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食べ物の包装から香水、レシートまで。妥協ゼロの脱プラ実験

近年、男性の精子の数が世界的に減少しているという。「ここ40年で6割減」「2000年以降、減少ペースが2倍に加速」などのショッキングな数字をニュースで目にしたことのある人も多いだろう。
それらの研究の第一人者であるシャナ・スワン博士が、不妊に悩む6組の夫婦に「3か月間のプラスチック・デトックス」を処方。わずか12週間あまりで健康状態にどのような変化が現れるかを追うという奇想天外なNetflixドキュメンタリーが先月公開され、大いに話題を呼んでいる。

Netflix映画『プラスチック・デトックス』独占配信中
プラスチックには様々な化学物質が添加されている。中には発がん性や内分泌かく乱作用など有害性が指摘されるものも多々含まれており、このうち内分泌かく乱作用が精子の減少に何らかの影響を及ぼしている可能性がかねてより指摘されている。
6組の夫婦は、家中のプラスチック製品を排除することでプラスチックに含まれる化学物質への接触を減らしていく。歯ブラシは竹製に変え、その他のプラスチック製品も、金属、ガラス、陶器などの代替品にすべて交換。プラスチック包装の飲食物は口にせず、香料付きの製品や香水も避ける。服の化学繊維や石油化学染料も排除し、自然由来のケア用品を使う。レシートも触らないという徹底ぶりだ(※レシートの表面にはプラスチック系の化学物質がコーティングされていて、指で触ることでごく微量ながらその成分が経皮吸収される)。
詳細は控えるが、ものの数週間で多くの被験者の健康状態に明らかな改善が見られ、多少の曲折はあるものの、最終的には予想を超える結末が明かされる。
“ちょっと出来すぎ”なストーリーながら、脱プラで「人生楽しくなる」?
「いかにも」なストーリーに聞こえるかもしれないが、いやいやどうして、しっかり地に足の着いた、期待以上に見ごたえある内容だった。
正直なところ、“この手の話”は常に危険性を孕んでいる。実際、精子の減少も、不妊も、内分泌かく乱作用も、いずれもメカニズムは複雑で、「プラスチックへの接触をゼロにすれば不妊が改善する」と現時点で安易に言い切れるはずはない。
本作はその点をしっかり踏まえ、「本当の検証にはもっと大規模な実験が必要」(=これだけでは科学的な研究として成立しない)と冒頭から明らかにした上で、何人もの著名な学者がその背景となる諸問題について掘り下げていく作りとなっている。
“ちょっと出来すぎ”な結果は、あくまでも「偶然の産物」かもしれないし、生活習慣の全体的な改善などその他の要因が影響してのものかもしれない。僕自身、やや首を傾げた部分はある。
とは言え、スワン博士が自ら語る通り、「こういった実験をして妊娠や出産への影響を調べた人は今までにいない」。これだけでは到底不十分であるとしても、インパクトある問題提起として「より本格的な研究につなげていきたい」と言及されていたことには大きな期待感を持った。
決して環境意識が高そうには見えない被験者たちが戸惑いながら脱プラに挑む姿は、等身大で思わず見入ってしまうし、不妊の葛藤に共感する人も多いだろう。
個人的には、被験者の多くがこのライフスタイルの変化を肯定的に受け止め、「今後も続けたい」と語ったことに膝を打った。「思ったよりも大変ではなかった」「一緒に料理する時間が増えた」「お金を使わなくなった」「人生が楽しくなった」などの言葉は、これまで暮らしの中で「ゼロウェイスト」や「プラスチックフリー」を実践してきた僕自身の実感とも重なる。
そう、これこそが“エコの真骨頂”なのだ。エコアクションは一般的に「過度な負担」と捉えられがちだが、うまく嵌まれば、むしろ暮らし全体がよりよく回り始める側面がある。

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「プラスチックまみれ」の現代でも過度に恐れることはない
現代生活は文字通り「プラスチックまみれ」だ。家の中も、店の中も、どこもプラスチック製品でいっぱい。数年前、「現代人は1週間にクレジットカード1枚分のマイクロプラスチックを摂取している可能性がある」という情報が世界を驚かせたが、量の信憑性はともかく、私たちは実際、想像以上のマイクロプラスチックを飲み込み、吸い込み、肌からも経皮吸収していると言われる。
毎日、プラスチック製の歯ブラシで口の中をゴシゴシこすり、プラスチック入りの化粧品を肌に塗り付け、ポリエステルやナイロンなどプラスチック製の服を着て、プラスチック製の布団にくるまれて眠っている、という人も少なくないだろう。
洋服の合成繊維から出るマイクロプラスチックは、下水を流れて海を汚すだけでなく、綿埃となって私たちの口から侵入し、肌からも吸収されている可能性があると指摘されている。作中でも紹介されている通り、既に体中の器官からマイクロプラスチックが検出されており、一部の学術調査では「母乳や胎盤から検出された」とする報告もある。
ただし、「それがどの程度健康に影響を与えているのか」については、まだまだはっきりした証拠は出てきていないし、メカニズムが解明されているわけでもない。量的にもごく微量の話である(内分泌かく乱作用など、「微量だからこそ無視できない」という側面もあるが)。
体内での化学物質の溶出はたしかに“不気味”ではあるし、できる改善はすべきと思うが、現状では過度に怖れるのはバランスが悪いように思う。現代人の生活には、プラスチック以外にも様々な“健康リスク”が蔓延している。不健康な食生活、運動不足、睡眠不足、ストレス、喫煙・飲酒、デジタルデバイス依存、果ては交通事故に至るまで、プラスチック以前にほかの理由で健康を害する可能性も大きい。そんな中、プラスチックの健康リスクだけを肥大化させず、生活習慣全体のバランスを見ようとする方が遥かに現実的ではないだろうか?
そもそも、プラスチックまみれの現代生活で「いきなりすべてをシャットアウトする」のは非現実的だ。「全部は無理でも、変えられる部分はある」という被験者の言葉を大切に受け止めたい。
未来の暮らしを守るために本当に必要なこと
このような不透明なリスクには常に賛否両論がついて回り、警鐘を鳴らす本作に対しても、一部「偏向的だ」といった反発が目につく。
ただ、忘れてはいけないのは、「未来の暮らしを守るには何が必要か?」という視点だ。
当然のことながら、石油化学業界や経済界は利益を守る必要がある。ゆえに「問題が誇張されている」「決定的な因果関係はまだない」など、科学的不確実性を強調し、リスクを低めに見せようとする傾向があるが、それで本当に得をするのは誰なのか?割を食うのは誰なのか?一般市民はそうした論調に乗じて、様々な環境運動を揶揄していてよいのか?
プラスチックが現代社会に欠かせない「ありがたい存在」でもあることは否定できないが、企業側が構造的にリスクを低く見積もろうとする以上、市民やメディアはその分、警戒心を働かせる必要があるのは当然だろう。
作品の後半に登場する石油化学企業と市民運動の攻防も必見だ。
ルイジアナ州の工業地帯には数百の石油化学工場が乱立し、その名も「Cancer Alley(=癌街道)」という、周囲と比べて発癌リスクが顕著に高い地域が存在する。工場のすぐそばに居住する低所得者層には黒人が圧倒的に多いとされ、反対運動も黒人主導となっている様子が描き出されている。
ルイジアナ州での有害物質工場が立ち並ぶ「Cancer Alley」。新たな工場建設を阻止する運動の指導者シャロン・ラヴィーニュさんは、この地出身で、癌により家族や知り合いを相次いで亡くしている。
このように「環境被害がマイノリティや低所得者層に集中的に生じる」という不均衡も、環境問題の無視できない側面だ。日本に住んでいるとそこまでの実感がないかもしれないが、だからこそ、より多くの日本人に知ってほしい。
昨今の気候変動でも、先進国の豊かな暮らしの裏で、途上国でろくに炭素を出していない人々が海面上昇や干ばつなどに苦しみ、より大きなツケを払わされているという不均衡が指摘されている。
「豊かな暮らしをする側」からすれば不都合な現実だが、様々な環境リスクや健康リスクとともに、プラスチック問題のまぎれもない一部としてしっかり認識しておきたい。
数年前、拙訳『プラスチック・フリー生活』(NHK出版)が刊行された際にはプラスチック問題にかなり光が当たり、大きなうねりが起きそうな気配があった。数年を経て、様々な社会情勢の変化の中、ともするとプラスチック問題の重要性が霞んでしまったような印象もあったが、本作が再び多くの人により踏み込んだ気づきを与え、状況改善が一段階進んでいくきっかけになることを期待したい。
