Contents
〈プロフィール〉
一ノ瀬メイ|パラリンピアン、モデル、スピーカー
1歳半から水泳を始め、13歳で史上最年少となるアジア大会に出場。2016年リオデジャネイロパラリンピックでは、日本人女子最多となる8種目に出場。現在9つの日本記録をもつ。2021年に現役を引退後は、モデルやスピーカー、俳優、企業やブランドとの協業など国内外で幅広く活躍。2023年には「TEDx」に登壇。2025年には映画「The Edge」に主演。Instagram:@mei_ichinose
今回のファッションシュートに向けた打ち合わせで、一ノ瀬さん自身から挙がったのが「水」というキーワードだった。長い競技人生を水の中で過ごしてきた彼女にとって、水は単なる競技の舞台ではない。自分自身と向き合う場所であり、社会へ声を届けるための手段でもあった。
アスリートからモデル、講演、そして新たな表現へ。一見すると大きく変化してきたキャリアも、本人の中ではすべてが一本の線でつながっているという。その原点にある「水」から、一ノ瀬メイという人を辿る。
京都・貴船神社で出会った「水のように生きる」という指針
さまざまな自然のエレメントのなかでも、一ノ瀬さんが昔から最も身近に感じてきたのが「水」だという。その感覚をより深くしたのが、京都・貴船神社で出会った言葉だった。京都出身の一ノ瀬さんは、パラリンピックへ向かう前、そして競技を引退したタイミングにもこの場所を訪れている。
「貴船神社に、水について書かれた木の看板があるんです。水は蒸発して、また雨になって降ってきたり、凍れば氷になったり。そのときの環境に合わせて形を変えていく。でも、水という性質自体は変わらない。川が広ければゆったり進むし、道が狭くなれば勢いを増して進んでいく、というようなことが書かれていて。写真を撮って、今もずっと保存しています」
その水のあり方に惹かれ、「自分も、水のように生きていきたい」と思うようになったという。
アスリートから表現者へ。一見すると大きく方向を変えたように見える一ノ瀬さんのキャリアも、本人にとっては、水が形を変えることとよく似ている。

「周りから見ると、アスリートが表現者になることを不思議に思われることもあります。でも水について思い返すと、自分が活動したり表現したりする目的は変わっていないし、一ノ瀬メイという人間も変わっていない。ただ、そのときの状況や環境によって、水のように形が変わっているんですよね」
形を変えても、その性質は変わらない。水のあり方は、一ノ瀬さん自身の生き方にも重なっている。
水の中は、自分自身と向き合う場所
競技者として長い時間を過ごしてきた水の中は、一ノ瀬さんにとって陸上とはまったく異なる場所だった。
「これは私個人だけじゃなく、パラ水泳全体でも言われることなんですけど、陸上では車椅子や義手、義足などのツールを使う人も、水の中ではそういったものを一切つけず、身体ひとつでスポーツをする。それって、パラリンピックの競技のなかでも実はすごく珍しいんです」
一ノ瀬さん自身も、陸上でヨガやウエイトトレーニングをするときには、自分の可能性を広げるツールとして義手を使うことがある。一方、水の中では身体ひとつだ。

「水の中ではすごく自由を感じます。身体ひとつで、どう速く泳ぐか。一番自分の身体と向き合わされるものでもあったので、水の中はずっと『自分を知る』という作業をさせてくれた場所だったと思います」
泳いでいるあいだは、人と話すことも、周囲の音を聞くこともほとんどない。毎日2時間、長いときには4時間。否応なく、自分自身と向き合う時間が続いた。
「瞑想に近い感覚ですね。外からの音がシャットダウンされている分、自分の頭の中での会話だったり、心の動きだったりをすごく観察していました。他が静かになるからこそ、自分というものが怖いくらいあらわになる。それが私にとって、水の中の世界です」
水泳は、社会に声を届けるための手段だった
一ノ瀬さんは、競技人生の根底には「世界平和に貢献したい」という思いがあったと話す。水泳で結果を残すことが、なぜ世界平和につながるのか。その背景には、幼い頃から感じてきた社会への違和感があった。
「当時は、雑誌やメディアに心身に違いのある人がまだまだ出ていなかったし、パラリンピックも全然知られていませんでした。将来パラリンピックに出るのが夢だと友達に言っても、誰もパラリンピックを知らない、というような状況でしたね」
自分とは異なる身体を持つ人を「知らない」「見慣れていない」ことが、偏見や差別につながっていると感じていたという。自身も、小学校の水泳の授業ではクラスで一番速かったにもかかわらず、障害を理由にスイミングスクールへの入会を断られた。高校時代に世界ランキングに入るようになってからも、大学進学ではパラアスリートを対象としたスポーツ推薦枠がないことを理由に、断られることが続いた。
「実際に自分が何をできるかではなく、周囲から『この人にはできないだろう』と決めつけられることで、自分の選択肢や可能性が狭められてしまうことが何度もありました。人の思い込みで、自分の可能性を狭められることが、すごく悔しくてしょうがなかったです」

けれど、その思い込みが「知らないこと」から生まれているのなら、知ってもらうことで社会は変えられるかもしれない——そう考えたとき、自分が得意だった水泳が、社会へ声を届けるための手段になった。
「『知ってもらうことで、社会は変わるかもしれない』と思ったのが最初の動機でした。水泳は自分の得意なことだったので、世界で活躍する選手になれば、取材してもらえる機会も増えて、自分の声をより多くの人に届けられるんじゃないかと思っていたんです」
だからこそ、一ノ瀬さんにとって競技で結果を出すことは、より多くの人に声を届けるための手段でもあった。
「もちろん、結果を残したり記録を出したりすることも大事でした。でも、それ自体がゴールではなくて、その先でどれだけ社会にメッセージを届けられるか。中学生の頃から、そこを意識して水泳に取り組んでいましたね」
水泳で結果を残すことで、より多くの人に自分の存在や考えを知ってもらう。その積み重ねが、偏見や思い込みを減らし、誰もが生きやすい社会につながっていく。一ノ瀬さんにとって、“水泳”と“世界平和”は、そうした一本の線で結ばれていた。
パラリンピックを通して知った「社会は変えられる」ということ
水泳を通して一ノ瀬さんが得たのは、社会に声を届ける機会だけではない。自身のキャリアを通して、社会が実際に変わっていく過程も目の当たりにしてきた。その大きなきっかけのひとつが、2012年のロンドンパラリンピックだった。父の母国でもあるイギリスで、パラリンピックが社会に広く受け入れられている光景を目にした。
「すごくパワーをもらったんです。『イギリスがこれだけできるんだったら、日本にもできるかもしれない』と思いました」
その後、自身初のパラリンピックとなるリオ大会に出場し、東京大会へ。日本でもパラリンピックへの関心は次第に高まり、一ノ瀬さん自身もテレビやCMなどに出演する機会が増えていった。

障害から気候変動へ。社会課題を「自分ごと」として捉える理由
障害や偏見をめぐる自身の経験から始まった一ノ瀬さんの関心は、やがて気候変動やジェンダー、ファッションなど、さまざまな社会課題へと広がっていった。その考え方の土台にあるのが、母から教わった「障害の社会モデル」だ。一ノ瀬さんの母は、娘が生まれたことをきっかけに障害について学び、イギリスのリーズ大学大学院で障害学を学んだ。
「例えば『一ノ瀬メイの障害は何ですか?』と聞かれたときに、『片腕が短いことが障害だよね』と考えるのが個人モデル。一方で社会モデルは、その人の心身の特性そのものではなく、その特性を持って生きる人に『生きづらさ』を感じさせる社会の仕組みや環境の側に障害がある、と考えるんです」
一ノ瀬さんにとっては、右腕が短いこと自体ではなく、それを理由にスイミングスクールへの入会を断られたり、スポーツ推薦を受けられなかったりしたことが、社会の側にある障壁だった。
「社会の仕組みや人の思い込み、行動によって障害がつくられているのなら、社会が変わることで、その障害もなくしていける。この考え方を知ったときに、『今まで自分が感じてきたことを言語化してくれた』と思いました」

その視点を持つようになってから、一ノ瀬さんが「自分ごと」として捉える範囲も少しずつ広がっていった。
「いろいろな人と出会ったり、ドキュメンタリーを見たりするなかで、気候変動やLGBTQのことを知るようになりました。自分が実際に経験してきたことだけではなくて、いろんな社会課題を自分ごとのように感じるようになったんです」
その延長線上に、ファッションもある。大きな転機となったのは、2020年。コロナ禍で滞在していたオーストラリアで、環境問題やファストファッションに関するドキュメンタリーを数多く観たことだった。
「自分は『世界平和に貢献したい』と思って水泳をやってきたのに、知らないうちに逆のことにも加担していたんだと気づいて、すごくショックだったんです」
社会がつくる障壁をなくしたいと活動してきた一方で、自分自身の選択が、知らないうちに別の誰かや環境に負荷をかける側に回っているかもしれない。その矛盾に気づいたことが、ファッションを含め、日々の選択を見直すきっかけになった。実際に、食生活をプラントベースに切り替えたり、量り売りを選んだりと、暮らしそのものも大きく変わっていったという。
社会の仕組みや人の考え方によって、誰かの選択肢や可能性が狭められる。その構造は、自身が経験してきたこととも重なって見えた。
「社会や人の考え方がつくっている生きづらさだから、発信や自分の行動によって変えていけると思っています。テーマはどんどん広がっていったけれど、全部すごく自分ごとで、自分の中では一本の線に乗っているんです」
アスリートから表現者へ。形を変えても、変わらないもの
水泳選手として競技を通じて社会へ声を届けてきた一ノ瀬さんは、現在、モデルや講演などへと表現の場を広げている。活動する場所や表現の形は変わっても、その根底にある思いは変わらない。
「自分が活動したり表現したりする目的は変わっていないし、一ノ瀬メイという人間も変わっていない。ただ、それが状況や環境によって、水のように形を変えている。私は水というアイデアや性質から、すごくパワーをもらっています」
環境に合わせて形を変えながら、それでも本質は変わらない水のように。一ノ瀬さんもまた、自分の軸を持ちながら、表現のかたちを更新し続けている。そして、その先に思い描いているのが「ミューズ」という存在だ。
「最終的には、ミューズになりたいと思っています。ブランドやクリエイティブのイメージを体現するだけではなくて、自分の生き方や体現していることが、逆にクリエイティブやブランドにも影響を与えていく。そういう存在がミューズなのかなと思っています」
そんな一ノ瀬さんをミューズに迎え、今回スタートしたShift Cの新連載。この連載では、彼女の視点を通して、ファッションとサステナビリティの接点をひとつずつ紐解いていく。次回は「クラフト」をテーマに、手仕事や服の背景を知ることで広がる、ファッションの楽しさを探る。