「環境配慮×日本の職人が欧州で成功するのを目の当たりにした」
大阪梅田駅そばに工房を構える三恵メリヤスはヴィンテージ風の風合いを再現することを得意とし、スウェットやTシャツといったカットソーの企画・縫製を行う。2016年、自社ブランド「エイジ」(Shift C評価:良い)を立ち上げた。「素材にこだわって追求した先に大正紡績の綿糸に出合った」と三木社長は振り返る。大正紡績は世界各地の綿花産地に精通しており、独自のルートで綿を輸入して高級糸を紡ぐ名門の紡績工場で、2010年にGOTS認証を取得している。
「大正紡績の綿糸を使ってTシャツを作っていたら、GOTSのボードメンバーの日本オーガニック協会(JOCA)からGOTSに興味がないかと声をかけられた。ちょうどその頃、落ち綿を2~3割活用した生地を用い日本製をうたうブランドを立ち上げた海外の取引先のビジネスが好調で、毎年売上高3割増が続いていた。“環境配慮×日本の職人”が欧州で成功するのを目の当たりにした。さらに、アウトドアブランドのドイツ人ディレクターの話も印象に残っていた。彼は『販路開拓する際にいきなり訪ねても話を聞いてもらえない。リサイクルやリユース製品の紹介が有効だ』と話していた。日本のファクトリーとして永続するには海外との取引は欠かせないが、海外では環境に対する優位性が必要不可欠だ。若手に入社してもらいたいとも考えていたので世界基準の工場になるために認証取得に挑戦しようと考えた」。
「高難易度GOTSに挑むこと自体が会社を良くする」
GOTS認証は綿繰りから紡績、編み・織り、染色、裁断、縫製、仕上げなどを行う全ての工場での個別監査が必要で、多くの場合一気通貫型で製造を行う工場が取得している。日本は各工程を専門の職人が受け持ち高品質を求めた結果、分業化が進み規模の小さな町工場や家族経営の事業者が多い。国際認証に挑むには資金的にも人員的にもハードルが高い。日本の製品は高品質だと海外から評価される一方、環境や人権に関する国際認証を取得している工場が少なく、特に規制が強まる欧州市場で優位な立場を築くには認証取得が一つの武器になりつつある。そんな日本で認証取得のハードルを下げるために開発されたのがGOTS CSCS(Controlled Supply Chain Scheme、管理型サプライチェーンスキーム)だ。小規模事業者がグループで取得することができ、内部監査が可能になったことで認証にかかる費用を軽減できる。条件は最低8社最大30社で構成した事業者で、各社の従業員が20人以下であること。
パイロットプロジェクトのGOTS CSCSは前例がなかった。三木社長は「もし認証されなくても挑戦することで社内が整理整頓されるなど、どのような形であれ良い効果が期待できると考えた。いざ取り掛かるとGOTSのハードルの高さは認識していたが、GOTSはもちろんOCS(オーガニック繊維の国際認証)を取得した企業の情報が非常に限られていたため、どう取り組めばいいかわからなかった。規約を読んでみたが全て英語なうえ長い。受験勉強のように全問正解せねばという変なプレッシャーを自分にかけてしまっていた。でもそういうことではなく、自分たちに当てはまるところを選んでどうやってクリアしているかを答えることが大切だとわかった」と話す。
GOTS CSCSに共に取り組むチームにとっては仕事も負担も増える。三木社長は「『GOTS認証には社会的規範も含まれている。世界に向けていい製品を作りたい』と僕たちが挑戦したいことを丁寧に伝えて理解を促した」と振り返る。CSCSの利点である「内部監査」は実際に取り組むとなると高いハードルとなり簡単ではない。「例えば、一緒に取り組む企業の最低給与の方の明細と面談が必要だった。これまで協働してきた取引先であってもこんなことを聞いていいのかと戸惑いがあった。突然の依頼だったら難しかったと思う。先代、先々代からの取引があり、先々代から20日締め25日払い、振込手数料も当社持ちを徹底して続けてきたことや、いい生地を作るために工場に何度も足を運び、顔を見ながら話し合いを積み重ねてきたことが『内部監査』を可能にしたと思う」。培われた信頼関係が23年5月の認証取得につながった。
GOTS認証は、「僕的に要約すると『トレーサビリティと社会性を適切に記録して、いつでも見ることができる仕組み作り』」だという。認証取得と維持には金銭的負担も増えるが、サプライチェーンが複雑なアパレル製品において、誰がどこでどのように作ったかを把握することのメリットは大きい。取得してよかったことを尋ねると「スタッフの声を聴くタイミングを持てたことは大きい。認証取得のためのアンケートや聞き取りを行って問題が浮き彫りになり、新たにスタッフの休憩スペースを作り、トイレをキレイにした。認証取得に向けた取り組みが結果的に社内コミュニケーションを密にした」との答えで、取材当日も三木社長とスタッフがフラットに話しながら荷出しをする姿が印象的だった。
認証取得から1年半が経ち、脱色が可能になった。「当初は脱色のための助剤の認可が下りず、生成りの製品しか作ることができなかった。多くの地域では脱色したり蛍光剤を使ったりしてもGOTS認証を取れている。おかしいと追求した結果、実は多くの国で使用可能な助剤が日本だけがはじかれていたことがわかった。過渡期にあり、混乱時期だと感じた事例だった」。GOTS CSCSを取得したことで海外企業からの依頼が増えたというが、「生成りだけでは難しかった。せめて白Tシャツができればという企業もあった。脱色が可能になったことを伝えると早速商談が始まった」。
シルクスクリーンプリントも可能になった。「シルクスクリーンを行うENDの後藤さんが自社でGOTS認証を取得していたが、発注が増えずに認証継続をあきらめようとしていた。そんなときに出合い、認証にかかる費用を各社均等割することでわれわれのCSCSに入っていただくことになった」と話すが、すでに課題もある。「END後藤さんがこれまでキロ単位で仕入れていた染料を製造するトルコの企業が買収されたことで、その企業が非効率なキロ単位での販売を取りやめた。早急に染料の調達法を考えねば」と頭を抱える。
審査を通すためではなくモノが良くなるから活用する
日本は環境配慮型製品の市場が小さいため、認証が下りた助剤や染料の入手が難しい。「例えば、『エプソン』や『ブラザー』はGOTS登録した機械やインクを製造しているが、日本では販売していない。市場がないから入ってこない。結果購入できない。市場が広がればできることは増える」。認証を得た素材や薬剤は通常のものよりも製品にするときに風合いの再現が難しいという話を聞くことが多いが、「現在GOTS認証製品で用いている洗剤と柔軟材は、これまで使っていたものと比べて格段に柔らかくなり、フィニッシング(仕上げ)が良くなることがわかった。価格は1.5倍だが、審査を通すためではなく、製品に関係なく活用していこうと決めた」という。いい製品を作ろうとした結果、認証を得た薬剤に巡り合うこともある。
オーガニックでクールな製品を生み出して国内市場も広げたい
CSCSに一緒に取り組むチーム内で廃業を決めた企業が出てきた。「実は生地の編み立てを行う和歌山の津村メリヤスが12月で廃業する。今日本の産地は後継者不足で廃業を決める工場が増えており、できなくなることが増えている」と危惧する。新たに高木メリヤスがCSCSのチームに入る。「高木メリヤスは20代の息子さんも事業に参画することになった。津村メリヤスを紹介して編み機を購入・引き継いでいただくことで、津村さんにお願いしていたことを高木さんにお願いすることになった。GOTS CSCSを一緒に取得する企業間でチーム感や家族感がでてきた。ハブとまでは言えないけれど、機械や技術を次につなげられるような役割も担うようになったとも感じている」。
同業者からの相談も増えた。「出し惜しみなくシェアしたい。いい輪を広げていきたい 」。
日本の産地では廃業する工場が増え、モノ作りのリードタイムが長くなり、作ることができないモノが増えている。「CSCSを産地単位で取るのはどうか。日本の商習慣に合っていると感じる。例えば各産地にある組合や行政が旗を振り、地域単位で取ることで、これまで以上に世界で戦えるのではないか」という。さらに「例えば20~30社に増えれば革新的な人材も生まれるのではないか。GOTS認証は環境負荷だけではなく、トレーサビリティや人権までカバーしているため、生活者の共感を得やすい。オーガニックで格好良くてクールな製品が生まれれば市場が生まれる」。
三木健/三恵メリヤス社長
1926年創業の三恵メリヤスの4代目。幼少期から町工場でお手伝いをしながら育つ。大学卒業後は、ニューヨーク、ロンドン、トロント、バンクーバーなど世界各国を拠点に事業を行う。14年三恵メリヤスに入社し服作りに携わり始める。世界に誇れる一生もののTシャツを提供したいと考え、2年の試行錯誤の末に着心地に徹底的にこだわったTシャツ「エイジ(EIJI)」を立ち上げる。24年8月から現職。「人生で最高の一枚を」届けるために日々服作りを行う。https://eiji-o.jp/