菅沼志乃
ファッション誌を中心に広告やアーティストのスタイリング等で活躍。2022年に朴イサクと「OYSTER」を立ち上げる。ブランド名の由来はシェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』内のセリフ”The world is your oyster”から。「可能性は無限大であり、やる気や努力、工夫次第でどうにでもなる」という意味が込められている。https://www.instagram.com/shinosuganuma/
サステナブルなスタイリングを求められたとき、“普通でおしゃれな服”が見当たらなかった
“長く愛せるアイテムが環境に配慮されたもので出来ていれば”という想いからエターナルでユニセックスなアイテムを提供しているオイスター。サステナビリティの必要性を感じ始めたきっかけとなった出来事はどんなことでしたか?
いつだったか曖昧なのですが、ある時からいつも仕事をしている雑誌媒体がサステナブルの特集を組むことがものすごく増えたんです。ファーやエキゾチックレザーを使ったものを掲載しないなど、レギュレーションが急速に増えていたのを覚えています。その前からStella McCartney(ステラ マッカトニー)が動物愛護の観点でものづくりをしていることには注目していたんですが、当時話題になっていたMarine Serre(マリーン セル)やCollina Strada(コリーナ ストラーダ)、Nanushka(ナヌーシュカ)などのブランドのサンプルが徐々に日本に入って実際見られるようになったんです。サステナブルに作っているのにこんなにおしゃれなことができるんだと驚きました。それで自分の意識の中にある解像度が上がっていったような気がします。
パリ協定が2015年に結ばれた後、2019年8月にフランスでフランスのマクロン大統領とケリング社がリードする形でファッション協定が結ばれました。2017年6月にはマリーン セルがLVMHプライズを受賞し爆発的なムーブメントが起きました。その頃、グレタ・トゥーンベリさんによるデモやストライキがSNSを通じて話題になり、彼女は2019年12月のCOP25でスピーチ。そういった世界のファッションがサステナブルへ移行する気運に同調してオイスターは生まれたんですね。
具体的にブランドをやろうと思ったきっかけは、コロナだったんです。あの時、仕事が全くなくなって、旅行や友達と出かけるといった自分の趣味が全部できなくなってしまって、いろいろと考えたんですよね。同時期に、スタイリストでMINEDENIM(マインデニム)ディレクターの野口強さんからコラボレーションのお誘いをいただいたんです。以前ブランドをやっていたこともあったので、久しぶりのお洋服作りがすごく楽しくて、これは自分がやりたいことのひとつかも、と再認識したんです。さらにパートナーとなる圷イサクさんと久しぶりに合う機会も重なって。昔から仕事のやり方や感性をわかり合っている彼となら純粋に楽しくやれるんじゃないか、と思ったんですよね。
Tシャツやカーゴパンツ、大きなボウタイやショート丈のアイテムなどファッション感度が高くて、デイリーに着られるというのが特徴だと思います。コレクションのテーマやイメージ、ターゲットについて教えて下さい。
まず、自分が着たいと思えるかどうかです。実際、お仕事でサステナブルなブランドのみでコーディネートするときに、“普通”のアイテムがなくてすごく難しいと思ったんです。可愛いと思える普通なデザインとは、シンプルなものでありながらモード感があったり時代の気分を反映したフォルムを持っていて、おしゃれな着こなしの基盤となるもの。それがサステナブルに作られたものだったら一番いいよね、という思いをイサクさんに相談しました。
また、ターゲットという訳ではないですが、40代後半になってきた自分たちの体型にも合うこと、素材が良質であるということにものすごく気遣いました。ショート丈のトップスはハイウエストボトムに合わせられるように計算し、今っぽく見えるように。Tシャツやハイネックのトップスにショルダーパッドを入れることで、上に羽織った時に自然なボリュームショルダーに見えるようにしています。どちらも骨格のバランスが変わり、ファッションの似合う体型に見せてくれます。サンプルを何回も作りなおし、それでも気に入らなければボツにしたこともありますが、もちろん無駄にしないで、自分たちで着ています。
生産背景を徹底的に確認して、9割は環境配慮の素材を使用。工場はできる限り行ってみる
ユニセックスであることを掲げています。背景にある考えをお聞かせいただけますか?
本当のところ、ユニセックスであることは当たり前、わざわざ言うことでもないと考えているんです。でもPRの友人にしっかりとメッセージとして伝えることも大切なんだよ、とアドバイスを受けてあえて伝えているのが正直なところです。
OYSTERは環境負荷の低い素材採用に注力しています。エコ素材は全体のうち何%くらい採用しているのでしょうか?
ウェブで商品紹介もしているように9割はエコ素材を使用しています。日本のエコペットをはじめ、スペインの会社やトルコの生地メーカーが共同開発したリサイクル素材、コットンは必ずオーガニックのもの、ウールはノンミュールジングのものを使っていて、ボタンは極力生分解性のものを選んでいます。9割の残りは自分たちがエコと感じるかどうかを重要にしています。例えばSOMELOSは紳士服のパリッとした高級なシャツをつくるポルトガルのメーカーなのですが、綿の栽培から紡績、機織、染色まで自社で一貫したファミリービジネスを66年続けている。そういった彼らのようなクリーンなものづくりをしているかを注視して選んでいます。
商社や生地業者を挟んでいる場合、生産背景はどのように確認するのですか?
とにかく輸入するものに関しては産地がどこなのか、どの工場なのかといった生産背景を担当者に徹底的に追求します。調べたうえでわからないものや怪しいものは使わない。縫製は国産で行っているので、実際に工場に足を運んでいます。結果的にそのほうが早いから。どういった人が働いているのかを含めて作業環境を自分達の目で見て体感で納得することで、データが蓄積されてきているので感覚的にも判断力が上がるようになってきている気がします。
素材の限界や価格の高さが課題で、エコブランドがエコ素材の採用を取りやめるという事例もありますが、実際作ってみていかがでしたか?困難はどうやって切り抜けたのかも教えて下さい。
実際自分たちでやってみてエコ素材で服をつくることがどれだけ大変かということが身にしみました。デニムのアップサイクルにも挑戦してみましたが1日かけて古着の山の中からやっと数本探し出して……という感じで、かなりのパワーと時間がないと難しいと思いました。オーダーメイドで特別な1本を作りたい!という感じだったら成立するのかな?と思ったり。MIU MIUのアップサイクルプロジェクトのMIU MIU UPCYCLEDでは高価な価格が付いているものがありますが、これを体感した後では適正価格だと感じています。マリーン セルでもMARINE SERRE REGENERATEDとしてアップサイクルの過程を公開していて、自分たちもそれがやりたいと思っていたけれど、個人レベルでやることの難しさに直面しました。困難は全然切り抜けられていないし、やりたい事の半分もできていないんです。でも、自分達の理想は持ち続けて目標は高く頑張っています(笑)。
ファッションは関わる工程が多いため、真実が見えないことも改善がしにくい問題の一つですが。透明性に関してOYSTERではどのような対策を取っていますか?
オンラインで素材の情報は掲載しています。コンパクトなのが一番環境負荷が低いと思っていますので、下げ札も無しにして、梱包はリサイクルできる簡素なものを使用しています。
オイスターは管沼さんがスタイリストのキャリアを通して見出してきたことの一つの意思表示だと言えるのでしょうか?
スタイリストとオイスターは別で捉えています。ただ、スタイリストのお仕事での色々な経験やたくさんのアパレルに触れあう機会があった事がとても役に立っているとは思います。
女優やモデルなどお仕事する方々の積極的な活動から影響を受けたことはありますか?
すごくあります。本業の傍ら、常に社会問題に敏感で自ら取り組んで経験と失敗を実践している方々と情報交換をします。みなさん会うたびに変化していて、スポンジのように柔軟に取り組む姿勢が素敵だなと思っていて、いつも刺激を受けています。
ファッションが好きな気持ちと、このままではいけないという気持ち。葛藤を抱えながら業界で働く人は多いのかもしれません。葛藤や逆風に対してどのようにモチベーションを保っているのでしょうか?
私はファッションがもたらす高揚感は好きですが、何よりも自分の好きなものに対して人のジャッジを受ける必要がないところが一番好きなんです。誰かが決めた評価で点数をつけられるのではなく、それぞれの感性でいいと思ったものが100点である。すべてが正解なところが魅力だと思っています。
サステナビリティに関しては、ラグジュアリーブランドに関しては素材や仕組みもサステナブルが当たり前になってきていて、日本の業界では影響は受けながらも実践は今からだと感じることも多々あります。円安や賃金格差など、目の前の問題が山積みだということもあるのかもしれません。国をあげて仕組みから変わる必要もあると思いますし、個人レベルでも貢献できることは行動すればいいと思う。世界的に影響力が大きなブランドは当然のことだと思いますが、トレンド同様に、彼らに導かれるようにサステナブルが当たり前になっていくといいなと思います。