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ライフスタイル|2026.06.15

日本の絹産業が示す循環のかたち。海を越えて希望を届けた『森を織る。』NY上映会

桑畑から始まり一着の服ができるまで、自然と共にある日本の伝統的な絹織物業を追った『森を織る。』がニューヨークで初上映された。どんどんと縮小されていく、純日本産のシルク。衣服の背景にある「命」を描いた作品は、現地のファッション関係者の目にどう映ったのか。特別な一夜を田原美穂さんがレポート。

原稿:田原美穂

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Shift Cの読者であれば、ドキュメンタリー映画「森を織る。」をすでに鑑賞した方も多いだろう。日本の絹織物が生まれるまでの旅路を辿り、自然と人のつながりを静かに映し出した作品だ。その映画が海を越え、ニューヨークで米国初の上映会が行われた。一般的に、日本よりも環境問題への意識が高いと言われるアメリカで、この作品はどのように受け止められたのだろうか。

一夜限りの特別な上映会

5月15日、ニューヨーク・ソーホーの中心に位置する実験的なサステナビリティとウェルビーイングの拠点「113 Spring」で、米国初上映が行われた。この空間は、世界的に知られるノルウェーのデザイン事務所 Snøhetta(スノヘッタ)が手がけたものだ。

「Thread of Life(命をつなぐ糸)」と名付けられたこのイベントには、予約段階で想定席数の2倍以上の申し込みがあり、当日は100名近くが会場に集まった。

会場となった113 SPRING
続々と来場する参加者

監督であり主演であるエバンズ亜莉沙さんは、「日本国内で衰退しつつある、自然と共存したものづくりを未来に残すためには、世界へ発信することが不可欠だ」という思いで、ニューヨークでの上映に挑んだという。

これまで国際映画祭への出品経験はあったものの、海外での自主企画上映は今回が初めてだった。アートとファッションの最先端であり、多様な文化や価値観が交差するニューヨークでの上映は、大きな勇気を要する挑戦でもあった。一方で、第二の故郷でもあるアメリカにこの作品を連れて来られたこと、そして自身が生まれ育つなかで出会った大切な日本文化を紹介できたことに、深い感慨もあったと語る。

イベント冒頭では、伝統と現代を融合させる茶人・松村宗亮氏による美しいお点前が披露され、深い味わいのお抹茶が観客の心を静かに整えた。その後、エバンズさんの「すべての服は、生命でできている」という言葉と、平井真美子さんの心に染み入る音楽が重なり、観客は物語へと吸い込まれていった。

見る者それぞれがバトンを受け取り、次へ渡したいと思う作品

「森を織る。」を観ると、一着の服が持つ重みを深く感じる。安価で手軽に手に入れる事が出来る服に囲まれた現代では想像しづらい、自然・人・技術・歴史が折り重なって生まれる一着。その背景を知ることで、感謝と責任が胸に広がり、自然と涙が溢れてくる。

映画は、一着の絹織物が生まれるまでの壮大な旅を描く。

100年前には40万トンあった日本の繭生産量は、わずか31トン(令和7年時点)にまで減少した。それでも、2000年の歴史と技術のバトンを受け継ぎ、事業を続ける影森養蚕所がある。そこで育った蚕が命を捧げてつくる繭は、長野県岡谷市で唯一残る宮坂製糸所へと渡り、糸となる。

影森養蚕所
蚕と絹糸

丹精込めて紡がれた糸は、戦前から日本一の絹織物産地である京都府丹波の職人の手で、美しい織物へと姿を変える。さらにその布には、自然界の素材と革新的技術を掛け合わせた「新万葉染め」が施され、京都川端商店によって鮮やかな色彩が吹き込まれる。

その生地に「森を織る。」のプロデューサーでありデザイナーの小森優美さんが命を吹き込み、服として完成する。

そして、この物語を世界へ届ける存在としてエバンズ亜莉沙さんがいる。ニューヨークという地で、この時間と物語が共有されたこと自体が、本作の延長線上にある営みと言えるだろう。

このドキュメンタリーは、絹産業の現状や職人たちの姿を描くだけではない。彼らの覚悟や価値観、そして生き方そのものを、静かに、確かに問いかけてくる。

伝統を受け継ぎ希望を届ける若い職人たち
「森を織る。」監督と主演を務めたエバンズ亜莉沙さん

会場に集結した参加者たち


上映後、筆者がデザイナー、ファッションPR、大企業勤務者など10名ほどに話を聞いたところ、立場や関心は異なりながらも、最後に口にした言葉は共通していた。


受け取ったバトンを、次につなげたい

日本からの深く静かな叫びは、海を越えて伝わり希望を届けた

上映が終わると、しばらくの間、会場は静寂に包まれた。それは深い余韻のなかに観客が沈み込んでいるような時間だった。

そして、あるファッション業界の来場者はこう語った。

「サステナビリティが注目されるなかで、単なるリサイクルや古着の再利用といった表面的な話ではなく、伝統的な技術や産地の特性、産業そのものの変革に目を向けている点がとても良かったです。特に、日本の各地域がそれぞれの環境に合った技法を持っているという話が印象的でした」。

イベント参加者

別の来場者は、現代の大量生産との対比に言及する。
「ファッション業界で働いていますが、大企業にいると産業全体から切り離されてしまう感覚があります。仕事の多くはコンピューターの前で完結し、数回クリックするだけで何十万枚もの服に影響が出る。でもこの映画では、多くの人の手が一着の服に触れ、その服が生まれていく。そのプロセスこそ、今の業界に必要な視点だと感じました」。

イベント参加者が絹織物を手にしている様子

また、エバンズさんがこの映画を製作するうえで、最も大切にしたという「未来への希望」についても、多くの観客が受け取っていた。
「この映画は、希望を感じさせてくれる作品でした。日本の若い世代がこうした動きに関心を持っているという話もそうですし、環境問題について悲観的なニュースが多いなかで、人々が自然と循環の関係性に戻ろうとしていることに励まされました」。

テック業界で働いているという男性は、自然と人間の関係についてこう語った。「私は家の裏庭でカニが捕れるような場所に住んでいるんだけど、自然の中で暮らしているからこそ、食べ物や服がどこから来るのか知りたいと思うようになった。AIやデジタルが進みすぎて、逆に人々は『本物』を求めるようになってきていると思う」。

イベント参加者

一方で、持続可能性の限界についての問いも投げかけられた。

「私たちの多くは、自然で手作りの、持続可能な素材を望んでいます。でも、合成繊維が存在するのは、天然素材だけでは需要を満たせないからという理由もあります。小規模な生産者を支えることは理想的ですが、もし人気が出すぎて “買いすぎ”が起きたらどうなるのでしょう。どこに限界を設けるのか、そのバランスはどこにあるのでしょうか」。

この問いが投げかけられた際、エバンズさんはこう語った。
「大切なのは、私たちが何を買い、何を支え、どんな価値観で消費するのかを見つめ直すことです。地球にはすでに十分すぎるほどの衣服があります。だからこそ、ファストファッションではなくスローファッションへと価値観を転換し、小さな生産者を支えることが、結果的に大量消費を抑える力になると信じています」。

エバンズ亜莉沙さん

この言葉は、多くの観客が映画を通して感じ取った「希望」と重なっていた。

実際、エバンズさん自身も、上映後の反応について次のように振り返っている。
「国籍や文化、宗教も異なる多様な人々が集まるニューヨークでの上映には緊張もありましたが、涙を流しながら観てくれる方や、上映後に深い問いを投げかけてくれる方が多くいました。生命への感謝や、ものづくりの背景にある人々の熱い想いへの敬意と共鳴は、バックグラウンドを越えて共有できるものだと実感しました」。
その場に流れていた空気を、エバンズさんは「大きな平和を感じた時間だった」と表現する。

日本の絹産業は「世界の模範」になりうる

世界のシルク産業は、水質汚染、農薬依存、エネルギー消費、モノカルチャー化、トレーサビリティの欠如など、多くの環境課題を抱えている。しかし、その課題に対して実践的な解決策を提示できる可能性を秘めているのが、日本の絹産業だと感じさせられた。

映画の中では多く語られなかったが、影森養蚕所は、蚕が化学物質に弱いから農薬を使わないというレベルを超え、里山の循環そのものを活かした養蚕を行っている。桑畑は山と集落の境界に広がり、落ち葉が土に戻り、土が桑を育て、桑が蚕を育てるという、里山特有の生態系循環の中に位置している。影森養蚕所はこの循環を壊さず、むしろ強める形で営みを続けている。

農薬を使わない桑畑は、土壌微生物の多様性を保ち、炭素固定量を高め、温室効果ガスの吸収源として機能する。また、地域の落ち葉や剪定枝、堆肥など、里山で生まれる資源を循環させて桑を育てることで、外部から肥料や資材を運ぶ必要がなくなり、輸送由来のCO₂排出も最小限に抑えられる。つまり影森養蚕所は、絹の原料生産地であると同時に、里山の生態系を支える森の一部として機能しているのだ。

一方、絹産業の環境負荷の大部分を占めるのは、精練や染色といった加工工程である。ここに対して革新的な解決策を提示しているのが、自然素材と技術を融合した「新万葉染め」だ。重金属や有害化学物質を含む合成染料を使わず、低温で染色できるため、従来の染色工程と比べて水質汚染リスクを大幅に下げ、エネルギー使用量も最大60%削減できるとされる。排水は自然に還る成分のみで構成され、環境負荷をほとんどかけない。

影森養蚕所の里山循環型の養蚕と、新万葉染めの低負荷加工。この二つが結びつくことで、絹のライフサイクル全体における環境負荷を根本から下げる循環型のモデルが成立する。

小規模・高品質・地域循環・高いトレーサビリティ。これらの強みを持つ日本の絹産業は、持続可能な絹産業の世界的模範となる可能性を秘めている。

桑の葉

最後に

ニューヨークでの米国初上映は、「森を織る。」が国境を越えて、人々の心に響き、自然と人々の関係性を服を通じて見直す力を持つ作品であることを証明した。

今後についてエバンズさんは、可能であれば再びニューヨークで上映したいと語る。さらに、年内には国際映画祭でセレクトやノミネートを受けたヨーロッパ圏での上映も視野に入れており、特にフランスやイタリアでシルクの再生に取り組む団体との上映会を検討しているという。

「より多くの人に観てもらうことで、国境を越えたシルク産業、そしてファッションを通じた地球の再生へと対話を広げていきたい」。

日本発のこの小さくも確かな声が、世界の大きな対話へとつながっていくことを期待したい。

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サステナビリティ・マーケター
田原美穂
NY在住。CoachやH&Mなどのマーケティングに10年以上携わり、2020年に独立。ファッション産業において循環型ビジネスを中心に、プロジェクトマネジメント、アドバイザー、マーケティング支援を行う。リアルな視点を届けるべく、NYでの視察ツアーや執筆活動も行う。FITにてサステナブル・デザインを、MITでは循環型経済について学び、実践と知見を融合させた支援を行っている。

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