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旅の終わりに、誰かを迎える場所を。DENIM HOSTEL floatが生まれた理由
2018年から、一般社団法人unisteps共同代表の鎌田安里紗さんとともに取り組んでいる「服のたね」や、「服と、ヨリを戻そう。」をコンセプトに、デニム製造に使われるインディゴ染料で衣類を染め直すプロジェクト「fukuen」などの事業から、ITONAMIには“デニムブランド”という印象を持つ人も多いだろう。
実際、ITONAMI(当時はEVERYDENIM)は2015年にデニムブランドとしてスタートし、週末に各地へ出向いてデニムを販売を始めた。当時、大学生だった兄弟が、平日は大学に通いながら、週末は全国を巡って自ら販売するというスタイルで活動していたという。
その中で、「もっと長期的に様々な地域に滞在し、その地域の地場産業や資源を深く学びたい」という思いが芽生え、2018年からクラウドファンディング資金を集め購入したキャンピングカーで47都道府県を巡る旅に出た。
その旅の中で、多くの人々に温かく迎え入れてもらった経験を通じて、「今度は自分たちが迎える側となり、児島の魅力を伝えたい」と考えるようになった。こうして誕生したのが、宿泊施設「DENIM HOSTEL float(デニム ホステル フロート)」なのだ。
今回はITONAMI 共同代表で兄の山脇耀平さんに現地を案内してもらいながら、デニム産地 児島とホテルの魅力を語ってもらった。
山脇耀平(やまわき ようへい)
1992年生まれ、兵庫県加古川市出身。大学在学中の2015年、瀬戸内地域のデニム工場と直接連携したオリジナル製品の企画販売をスタート。2019年宿泊施設「DENIM HOSTEL float」をオープン。デニム回収再生プロジェクト「FUKKOKU」や、服の完成を1年かけて一緒に楽しむ「服のたね」など、完成品を買うだけではなくみんなが服づくりに関わる取り組みを行っている。
旅の目的地、デニム・ジーンズの街、児島とは?
当時、まだ大学生だった兄弟が夢中になったのは瀬戸内海に位置する岡山県・倉敷市の海沿いのエリア、児島だ。
江戸時代から、広島県福山市から児島までのエリアで日本三大絣の一つ「備後絣(びんごがすり)」が盛んに生産され、そこで培われた厚手生地の織布技術や藍染めなどの染色技術が、デニム・ジーンズの産地として発展した。
特に児島は、縫製・最終加工を得意としており、国産ジーンズ発祥の地、また学生服・帆布の生産で高いシェアを誇る繊維の町として、生地から製品までの一連の工程がまかなえる地域だ。

瀬戸内の海とデニムに包まれて、自分を取り戻す場所
DENIM HOSTEL floatは、児島駅からバスで約30分ほどのところにある海沿いに建てられた宿泊施設だ。かつて企業の保養所として使われていた建物をリノベーションしたもので、登山でも知られる瀬戸内海国立公園の麓に位置するため、どの部屋からも、窓の外には瀬戸内海の穏やかな景色が広がっている。
共同代表で兄の山脇さんは、「この宿は、ストレス発散したり、リフレッシュするための宿というのとは少し異なる“内省”をする空間だと思っています。忙しい日常から少し距離を取り、ゆったりとした景色の中で自分に意識を向けたり、集中したりするのに向いている場所なので、自分の普段の生活から離れて“大切なもの”を見つめ直して立ち止まる場所として利用される方もすごく多いですね。」と語る。
筆者が宿泊したのは、メイン棟から少し離れた「FUNE」と呼ばれる客室。部屋には大きな窓があり、目の前には一面の海が広がる。時間の移ろいを静かに感じられるこの空間は、まさに“内省”という言葉がぴったりなプライベートな場所だ。
窓辺に腰を下ろしたり、ベッドに寝転んだり、あるいはプライベートテラスで海を眺めながら、自ら豆を挽いて淹れたコーヒーを味わうこともできる。そうしたゆったりとした時間の中で、心が自然とほぐれ、普段は仕事のことばかり気にしてしまう筆者も、自分の内面に意識を向けることができた。
室内には、デニム素材で仕立てられたITONAMIオリジナルのルームウェアが用意されており、宿泊者は併設ショップからITONAMIのデニム製品を1着、滞在中レンタルすることもできるそう。
さらに、施設内には海を望むバレルサウナも併設されており、心も身体もゆったりと整えることができる。チェックイン後は、建物内のレストランでラザニアとワインを味わいながら、ゆったりと食事の時間を楽しむことも可能だ。海を眺め、食を楽しみ、心身ともに整う。そんな一日を、この場所だけで完結させることができる。
客室は、筆者が滞在したFUNEのほかにも、畳縁や座椅子、襖にデニム素材をあしらった和室の4人部屋、そして瀬戸内海国立公園の豊かな緑に囲まれたグランピングドームのお部屋がある。家族や友人とともに、瀬戸内の美しい風景とともにゆったりとした時間を楽しむことができるだろう。
帰路につく前に、鷲羽山レストハウスでお土産も。
鷲羽山(わしゅうざん)レストハウスは、2025年4月よりITONAMIが他社と合同で運営を開始した施設だ。館内には、岡山の特産品やデニム製品などを集めたセレクトショップや、瀬戸大橋と瀬戸内海の雄大な景色を望みながら、地元食材をふんだんに使った岡山名物を味わえるローカル食堂などがある。
家族や友人へのお土産はもちろん、旅の記憶を思い起こさせるような、自分への特別なアイテムとも出会える場所だろう。
山脇さんは、新たな挑戦について次のように語る。
「これまでの10年間は、自分たちの手の届く範囲で、やりたいことを突き詰めてきました。でもこのレストハウスの運営は、鷲羽山という観光名所を訪れるお客様を対象とした、より公共性の高い事業です。もし声をかけてもらっていなければ、いまもこれまでのITONAMIの枠の中で活動を続けていたと思います。だからこそ、10年という節目に、新たな挑戦を始められたことを嬉しく思っています。でも、実は僕たちが意図してこの道を選んだわけではないんですよ。これまでの事業拡大のタイミングでも、いつも周りにいる児島の人たちが背中を押してくれているんです。」この土地と共に歩み、デニムと児島の魅力を発信し続けてきた兄弟の積み重ねが、今、より広い層に向けた事業へと自然に広がり始めていることがうかがえる。
産業への想いが宿る宿で、自分にとっての“大切なもの”を見つめ直す旅
人が旅に出る理由はそれぞれだが、DENIM HOSTEL floatでの滞在と児島の旅を通じて、私たちが感じ取ることのできるものは何だろうか。
静かな海を眺めながら、ゆっくりと流れる時間の中で、自分自身と向き合うこと。日々の喧騒から一歩離れ、ものづくりの背景に触れ、何かを「大切にする」という感覚を取り戻すこと。
そんな体験を生み出している山脇さんは、自身が大切にしているスタンスに対してこう語る。
「僕は起業するまで、明確にやりたいことがなかったですし、この仕事に就くとは全く想像もしていませんでした。だから、僕たちにやりがいや人生の生きがいを与えてくれたデニム産業とそれに従事している皆さんに本当に感謝しているんです。
その産業に貢献するために、僕たちができる役割は、産業全体のために裾野を広げることだと思っています。
ジーンズやデニム素材のアイテムは、多くの人が一着は持っていると思いますが、それがどのようにつくられているのか、その背景に思いを巡らせる機会は意外と少ない。ものが簡単に手に入る時代だからこそ、僕たちの商品やホステルでの滞在を通じて、ものづくりの一端に触れてもらい、『ものを大切にする気持ち』が芽生えてくれたらうれしいです」と語る。
そんな彼らの想いが詰まったホステルに滞在すれば、きっとあなた自身も、忙しい日常を忘れ、自分にとって大切なものと静かに向き合う時間を持てるはずだ。
DENIM HOSTEL float
瀬戸内海に浮かぶ島々が望める、デニムを基調としたホステル・アパレル・カフェの複合施設。
住所: 〒711-0905 岡山県倉敷市児島唐琴町1421-26
ウェブサイト:https://www.denimhostelfloat.com/
インスタグラム:@denimhostelfloat