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2026年6月末、東京都が主催する若手デザイナー「パリ・ファッションショー」挑戦プロジェクト2027の初回講義が行われた。参加するのは、ファッションコンクール「Next Fashion Designer of Tokyo(NFDT)」と「Sustainable Fashion Design Award(SFDA)」の受賞者15組17名。約8か月の準備期間を経て、2027年1月、パリでのランウェイショーに挑む。
その出発点となるこの日、講師として登壇したのは、アンリアレイジのデザイナー・森永邦彦。パリ・ファッションウィークの公式スケジュールに11年間、24シーズン連続で参加してきた森永は、これまでの歩みを振り返りながら、ファッションという表現の可能性、そしてブランドを続けていくことについて語った。
常識の外側に、ファッションの可能性がある
講義の冒頭、森永が投げかけたのは、「生きること、装うこと」という問いだった。その問いに向き合う姿勢として語られたのが、「抗い、疑う」——つまり、常識を疑うということだ。
当たり前とされているものを、「本当にそうなのか」と問い直す。アンリアレイジはこれまで、定規をテーマにしたコレクションや、色そのものをテーマにしたコレクションを発表してきた。形や色の常識を揺さぶることで、服の新しい可能性を探ってきたブランドである。

今回、若手たちが挑むのは、パリでのファッションショーだ。その場について、森永はこう語った。
「8分間の中で、『今までと違うな』とか、何かブランドの核となるものが、一人にでも伝わるような時間にしてほしい。常識に対して非常識であること、今のルールにはないものをやれるのが、ファッションという媒体だから」(森永氏)
ショーは、単に服を見せる場ではない。限られた時間の中で、ブランドの核をどう伝えるのか。パリという舞台に立つ前に、その問いと向き合うことが、初回講義の大きなテーマだった。
ファッションの道は長い。残るのは、自分の中にあるものを信じた人
表現は、すぐに届くとは限らない。森永は、アンリアレイジの23年間を振り返りながら、「伝える」ことの難しさについても語った。
「伝えたいことがあることが一番大事で、それがすぐに届かないことの方が多い。ただ、ファッションを好きな人たちが世界中にいて、表現できる場がある。一回では伝わらないかもしれないけれど、5回、10回と続ければ伝わるかもしれないと思っています」(森永氏)
想いを込めて作っても、すぐに見つけてもらえるとは限らない。それでも、時間をかけて少しずつ届いていくものがある。

「自分の中で確信があること、『今は伝わらないけど、いつかは』と思うことを続けることが大事なんです。自分の中で握ったものは、時間と共に伝わっていく。でも、最初から多くの人に伝えようと思うのはやめた方がいい。そんなことが起きるブランドは奇跡的なので」(森永氏)
だからこそ、森永はファッションを短距離ではなく、長距離で捉える。
「短距離では早く結果が出るように見えても、ファッションの道は長い。長距離で考えた時には、自分の中にあるものを信じた人の方が残っていく。継続することがとても大事で、それがブランドのテーマになっていくのだと思います」(森永氏)
信じて続けることと、人との関係の中で変わり続けること。その両方が、アンリアレイジの歩みを支えてきた。
服は、見る人の「当たり前」を変えることができる
森永がファッションの力を確信した瞬間として語ったのが、福祉実験ユニット「ヘラルボニー」との協業で生まれたコレクションでのエピソードだ。
このコレクションでは、障害のある作家たちの作品を服へと落とし込み、パリのランウェイで発表した。さらに、作品を手がけた作家本人も日本からパリへ招き、フロントロウでショーを見てもらったという。
「このショー自体を作ったのは僕ではなくアーティストの方々だったので、その方々に拍手を送りたいと思いました。自閉症のある子が、コレクションを終えた時に満面の笑みを浮かべていて。その時、服やファッションショーが持つ力を感じましたね」(森永氏)

服を通して、見る人の当たり前だった世界を変えること。それは、他のエンターテインメントにはないファッションの力だ。森永はその感覚を、若い世代にもコレクションという場を通じて体験してほしいと語った。
経験も仕事も、次の世代へ循環させる
講義後の取材で、森永はこのプロジェクトに参画した理由を語った。そこにあったのは、自身がパリで得てきた経験や出会いを、次の世代へ渡していきたいという思いだ。
「僕自身、東京からパリに行って、そこでいろいろなチームや新しい出会いに恵まれたことで、ブランドを続けてこられたと思っています。ただ、僕の場合はすごくインディペンデントにやってきた中で、自然と今の形ができていった。それはかなり奇跡的なことだと思っています」(森永氏)
一方で、日本のファッション業界には、世代を超えたつながりの少なさも感じてきたという。
「日本のファッション業界は、上の世代とのつながりが浅いなと感じています。レジェンダリーな方々はたくさんいますが、どこか断絶している。日本のブランドがパリで築いてきた資産を、一部の人たちの中だけで受け継いでいくと、先細りになってしまうと思うんです」(森永氏)

森永が若手に向き合う理由は、個々のデザイナーを支援することだけではない。新しいデザイナーが育たなければ、業界そのものがしぼんでいく。その危機感がある。
「今の若い人たちには面白い子がたくさんいると思っています。ただ、ファッション以外の業界に行く人も増えていて、母数としては少なくなっているように感じます。それでも僕自身は、ファッション業界にはすごく可能性があると思っています。だから、自分たちがこれまで作ってきたものをシェアして、若い人たちの後押しができればと思ったんです」(森永氏)
その支援は、講義の場だけにとどまらない。昨年度の参加者の中には、展示会を始め、少量ながらオーダーが入った人もいる。森永は、そうした若手に対して、生産につなげるための実践的なサポートも行っているという。
「ブランド初期は、少量のオーダーをどうビジネスにつなげるかが難しい。だから僕たちが使っている岐阜の工場をシェアして、3着でも5着でも量産として縫える形を作っています。この事業の先に、そういう支援まで描けるといいなと思います」(森永氏)
ファッションにおける持続可能性とは、素材や生産背景だけの話ではない。ブランドが続き、作り手が増え、経験や仕事が次の世代へ循環していくこともまた、業界を持続させるために欠かせない視点だ。
服を作る力から、ブランドを続ける力へ
では、次の世代に渡すべきものとは何か。森永が若手デザイナーに感じているのは、服を作る能力の高さと、その先にあるブランドづくりの課題である。
「今の若い人たちは、すごく情報を得ていると思います。日本にいながら、グローバルなブランドが今どうなっているのかもよく理解している。周りが見えているからこそ、自分はどう戦うべきかを考えて、独自の世界を築こうとしている人が多い印象です。僕らの頃とはまた違う良さがあるなと思います」(森永氏)
一方で、服を作ることと、ブランドを続けていくことは別だと森永は言う。
「みんな本当に服が作れて、デザインもできて、ある程度マーケティングの知識もある。でも、ブランドを作る力はまた別なんです。学校で学んできたこととは違う方向で、もっと掘り下げていく必要がある。ブランドを作るということをちゃんとやれるといいなと思います。ブランドがもっと増えれば、日本は強くなると思うので」(森永氏)
その力を試す場として、パリのショーは大きな経験になる。2025年度の参加者たちも、プロフェッショナルな制作環境の中で、ショーを通じて伝えることの難しさを実感したという。

「ショーは相対的なものなんです。去年は関わる方々もみんなプロフェッショナルで、かなりハイレベルでした。『こういうレベルでやると伝わっていくんだ』と感じた一方で、『これを自分でやるにはどうしたらいいんだろう』という大変さも知ったと思います。東京都のプロジェクトだから多くの人のサポートでやれたという自信もあると思いますが、同時にパリのハードルの高さも掴んだはずです」(森永氏)
パリのショーは、ブランドの可能性を広げる場であると同時に、その先を自分の力でどう続けていくのかを考える場でもある。
日本のものづくりを、世界でどう持続させるか
パリには、日本のファッションに対する期待が今もある。森永自身がパリに出た頃も、先達が築いてきた日本ブランドへの信頼や期待感に支えられていたという。
「僕が行った頃は、先輩たちがすごくアバンギャルドなコレクションをやってくれていたので、期待感を持って迎えていただきました。今も、日本の若いデザイナーが来ることへの期待はあると思います」(森永氏)
その期待の背景には、日本のものづくりへの評価がある。
「大前提として、日本のものづくりはすごく評価されています。細やかさも、正確さも、素材の良さも。海外のメゾンは、実際に仕事をするとすごくラフで、その良さもあるんですけど、『これでちゃんと回るんだな』と思うこともあるくらい、日本のものづくりはすごい。その優位性は確実にあります」(森永氏)
ただし、その強みは、ただ受け継がれるだけでは続かない。ものづくりの確かさを、今の時代のブランドとしてどう見せ、どう届け、どうビジネスとして続けていくのか。若手デザイナーたちは、そこにも向き合うことになる。
2027年1月、問いはパリの8分間へ

17名の若手デザイナーたちは、これから約8か月をかけて、パリのランウェイに向けた準備を重ねていく。ショーで見せるものとは何か。ブランドとして何を伝えるのか。そして、その表現をどう続けていくのか。
「ファッションショーをやるブランドって結構減っていると思うし、パリを目指している人も減っている。でも、出ないとわからない世界がありますし、やらないとわからない世界がある。こういう機会を東京がちゃんと作ってやろうとしたのは、すごい可能性を秘めた事業だと思っています」(森永氏)
常識を疑うこと。伝わらなくても、自分の中で握ったものを信じて続けること。そして、自分たちが築いてきたものを、次の世代へ渡していくこと。森永が23年間の歩みの中で体得してきたその哲学は、2027年1月、若いデザイナーたちの表現として、パリの8分間へ受け渡されていく。