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神社の境内に広がる、伝統的な繊維づくり
資本主義の世の中、原料、労働、そして服には、値段がつけられることがあたりまえとされます。今の経済の仕組みができる前から続く伝統工芸であっても、続けていくには多くの場合、市場性の確保が求められます。
そんな中、先日、完全に資本主義の外側で繊維や衣服をつくる人々に会う貴重な機会を頂きました。日本のある地域では、江戸時代から大麻(ヘンプ)栽培を行い、今でもすべて手作業で精麻と呼ばれる繊維をつくっています。その保存会の活動を見学させていただいたのです。
指定された集合場所はある神社の境内。車で近づくと、田んぼがひろがる美しい景色の中、一箇所だけ高さ数十メートル、直径2−3メートルの大木が密集しているただならぬ雰囲気の一角があり、すぐに神社だとわかりました。そこでは、保存会の方々が10名ほどあつまり、発酵させやわらかくした麻の茎から皮をはいでいたり、そこからさらに不純物を取り除くために「麻挽き」という工程を行ったりしていました。30代と思われる方から97歳のレジェンドとおぼしきメンバーが真剣ながらわきあいあいと作業をし、わたしたちのような見学者に昔の写真を見せながらお話を聞かせてくださる様は、なんだかサークル活動のようで、この作業が昔からコミュニティの醸成にも関わっていたことを想像させます。

この麻はこのあと、神社庁や宮内庁におさめられ、しめ縄になったり、神事に用いられたりするそうです。場所が大木に囲まれた歴史の長そうな神社ということと相まって、繊維の見学をしながら背筋が伸びた経験ははじめてでした。
日本において、ずっと昔から繊維として使われてきた大麻は戦後、大麻取締法などの法律で管理される対象となりました。その中でバランスをとりながら、効率とは別の場所で続けている技術。でもそれは、決して、わたしたちが普段着ている服と無関係なものではありません。
植物から服をつくるということ
天然繊維といえば綿、麻、絹、羊毛などがあり、素材ごとの特性や加工工程は異なります。しかし、自然界で見つけられる繊維状のものを水にさらしたり、発酵させたり、処理を施したりしてどうにか取り出し、不純物を取り除くことで、布などとして機能する状態まで変化させていく営みとしては共通しています。今回は、植物を育て、繊維の状態までにするという、普段の消費生活どころか工場での生産現場でもほとんど見えてこない、ミステリアスな工程の一部を見せていただきました。
服は解けば布、もっと解けば糸、もっと解けば繊維。植物から繊維をつくるという工程には、あらゆる試行錯誤(煮てみる?発酵させてみる?朝露にあててみる?他には何を試したんでしょうか・・・)を経た人類の叡智と労働が詰まっています。
わたしのクローゼットに収まっている服も、多くは綿や麻からつくられています。繊維の壮大な時間軸を感じた経験の後であらためて見てみると、なんだか、光り輝く、ものすごく価値のあるものに思えてきました。

効率を超えたものづくりに触れて
効率でも市場性でもなく、コミュニティと祈りのようなものがこの技術を続けさせてきたのかもしれません。服の未来を考えるとき、「売れるか」「速いか」の外側にある、続いていく理由についても考えてみたいと思いました。