意味を考え、日本の美学をどう表現するかを模索していたんです。「余白の美」という概念は、日本画や枯山水に見られるように、空間をどう残し、見る人の想像力を引き出すかを大切にする考え方です。それを洋服にも取り入れたいと思いました。
しかし、コロナを経て価値観が変わりました。物の流れが止まり、「自分が洋服を作る意味」を深く考えるようになったんです。ファッションを通じて何を届けたいのかを改めて問い直したとき、「自分が作りたいもの」ではなく、「着る人にとってどんなものでありたいか」をビジョンに掲げたいと思うようになりました。
「Self-Nourishment(自己栄養)」は、単に洋服を身にまとう行為ではなく、自分との対話を促すもの。肌に触れたときの心地よさや、選ぶことそのものがポジティブな体験となるような服づくりを目指しています。
クラフトマンシップを受け継ぎ、良質な服を生み出す
—— コンセプトとして掲げている「温度を繋ぐものづくり」は、どういった思いから生まれたのでしょうか?
「温度を繋ぐものづくり」は、コロナをきっかけに考えたコンセプトです。洋服は多くの人の手を経て生まれるものだからこそ、「一つひとつの選択に意思を持ちたい」という思いが原点にあります。
生地屋さん、パタンナーさん、縫製の職人さん、アーティストなど、多くの人とコラボレーションしながら作り上げていくことがファッションの魅力です。そのプロセスの中で、お互いの強みを活かしながらものづくりをしていくことが、より良い洋服を生み出すことに繋がると考えています。一つのものがこれだけ多くの人の手を経て形になり、最終的に誰かのもとへ届くというのは、とても特別なことですよね。

素材には天然繊維を使用することが多いのですが、それも自然からの恩恵。だからこそ、それが単なる物として消費されるのではなく、一つひとつの温度を繋いでいくことが大切だと感じています。公式ウェブサイトの「Journal」での情報発信も、そうした思いからスタートしました。ストーリーを伝えることで、着る人にも愛着が生まれる。作るだけでなく、その背景を伝えることも、ものづくりの一環だと考えています。
—— 布帛は大半が日本製である一方、ニット製品は中国、ペルーなど様々な国で生産されていますよね。それぞれのアイテムに応じて生産国を選んでいる理由を教えてください。
ニットに関しては日本でも生産していますが、素材の生産地との繋がりを重視しています。たとえば、アルパカならペルー産が多いので、現地での生産を選択しています。ペルーにはクラフトマンシップが根付いていて、手作業が多いんですが、その温もりや技術に惹かれています。現在はフェアトレード認証を受けた会社と協力しながら製作を進めています。
インドでは、以前まで手編みのニットを依頼していました。インドを選んだ理由は、女性の社会進出と自立支援への貢献です。インドでは、女性が家庭に入ることが一般的で、経済的な自立が難しいという現状があります。知人のオーストラリア人デザイナーが、南インドで女性に手編み技術を教え、収入源を確保するプロジェクトを行っていたのですが、その活動に共感し、私も参加することにしました。

中国については、ブランド立ち上げ当初からお世話になっている工場があります。ここは技術力が高く、ニットの表現方法や仕上げのクオリティが素晴らしいんです。デザインの意図をしっかり汲み取ってくれるだけでなく、時には想像以上の仕上がりになることもあり、とても信頼しています。
今後は、日本製のニットにも大きな可能性を感じており、開発を進めていきたいと考えています。日本ならではの技術や感性を深掘りしながら、新たな表現を模索していきたいですね。
持続可能なものづくりとは、できることを積み重ねること

—— ブランドとして環境への負荷を軽減に取り組まれていますが、ものづくりを通じて環境問題や社会問題に関心を持つようになった背景を教えてください。
コロナ禍をきっかけに、環境問題について深く考えるようになりました。ファッション業界の環境への影響を調べていく中で、そのインパクトの大きさを改めて認識し、「ここまではやる、ここからはやらない」という基準を設け、常にアップデートしていく方針を掲げています。
また、人々がポジティブになれるものを作りたいという思いが根底にあります。環境に悪いと分かっていながら買うのはストレスですよね。自分にも環境にもやさしい選択ができることが、心地よいものとの出会いの体験に繋がると考えています。
—— その方針のもと、具体的にどのような素材を選んでいますか?
第一に、天然繊維を基本とし、春夏にはオーガニックコットンやリネン、ヘンプなどを優先的に使用しています。化学繊維を使用する場合には、極力リサイクル素材に置き換えを進めています。たとえばモヘアセーターは、10年以上作り続けているベストセラーアイテムです。モヘア、ウール、ナイロン、ストレッチ素材の配合で、10年同じセーターを着続けても毛玉ができにくく長持ちするのが特徴なんです。持続可能性とは、単に素材を天然やオーガニックに変えるだけでなく、製品の耐久性を高めることも重要だと考えています。
このニットの素材については、レスポンシブルウールやレスポンシブルモヘア、リサイクルナイロンを採用しています。現在、ストレッチ素材の置き換えは難しいですが、よりサステナブルな選択を模索中で、業界全体でリサイクル化が進み、私たちのブランドでも使用できる規模になれば、対応していきたいと思っています。

また、プラスチックボタンは使用せず、ナット釦、貝ボタン、ホーン釦を採用。ジッパーなどの付属品にも可能な限りオーガニックやリサイクルマテリアルを使用しています。
パッケージングでは、納品時の透明袋をバイオプラスチックに変更しました。さらに、「COPAC」という日本コパック株式会社が行うリユースハンガーを利用し、不要になったハンガーを回収・再利用するシステムを導入しています。ただ、回収率は40%程度で、特にアメリカでの回収先がないことが課題です。
生産過程で出る残布は、以前より美大や文化服装学院に寄付しています。学生が良質な素材に触れる機会を得ることは、創作の幅を広げる上で重要です。今後はブランド同士で協力し、より大きな取り組みに発展させていきたいと考えています。

さらに、日本の傘メーカー「イイダ傘店」に制作を依頼し、サンプルのアーカイブ生地を活用したカプセルコレクション「ハレの日の傘」を作りました。2020年春夏コレクションの墨流しのアーカイブ生地(写真左)や、2022年春夏コレクションで使用したチューリッププリントのアーカイブ生地(写真右)が、見事に美しく生まれ変わりました。
—— 透明性を大切にする上で、消費者に伝えたいことや、まだ伝えきれていないと感じることはありますか?
「グリーンウォッシュ」の問題は常に意識しています。伝えたい思いはありますが、過大に表現するのは避けたい。でも、正しい情報を知ってもらうことは大切なので、もっと積極的にコミュニケーションを取っていきたいと考えています。
サステナビリティは、単に素材を持続可能なものに置き換えることだけではありません。ものづくりの背景をブログで共有したり、洋服のケア方法をSNSで発信したりすることも大切だと考えます。まだ十分にできていない部分もありますが、少しずつでも伝えていきたいですね。
小規模ブランドにはできることとできないことがあり、時にはフラストレーションを感じることもあります。でも、楽しみながら続けることが大切だと思っているので、できることを共有し、できないことも正直に伝えながら、常に私たちなりのベストを更新していきたいと思っています。

—— ニューヨークでのサステナビリティに対する消費者の意識はどう感じていますか?
特にここ数年は、直営店やポップアップでお客様と直接話す機会が増え、意識の高さを感じています。「どこでどんな風に作られているのか?」といった質問が多く、ものづくりへのリスペクトを感じます。日本のクラフトにも関心を持ってくれる方が多く、デザイン性だけでなく背景を重視する傾向が強いと感じます。
—— 現地ではどのような取り組みが進んでいますか?
ニューヨークでは「Fabric Scrap」という端材や糸を回収・リサイクルするサービスが普及しています。専用のバッグを購入し、そこに端材を入れて回収してもらうシステムで、「廃棄せず活用する」という意識が高まっています。バッグに一杯になった端材を見るたびに、無駄を減らそうという気持ちを再確認させられます。日本にもこうした仕組みが広がるといいですね。
また、アメリカではオープンなコミュニケーションが根付いているので、同業界の横のつながりの中でも「こういう取り組みがあるよね」と情報共有をしたり、お客様ともものづくりの背景や価値観を共有しやすい環境が整っていると感じます。
日本の伝統技術とともに、持続可能なファッションの未来を築いていきたい
—— 現在進めている取り組みや計画はありますか?
現在、京都紋付さんとのお取り組みを進めています。京都紋付さんがアメリカ市場に進出するにあたり、当社のアーカイブを彼らの黒染め技術で染め直し、ポップアップイベントで販売する計画です。また、お客様に汚れてしまったお洋服をお持ち頂き、京都紋付さんで染め直しを行うサービスも立ち上げ予定です。当社だけでなく、アメリカの様々なブランドと協力し、アーカイブを集めて新たな価値を生み出す場を作りたいと考えています。「もったいない」という概念は英語には直接的な表現がなく、そこに日本独自の美意識を伝える可能性があると感じています。


また、LAのジュエリーデザイナーLeigh Miller(リー・ミラー)とコラボレーションし、着物の帯締めに使われる絹のくみひもを取り入れた「ARP BELT」も展開しています。このベルトの紐は、京都の昇苑くみひもさんに依頼して作成いただきました。日本の伝統技術を取り入れながら、グローバルな視点での発信を試みています。
—— 今後、ブランドとして挑戦したい技術や素材はありますか?
日本のルーツを探ることに強い興味があります。これまでも、墨流しを施したシルク生地や、着物の引き染め技術を用いた染色方法プリントなど、伝統工芸をモダンな形で活かす試みを続けてきました。今後も洋服を通じた様々な取り組みに挑戦し、日本に古くから伝わる素晴らしい手仕事を、失われつつある技術を時代に合わせた新しい形で未来へ繋いでいきたいです。
また、今年は素材の開発にも力を入れ、ものづくりをさらに進化させる予定です。既存の素材は扱いやすい反面、どうしても似たものが増えてしまう。それに、やっぱり私は素材が好きなんですよね。自然からの恵みである素材についてもっと深く知りたい。だからこそ、素材の可能性を広げるためのユニークな試みを模索しています。そして、日本の伝統技術と結びつけながら、環境と調和したもの作りに挑戦していくつもりです。
そして、環境に配慮したものづくりを続けながら、「物に宿る力」をより深く追求していきたいと考えています。どれだけ環境に優しい素材を使っても、最終的に大切なのは、そのもの自体が持つ価値や魅力だと思うんです。エモーショナルな喜びを感じられるものは、きっと時代が変わっても「ヴィンテージ」として誰かの心に届くはず。そんな、ものに宿る温度を繋いでいきたいと思っています。