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対話の場をつくる──「責任あるビジネス」は、一社では成立しない
2040年までのネットゼロ、環境配慮素材への転換、化学物質の使用など、パタゴニアは全方位にわたってサステナビリティの高い目標をかかげ、達成し、更新を続けている。予定より早く達成できたものもあれば、「まだまだ」「大幅に遅れている」ものもあり、その挑戦のプロセスは昨年発表された報告書「ワーク・イン・プログレス」にて、包み隠さず明かされているのだ。
できなかったことも含めて正直に公開するのは、パタゴニアの唯一の株主が「地球」であり、「私たちの故郷である地球を救うためにビジネスをする」企業だからに他ならない。パタゴニア日本支社の篠さんはリポートについて、「ステークホルダーに対する『年次報告』ではなく、唯一の株主である地球へ向けて取り組みを伝えるものとして『ワーク・イン・プログレス(前進中)』と名付けています。掲げる目標はどれも、地球を救うために欠かせないアクションです」と強調する。
失敗も課題も書き込まれた、150ページを超えるかつてないほど正直なリポートは、アパレル業界をはじめ多くの人々を驚かせた。しかし開示して終わりではなく、「責任あるビジネス」に取り組む人たちで知見を分かち合い、対話の場をつくりたい。そんな思いから次なる一手として開催されたのが、全4回の「ビジネス・ダイアログ」だ。
あまり知られていないが、日本はパタゴニア製品の重要な産地で、20を超える契約工場がある。なかでも廃漁網を使った再生ナイロン「ネットプラス」の生地の一部は日本で作られており、アウトドア製品に求められるタフな機能性と、サステナビリティの高い目標、両方が日本の工場や商社の努力によって達成されているのだ。
その厳しい製造の現場を担う、「エランゲ」関さん、「豊田通商」高橋さん、「トヨシマセンイ」畑さん、「マルサンアイ」塩﨑さんの4人が、シンポジウムに登壇した。

唯一の株主は「地球」。4社が担う製造現場のマテリアリティ
ネットプラス製品の生産管理を行い、パタゴニア本社に納品するまでを担当する豊田通商の高橋さんは、「弊社は100社以上との取引がありますが、パタゴニアからは本当に高い要求がきます。日本でもトップクラスです」と明かす。
高い要求とは、価格や納期や品質はもちろんのこと、労働基準や素材を証明する「社会的責任とトレーサビリティ」、そして「環境インパクト」まで含まれる。それらの難題を、原料回収、商社機能、製織、染色加工の4社で協力することで乗り越えてきた。
そもそもパタゴニアが開示したダブル・マテリアリティは、欧州で2024年から段階適用が始まったESRS(欧州サステナビリティ報告基準)の90以上のトピックスを参照し、〈自社事業が環境・社会に与えるインパクト〉と〈外部から自社が受けるリスク・機会〉を双方向で分析した上で策定されている。どれも事業継続のための必須項目だ。
4社が関わるのは、「製造」の部分に関連する次のような目標だ。
1.2040年までにバリューチェーンを含めたCO2排出をゼロにする
2.望ましい素材を100%使う
3.化学繊維の50%に二次廃棄物を使用する
4.PFAS(有機フッ素化合物の総称)を使用しない製品の製造(2025年達成)
5.社会的責任とトレーサビリティ
1.2040年までにサプライチェーンごと脱炭素へ
「脱炭素」の分野では、パタゴニアは直近5年間でCO2排出量を23.4万メトリックトンから18.2万メトリックトンに削減している。パタゴニアが出すCO2の多くは原材料、製品製造由来であり、使用する素材(2024年秋/2025年春シーズン)のうち約70%が化学繊維であるため、石油由来のヴァージン素材を廃漁網を使うネットプラスへ移行する効果は大きい。
注目すべきは、パタゴニアが従来の「2050年までにカーボンニュートラル」目標を、「2040年までの排出ゼロ」へ10年も前倒しした点だ。背景には、「環境破壊を続けながら、カーボン・オフセットを買うことで合格点をお金で手に入れる。そのやり方への嫌悪感」があるからで、2024年には「カーボン・オフセット禁止」方針を策定している。サプライチェーンをクリーンにして、CO2排出を根本から改善する方向へシフトしているのだ。
サプライチェーン、つまりスコープ3の改善は生産工場の協力なくしてはできない。そのため、例えばネットプラスの染色・加工を手掛ける「マルサンアイ」では、経産省も認めるリサイクル燃料を使用したCO2ゼロボイラーのRPF(Refused Paper & Plastic Fuel)ボイラーと、CO2ゼロ自家発電および太陽光発電電力を導入し、排出量削減に対応している。
2・3:使い捨てペットボトルに頼らず、再生素材を増やす
素材に関わる2つの目標も、ネットプラスの導入なしには成しえない。数字が見せる「前進」も、明らかだ。
まず「望ましい素材の利用」については、再生素材やコットン・イン・コンバージョンなどが素材全体(副資材を含む)の84.1%、メイン素材に限っていえば90%以上を達成している。
次の「二次廃棄物を使った化学繊維を50%以上にする」は、まさにネットプラスが牽引するカテゴリーだ。
現在、パタゴニアが使う化学繊維の9割は再生素材だが、再生ポリエステルの大部分がペットボトル由来だという。「使い捨てペットボトルに頼らず、繊維ゴミや海洋投棄された漁網などの二次廃棄物を活用したい」という狙いで導入されたのが、ブレオ社が手がける廃漁網由来のナイロン6のネットプラスだ。これにより今までに2000メトリックトン以上の廃棄漁網を活用してきた。
もっとも、その「廃漁網活用」の裏には、海洋環境の厳しい現実がある。「エランゲ」の関さんは、淡々と語る。「漁業の現場では、使われなくなった網が不法な形で廃棄されるということもあるんです」
使い終わった網を修理したり処分するにはコストも手間もかかる。だから現場によっては、沈めて見えなくしてしまうほうが合理的な選択になってしまう。そうして海に沈んだ網は、海洋生物の脅威になり、マイクロプラスチックの発生源にもなっているのだ。その事実を知った関さんは「エランゲ」を起業。ブレオ社と提携し、日本各地の漁港から捨てられる網を引き取って、ネットプラスの生産を行っている。カリフォルニア、南米からスタートしたこの廃棄物活用の動きは、エランゲの登場によって日本を起点にアジアに拡大中だ。

4.「永遠の化学物質」と決別。PFASを使用しない製品の製造
有害な化学物質の排除についても、パタゴニアには長い歴史がある。特に「永遠の化学物質」といわれるPFASについては20年以上前から取り組み、2025年には不使用を達成した。
この化学物質問題の最前線に立ってきたのが、染色加工工場だ。「マルサンアイ」の塩﨑さんは「毎年のように規制物質が増えています。品質を落とさず何で代替できるか、日々探しています」と打ち明ける。
パタゴニアの化学物質に対する対応は、日本はもちろん、グローバルに比べても早い。そのためマルサンアイは日本の染色整理業で初めて、世界で最も厳しい環境・安全認証のひとつである「ブルーサイン」(化学物質・水・大気・労働環境の5基準を満たした工程のみに付与されるスイス発の国際認証)を取得した。その後も「OEKO-TEX® STANDARD 100」(繊維製品の有害物質をテストする国際的な認証制度)を取得するなど、先頭に立って厳しい環境基準をクリアしている。
5.「どこで、だれが、どう作ったのか」。社会的責任とトレーサビリティ
「どこで、だれが、どのように作ったのか?」。関わるすべての企業が説明できるようにしておくことも、パタゴニアが求める要件だ。透明性をもって実証できるようにしておくことが、地球環境、労働者、消費者すべてにとって安全なものづくりの基盤となっている。
ネットプラスの生地を織る「トヨシマセンイ」の畑さんは、「そもそもネットプラスの素材であるナイロンは、強度は高いが製造工程では温湿度の影響を受けやすい繊細な繊維です。髪の毛の1/3の細さの再生糸から高密度な生地を織りあげるのは、毎日がクオリティとの闘いです」という。
当初、手間がかかる難しい生地には、社内からの抵抗もあった。しかし、パタゴニアの製品や環境への理念を共有する社内勉強会を重ね、「自分たちは世界トップレベルの難題に応えている」という誇りが現場に広がるにつれ、目標への向き合い方そのものが変わっていった。
織りのトヨシマセンイと、染色加工のマルサンアイ。両社は単に“サプライチェーンの前後”という関係ではない。マルサンアイの塩﨑さんは率直に明かす。
「以前は責任の押し付け合いになることもありました。でも、パタゴニアと20年取り組む中で考え方が変わったんです。いがみ合っていても、本当にいいものってやっぱりできない」
今では「織で解決、染でフォロー」を合言葉に、日々変わる温度や湿度、静電気との闘いを、両社の現場が直接対話しながら乗り越えているという。糸の細さも、色の出方も、季節が変われば仕上がりが変わる。だからこそ「自社の工程で受け止めきれない揺らぎは、相手の工程に頼り、一緒に最終品質へ着地させる」。だれもやったことがない高みを目指すのだから、互いの限界に素直になって補い合う。それが数十年かけて4社で培った、ものづくりのルールだ。
トレーサビリティが品質アップに直結すると断言するのは、エランゲの関さんだ。「廃棄漁網といっても、どのような条件下で、何年間使われてきたかはまちまちです。そのためどの船からいつ回収した、というトレーサビリティを上げることが品質アップのカギなんです」。
ネットプラスの糸は二次元バーコードを読み込むと、提供元の漁船から製造までのプロセスが追えるようになっている。“顔の見える”素材を使うことは、各地の漁協や漁師さんたちと良好な関係を築き、漁網リサイクルを日本に根付かせることにも繋がっている。
「いいものを作るって楽しい」。ビジネスがもつ善の力
4社の実践を紹介した後にはQAセッションが設けられ、「ビジネス・ダイアログ(対話)」のタイトルの通り、会場から現場の本音を引き出す質問が飛んだ。
「品質も納期も環境対応も高いレベルを求められ、従業員に負担を強いるなどのトレードオフが起こるようなことはないか?」という問いに対しては、時間をかけて現場を変えてきた、地道な歩みが共有された。サステナビリティは一朝一夕には成し遂げられないのだ。
「もちろん残業や休日出勤を強いるようなことはありませんが、頑張れよというだけでは難しい。現場の『意識』にどう落とし込むかが肝心で、勉強会を開いたり、自分たちの加工している生地が世界的ブランドのこんな製品になってるんだと商品を見せたり、20年かけて徐々に浸透させてきました。その積み重ねでようやく、日々飛んでくる難しいお題にも、現場のスタッフが誇りをもって応えてくれるという状況になってきました」(マルサンアイ 塩﨑さん)

「パタゴニアとの取引によって、最も変わったことは?」の質問には、日本の繊維産業を引っ張る各社の頼もしい答えが返ってきた。
「変化に強くなりました」(マルサンアイ塩﨑さん)
「我々製造業はとにかく品質を追い求めますが、それだけではなく、環境配慮が消費者にとっての魅力になるんだと実感しました。自分たちのものづくりの姿勢について、立ち止まって考えることができました」(トヨシマセンイ 畑さん)
様々なナイロン製品へのネットプラスの使用拡大を担う高橋さんは、豊田通商がパタゴニアとの取引を始めた約30年前から数えて3、4代目にあたる。その歴史を通し「ブレオ社への投資は弊社にとってのマイルストーンであり、勇気ある決断でした」と振り返る。
パタゴニアとビジネスをしていくなかで、商社が地球の未来のためにスタートアップに資金を投じる。それは目の前の利益追求だけでは起こりえない変革だ。ビジネスが「善の力」になるとは、こうした決断の積み重ねだろう。
さらに自身にとっての大きな変化は、「楽しく仕事ができていること」だという。
「アパレルの仕事って細かく面倒でつらい部分も多いですけど、パタゴニアのアメリカ本社や日本支社の方々も、みんな楽しそうに仕事されてるんですよね。やっぱりいいものを作るって楽しい。現在現場で業務を担当する弊社のチームメンバーとも、その楽しさを共有できていることは嬉しいです」(豊田通商 高橋さん)
「ビジネス・ダイアログ」は対話と学びの場として、今後もインパクトレポート「ワーク・イン・プログレス」にある重点課題をテーマに開催が予定されている。
達成も苦労も本音で語り合う対話は、サステナビリティを柱に前進する企業にとって、またとない学びの機会となり、またひとりの生活者としても、自分の選ぶ服がどのような哲学と努力をもってつくられているのか考えるきっかけになるはずだ。それぞれの実践のヒントとなるよう、Shift Cではこの先3回の様子もリポートしていく。
「ビジネスが、善の力になるためにできること」
未来のビジネス変革につながる視点を育む対話型フォーラム「ビジネス・ダイアログ」
第2回「サーキュラリティ 私たちは廃棄物について何をしているか?」
第3回「道徳的な事業構造 100年続く責任ある企業であるために」
第4回「真の解決策は真のパートナーシップに根ざす パートナーと共に取り組む環境・社会課題への実践」
https://www.patagonia.jp/business-dialog/
