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ひつじサミット尾州とは?
尾州(びしゅう)は、愛知県西部の一宮市・津島市から岐阜県羽島市にかけて、木曽川流域に広がるウール生地の一大産地だ。世界三大毛織物産地のひとつにも数えられ、紡績・染色・織り編み・整理などの糸から布地ができるまでの細かな工程を産地一帯で分業して、ものづくりが続いている。
「ひつじサミット尾州」では、そんな尾州の普段は立ち入ることのできない大小さまざまな工場が特別に公開され、産地のものづくりの現場を間近に体感できるイベントだ。
まずはスケジュールを立てよう!
「ひつじサミット尾州」は、毎年10月第3週の週末(金・土・日)に開催されており、期間中は、尾州エリアの40軒以上の工場や飲食店が参加し、それぞれが個性豊かな企画を実施している。開催日時や内容は各社によって異なり、事前予約が必要なプログラムもある。特に工場見学は人気が高く、今年は事前申し込みの時点でほぼ満席となっていたそうだ。参加したい人は、訪問ルートをあらかじめ考え、早めの予約をおすすめする。
また、各工場はそれぞれ距離があるため、遠方から訪れる場合はレンタカーの利用が便利。筆者も4人で車をシェアして回ったが、効率的に移動できて(そして、工場によっては、かわいい布や糸が販売されていて、ついつい買い物をしてしまうので!)とても快適だった。

作り手に質問しながら、職人技を間近で見学!鈴憲毛織
2日間の滞在で、まず筆者が訪れたのは鈴憲毛織だ。どの工場も基本的な工程は共通しているが、扱う素材や用途によって工程や機械の特徴が異なり、各社がそれぞれ独自の工夫を凝らしている。これまで日本各地の産地や工場を訪れてきた筆者だが、何度見ても新たな発見と驚きがある。
この日は、7,000本以上の縦糸を「筬通し(おさどうし)」する工程を見学させていただいた。これは、生地を織る前の重要な仕込み作業で、細いクシ状の「筬」の隙間に決められた本数の糸を順に通していくというもの。

この日も、この道50年の職人が、リズミカルに、まるで呼吸するように手を動かしていた。初心者なら1ヶ月はかかるという工程を、わずか1日で仕上げてしまうという。
上記の写真では見えないが、この糸は一般的なものとは撚りの方向が逆になっており、糸同士が絡みやすい。そのため、右手でねじれを抑えながら丁寧に作業を進めているのだと教えてもらった。
ほんのわずかな手の感覚と、長年の経験の積み重ねがものづくりを支えている。その姿に、改めて職人技の奥深さを感じ、思わず頭が下がる思いになる。
こうした作業の現場を間近で見られ、作り手と直接言葉を交わせることこそ、産地を訪れる最大の醍醐味だ。
(※作業中の職人さんは集中して仕事に臨んでいるため、見学の際は話しかけず、案内スタッフの方に色々質問してみてほしい)
尾州でも希少な「たて編み」を見学!中原ニット
2軒目に訪れたのは、尾州でも希少なたて編み工場の中原ニットだ。
一般的にニットといえば横編みや丸編みが主流だが、「たて編み」はその名の通り縦方向に糸を動かして編む仕組みだ。縦方向には伸びにくいが、横方向に伸びるという特性を持ち、複雑な編み構造が可能なため、レースのような繊細な生地もつくることができるという。

職人の方々は、写真のように過去のサンプル生地を拡大して観察し、それをもとに新しい生地の設計図を描いていくという。生地を見ただけで「どんなふうに編まれているか」がわかる職人の眼と設計技術にはただただ驚かされる。筆者も初めてたて編みの機械を見たため、その構造の複雑さに頭が大混乱だったが、工場見学後に 同社で編まれた生地を使ったブローチづくりのワークショップで気分転換!
職人の手仕事を見たあとに、自分の手でもその生地に触れながら小さな作品をつくる。学びと体験がつながる、楽しいひとときとなった。

ションヘル織機が奏でる布のアート、Canale Japan(小塚毛織)
3軒目に訪れたのは、Canale Japan(小塚毛織) だ。
Canale Japanの特徴は、今では稼働する工場がわずかとなった希少なションヘル織機を使い、個性豊かなファンシーヤーン(意匠糸)から美しいテキスタイルを生み出していることだ。無地の生地にも、ふっくらとした膨らみや上品な艶があり、服に仕立てられた時の美しさは唯一無二だ。その一枚一枚に、日本のものづくりの美しさと奥深さを改めて感じずにはいられない。
この道55年以上の匠から若い職人たちへと技術が受け継がれ、工場内には伝統と新しさが心地よく融合する空気が流れていて、尾州の伝統と未来が繋がる現場を体感できるだろう。
この日は、工場内で制作の過程で余った糸を販売しており、カラフルで表情豊かな糸たちに思わず心を奪われた。どれも「家に飾りたい!」と思うほど美しく、素材そのものがアートのようだった。

ウールの歴史からトークセッションまで、ひつじを存分に楽しめる、三星毛糸
2日目の午前中には、 三星毛糸を訪れた。
ここでは、単なる工場見学にとどまらず、ウールの歴史や素材の特徴、尾州が毛織物の産地として発展してきた背景なども丁寧に解説してもらえるため、ひつじサミット尾州に初参加の人には必ず訪問してもらいたい場所だ。

高級メゾンブランドなどでも取り扱われる美しい生地サンプルがずらりと並ぶショールームの入り口には、生地の織りの工程で通常であれば廃棄されてしまう切れ端をアップサイクルしたanimaformaのラグが展示されている。

三星毛糸では、この日トークセッションも開かれた。
「尾州産地の魅力」をテーマに、ファッション・ジャーナリストの向 千鶴さんをモデレーターに迎え、UNITED TOKYOの高木さん、ユナイテッドアローズ グリーンレーベル リラクシングの田中さん、元 株式会社トゥモローランド 副社長の山本さんによるトークセッションが行われた。
セッションでは、セレクトショップで長年の経験を積むデザイナー・バイヤーたちを虜にするウールの魅力や、ブランド側が日本の産地を訪れ、ものづくりの現場で対話を重ねながら、顧客のニーズに応じて時間をかけて生地づくりに取り組む意義などが語られた。


服の産直!作り手と買い手がつながるショッピングスポット、新見本工場
ランチを挟んで2軒目は、新見本工場に。
尾州の最高級生地を使った服を、産地で直接購入できる新しい選択肢として2021年4月に誕生した新見本工場。
新見本工場では、高品質な服を産直価格で購入できる、敷地内にある木玉毛織の工場の現場を見学できるといったメリットがある。ひつじサミット尾州の期間中だけでなく、 月・ 水・土曜日に営業しているので、ぜひ近くを訪れた人は足を運んでほしい。


風合い豊かな糸を実現!「かせ染め」による糸ができるまで。伴染工
3軒目には伴染工を訪れた。伴染工は、日本でも珍しいかせ染めを行う工場だ。現在の一般的な染色方法は一度に大量に染めやすいチーズ染め(染める際にチーズのような形に糸をまとめることから名付けられた)だが、伴染工ではより小さな単位である「かせ」に分けて染める。この手法により、糸にかかるストレスを抑え、ふんわりとした柔らかな風合いを実現している。

この見学には、一般の方から業界関係者まで、老若男女、様々な人が参加した。
今年のひつじサミット尾州の実行委員長である 伴染工 伴 昌宗社長 は、サミットをきっかけに生まれた変化についてこう語る。
「近隣に住む移住者の方が、オープンファクトリーの様子をふらっと見学に来てくれました。工程の説明をする中で、自社で染めた素材が高級メゾンブランドにも使われていることをお伝えしたら、『こんな近くに、そんな場所があったなんて!』と感動されていました。自分たちの住む地域への愛着や誇りを育むきっかけになっているのではないかと思います。」
さらにブランドのデザイナーが産地を訪れることに対して 「ここ10年ほどで、商品企画の進め方も変わり、デザイナー自身が工場を訪れる機会が少ない傾向にありました。しかし、私たちがこうした機会を設けることで、若いデザイナーさんが目を輝かせながら熱心に見学してくれる姿を見ると、何かを感じ取ってくれているのかな、と嬉しくなりますね。」と、産地とデザイナーとの新たなつながりに期待を寄せる。


旅の締めくくりに、レトロビルRe-TAiLで思いっきりお買い物を楽しむ!
最後に訪れたのは、尾張一宮駅近くにあるRe-TAiL(リテール)。築91年の繊維組合のレトロビルを再活用しており、尾州地域70社の生地や糸を見て触れて買えるショップをはじめとする10のテナントの集合体となっている。
ひつじサミットの期間中以外でも、営業しているので、ものづくりや手芸好きの人にはぜひ訪れてほしいスポットだ。
1階と3階には、各工場に残っていたデッドストックなど一般では流通していない希少な生地や糸が所狭しと並んでいる部屋がある。夢中になって掘り出し物を探しているうちに、あっという間に時間を忘れてしまいそうになるので、帰りの電車の時間にご注意を。


最後に
尾州の産地を巡る2日間の旅は、ものづくりの現場を間近に見て、素材や工程の奥深さを体感する貴重な時間となった。
確かな技術と革新が息づく尾州産地の魅力を肌で感じることで、服づくりの背景や職人たちの想いをより身近に感じられるだろう。さらに、買い物やワークショップを通してあなた自身も、ものづくりに参加できる。尾州ならではの特別な魅力を味わいに、来年のひつじサミット尾州にぜひ足を運んでほしい。
