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ある日、店頭で見かけた黒いミシンを衝動買い
塚本さんがミシンを手に入れたのは2022年のこと。相方の溜口佑太朗さんがコロナに罹患し静養することになり、10日間のオフができたことがきっかけだったそう。コンビを組んで13年。日常的な打ち合わせのない突然の10日間をどう過ごすかと考えた時に、ミシンを購入することにした。それにしても、なぜミシン?
「やっぱり芸人なので何もしないで10日間過ごすのはもったいなくて、何かネタになることをやってみようと思ったんですよね。最初は自分が普段やらないゲームにチャレンジしようと思って家電量販店に行ったんです。でもなんかピンとこなかったところに、ミシンが売られているのが目に入ってきて。
へ〜、ミシンって家電量販店で売ってるんだ、と思って見てみたら、エントリーモデルが1万円台の手頃な値段で、黒いフォルムがカッコ良かったので買って帰りました。」

どう考えても突然の展開だ。ご家族は驚いていなかったのだろうか。
「奥さんはミシンを持ってなくて、『は?』と呆れていましたね。また何か始めたなって感じだと思っていたみたいです。
僕、洋服が好きなんですけど、当時太って着られなくなったTシャツが家に山のようにあったんですよ。でも直しに出すと結構高いじゃないですか? だからそのTシャツを直すのがその時の目的でした。」
アウトサイズした洋服のリメイクなんて、まさにShift Cが推奨しているエシカル消費の好例じゃないですか! それにしても、小学校の家庭科以来のミシンだったという塚本さん。リメイクのテクニックは裁縫YouTubeチャンネルを参考にしながら、見様見真似でトライしたのだという。10日間でリメイクした数は35着! すごい! ミシン代を回収しましたね。
「いやー、その時は達成感がありました。その“自己完結型SDGs”をnote(メディアプラットフォーム)に書いたら結構反響があったんですよね。相方の療養期間が終わった後も、次は何をリメイクしようか、と考えていました。」
先輩芸人さんに背中を押され、「塚本ミシン」爆誕

塚本さんのリメイクアイテムを見て、特に評価をしてくれたのが先輩芸人のラバーガール・飛永翼さん。ミシンを続けることを強く後押ししてくれたのだという。
「『塚本ミシン』って名前でYouTubeを始めなよと言ってくれたんです。タグのデザインもしてくれて、実はYouTubeの編集も飛永さんがずっとやってくれています。僕が作業している様子を固定カメラで撮影してそのデータを渡すんですけど、結構長いんですよね。だから申し訳なくて、長すぎるなと思った時は自分で編集してから渡しています。」
とある芸人さんのアイテムのリメイク時に切り取った袖口を、別の芸人さんのボディに合体させたことで、本人たちは面識がなくても塚本さんが作ったアイテムで繋がることもあるんだとか。芸人さんたちの間で衣服の循環が生まれているようだ。

そして塚本ミシンの特徴は、なんと言ってもセンスの良さ。この日着ていたアウターは、ナイキのアイテムを組み合わせたものだったのだが、『あれ? サカイとナイキのコラボ?』と思うような仕上がりなのだ。デザインソースは一体なんなのだろうか。
「学生の頃から、色んな服を検索したりお店で見たりしてたんですよね。買わずに見てただけですけど、それでいろんなイメージが蓄積されたんだと思います。本当にずーーっと検索してたけど、あの時間も無駄じゃなかったんだなと思いますね。
今では洋服は、リメイクするための素材という見方をしてます。既製品をそのまま着ることはほとんどないですね。」
2歳のお子さんの洋服も、ほとんど塚本さんがリメイク

ミシン購入後に生まれたお嬢さんは現在2歳。アウトサイズが早い子供服も、ほぼすべて塚本さんが作っているのだそう。この日持ってきてくれたのは、自分が着ていたニットのボディと奥さんのブラウスの袖を合体させたもの。可愛い! そしておしゃれ! とはいえ、お二人の親御さんはお孫さんに洋服を買いたがるのでは?
「いやー、大丈夫です、とやんわり伝えてますけど、せっかくだから受け取って、着られなくなったらリメイクしてます。」
塚本さんのYouTubeを見ていて思うのは、その作業の速さと潔さ。洋裁チョークなどは使わずに布に定規を当ててザーーッとカットして、重ねた布をクリップで留めてからミシンで縫う。なんだか迷いのない感じが気持ちいいくらいだ。しかし、私が家庭科の授業で何度もやらされた仮縫はなんだったんだ…?

「実は作業に取り掛かるまで、めっちゃ悩んだりしてるんです。カメラを回すまでが長いんです。テクニックに関しては、やりやすい方法で良いのかなと思ってます。きっと本職の人からすると、おいおいって感じかもしれませんけど。
ただ、失敗したらやり直せばいいので。切ったものは元に戻せないけど、ミシンがけで間違えたら解けばいいので、そこは恐れずにやってますね。」
黒いマシーン(ミシン)を使って、色んなパーツを組み合わせる様は、なんだかロボットのパーツを組み合わせて遊んでいるかのようだ。
芸人仲間と協力して、アップサイクル&ドネーション
去年の5月は、ゴミ清掃員としても活動している芸人のマシンガンズ・滝沢秀一さんが主催する「ごみフェス」に参加。芸人仲間から集めた古着を塚本さんがアップサイクルして、出来上がったアイテムを会場で販売。売り上げを寄付したのだそうだ。
「誰も損をしない、すごくいいイベントですよね。僕も楽しかったです。」
サステナブルな取り組みを楽しんでやっている塚本さん、素敵です。

ミシンが変えた? 塚本さんの大躍進
そんな塚本さんの初のエッセイ集『コントとミシン』(光文社)が先日発売になった。構想2年、企画が立ち上がった時は、リメイクのノウハウ本にする予定だったのが、途中で方向転換したんだそう。学生時代の思い出、家族、芸人としてのあれこれを、ミシンとファッションを絡めてコント師ならではの言葉で紡いた一冊だ。

ちなみに文章のほとんどは、2024年のキングオフコントの準決勝から決勝までの一ヶ月の間に書いたんだとか。賞レースの決勝前の大事な時期に本を書いていたなんて、ハート強い! そして優勝しちゃうなんてカッコ良すぎますけど。
「でも、この執筆があったから、力みすぎに決勝戦を迎えられたのが良かったのかもしれません。結果、本も完成して優勝もできて良かったです。」
もしかしたら、幸運を運ぶミシンだったのかも? とにかく出版おめでとうございます!

塚本直毅
1984年生まれ、静岡県出身。2009年に溜口佑太朗と共にお笑いコンビ・ラブレターズを結成。コント執筆担当。2024年のキングオブコントでは、5度目の決勝進出で17代目王者となる。特技はミシンの他に、楽器アサラトの演奏など。2025年2月に初のエッセイ集『コントとミシン』(光文社)をリリース。本の巻頭の写真はコンビ芸人・かが屋の加賀翔さんによる撮り下ろし。