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ストーリー|2024.05.02

パレスチナの女性たちの手仕事を着る。今知りたい、ザイノウエブラザーズの「タトゥリーズプロジェクト」

日々ニュースで伝えられるパレスチナ、ガザ地区の混迷。世界で反戦運動も広がっている。そのイスラエル占領下のパレスチナを12年前に訪れ、ファッションプロジェクトを始めたのが「ザイノウエブラザーズ」だ。デンマークで生まれ、現在は沖縄とロンドンに暮らす兄弟が手がけるアイテムはどれも、土地の文化へのリスペクトと、地域社会をよくする「ソーシャルデザイン」の精神で作られている。「パレスチナ女性の誇りそのもの」というタトゥリーズ刺繍が施されたコレクションは、どのようにして生まれたのか? 兄の井上聡さんに話を聞いた。

原稿:古谷ゆう子

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井上聡さん(左)と清史さん(右)兄弟による「ザイノウエブラザーズ」。パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区のベツレヘムにて。

――2019年に、イノウエブラザーズとして「タトゥリーズプロジェクト」を立ち上げられました。きっかけについて教えてください。

始まりは、僕と弟の清史が生まれ育った1970年代のデンマークにまで遡ります。ヨーロッパでは、当時ヒッピーカルチャーが広がっていて、彼らは人権やダイバーシティ、ジェンダーイクオリティの問題に対し、先端に立って闘っているような存在でした。そうした彼らの闘う姿勢を自分たちは身体で体験していました。父はジョン・レノンとオノ・ヨーコによる平和活動に影響を受けていて、僕たちも毎晩レノンのレコードを聴きながら寝たのを覚えています。

その頃から、大きな問題とされていたのがパレスチナとイスラエルの問題です。近代に限ると、第一次世界大戦から始まっていた問題ではありましたが、70年代はパレスチナとイスラエルの問題は、“西洋対中東”という図式で語られていました。僕たちも世界史の授業で「この問題が解決しない限り、西洋と中東は共存できない」と学んだ。一方で、幼い頃から僕たちの周りにはトルコやパキスタン、中東からの難民もいて、同じく白人でない僕たちにとって、心を許せる友達も多かった。彼らのことをもっと知りたい、文化に触れたい、という気持ちは若い頃からありました。

――初めてパレスチナに足を運んだのは、いつだったのですか。

2004年にイノウエブラザーズを立ち上げ、最初に取り組んだアルパカプロジェクトが安定してきた頃に、「次はどこに注目しようか」と弟と話し、自然と「パレスチナ」というエリアが挙がってきました。ソーシャルデザイン会社として、いまの世界状況を見つめた時にどこに目を向けるべきなのか。そう考えた時に、最も根深い問題になっている場所に行けば、自分たちにとっても大きな学びになると思いましたし、何より目で見て経験し、そこから何が正しく、何が正しくないということを自分たちなりに定義していきたいという思いがありました。とはいえ、そう簡単に行ける場所ではないですし、知識や人脈があるわけでもない。「足を運ぶのは少し怖いな」という気持ちもありました。

パレスチナに行って気づいた、自分たちが中東の文化と繋がっていること

――最終的にどのようにして、パレスチナ行きが決まったのでしょうか。

美容師である弟のお客さんに、NGO「オックスファム」で働いている女性がいました。彼女は若いパレスチナの作家にもチャンスを与えたい、と10年以上にわたりパレスチナで文学フェアを開催していました。「イスラエルとパレスチナのメディアの取り上げ方は偏っている、パレスチナの女性たちに声を与えたい」という強い思いがあり、彼女がパレスチナへの旅をアレンジしてくれました。2012年5月のことです。エルサレム、ベツレヘム、ラマッラに計4日間滞在しました。

刺繍の伝統を受け継ぐ、ヨルダン川西岸地区の女性たち。

ラマッラにあるビルゼイト大学に足を運んだことが、タトゥリーズ刺繍と出会う直接的なきっかけとなりました。大学のなかにタトゥリーズを研究している分野があり、1000年以上の前の刺繍から、近年のものまでがショールームのような場所に飾られていた。

パレスチナの人々にとって文化を代表する工芸は「刺繍」なんだ、と説明を受けました。なぜこんなにも当たり前のことを忘れていたのか不思議で仕方がないのですが、たとえば我々が日々使っている数字も「アラビア数字」ですよね。これだけ中東の文化と歴史に日々頼って生きているのに、なぜ9.11のテロ以降、我々はイスラムと聞くだけで嫌悪感を抱くようになってしまったのだろう。「中東の文化ってすごい、でも完全に忘れてしまっている」というのが、最初の気づきでした。

――現代を生きる人々にとって、タトゥリーズ刺繍はどのような存在なのですか。

日本でいうところの“折り紙”でしょうか。手先を器用に使える年齢の女性であれば、ほぼ全員ができるものです。デザインは、それぞれの出自やアイデンティティ、そして社会的な役割や階級を示しているそうです。場所によっても異なりますが、イスラム教では「女性が行うもの」「男性が行うもの」がはっきりと区別されていて、タトゥリーズ刺繍は女性たちの手によって現代まで伝えられてきました。タトゥリーズを見た時は、「服にこの刺繍をしてみたい」「うちの服のデザインに取り入れたい」というアイデアがすぐに浮かびました。ソーシャルデザイン会社として我々が真っ先に考えたのは、「女性たちにどのように仕事を与えようか」ということでした。

洋服に精緻な刺繍を施していく。

敵味方を超えて純粋に美しさを伝えるために「絶対にこの人たちと仕事がしたい」

――プロジェクトはどのように進んでいったのですか。

まず、生産状況がものすごく厳しいという現実にぶつかりました。なぜなら、パレスチナはイスラエルにコントロールされていて、すべてイスラエルから「輸入」しなければいけないから。糸にしてもキャンバス生地にしても、何かの素材が必要な限りはイスラエル政府の許可を得て、輸入しなければいけません。これまで培ってきたノウハウも、“普通はこうだ”という考えも一切通用しないのだと思い知りました。このシステムの根底にあるのは「差別」ですから、正式な書類を提出したとしても、素材が手に入るかはわからない。輸出入は政府によってコントロールされていますから、輸入が難しければ輸出も難しい。現実を知れば知るほど、僕と弟のなかで、悲しみや悔しさ、怒りが増していきました。ものすごく不公平な社会だ、と。同時に「絶対にこの人たちと仕事をしたい、応援したい」という気持ちはどんどん大きくなっていった。

自分たちにできる事は何か。そう考え最初にたどり着いたのは、「タトゥリーズ刺繍の美しさや歴史、文化をそのまま伝える」ということでした。「誰も敵でも味方でもなく、美しいものを美しいと伝えたい。それこそがイノウエブラザーズではないか」と弟と話したことを覚えています。

――不可能な状況と言えるなか、突破口はあったのでしょうか

イスラエルがこの状況を変えてくれることに期待する事はできません。「パレスチナがかわいそう」と考える人々はいても、全体から見れば1%程度です。唯一希望があるとすれば、第二次世界大戦を歴史でしか学んでいない比較的若い世代、自ら情報を集め、多角的な意見に触れ、自分の頭で物事を考えられる世代が、少しずつ状況を動かしていく。その可能性はゼロではないと思っていました。

諦めの悪い僕たちは、周囲の友達には常にタトゥリーズについて話をしていましたし、ブランドとして取材を受ける際も、意識的にタトゥリーズについて話すようにしていました。するとある日、デンマークにいるデザイナーの友人が「紹介したい人がいる」と声をかけてくれて。

「二人の若いデザイナーで、めちゃくちゃかっこいいストリートブランドを作っている。イスラエルのブランドだ」。その言葉に、僕は「絶対に嫌だ」と思いました。ですが、よく聞いてみると「世界で初めての、イスラエル人二人とパレスチナ人二人による共同ブランドだ」と。「自分たちが作っている服は、イスラエル、パレスチナの両方で縫製を行っている。装飾はすべてタトゥリーズ刺繍なんだ」と言われた時は、椅子から転げ落ちそうなほど驚きました。それがADISH(アディッシュ)との出会いでした。

――まさに、自ら情報を掴んで自らの頭で行動できる、若い世代だったのですね。

低賃金・低コストを利用しようとする原理があるため、イスラエルの会社はパレスチナからモノを輸入することができる。そして、イスラエルからモノを輸出することは規制されていない。イスラエル側から素材を送り、パレスチナで刺繍をし、イスラエルに運び、世界に輸出する、という物流システムを彼らは作っていた。彼らとパートナーショップを組み、2019年に初のコラボレーションを行いました。僕らが初めてパレスチナを訪れてから、7年が経っていました。

ペルー産のオーガニックコットンのスウェットにタトゥリーズ刺繍のパネルを縫い付けた、「アディッシュ」とのコラボ製品。現地の状況が一層複雑になるなか、パネルにすることで流通の工程をシンプルにし、職人がどこでも働けるようにした。左はアラビア語で「One Love」のメッセージが、右はブランドのアイコンであり、女性解放運動の象徴である拳が背中のポイントになっている。スウェットシャツAdish TIB Logo 各38,500円

――仕事を依頼し、価格設定を決めていくうえで、大切にされたのはどのような視点でしょうか。

我々は、生産コストについては一切交渉していません。僕らが求めているクオリティ、モチーフ、サイズ、納品までの期間を伝え、「いくらかかるのか値段を出してください、その値段で買い取ります」と伝えています。

現在の大手アパレルの問題は、生産コストを少しでも下げるため「いくらで生産できるか」を下請けの生産者同士で争わせている点です。ですが、本来は「生産にいくらかかるのか」という現場の声は最も尊重すべきもの。「自分たちはあなた方を100%信頼している」ことを、まず伝えています。「信頼している」と伝えると、そこでごまかそうとする人はほとんどいません。それは、人間の素晴らしいところだと思います。そこから物流などにかかるコストを算出したうえで、最終的な価格を決定しています。昔ながらのビジネスモデルであり、至極真っ当な考え方であると思います。

――今後、タトゥリーズプロジェクトはどのように進めていく予定ですか。

いまの中東の状況を見ていると、その質問に答えるのはとても難しい、というのが正直なところです。僕たちのプロジェクトのなかで、最も先が見えないプロジェクトであり、一番危機感を感じているプロジェクトでもあります。最もビジネスにはならないプロジェクトかもしれませんが、その分、僕のなかでは一番大事なプロジェクトとも言えます。

いまの若い世代の人々の意識は、変わってきている。それは希望だと思います。ここ10年ほどで、一枚の洋服が生まれるまでの背景を知りたい、とする人々が増えたという印象は強く受けます。「SDGs」「サステナビリティ」といった言葉に食傷気味、という意見もありますが、それらを入り口にものの見方や考えが変わっていくのなら、それは否定すべきではない。僕はそう思っています。

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